8 崩落事故
8 崩落事故
翌朝、二人が朝食を摂っていると、ドドドっと慌てた様子でドアが叩かれた。ラザールだ。
「失礼します。今、王宮から連絡がありました。フェムジットで、岩の崩落があって、メゾン・デゼンファンにも被害がでたそうです。」
「なんだって!リディ、急ごう。俺は工房に行って緑茶と干菓子を取ってくる。」
「分かりました。ウラリー、出かける支度をお願い。」
二人が準備を整えて出かけようとしていると、門の前に豪華な馬車が止まった。予想通り、ジョルジュがやってきたのだ。
「殿下、申し訳ありません。フェムジットで崩落事故があったので、至急現場に向かいます。」
「はぁ?俺がここに来てやっているのに、そちらを優先するって言うのか?」
「フェムジットには子供たちの施設があるんです!私には、聖女としての使命があります。」
「そんなこと気にしなくていい。俺と結婚したら、そんな仕事なんてしないでゆっくり王宮内で暮らせるんだ。そっちにいる男に行かせればいいだろう。」
ジョルジュは勝ち誇ったようにサイト―を見た。
「殿下。お言葉ですが、リディの聖女としての仕事は、陛下から授けられた大切な使命です。どうかご理解を。」
「うるさい!俺を誰だと思っている!」
ジョルジュはいきなりサイト―の胸倉をつかんで怒鳴った。その腕を職人の節くれだった掌がガシっと掴んだ。
「いい加減にしないか。子供たちが怪我をして、聖女の治療を待っているんだぞ。事態は一刻を争うんだ。」
「なんだ、その口の利き方は!フェムジット?俺だって知ってるさ。どこの馬の骨とも分からないド底辺の子どもと王子と、どっちが大事なのか、誰が考えても分かるだろう。」
「はぁー。ええ、そうですわね。」
「!」
怒りで力の入るサイト―の手が一瞬緩んだ。ジョルジュはするりとその手を抜け、リディアーヌは、驚いて目を見張るサイト―の前を通り過ぎ、ジョルジュの傍に歩み寄る。
「ふふふ。おっさん、悪いな。お前もいい加減態度を改めないと、国外追放されるぞ。」
「シュウジ様、馬車の準備はできていますの? では殿下、参りましょう。」
ちらりとサイト―に目配せしていることに気付かず、微笑むリディアーヌに気を良くしたジョルジュは馬車へとリディアーヌをエスコートし、自分も乗り込んだ。
「早く出せ。行先は分かっているだろうな。」
「では、出発します。」
御者が馬を走らせると、王子はリディアーヌ相手に自分の不遇を嘆いて見せた。
「聞いてくれよ、リディ。俺は叔父上の葬儀の後、すぐに同盟国のルーアに放り出されたんだぜ。まだたったの5歳だ。ま、少し前には、エリクもつくようになったんだがな。知ってるか?エリク・クレマンはガブリエルの部下のリュカの従兄弟なんだ。あいつらはやんちゃで面白いんだ。」
ジョルジュの話を聞きながら、リディアーヌはあることに気が付いた。5歳で留学はあまりにも早すぎる。しかも、自分の両親が亡くなった直後だ。シリルの悪事に気付いた国王は、ジョルジュを守りたかったのかもしれないと。
ほどなくして、馬車はフェムジットに到着した。メゾン・デゼンファンからは、少し離れた場所で、ここからは崩落事故の影響で馬車での通行が出来なかった。
「おい、これはどういうことだ!」
「殿下に、どうしてもご覧いただきたかったのです。」
声を荒立てる王子に、リディアーヌは冷静に声を掛ける。すると、崩れた岩の向こうから、マルセルが顔を出した。
「殿下!こんなところにまでお越しくださるとは!お心遣い感謝いたします。どうぞ、こちらが安全な道です。聖女様もどうぞ足もとにお気を付けください。」
マルセルは、大仰に王子の来訪を褒め、メゾン・デゼンファンへと案内する。もちろん、すでにこうなることは、連絡済みだ。
一行が到着すると、館の一部は壊れ、中にいた子供たちが怪我をしていた。サイト―とリディアーヌに子どもたちを任せ、マルセルはすぐさま建物の修復に向かった。茫然と見つめるジョルジュに、リディアーヌが言う。
「殿下、ここにいる子どもたちも、みな等しく我が国の国民なのです。この建物は陛下が指示してくださって出来た場所。陛下の国民への想いが詰まっているのです。では、私は怪我をした子の治癒に向かいます。」
リディアーヌは怪我のひどい子どもから、黙々と治癒魔法で治していく。幸いにも命を落とした子どもはなく、聖女の来訪で、怯えていた子どもたちも一気に落ち着きを取り戻した。それを見ていたジョルジュは、リディアーヌの聖女としての力のすごさに圧倒されていた。
「す、すごい。この魔力、絶対に自分の傍に置きたい。」
ふと見ると、サイト―がせっせとワガシと緑茶を子供たちに配っていた。一人ひとり嬉しそうに受け取っては、サイト―に抱きついたり、遊びに誘ったりするその姿に、ジョルジュは無性に焦りを覚えた。
「おい!すぐに王宮のお菓子を子供たちに配れ!」
言われた御者は、急いで王宮に向かった。先日の件があって、エリクは同行させてもらっていなかったのだ。ジョルジュは、ブリュノに止められたリディアーヌ訪問をこっそり強行したことを後悔していた。
側近を連れて来なければ、こういう時、不便だ。しかし、ブリュノを連れて来れば、間違いなく今日の訪問は止められただろう。まったく、どいつもこいつも使えない。
ジョルジュは、留学先のルーアでの生活を思い出していた。同盟国の王子というだけで、すべてが特別扱いだった。そばにはいつも貴族令嬢が侍り、欲しいものがあれば、周りの貴族たちがいそいそと準備した。それなのに、帰国した途端、この不自由さはどういうことだ。エリクだけを伴っていれば、なんでも思い通りだったというのに、ブリュノはなにかと注意ばかりしてくるし、母や姉からは、王太子に相応しくないと脅しまがいのお小言が来る。
しかし、現国王ジャンメールの子どもは、グレースとジョルジュだけだ。グレースが他国に嫁いだ今、国王が自分を王太子にするしか道はないはず。そんな思いが、ジョルジュを助長させていた。