21話・不安定な立場
カレイラ侯爵家の末娘グレース様はネレイデット侯爵家嫡男アルド様の婚約者。もしアルド様が見つからなかった場合、リオン様と結婚するつもりのようです。これなら相手は変わっても家同士の関わりは変わりませんものね。有り得る話です。
「私には関係ございません」
平静を装いながら応えると、デュモン様に笑われてしまいました。
「関係あるでしょう。あなたがさっき仰ったんですよ。『花嫁修業をしている』と」
「うっ……」
だって、監禁されているだなんて大っぴらに言えないではありませんか。今の私は自分の意思で建物の外に出られます。どのみち監禁云々は信じてもらえないでしょうが、下手をすればネレイデット侯爵家の評判を落としかねない話。私が自ら進んで休学し、花嫁修業を始めたと答えるのが一番自然なのです。
しかし、状況は変わってしまいました。今の私はグレース様にとって最も邪魔な存在。現にデュモン様から向けられる視線は、とても好意的とは思えない冷たいものに感じます。
「そこで何をしている!」
デュモン様に睨まれ、身じろぎもできずにいると、不意に何処かから怒声が響きました。門を見れば、リオン様の従者ダウロさんの姿がありました。慌てた様子で馬を走らせ、こちらへ駆けてきます。
「チッ、邪魔が入ったか」
「またおまえか、デュモン!」
この二人、顔見知りのようですね。
「勝手に敷地内に入るなと言ったよな?」
「何をそんなに警戒する必要がある。やはりアルド様を隠しているのでは?」
「だーかーらぁ、アルド様の行方は僕たちも知らないんだ! 何度も言わせるな!」
これまではダウロさんが追い払ってくれていたようです。だから私は今日まで何も知らなかったのですね。
「はあ、仕方ない。出直すとしますか」
「二度と来るな!」
二人はひとしきり言い合った後、フンと鼻を鳴らして顔を背けました。これがいつものやり取りなのでしょうか。なんだか険悪な空気です。
デュモン様は私に向き直り、うやうやしく頭を下げました。ダウロさんを無視して、にこやかに。
「ではまた。ごきげんよう、フラウ嬢」
「え、ええ」
先ほど睨まれたこともあり、私は引きつった笑みを返すしかできませんでした。
馬に乗って去っていくデュモン様と男たちを呆然と見送っていたら、別邸の玄関からルウが飛び出してきました。
「フラウお嬢様ぁ、大丈夫でした?」
「ダウロさんが間に入ってくれたから平気よ」
「良かったぁ~! あの人怖くってぇ」
確かに、デュモン様はちょっと怖い雰囲気のかたでした。乗っていた馬も大きくて立派で、彼自身も背が高くてがっしりしておりましたし、かなり腕が立つのでしょう。下手に抵抗すればどうなっていたか。
「フラウ様、お怪我は? デュモンに何かされませんでしたか」
「いえ。ただ、私がこの別邸にいることが知られてしまいました」
「まあ事実ですからね。バレるのも時間の問題でしたよ」
ならず者を追い返すつもりで表に出たのですが、まさか相手がカレイラ侯爵家の手の者だとは。軽率でしたわ。
「実は、グレース嬢は何度かヴィルジーネ伯爵邸にも訪ねて来ているんですよ。表向きの訪問理由は学友の見舞いですが、恐らくリオン様から身を引くように説得するつもりだったのでしょう。リュシオン卿は毎回居留守を使ってるそうです」
「お父様も苦労しているのね」
カレイラ侯爵家は我がヴィルジーネ伯爵家より家格が上。相対してしまえば逆らえません。直接顔を合わせることを避けるくらいしか対策はないのです。でも、それも長くは続かないでしょう。
「私、どうしたら良いのかしら」
ぽつりと弱音をこぼすと、ダウロさんは少し考えてから口を開きました。
「フラウ様と坊っちゃんは一度じっくり今後の話をしたほうがいいですよ」
「でも、リオン様に話すつもりがないのでは」
「そんなわけないでしょう」
「だって、いつも怖い顔をしておりますし、ほとんど喋ってくださらないのです。きっと私との時間が苦痛なのだと思います」
私の返答に、ダウロさんは盛大な溜め息を吐き出しながら地面にしゃがみ込みました。両手で頭を抱えて「マジか……」と呟いております。そして、バッと顔を上げました。
「ホントにちゃんと話をしてくださいよ! 僕、坊っちゃんによぉく言い聞かせておきますんで!」
「は、はぁ……」
普段は淡々としているダウロさんが切羽詰まった表情で訴えてくるものですから、私は反射的に頷いてしまいました。