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460 血祭の事

 翌日、(みさご)在仁(ありひと)を訪ねていた。

先般の(かなめ)誘拐事件以降、鶚は捜査が忙しかったのか音沙汰がないままだった。

 その代わりに、のばらが在仁の介助役を買って出て、ずっと側にいた。

ただ、のばらは元ヤンで現捜査官。怪我人の介助など不得手である。先に押しかけていた有能過ぎる要の所為で全く出る幕が無い状況。

不甲斐なさに打ちひしがれたのばらは、突如発生した南斗棕櫚(なんとしゅろ)探しに志願。

南斗棕櫚を探す為に訪れた富士の樹海にて、晦冥(かいめい)教徒と遭遇。リーダーっぽいAと呼ばれる男と、部下っぽいKと呼ばれる男は逃がしたものの、その他の信徒は捕まえた。

鶚が駆けつけた時には全て終わっていたが、その後の現場検証にて分かった事もあった。

 その件についての報告をするために、鶚は今、在仁の目の前にいるのだ。

 「あの…。」

 言い淀んだ鶚は、ベッドに座ってしかめっ面をした在仁に戸惑った。自宅療養中の在仁は見慣れているが、この表情は初めてのような。寝巻の浴衣に三角巾の姿は満身創痍の怪我人ぽい痛々しい見た目だ。痩せた体を見ると、ちゃんと食べているのか心配になる。とても外出など出来る状態に見えないので、今回の南斗棕櫚探しで晦冥教徒に遭遇した件に関われなかった事に不満を抱いているのだろうか。

 「確かに重要人物を逃がしたのは悔しいですが、白鳥(しらとり)含め、皆無事でした。ですから…。」

 司法局としてはAとKを逃がした事を良いとは言えない。だが、在仁ならば全員の無事を以て気を落ち着かせてくれるだろう。鶚はそう思って言いかけた。

 けれど、在仁の隣に付き添っている茉莉(まつり)が否定した。

 「あ、違います。在仁のこの顔は、怪我が痛いのを我慢してる顔で、怒ってません。」

 「え?…ああ、それは。失礼を。」

 そう言う事か。納得した鶚だが、過去こういう事も無かった。つまり、怪我は激痛。在仁でなかったらのたうち回るどころか、ショック死しているのではなかろうか。そんな気までして、少し辛くなった。

 「ご心配をおかけし、申し訳ございません。俺の事はお気になさらず、お話ください。」

声に張りが無くて、鶚は心配が深まった。

部屋には、北辰(ほくしん)隊武士、青藍(せいらん)胡桃(くるみ)(たえ)、要。鶚の隣にはのばらが大人しく控えていて厳しい面持ち。白蓮(びゃくれん)だけが呑気に床でごろごろしていた。

皆が黙っているので、鶚は在仁に従って話を始めた。

 「昨日連行した晦冥教徒たちですが、強力な誓約術がかけられていて、何も情報を吐きません。誓約を解く方法を探していますが、かなり複雑で高度な術のようです。要殿の誘拐事件の際にあった、鳥による攻撃の事を考えても、やはり向こうには相当優れた術者がいるのは間違いありません。」

その鳥攻撃で、在仁は怪我をして今しかめっ面をしているのだ。鶚は少々気遣いつつ続けた。 

 「樹海にあった蔵には、所蔵品を保護するための術や、蔵を守るための術など、複数の術がかけられていた痕跡がありました。そして蔵の中にあった転移陣。あれは普通の転移陣とは異なり、転移時に術力消費が少ない特殊なものでした。専門家に訊いたところ、見た事が無いと。独自かつ発展的な代物のようです。まさかこれ程の技術力があろうとは、想像していませんでした。」

 「独自に発展させた新技術を持っておられるとなりますと、それのみにて身を立て、ひと財産築けましょう。決して社会から振るい落とされる御身分とも思われません。何か悪しき思想を持たれ、その上で晦冥教を利用なさっておられるのでございましょう。」

