26話・高慢令嬢v.s.気弱令嬢
休日の昼下がり。王都郊外に建つネレイデット侯爵家の別邸にグレース様が乗り込んできました。十数人の武装した男たちが庭に散り、別邸を取り囲んでおります。居留守を使えば建物内に侵入してくる恐れがあるため、すぐに表に出て対応することにいたしました。
およそ半月ぶりに見たグレース様は相変わらず派手なドレスを身に纏っていらっしゃいます。つり目がちな金の瞳、ゆるく巻かれた金の髪。胸元を大きく開けた大胆なドレス、大粒の宝石をあしらった装飾品をこれでもかと身に付けております。まさに『歩く身代金』状態ですわね。道中ならず者に遭遇しなかった幸運に感謝すべきでしょう。
「ネレイデット侯爵家の別邸で花嫁修業ですってぇ? 捨てられるのを恐れて居座り続けるなんて、恥知らずもここまで来ると滑稽ですわね、フラウ!」
「は?」
開口一番、グレース様の認識のズレに思わず素で返してしまいました。
グレース様からすれば、アルド様出奔の影響でリオン様の婚約者の座が脅かされると焦った私が無理やり別邸に居座っていると考えているのでしょう。実際は私から婚約解消を申し出た際、リオン様によって監禁されただけなのですけれども。
「どれだけ探してもアルド様は見つかりませんし、こうなれば結婚相手はリオン様でも構いませんわ! フラウはさっさと荷物をまとめて実家に戻りなさい!」
やはり、グレース様はリオン様に乗り換える気満々です。相手が変わっても構わないのでしょうか。高位貴族ともなれば、個人の気持ちより家同士の繋がりを優先させるものなのかもしれません。
私が何も答えず黙っていると、グレース様は眉間にシワを寄せて不快感を露わにしました。両腕を組み、ふんぞり返った姿勢で更に言葉を続けます。
「んまあ、自分の立場が分かっていないのかしら? ここはアンタのような弱小貴族が居ていいような場所ではないの。さっさと消えなさい!」
高圧的な物言いに腹を立てたのでしょう。私の後ろにいたコニスが食ってかかろうとしましたが止めました。相手は腐っても侯爵家令嬢です。弱小貴族が手を出せば最悪家ごと取り潰されてしまいます。二人には何があっても動かぬようにと改めて伝えました。
カレイラ侯爵家の手の者たちに囲まれた中、私たちは本当に無力な存在。それでも、弱いなりに武器はあります。
「……あんまりですわ、グレース様」
はらりと涙をこぼす私を見て、周囲を取り囲んでいた男たちにどよめきが起こりました。彼らの反応を見ながら、更に続けます。
「先触れもなく突然訪ねてきた挙句『出て行け』だなんて。私はただ花嫁修業をしていただけですのに」
さめざめと泣く私の姿はさぞ儚げに見えることでしょう。ふんぞり返って命令口調で怒鳴りつけるグレース様と、涙ながらに訴える私。傍目からはどちらが悪者に見えるでしょうか。
もっとも、この構図を見せたい相手はグレース様や部下の男たちではありません。
「フラウ嬢を泣かせた奴はどこのどいつだ」
地を這うような低い声が庭園に響き渡りました。どこから声が聞こえてくるのか分からず、私とコニスたち以外はキョロキョロと辺りを見回しております。
「う、上だ!」
「誰だアレは!」
男たちの視線が一点に集まりました。そこは先ほどまで私たちがいた二階の客室の窓。いつの間にか室内に入り込み、窓を開け放って庭でのやり取りを観察していたようです。
「り、リオン様!? 何故ここに」
グレース様が狼狽えております。リオン様が不在の間に私を追い出すつもりで乗り込んできたのですから、驚くのも無理はないでしょう。
「今日は非番だ」
「そんな、シフト表には確かに今日は出勤だと」
騎士団はシフト制勤務だそうで、代わりの者さえ用意すれば変更は容易いのだとか。カレイラ侯爵家が探りを入れていると知り、リオン様はここ数日お仕事を休んで待機していたのです。どこから情報が漏れるかわかりませんから秘密裏に。
「すぐ来るかと待ち構えていたが、まさか週末まで来ないとはな」
デュモン様と対面し、私が別邸にいると知られたのが三日前のこと。その日の夜にはリオン様に事情を説明しておりました。いつ襲撃されても良いように、すぐさま騎士団に使いを出して休みをもぎ取ってきたのです。
「だ、だって平日は学院に通わなきゃならないし、暗くなってからの外出はお父様から禁止されてるんだもの。お休みの日でなければ自由に動けませんわ!」
グレース様はド派手な見た目にそぐわず、随分と根が真面目な御方のようです。




