2 希望のかけら
2 希望のかけら
日が傾く頃、マルセルが子供たちの作業の終了を告げた。
「お前たち、よく頑張ったな。中で風呂の準備が出来ている。さっぱりしたら、夕食が待ってるぞ。」
「え?お風呂に入れてもらえるの?」
「晩御飯、探しに行かなくていいの?」
「うわぁ、信じられない。お貴族様みたいだ!」
子どもたちの素直な声に、胸を炒めるガブリエルだった。
「今日一日頑張った報酬だ。遠慮はいらないぞ。」
子どもたちの仕事ぶりは良好だった。生きていくために、食料を探して暮らしていた彼らにとって、仕事は生活の糧だ。そんな日々が数日続いたある日、アレックスが小さな岩のかけらを持ってガブリエルに声を掛けた。
「あの、師団長さん。これって、なんだと思う?」
埃まみれの手に握られていたのは、ごつごつした岩肌の隙間からほのかに青い光が見える不思議な岩だった。国の北部にある山岳地帯には鉱脈があるとは知っていたが、そこから考えても、貴石か宝石の可能性がある。
「アレックス!もしかしたら、すごい物を見つけたかもしれないぞ。これを王宮に持ち帰って検査してもいいか?」
「いいよ。師団長さんなら、ズルしないでしょ?」
「もちろんだ。」
ガブリエルはすぐさま王宮に転移すると、国王に報告し、鑑定を依頼した。
「なるほど、これはサファイアかもしれんな。ところで、子どもたちの様子はどうだ?」
「みな、真面目で助かってます。そろそろ疲れが溜まってくるころかと思われるので、出来ればサイト―殿のワガシを届けてやりたいのですが。」
「そうだな。先日の舞踏会で抹茶とやらのスイーツを出したが、大変な人気でな。子どもたちにも届けよう。」
初めて抹茶のスイーツを食べた時の国王の嬉しそうな顔を思い出して、ガブリエルはクックっと堪えきれない笑みをもらした。
そうか、だから最近シュウに会えないのか。忙しそうにする姿を思い起こして懐かしくなる。
「ふふふ。ガブ、お前もやっと妹離れが出来て来たな。まったく、サイトー卿には感謝しかない。」
「陛下!」
「そうだな。スイーツはサイト―卿とリディアーヌに持って行ってもらってはどうだ?子どもたちと顔合わせするのもいいだろう。」
「はっ!承知しました。」
ガブリエルは早速サイトーの工房に向かった。
「あら、お兄様。なんだかお久しぶりですね。」
「ああ、そうだな。シュウはいるか?」
リディアーヌの目配せで、侍女がさっと対応する。随分と侯爵夫人らしくなったとガブリエルは眉を下げる。
「お兄様、今、侯爵夫人らしくなった、なんて考えていらっしゃるのではなくて?私、まだ夫人ではございませんわ。」
「え、ああ、確かにな。しかし、半年後には結婚するのだろ?ここの生活にも随分慣れてきたようだな。」
リディアーヌは、領地にいた頃と変わらぬ笑顔で「そうですね」と答えた。
「他の貴族のご夫人がどんな生活をされているか分からないですけど、私は、私らしく暮らせたらそれが一番ですわ。なにより、私には素敵なお手本がいらっしゃいますから。」
「お手本?」
「ふふ、お義姉様ですわ。」
「!!」
ガブリエルの顔がぱっと赤らむと、それを見て楽しそうにリディアーヌが笑った。
「失礼します。旦那様がお見えです。」
侍女に続いて入ってきたサイト―は一気に破顔した。
「ガブ!久しぶりだなぁ。フェムジットの様子はどうだ?」
「随分ひどい状況だった。今は心強い助っ人たちが現われて、新たな局面に入っているんだ。今日はそのことで相談に来たんだ。」
サイト―が応接室のソファを進めると、ガブリエルが楽しそうに周りを見回しながら席に着いた。
「ほう、なかなかいい雰囲気だな。侯爵家らしいじゃないか。」
「あ~そうなのかなぁ。俺はその辺のことがさっぱりだからなぁ。家でゆっくりする時間もなくてな。」
「そうなのか?いやぁ、いい趣味だと思うぞ。」
「恐縮です。」
ガブリエルの言葉に気を良くしたのか、部屋の隅に控えていた執事のラザールが答えた。
「よく考えたら、お兄様がここに来たのは初めてではなくて?」
「そうかもしれんな。今回のフェムジットの後始末が終われば、少しは落ち着くと思うんだが。ところで、今日は陛下からの依頼があって来ている。お前たち、私と一緒にフェムジットに来てくれないか?」
ガブリエルは、貧民街パーヴェヴィラでの出来事やフェムジットで出会った子供たちの事をかいつまんで説明した。
「まぁ!それでは、子どもたちだけで暮らしていたってことなの?ひどい話ですわ。」
「では、近いうちに子供たちにワガシを届けよう。ラザール、予定はどうなっている?」
「次の週末でしたら、開いております。」
「では、その時に伺おう。」
前向きな返事がもらえて、ガブリエルは胸をなでおろして王宮に帰ってきた。この仕事が終わったら、休暇を取ってジゼルとゆっくりしたい。頭のいいジゼルは文句など言わないが、新婚旅行にも行けていない。それどころか、結婚式当日がひどかったのだ。どこかで挽回したいものだ。馬車に揺られながら、理解のある新妻の事を思い出してほっと安堵のため息をつくガブリエルだった。
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