457 伝説の事
年の瀬。在仁と茉莉の自宅のリビングには、胡桃や東たち北辰隊メンバー、ひよこの主治医として妙、相変わらず在仁を案じた青藍、そしてのばらと要。そこに、今日はエリカが来訪していた。
リビングテーブルに置かれた、エリカが持ち込んだノートパソコンの画面を、茉莉と在仁が凝視していた。緊張の面持ちのエリカはその顔をじっと見守っていた。エリカに反して茉莉は嬉しそうに目を輝かせて、ゆっくりとスクロールしていた。
「あ、この写真も良い。こっちも捨てがたい。」
楽しそうに言う茉莉に、エリカは得意げに言った。
「沢山撮影した中から、こっちのスタッフで厳選してそこまでに絞ったのよ。」
画面にずらっと並んでいるのは、在仁の写真集のために撮影した膨大な写真たちだ。撮影日はそう無かったが、これだけ撮影していたと分かると、写真集をつくるには十分だ。しかも、これでも厳選したと言う。
「あとは二人の意見を聞きながら構成して行こうと思って。」
エリカは写真集を出すにあたって、在仁の許可のない写真を載せる事はしないと約束している。だから在仁にはしっかりと選んで貰わねばならない。オフショも載せたいので、色んな理由で写っていてはならないものが無いか、厳しいチェックと幸衡の許可も要る。
「私はねぇ、これはマストで。あと、これも好きだなぁ。あ~、選べない。全部欲しい。」
超ご機嫌の茉莉に、エリカは手応えを感じた。茉莉が良いと言うのは、力強い太鼓判だ。
「良ければ、皆さまもご覧になってくださらない?」
普段在仁と一緒にいる仲間たちは、世間一般が崇める紫微星様とは違う、等身大の在仁を知っている。その目で選んだ写真ならば、より本当の在仁に近いのではないだろうか。エリカは、この写真集を偶像崇拝のツールではなく、血の通った生身の在仁を感じられるものにしたかった。紫微星と崇められるまでに、在仁がどれだけ傷付いても諦めず戦ってきたのか。その真実を、少しでも感じられるものにしたかった。
エリカがこのプロジェクトにかける情熱は、ここまででよく分かっているので、仲間たちも快く協力した。
皆で写真を見て、ああだこうだと言い合っているのは、たいへん楽しそうだ。けれど、エリカは最初からずっと押し黙ったままの在仁が気になった。目を向けると、物凄くしかめっ面だ。
「葛葉さん。何かお気に召さない事でもあるのかしら。何でもおっしゃってくださらない?私、葛葉さんが不本意なものを世に出すつもりは全くないのよ。」
気遣うように見上げるエリカは、無意識のあざと可愛い角度。それを見た茉莉が、可愛いなと思いながら言った。
「違う違う、気にしないで。怪我が痛いの我慢してるの。」
「ええ?」
びっくりしたエリカは、改めて在仁を見た。
在仁は見るからに自宅療養中といった姿だ。寝巻の浴衣に厚手の上着を羽織っていて、左手を三角巾で吊っている。痩身にこの格好はなかなか痛々しい見た目だ。
「そうだったの。葛葉さん、これまでもかなり御怪我なさって来たけれど、あまり痛いとおっしゃらないから…。珍しいのね。」
先日の晦冥教に関わる要誘拐事件については、昨日司法局より公表された。事件詳細については共有されつつも、誘拐事件解決における怪我人は一人とされ、誰がどんな怪我をしたかまでは公表されなかった。だから世間はまだ在仁の状況を知らない。
もちろんエリカは蘇芳や茉莉ルートで事情を知っているので、心配しつつも写真集の仕事を持ち込んで申し訳ないと思った。
「我慢強い在仁がこの顔だから、かなり痛いんだと思う。」
茉莉が「かわいそ」と言いながら頭を撫でると、在仁のしかめっ面が僅かに緩んだ。
「そう。タイミングの悪い時に来てしまったわね。出直した方が良かったかしら?」
「いいえ。問題ございません。申し訳ございません、お気遣いさせてしまいましたね。」
吐く息に混ぜて言う在仁に、エリカは少々迷ったが、本当に駄目ならば茉莉をはじめ仲間たちが許容すまいから、それを判断材料として話を続けた。
