16話・伯爵家を守る理由
「婿入りしてくれる人なら誰でもいいの?」
「それが一番重要な条件だもの」
問われて即座に肯定すると、コニスはにんまりと笑みを浮かべました。
「実は、前々からフラウのことが気になってる人がいるんだよね~。私の従兄弟なんだけど」
「もしかして、シエロ様のこと?」
「そう!」
コニスの従兄弟で伯爵家次男のシエロ・ドリアス様。二つ年下の彼とは現在ほとんど接点はありませんが、数年前までは親しく話す間柄だったのです。
シエロ様は弟の友人でしたから。
私の弟ユーグは生まれつき身体が弱く、ほとんど床に臥せっておりました。部屋から出られぬ我が子のために父が知人の息子を招いたのです。年が同じだったこともあり、ユーグとシエロ様はすぐに仲良くなりました。
しかし、八歳になったばかりの頃、ユーグは持病の悪化により帰らぬ人となったのです。葬儀の日以降、シエロ様は我が家に訪れなくなりました。ユーグの死は彼にとっても衝撃的なことでしたから無理もない話です。
「顔を合わせればどうしてもユーグ君の話になっちゃうから遠慮していたんだって。でも、一度疎遠になるとなかなか行きづらいじゃない? だから機会を窺っていたらしいのよ」
「まあ、そうだったの」
「高等部に上がった頃にはもうリオン様と婚約が成立していたし、更に声をかけられなくなったって嘆いていたわ」
貴族学院では学年が二つ違うため、学舎が離れていてほとんど顔を合わすことはありません。たまにすれ違った時にお互い会釈をする程度。シエロ様が、私のことを気にかけてくださっていたとは全く知りませんでした。
「フラウが休学したって知った時、シエロったら『お見舞いに行かなきゃ!』って大慌てだったのよ。ヴィルジーネ伯爵邸にはいないし、病気でもないから適当に理由つけて止めたけど」
「まあ!」
「だから、もしリオン様と円満に婚約解消できたらシエロを候補に入れてあげてね」
「そうね、円満に婚約解消できたら……」
数日前の私でしたら、婿入り候補者の存在に喜んだことでしょう。ところが、今の私はリオン様との婚約を解消すると考えただけで気持ちが沈んでしまうのです。
亡き弟ユーグの代わりに、私はヴィルジーネ伯爵家を守っていかなくてはならないというのに。
アリエラとコニスが帰った後、入れ替わりでリオン様が客室に訪ねてきました。最初の頃は嫌でしたのに、彼の訪問を心待ちにしている気持ちも確かにあるのです。
気を利かせたルウが退室してしまい、客室で二人きりにされてしまいました。リオン様は出入り口に突っ立ったままです。
「体調は」
「大丈夫です」
「不自由はないか」
「いえ、特に」
短いやり取りの後、じっと正面から見つめられます。初日以来、私に触れたり奥の寝室に足を踏み入れることはしなくなりました。一日の終わりにこうして言葉を交わすだけ。
「婚約解消を撤回する気になったか」
「なりません」
いつもと変わらぬ私の返事を聞き、リオン様は小さく息をついてから踵を返します。
「リオン様」
客室から出て行こうとする後ろ姿を眺めていたら、つい呼び止めてしまいました。振り返ったリオン様はいつもと同じ無表情で、私は頭に血が上るのを感じました。
「どうか早く私を解放してください」
別邸に監禁されてから何度も何度も解放するようにお願いをして、その度に断られてきたのです。
「それはできない」
「どーしてですの!」
いつものように断られた瞬間、私の中で押し込めてきた感情が爆発してしまいました。思わず大きな声を上げ、リオン様に詰め寄ります。
「では、リオン様はヴィルジーネ伯爵家に婿入りしてくださいますの? できないでしょう」
「兄上が戻る保証がない以上、約束はできない」
こんなに感情を乱し、大きな声を出したのは初めてかもしれません。リオン様のお顔はやはり無表情で、必死に訴える私の姿が滑稽に思えてきました。
「でしたら、もう私のことは捨て置いてくださいませ。あなた様以外の、婿入りしてくださる殿方と結婚しますから!」
最後はほとんど自棄になって叫んでいました。言い終えてから肩を上下させて呼吸を整える私に対し、リオン様は低い声で答えます。
「──それだけは許さない」
では、私はどうしたら良いのですか。
何も解決していないというのに、リオン様からの執着に安堵する自分が確かに存在しているのです。