 「ええ。今まで晦冥教徒の戦闘力は精々が浪人程度と言う意識でしたが、こうなると警戒の方向性も変わります。」

言ってから鶚がのばらに目くばせをすると、のばらが携帯端末を出して操作した。

 「昨日取り逃がした晦冥教徒たちの会話を録音していました。聞いて下さい。」

 そっと置いた携帯端末から、ざらざらとした音声で知らぬ男の声が再生された。

 

 「A様、所蔵品の運び込みはすべて完了しました。」

 「おーけー。じゃあ足がつかないように少しずつ売って、資金にしていこう。例のトラックは既に司法局に目を付けられているだろうから、先に処分してくれ。それから、工房の場所を変えよう。司法局が全家門を指揮下に入れて捜査を始めてる。出来るだけ速やかに今の工房を畳んで、既に捜査が終わった場所に移して時間を稼ごう。引っ越し作業は信徒たちにやらせれば良い。呪術札の売買ルートが確立すれば、安全な根城も手に入るだろう。」

 「分かりました。では、蔵から運んだ品々は売ってしまって良いのですね。」

 「足の付き難い物を厳選してくれ。あれは例の密売組織が扱うはずの品だからな、今は所有に司法局の許可が必要になってしまった。闇流通ルートはあるにしてもリスクはある。本当は呪いを付与して売買出来れば更に高値が付くのだろうが、仕方ない。馬鹿な運営の所為で、折角の密売組織はもう無いんだからな。はぁ。俺がもっと早く晦冥教に目を付けていれば、司法局になど手を出させなかったのに。」

 「仕方ありません。A様は戦後の片付けに追われていたのでしょう。」

 「戦商売が出来なくなったのは痛かったが、こんな金山が眠っていたとはな。晦冥教には精々、大儲けさせてもらおう。」


 そこまででのばらが再生を止めた。

 何やら物凄く重要な話だったような。皆が内容の理解に時間をかけて黙っていると、要が言った。

 「あの、この声、私が誘拐された時に聞いていた声とよく似ています。」

 「黒装束のリーダーらしき者の声ですか?」

 「そうです。」

要は誘拐されていた時、蜻蛉(かげろう)と複数人の黒装束たちと一緒にいた。その黒装束の中に、蜻蛉に対して対等の口をきく男がいた。それがAの声とよく似ているというのだ。蔵の所蔵品というのが(やぐら)家の蔵から略奪したものならば、要が言う黒装束がAである可能性は高い。

 「なるほど。」

 頷いた鶚が様子を窺うと、在仁の眉間のしわが深くなった。

 在仁はじっと宙を見つめてから、再生された会話を咀嚼し、そして言った。

 「櫓家の蔵から略奪された所蔵品を売り、晦冥教の活動資金になさるおつもりなのでございますね。会話から察するに、Aと言う人物は戦時下に戦により商売をなさっておられた。Kはその部下でございましょうか。終戦後、商売の片付けに追われておられたのは、それが違法でございます故でございましょうね。司法局の取り締まり対象とならぬように、全てを隠蔽するのに、お時間と御手間が必要だったのでございましょう。その後、新たな商いとして晦冥教に目をつけられた。と、致しますと、このAが晦冥教に関わる事になりましたは、ごくごく最近の事と想像いたしますね。」

 在仁が言うと、茉莉が頷いた。

 「このAって奴が、在仁に怪我させた奴だと思う。戦い慣れてる感じもしないし、術力が多いって感触もしなかった。でも、私の結界内から転移して逃げて行ったの。変な感じだった。」