「分かったわ。では無理しないで聞いて頂戴。」
皆で写真を選びながら、エリカはスケジュールを確認した。
「出来れば来年の三月五日、葛葉さんのお誕生日に発売したいと思っているの。」
「え?お早くございませんか?」
耳を疑った在仁に、茉莉が嬉しそうに笑った。
「誕生日発売だって、良いね!楽しみ!どうやって買うの?」
「やっぱり受注生産が現実的だと思うわ。年明けと同時に、一次予約を開始するわ。その後は売れ行きと反響を見ながら、二次予約をとって増産するつもり。あと、何か特典を付けて、ちょっとお高いバージョンも作ろうかと思っているわ。」
エリカの話を聞いて、茉莉はもうワクワクが止まらない。だが、在仁はしかめっ面で言った。
「お忙しくはございませんか?あまり無理をなさる必要性を感じません。余裕を持ったスケジュールにて発売なさってくださいませ。」
たしかに誕生日に発売したら何だか素敵だけれど、誕生日に拘るこたないのだ。在仁が求めるのは穏やかな労働環境であるから、誰かが過労死するようなスケジュールは断固反対。珍しくしかめっ面をしているものだから、エリカはちょっとびくっとしてしまうけれど、これは痛みに耐えている顔だと思い直して言った。
「大丈夫よ。印刷所は確保してあるし、話は付いているの。だから、肝心の写真をとっとと選んじゃわないとね。」
それはまるで、在仁が写真を選んでゴーを出しさえすれば、誰も過労死しないで済むと言われているようだ。在仁はそう攻められると逃げ場がない。
「俺が俺の写真を選ぶのは拷問でございますよ。」
自分の写真集なんか、どれだけ考えても気持ち悪いだけだ。在仁はこんな大量の自分の顔を見ているだけでうんざりしてしまう。やはり、こんな写真集を購入する者の気が知れない。この写真集は売上が全額、奨学金制度に充てられるのだから、きっとそれを支援する目的に違いない。人々の慈善活動に感謝を思うも、すぐに飽きられて捨てられる気もして複雑だ。
しかめっ面でそんな事を考えていると、そのしかめっ面の意味がないまぜになっていく。在仁は何だかストレスになってきた。
「茉莉にまかす。」
「おっけー。任された!」
茉莉に一任して他人事にしてしまうと、無責任ぽい呵責。だがもう見たくもないので放棄だ。そこへ要がお茶を淹れて来た。
「紫微星様、寒くないですか?」
「ええ、ありがとうございます。」
わざわざひざ掛けを持ってきてかける要に、在仁は実に甲斐甲斐しい人だなと思った。お茶を持ってくるタイミングとかも、在仁の様子や話の合間を見ているので、絶妙だ。この男できるな、と思っては失礼だが、やはり頼優が重宝するだけの事はある。
邪魔にならないように在仁の斜め後ろに控える所作も慣れていて、気配も絶妙に希釈されていてストレスが無い。身に着いた動きの無駄の無さにも、在仁は尊敬を抱いた。元下僕として見習うべき所が大いにある。いや、紫微星様は見習ってはいかんのか。
皆が写真を選んでいるのを一旦放置したエリカは、在仁に仕える要を見て不思議そうにした。
「ところで、最初から気になっていたのだけれど、どうして要様がここにいらっしゃるの?鞍替えなさったの?」
「いいえ。先日の誘拐事件におけるご恩返しとして、しばらく紫微星様にお仕えしております。」
「あらそう。ふうん。」
エリカが何かを察したように頷いた。要は何も言わずに控えた。
世間はまだ在仁が要誘拐事件解決の際に怪我をしたと知らないはず。だが、事件解決には源氏や紫紺小隊などの協力体制があったので、紫微星様が御怪我を負われた、という情報は少しずつ広まるだろうし、上層部は既に知っていると察する。ただ、現状がどうあれ、地龍公式新年会で在仁を一目見て明らかとなるのは確定だろう。
となるとだ。要を助けるために怪我をした在仁は、端から見たら源氏の所為で怪我をしたという解釈となるのだから、後から非難を浴びる案件だ。けれど既に要は在仁の元に送り込まれている。在仁は流されただけだが、受け入れている事実は、紫微星様が源氏の誠意を受け取ってお許しになった、と言う解釈だ。
