9 メゾン・デゼンファンのこどもたち
9 メゾン・デゼンファンのこどもたち
「で、殿下。ご所望の物をお持ちしました。」
汗だくの御者が大きな箱を施設に運び込むと、すぐに子どもたちに配る様に言いつけた。
「こっちは王宮で出される高級菓子だ。そんな緑の気持ち悪い菓子は捨てろ!」
その言葉に、サイト―がこぶしを握り締めるが、リディアーヌが視線で諫めた。王子に言われると、御者は申し訳なさそうにサイト―のワガシをゴミ箱に放り込んで、王宮の菓子を配った。しかし、子どもたちの反応は意外なものだった。
「やめて!」
「ああ、もったいない…」
きっと睨みつけるジョルジュに、子どもたちは急いで王宮のお菓子に口をつけた。
「どうだ、うまいだろう?」
「う…ん。お酒の匂いがするね。食べたことない味だ。」
「僕、もっと甘いのがいいな。」
「なんだと?わざわざ王宮から取り寄せたお菓子だぞ。超一流のパティスリーから取り寄せた物ばかりだぞ。」
「おじちゃんのワガシと全然違うね。」
「うん。おじちゃんのみたいに元気が出てこないね。」
「元気が出ない?どういうことだ。」
その質問に答えられる子供はいない。そのうち、一人の子どもがゴミ箱の中のワガシを拾い上げると、大事そうにふうふうと息を吹きかけて埃を払うと、口に入れた。
「何をやってるんだ。ゴミ箱から出した物を食べる気か!」
「だって、もったいないよ。ここに洪水があった後は、木の実も魚もなくて、葉っぱとか木の根っこを食べてたんだ。本当に食べる物が一つもなかったんだ。食べ物を捨てるなんて、信じられないよ!」
言い放ったのは、アレックスだった。ジョルジュはそんな状態を想像すらできないでいた。
「殿下、私が見ていただきたかったのは、これなんです。すべての国民が、王宮の中のように優雅に暮らしているわけではありません。国王になられる方には、それを知っておいていただきたかったのです。」
「失礼いたします。殿下に申し上げます。こちらに暮らしている子供たちは、とある貴族たちによって両親を殺され、身寄りのない状態で暮らしていました。たとえ貴族であっても、罪のない平民の命を奪ってよいはずはありません。ですから、陛下はこのメゾン・デゼンファンを作られたのです。」
急遽傍で護衛にあたっていたマルセルが、ジョルジュに説明した。さすがの王子もその状況には驚き、声を落とした。
「分かった。俺が国王になったら、すぐにお前たちを王宮で養ってやるからな。」
「ええー、嫌だよ。僕らはちゃんとここでお仕事しているんだ。王様がお家を立ててくれたし、先生に勉強も教わってるんだ。お給金だってもらってる。僕たちは自分でお金を稼いで暮らしてるんだよ。それに、サイト―おじちゃんや聖女様も来てくれるんだぁ。」
「なんだ、またサイト―か!俺のいない間に随分いいとこ取りしてるじゃないか。」
「サイト―おじちゃんのことを悪く言わないでよ。おじちゃんがくれるお菓子は元気が出るんだ。王子様も食べて見ればわかるよ。」
そう言った子どもは、先ほどゴミ箱から取り出したワガシを差し出そうとした。それを、サイト―が止め、まだ捨てられていないきれいなワガシを差し出した。
ためらいがちに口にしたジョルジュは、その風味の良さに驚いた。
「まぁ、悪くないな…。」
そう言いながら、胸につかえていたモヤモヤした気持ちが、なんとなくほどけていくのを感じていた。体の内側からホカホカと温まるこの感じは何だろう。王子はそっとサイト―の様子を伺ったが、子どもたちに抱きつかれたりのしかかられたりしてもみくちゃになるサイト―からは魔力の気配は感じなかった。
そこに、ガブリエルがやってきた。崩れていた建物の修理があらかた終わって、子どもたちの様子を見に来たのだ。
「あ、団長さんだ!」
「お前たち、怪我の具合はどうだ?」
「もう大丈夫!聖女様が治してくれたし、サイト―おじちゃんもきてくれたもん。」
「そうか、良かったなぁ。崩れた岩の現場はもう一日片付けに掛かりそうだから、お前たちは明日も休みだ。これまでよく頑張っていたから、建物の中でゆっくりしてていいぞ。」
「やったー!」
子供たちはチェスやけん玉、おはじきで遊び出した。どの遊びも見たことがないものばかりで王子は興味津々だ。
「それはどうやって遊ぶんだ?」
「こうやってこのへこんでる部分に球を乗せるんだよ。ほら」
「よし、じゃあ、今度は俺の番だ。」
ジョルジュはいつの間にか子どもたちと遊び出していた。ルーアで貴族令嬢たちに囲まれているときとは、全く違う楽しさに、本人が一番驚いていた。
「殿下、そろそろお時間です。」
「ああ、もうそんな時間か。」
御者に声を掛けられ、玄関へと向かった。その時、玄関先に飾ってあったごつごつした岩に気が付いた。
「これはなんだ?」
「それはねぇ、宝物なの。アレックスお兄ちゃんが見つけたんだよ。」
傍に居た小さな子が嬉しそうに答えた。そっと手に取って王子はハッとした。
「おい、リディたちはまだか?呼んできてくれ。」
「はーい!」
子どもが走っていくと、ジョルジュはそっとそれをポケットに手を入れた。
読んでくださってありがとうございます。
よろしければ、ブックマーク、評価などよろしくお願いします。