 「茉莉の結界から転移出来るとしたら、茉莉よりも術力量が多いって事になるけど。」

常識で考えればそう言う事だ。

 「その事も、何か高度な技術により可能としているのかも知れません。正直ここまでの技術力となると、地龍トップレベルではと。」

 「つまり、最高峰の術者…でございますか。」

鶚の考察に、在仁が緊張の声を返した。だが、茉莉はその緊張に不似合いな声を零した。

 「めんどくさ。」

 その呟きを聞いたのばらが噴き出した。

 「すみません。」

笑いを堪えるのばらを、鶚は嘆息しただけで咎めなかった。

 「白鳥。報告を。」

鶚に指示されたのばらは、一度咳払いをすると、真面目に報告を始めた。

 「樹海にあったあの蔵は、やはり血祭(ちまつり)家の蔵ではないかと思われます。ただ、血祭家を擁していた富士氏に問い合わせましたが、血祭家はとっくの昔に絶えていると思っていたと言われました。おそらく残された蔵を、晦冥教が目を付けて利用したのだと思うのですが。」

蔵には六枚葉の棕櫚の家紋があった。南斗棕櫚で大儲けしていた血祭家の家紋と察する。だが、血祭家はその南斗棕櫚が御禁制になった事で滅んだ。江戸時代の話だ。

 「血祭家…本当に存在していたのね。」

 みよから話を聞いた時は絶対に与太話だと思っていた。ただ、血祭家が架空となると、南斗棕櫚もまた架空の可能性が高い。(あずま)(こう)とみよに同行していたが、無駄足前提だったのだ。

何だか化かされたような気持ちの東をよそに、在仁はしかめっ面で首をひねった。

 「なれど、場所は樹海の奥でございます。そのような場所にお誂え向きの蔵がございます事は、予めご存知としか思えません。偶然見つけるなどと言う事は、そうそうございませんでしょう。」

 まぁ今回はマジで偶然見つけたんだけども。茉莉がそう思ったのを察したのか、在仁が「茉莉は晦冥教徒を追っていたから蔵を見付けたんでしょ。」と言った。確かに晦冥教徒を追っていなかったら蔵には辿り着かなかったかも知れない。茉莉はぼんやりと想像したが、今「もしも」を重ねても仕方ない。

 「日下(くさか)様、俺はそのAなる者が、血祭家の蔵を元よりご存知でございました可能性が高いものと想像いたします。」

 はっきりと言う在仁に、鶚は頷いた。

 「私も同意見です。ですから血祭家の系図を調べました。」

鶚が再びのばらを見て、のばらが継いだ。

 「血祭家自体はとっくに没落していたのですが、たった一人、子孫が残っていました。名は血祭鋭介(えいすけ)。ですが、二十八年前に死んでいます。」

 「死んでいる?死因は?」

 「不明です。もしかすると、Aは、血祭鋭介の関係者ではないかと。」

確かに血祭鋭介の関係者ならば、血祭家の蔵の場所を知っていてもおかしくない。だが。在仁は強烈にひっかかった。

 「鋭介…A、でございますね。」

 そう言われた瞬間、全員が在仁を見た。

 「Aではなく、鋭、と呼んでいた?」

 「分かりませんが、音が同じでございます。その他に、その血祭鋭介についてお分かりになられましたか?」

問われたのばらは、在仁のひっかかりを頼るように言った。

 「九州の術者学校を過去最高の成績で卒業しています。その後、謎の死を。」

 「…最高峰の、術者…。」

 まさか。全員の視線は、鶚に向いた。

 「ええ、生きていれば間違いなく最高峰の術者でしょう。このAと言う人物を仮に血祭鋭介本人である事を視野にいれて調べてみます。」

 鶚の顔が、新しい方向を得て鋭くなった。のばらは鶚がこうやって在仁に相談していたのだなと思いながら観察した。こうして見れば在仁は鶚のアドバイザーであるから、司法局員みたいなものではなかろうか。のばらは在仁を見ると、在仁の顔はしかめっ面。しかもどんどん顔色が蒼白になっているような。これ以上無理はさせられない。そう思った時、のばらは大事なことを思い出した。