先んじて手を打った源氏の動きの速さに、エリカは迅速な対応だなと感心した。
在仁はその暗黙の何かを感じて、なんだろうと思った。要がここにいる事に何か…。思考を編もうとするも、怪我の痛みが邪魔をしてしまう。怪我の所為で術力循環も悪いし、いまいち頭が働かない。結局ただ流されているだけだ。
視界には、要と同じように壁側で控えているのばら。のばらの事も、流されて受け入れているが、これで良かったのだろうか。どうしたら良かったのだろうか。考えようとすると、頭がくらくらした。
「まぁ、いいか。」
ドクターストップにて年内の全業務が終了している。在仁は、頭脳労働もそれに含まれると言う事にして、全部放棄した。
どうにも在仁らしからぬ在仁に、エリカは大丈夫かなと不安になった。
そこへ、茉莉の元気な声が呼んだ。
「エリカ、私これが良い!これ、おっきく載せて!」
「どれかしら。」
こうして在仁を放置して、写真集の写真選定会は大いに盛り上がったのだった。
◆
在仁が術力炎による火傷に苦しんでいると聞いたみよは、何か役に立てないものかと思案していた。
銀から相談された紅は、術力炎による火傷は痛むのが当然だとして一度は切り捨てた。だが、それでも何か手は無いかとあれこれと考えていた。紅で分からぬ事がみよに分かる訳がないと思うも、みよもみよとて何か出来る事はないものかと考えた。結果、祖母に相談してみる事にした。
みよの祖母は薬術師だ。薬術師仲間が一目置く程の薬草栽培の腕を持つ祖母ならば、何かぴったりな薬草を知っているかも知れない。祖母の歳の功と経験値を頼って、みよは樫木家に向かった。
実家の樫木家は、みよが宇治山家で結婚詐欺に遭ってから、ちょっと腫物扱いだ。過去、みよのあざを憐れんでいた時よりも、触れてはいけない空気を出して、よそよそしい。確かに、あざ持ちよりも、結婚詐欺に遭った事の方が、可哀想なのだろう。だが、あの結婚詐欺はみよの方も詐欺師みたいなものだったので、お互い様だ。もちろん、みよが紅を殺す目的で結婚した事実はごく一部にしか知られていないので、樫木家も知らぬ事だ。だからみよは騙された可哀想な娘なのだろう。
みよが帰ると、可哀想な娘を甘やかすような気味の悪い態度の両親があれこれと心配して来た。が、今日は両親に用はない。みよは曖昧に受け流して祖母の元へ向かった。
祖母はいつものように庭の薬草畑にいた。みよが声をかけると、穏やかに微笑んで迎えた。そこに憐憫が無かったのに、みよは安堵した。
「おみよ、元気にやっているの?」
薬草畑に屈んだ祖母がいつもの柔らかな口調で尋ねた。
「ええ。とっても。私、今までで一番充実していて楽しいわ。」
これまで誰にも見せないように前髪で隠していたあざは、今は敢えて前髪を留めて見せるようにしている。俯きがちで控えめだったみよが、堂々と背筋を伸ばして笑うのを、祖母は少し驚いてから笑った。
「そう、良かった。心配したのよ。婚姻が解消されたのに、帰って来ないんだもの。しかも宇治山紅様の元で働いているだなんて。おばあちゃん、全く意味が分からないわ。」
「心配かけてごめんね、おばあちゃん。」
祖母は畑の前に置いた椅子に座って、大きく息を吐いた。足が悪いので、仕事は休み休みだ。みよは、幼い頃からそんな祖母を手伝ってきた。別に薬術師に興味など無かったが、それがいつの間にか身に着いていて、今に繋がっているのは不思議な事だ。
みよはいつものように祖母の隣にしゃがみこんで話した。
「ねぇ、おばあちゃん。紅様って凄いのよ。」
紅の畑は本当に凄い。本でしか見た事のないような植物のオンパレードだ。どれも毒性がある危険なものだが、毒も薬と言う通り貴重なものだ。みよはその畑の事をまるで自慢するように話した。祖母はそれを聞いて、嬉しそうに笑った。
