20話・謎の訪問者
昼下がりの別邸に訪れた招かれざる客の横暴な振る舞いを見兼ね、私が直接追い払いに行くことにいたしました。
扉を開け、廊下を進みます。客室から出たのは監禁された日以来ですね。出ようと思えばいつでも出られる状況でした。客室に留まり続けたのは、それが私の意思だからです。
階段を降りて玄関に進み、外に繋がる扉に手を掛けました。両開きの木製扉は大きくて重いですけれど、手入れが行き届いているおかげですんなりと開きました。
開け放った玄関扉から外を見れば、先ほど二階の窓から見た時と変わらず馬に乗った青年が庭師のおじさんを剣の鞘で小突いているところでした。抵抗も逃亡も出来ぬ立場の者になんてこと!
「おやめなさい!」
彼に聞こえるように声を張り上げ、つかつかと歩み寄ります。私の登場に驚いたのか、青年と男たちは鞘を引っ込めて馬ごとこちらへと向き直りました。その隙に尻餅をついていた庭師が少し離れた木の影へと身を隠します。
騎乗してらっしゃるから、近くからだと見上げねばなりませんのね。すごい迫力ですが、ここで引くわけには参りません。緊張で震える手足に気付かれぬようにしなくては。
青年は淡い長めの金髪を耳に掛け、にっこりと胡散臭い笑みを浮かべております。年の頃はリオン様より上。アルド様と同い年くらいかしら。
「おや、何故ここに若い女性が?」
青年が興味深そうに私をじろじろ見下ろしています。無遠慮な視線に晒されて非常に居心地の悪い思いです。さっさと帰っていただかなくては。
「私はフラウ・ヴィルジーネ。現在こちらのお屋敷に滞在しておりますの。あなたは何の御用で訪ねていらしたのかしら」
「ヴィルジーネ? ああ、リュシオン卿のお嬢さんですね。存じております」
あら、父をご存知でしたのね。ならば話はすんなり済むかもしれません。
彼は馬から降り、手綱を握ったまま私にうやうやしく頭を下げました。
「オレの名はデュモン・リジーニ。こちらへは人探しに参りました」
リジーニという名には聞き覚えがあります。確か我が家と同じ伯爵位を賜っていて、カレイラ侯爵家の忠実な部下である、と。
つまり、デュモン様が探している人物は。
「アルド・ネレイデット様はいらっしゃいますか? 隠し立てするとただでは済みませんよ」
「……ッ!」
やはり出奔したリオン様の兄、アルド様の行方を探しているんだわ。
「もう何度も訪ねてきているんですが、いないの一点張りでして。オレも仕事なんで、いないならいないで証拠を持って報告しなきゃならないんです」
今の話し振りからすると、デュモン様は既に何度もこの別邸を調べに来ているようです。その度に使用人からいないと言われてきたのでしょう。調査を頼んだカレイラ侯爵家が納得する情報を持ち帰らねば、きっと彼は叱責されてしまうのだわ。
「だから今日は家探しするつもりで来てるんですよ。お手伝いしていただけたら助かるのですが」
主人不在の屋敷を家探しだなんて、流石になり振り構わなさ過ぎではないかしら。そりゃ庭師も承諾するわけありません。
「アルド様はおりません。いるのは私と使用人だけです」
「うん? ここはネレイデット侯爵家の別邸ですよね。なぜ他家の、しかも未婚の令嬢が滞在しているんですか。それに今は平日の昼間。あなたはまだ貴族学院に通う年齢ですよね?」
質問が多いわね。一度に訊ねて良いのはせいぜい二つまでですわよ!
「わ、私はリオン様の婚約者です。貴族学院を休学して、こちらで花嫁修業をしているところなのです」
「ほぅ、花嫁修業!」
感心したようにデュモン様が繰り返します。しかし、次の瞬間浮かべていた笑みを消しました。
「実はフラウ嬢の件もウチのお嬢から頼まれてたんですよね」
『ウチのお嬢』とは彼が仕えるカレイラ侯爵家の末娘グレース様のこと。一体何を頼まれていたというの?
「アルド様が見つからなかった場合はリオン様に鞍替えするから、邪魔な婚約者に身を引いてもらえ、と」