 「あ、そうです。私がそのAに投げた毒なんですが、触れると皮膚が腐るとして、みよ様がくれたものでした。確認したのですが、みよ様によると解毒薬は珍しくて、おそらく紅様しか持っていないと。毒の効果はじわじわと壊死するもので、放置すれば全身に広がり死に至るそうです。ですから、放っておいてもAは死ぬかも、知れません。」

 「けほ、けほ…。」

 あまりに恐ろしい毒に、在仁がびっくりして術力循環が乱れた。慌てた妙が調術したが、在仁は疲れていたので横になった。

茉莉が優しく在仁の頭を撫でて、まるで聖母の如き美しさを放ちながら言った。

 「でも手だからね。腐る前に切り落とせば生き残るでしょ。」

 「けほ…。」

恐い。在仁はぞっとして、自分の手があるか確認してしまった。(あざみ)に切断された体は全て治ったはずなのに、ふとした時に思い出してしまう。これまでであれ程の痛みを味わった事は無い。猛毒を浴びて手を切断するなんて、想像しただけで震える。

 「けほ、けほ。」

妙が付き添って、青藍が心配そうに見ているが、皆は会話を続けていた。

 「どちらにしろ、右手が腐っているか、欠損していると言うのは、Aの目印になるでしょうね。もし晦冥教を利用しつつ、普段は表社会で普通に暮らしているとすれば、そうした特徴で目星をつける事が出来るかも知れません。」

 「戦商売をしていたなら、商人って事でしょ?戦い方からも、部隊に所属しているとは思えないわ。」

 「顔や体形は分かりませんでしたが、声と身長くらいなら分かります。血祭鋭介の外見を特定して、照合すれば、もっと探しやすくなるかも知れません。日下部長、私にやらせてください。」

 「良いだろう。だが一人では動くな。もしAが執念深い性格ならば、白鳥や茉莉様に復讐心を抱くかも知れない。二人とも、くれぐれも注意を。」

 鶚は茉莉には言うに及ばないと思ったが一応口にした。

 当然茉莉は最強であるから不敵に笑んだ。けれど、ベッドから在仁の手が茉莉の裾を引いた。

 「茉莉、気を付けてね。」

 「うん、大丈夫。私強いからね。」

なでなで。か弱い旦那様が可愛くてどうしようもない。茉莉の愛おしそうな笑みに、在仁は余裕が無くて薄く笑みを返した。そして吐息に混ぜて言った。

 「白鳥様、も。どうか、お気を付けてください、ませ。けほ…。」

 弱々しく案じると、のばらは深く頭を下げた。

 「紫微星(しびせい)様。私、司法局へ戻る事にしました。この数日、紫微星様へのご恩返しと思ってお仕えしましたが、全く役に立たず、返ってご迷惑となりました。本当に申し訳ございませんでした。昨日、改めて、紫微星様へのご恩返しと思うならば、一刻も早く晦冥教を潰すべきと思いました。ですから司法局へ帰り、あるべき勤めを果たしたいと思います。」

 「ええ。それがようございましょう。是非とも、そうなさってくださいませ。」

 ほっとした在仁が清き笑みを滲ませると、鶚が釘を刺した。

 「白鳥は紫微星様の同行担当です。引き続き、外出時には同行させますので、ご承知おきください。」

 「です。」

 にこっと笑って敬礼するのばらは可愛いが、在仁は外出予定が無い。

 仕事あるかなぁ。とりあえず年内は無いかな。もう今年も残す所あと二日だ。


 ◆


 鶚とのばらが帰ったのと入れ替わりに、みよから電話がかかってきた。

昨日樹海で発見した南斗棕櫚の事だ。昨日は期せずして晦冥教案件と遭遇したものの、南斗棕櫚を発見してからは紅もみよもその事しか考えられなくなってしまったと言う。在仁は物凄く想像出来るなと思っていた。これで数日は南斗棕櫚に没頭してしまうだろう、と思っていたのだ。

