23話・すれ違い ─リオン視点─
フラウ嬢と二人きりで話す機会を得た。今この客室には俺たち以外誰もいない。いかん、気持ちが昂ってきてしまった。
「…………」
「…………」
向かいのソファーに座るフラウ嬢はピシッと背筋を伸ばし、凛とした表情で俺を真っ直ぐ見据えている。赤茶のつぶらな瞳に俺だけを映しているのだと思うと歓喜で胸が打ち震えてしまう。
カップを取り、口元に運ぶ所作も美しい。来世はフラウ嬢愛用のカップになりたい。どれほどの徳を積めばこの願いは叶うだろうか。今度任務のついでに大聖堂にお布施でもしてみるか。
彼女の視線がカップから俺へと戻された。一瞬も見逃したくなくて、グッと瞬きを堪える。
嗚呼、今日の装いも素敵だ。淡い髪色を引き立たせる濃い色合いのドレスに合わせたリボン、胸元に光るブローチは一昨年の誕生日に贈ったものを愛用してくれているのだな。それは俺の瞳と同じ色の宝石をあしらった品だ。会えない時も、そのブローチを俺だと思って大事にしているのだろう。いや、ブローチごときがフラウ嬢と四六時中一緒にいるとは許し難い。俺だって彼女とずっと一緒に居たいし、胸元にくっついていたい。くそっ、ブローチめ!
おっと、思考がまた逸れてしまっていた。こういうところが悪い癖だとダウロから叱られたばかりではないか。
「フラウ嬢」
「は、はい」
声を掛けると、フラウ嬢は緊張でやや硬い返事をした。
「ダウロに言わせると、俺は随分と言葉が足りていないらしい」
「はぁ」
「今日も説教を喰らった。口煩い奴だが、今までで一番の剣幕だった。俺はそこまで酷いつもりはなかったのだが」
これまでも度々小言を言われてきたが、今日は特にすごかった。石造りの床に直に座らされ、説教が終わるまで立つことすら許されなかったのだ。俺は侯爵家の次男で現役の騎士なのだが?
『何か欲しいものはないかと聞いた時、フラウ様は何と答えたと思います? 何も要らないと仰ったんです。年頃の令嬢がですよ?』
『仕事の日は遠く離れた別邸までわざわざ帰ってこなくていい、って。坊っちゃんの身体を心配して下さってるんです』
『今日の昼間なんか使用人を守るために初めて表に出たんですよ。自分のためではなく侯爵家の使用人のために』
『確かに、坊っちゃんが思ったままを口にするとキモいからやめろとは言いましたけど、なにもフラウ様相手に無言になる必要ないでしょーが。極端なんですよ、全部が』
俺はそんなに酷いのだろうか。
「そうですね。本当に、ダウロさんの指摘通りだと思います」
フラウ嬢がダウロの意見を肯定した。
「私、リオン様が苦手です。何を考えてらっしゃるか分かりませんから」
「……」
今、俺が苦手って言った?
何を考えているか分からない?
ちょっとショックで気を失いかけた。
「毎月お茶会を開いても、リオン様は終始無言でしたよね。私は何日も前から話題を吟味しているのに、あなた様は私と何を話すか考えたことすらないのでしょう」
おお、俺と話すことを数日前から考えてきてくれていたのか。どうりでフラウ嬢の話はいつも楽しかったわけだ。鈴の鳴るような可憐な声を聞き漏らしたくなくて、毎回最低限の相槌を打って話の続きを促したものだ。笑顔で話すフラウ嬢が可愛くて、いつもガン見してしまっていたほどなのだから。
「いつも怖い顔をして、向かいの席に座ってお茶を飲むだけ。私と二人で過ごす時間がお嫌でしたら律儀に毎回出席しなくても、適当に理由をつけて取りやめてくだされば良かったのです」
「……」
うん?
雲行きが怪しくなってきたぞ……?
てっきりフラウ嬢もお茶会の時間を心から楽しんでいるものだとばかり思っていた。だって、彼女はいつも俺に微笑み、話し掛けてくれていたから。
「わ、私、あなた様に少しでも気に入られようと頑張っておりましたのに」
真珠のような大粒の涙がフラウ嬢の目からこぼれ落ちた。声を震わせて泣く姿に胸が締め付けられる。可憐なのに、これ以上見ていられない。
なんということだ。俺の気持ちは何ひとつ伝わってはいなかった。当たり前だ。彼女が笑顔で語り掛けてくれることに甘え、自分から何も伝えてこなかった。
てっきり彼女も同じ気持ちなのだと……俺を好いてくれていると思い込んでいた。
フラウ嬢は、笑顔の裏で失望していたのだ。