 「と言う事で、持ち帰った南斗棕櫚を解析中です。使えるかどうか含め、時間が必要です。」

 在仁の携帯端末から、みよの元気な声がした。

 紅ならば結果が出るまで報告しなかっただろうが、みよはきちんと経過報告をするタイプのようだ。なかなか丁寧で有難い。在仁は元気なみよに安堵した。

 「さようでございますか。おみよ様、紅様、もう年の瀬でございますから、俺の事よりもご自身の事をご優先ください。御帰省や、年越しなど、大切なご予定がございましょう。時は止まりませんし戻りません。今を大切にお過ごしください。」

今年の年越しは一回しかないよ!在仁が言うと、みよが笑って、紅が答えた。

 「怪我人が余計な気を回すな。他人を気遣って良いのは自分に余裕のある者だけだ。紫微星殿には資格が無い。」

 「資格が、ない…。」

そんな…。驚愕した在仁がわなわなすると、大ウケの茉莉が言った。

 「あはは。ほんとにねー。紅様、おみよ様、よろしくお願いしますね!」

 南斗棕櫚で在仁の痛み止めが出来れば、在仁のしかめっ面が治る。茉莉は素直に二人を頼ってお願いした。そして通話を切った。

 通話を終えた携帯端末をサイドテーブルに置いて振り返ると、在仁は物凄くしかめっ面だった。

 「怒ってんの?」

茉莉が問うと、在仁はむっとした顔を向けた。

 「怒ってない!」

 「あはは、怒ってる。かわいい。」

 「かわいくない!」

人を気遣う資格なしと断じられた事が相当ショックだったらしい在仁の複雑に、茉莉は愛おしそうに笑みを向けた。

 「よしよし。」

なでなで。撫でてやれば、眉間のしわが緩和する。だが、奇妙な事を呟いた。

 「俺に他人を気遣う資格が無いとしたら、俺は今まで無資格で他人を気遣っていた事になるの…か?」

 「っぶ…。なにそれ。」

臍を曲げて目を閉じた在仁に、茉莉はやれやれと肩を竦めた。

どのみち休んでもらいたいので、そっとしておくか。茉莉は在仁をあやすように撫でながら、部屋にいる仲間たちに向かって話しかけた。

 「皆さん年越しは帰省しますよね?」

 在仁は仲間たちを拘束する事を望まない。年中行事に帰省を促すのはいつもの事だ。今年も当然、年末年始にはそれぞれの帰省をと気遣っていた。無資格で。茉莉はそれを思い出して笑いを堪えた。

 「そうね。皆明日には帰省して、年明け二日に戻る予定よ。三日は新年会だしね。」

東と夜鷹(よだか)は上杉家へ。佐長(すけなが)真赭(まそほ)月出(ひたち)は和田家へ。稔元(としもと)(めぐみ)は毛利家へ。それぞれに帰省する。

そこに、紅葉(もみじ)が手を挙げて自己主張。

 「私は残ります。ご安心を。」

 「俺も残ります。今の立場で過ごす年越しは、これが最後なんで。」

(すばる)は福島に移住するので、これが一緒に過ごす最後の年越し、かも知れない。と言っても、八尋(やひろ)が福島の例の街と奥州を転移点で繋いでしまったらしいので、正直ご近所さん的距離感。来年も再来年も一緒に年越ししている可能性はある。

茉莉は昴の名残惜しさに何の感慨も抱けずに、「ふーん。」と雑に流した。

 「真珠(しんじゅ)鷹司(たかつかさ)夫妻と年越しして、あとは地龍本家に行くって言ってたっけ。来年からは(きみ)ちゃんの婚約者ポジで新年会とか公式行事も参加してくみたい。大変だねぇ。」

毎日のように花嫁修業として地龍本家に通っているが、もう公式行事に出るとすれば、高速で必要な礼儀作法や知識を習得しているのではなかろうか。流石の記憶力と感心する。

 「御爺様は?」

茉莉が青藍を見ると、青藍は当然のように言った。

 「在仁と共に。」

 「胡桃様と妙様は…愚問か。」

胡桃は在仁の二十四時間秘書だし、今の在仁には妙が必要だ。

つまり、護衛に紅葉と昴が残り、胡桃と妙と青藍が常駐。今年の年末年始も危なげない布陣だ。茉莉は納得して頷いた。

 「で、要様はどうするんです?」

 茉莉が視線を向けると、要はまるでここにいるのが当たり前みたいだ。数日でこの順応は凄い。

 「私もおります。元よりご恩返しのためにおりますのに、私の私情を優先して放棄するようでは、本末転倒でしょう。」

そうだろうと思っていたが、断言されると引く。控えめな人と思っていたが、結構頑固なのは意外だ。

 「まぁ、良いんですけどね。」

 茉莉としても要の存在は心強い。だがそうと言うのは悔しい。頼優(よりまさ)が差し向けた要を認めるのは、負けた気がする。

澄ました顔の要を見ると悔しさが湧いて来るので、目を逸らして話を変えた。

 「そう言えば要様。血祭家の蔵の所蔵品、櫓家の蔵の所蔵品かも知れませんよ。本来要様が受け継ぐべきものでしょう?」

 「櫓家の蔵に何が収められていたかは不明です。もし今後、晦冥教から押収されたとしても、証明する事はできません。戻る事は無いでしょう。それに、私は櫓虎太郎(こたろう)としての記憶がありませんから、相続する覚えがありません。ですからすべて放棄すると、司法局には伝えました。」

茉莉はのばらから聞いていたが、改めて聞くと凄いなと思った。東たちもびっくりしたようだ。

 「あら勿体ない。貰えるものは何でも貰っておけば良いのに。」

 「そうですよ。一生遊んで暮らしても余るくらいの財だったんじゃないですか。」

 「一生遊んで暮らすよりも、今の方が楽しそうなので結構ですよ。」

降って湧いた良く分からない金で楽して生きるのは、要の考えには無いらしい。

 「だからって、その財が悪い事に利用されるのは嫌じゃないですか?晦冥教の資金になるより、要様の遊興費の方が平和な気しますけど。」

 「元々あの蔵の財は蜻蛉が稼いだものですよね。悪い事をして手にした財で悠々自適に暮らす方が、嫌な気がします。」

ド正論をかます要に、誰も無粋を言えなくなってしまった。

 静かな部屋に、在仁の小さな吐息が漏れた。

 皆で見ると、在仁が笑いを堪えていた。

 「ふふ。すみません。要様が全員を言い負かしてしまわれたのが面白くて。ふふ。」

 起きていたのか。そして機嫌が直ったのか。皆が在仁を見てほっとすると、在仁は清廉な笑みを要に向けた。

 「ではこの年末年始は要様もご一緒に、楽しく過ごさせて頂きましょう。」

誘うように受け入れた在仁に、要は嬉しそうに笑った。

 「是非とも。」

 その見た目が、何だかすっかり在仁に忠誠を誓っているようだ。茉莉は、頼優の命令でやってきたはずの要が、完全に在仁に鞍替えしそうに見えて、眉を顰めた。

 「要様、在仁はあげないよ。」

 「もちろんです。主を独占しようなどという欲は持ち合わせておりません。私はただ誠心誠意お仕えするのみです。」

食えない態度で礼をとるのが、気に入らない。茉莉はむっとしたが、在仁は何故か尊敬に似た目をしていた。

 「なにその顔。」

 「下僕先輩。」

 「っぶ。やめて。」

在仁の下僕魂に、要の姿は刺さってしまったらしい。茉莉は変な憧れの対象を持たないでほしくて、慌てて否定した。けれど、在仁は元々要の事が好きであるから、もうノンストップだ。

 「年越しとお正月のお料理、要様は何がお好きでございましょう。今からでも間に合いますれば、手配いたしますよ。」

 在仁が楽しそうなので、茉莉は止める事が出来なかった。

 この年末年始は賑やかそうだ。

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