「それは凄いわねぇ。おみよ、いつの間にかすっかり立派な薬術師になっていたのね。」
「そんな事はないわ。私は全然。だから紅様に教えて貰っているの。」
紅は案外親切だとみよは思う。研究に没頭すると生活がだらしなくなるのは事実だが、だったらみよが片付ければ良いだけだ。衣食住に関して紅は無頓着で、みよのする事に特に口を出さない。これまでの助手や使用人が辞めてしまった経緯は不明だが、みよは存外快適に生活している。教えを乞う代わりに、家事雑事をする。この取引が成立しているので、精神的にも楽だ。
実家にいた頃は、あざの所為で人目を気にしていた。家族や親族にとやかく言われる事を恐れてびくついていたし、将来の事を考えると気が重かった。それに比べて今はまるで羽が生えたようだ。
「そう、良かったわ。紅様はおみよの憧れだものね。」
そう言われて、みよはちょっと心が痛んだ。紅を仇として殺すために結婚を決めた時、家族には紅と結婚したいと説得したのだ。あれの所為で、みよは紅を好きで宇治山家に嫁いだと思われている模様。それが詐欺だったのだから、みよの恋心はズタボロ、と思われているのだろうか。
祖母の安堵には、ようやくみよの想いが成就したと言う雰囲気が感じられた。みよは、まったくの事実無根であるから気まずい。
「親子程も年の離れた御方でしょう?はじめは心配したけれど、おみよの事を大切にしてくれるなら、おばあちゃんは良いと思うようになったわ。」
「う~ん…。そうね。大切には、してくれているのだと思うわ。」
弟子、助手、家政婦、色んな意味で大切にされているのだろう。ただ、紅はみよに性的な魅力を一切感じていないようだ。やはり親子程も年が離れている所為だろう。みよは紅を思い出して、改めて不思議な関係だと思った。
どの角度から見ても実に不思議な関係だが、今の暮らしが好きだ。だから大切にせねば。出来る事で身を立てていかねば、紅に不要とされては困るのだ。みよは恩人でもある在仁の役に立ちたいと言う気持ちもあり、縋るように祖母に言った。
「ねえ、おばあちゃん。実は相談があって来たの。」
◆
やっと写真を選び終えて、エリカが帰った。
在仁は完全に放棄して休んでいたので、別に疲れていないが、何故か要に労われた。出したくもない写真集を出す事への同情だろうか。
しかめっ面の所為で写真集の事が不服に見えるのかも知れない。不服だが了承した案件であるから今更文句はない。そう説明するのも蛇足だな、と思っていると、在仁の携帯端末が鳴った。
素早い動きで電話を通話にしたのは、茉莉だった。
「紅様だ。」
「なんだろ。スピーカーにしてくれる?」
在仁は皆に聞かれて困る話もなかろうと思い、楽を取ってスピーカーにしてもらった。
すると通話の向こうから、いつもの紅の不愛想な声が投げかけられた。
「無事か?」
「まぁ、何とか生きておりますよ。」
苦笑すると、紅はその声の弱さを感じ取ったのか、暗い声で言った。
「銀から聞いた。術力炎による火傷を治す方法は、ひよこには向かぬ。出来る事は痛みの緩和だろうが、紫微星殿に効く痛み止めについて、私には心当たりが無かった。」
在仁の怪我の痛み止めについて銀が紅に相談しているのは知っていた。だが、紅から在仁に何かアクションがある事は想像していなかった。何だか真剣に考えてくれていたようで、在仁は有難い反面、忙しいだろうから申し訳ないと思った。
だが、紅が何も無いのに連絡をしてくるはずが無い。案の定、紅は続きを話した。
「だが、おみよが祖母に尋ねたところ、少々興味深い話が出て来てな。」
その言い方が、何だか嫌な予感を誘発してくる気が…。在仁はしかめっ面の眉間のしわを深めた。もちろん通話の向こうの紅には見えないので、そのまま話し続けた。
「かつて富士山麓のどこかで栄えた血祭家という家門が独占していた南斗棕櫚という植物が、どのような痛みも立ちどころに消す痛み止めになるらしい。」
「血祭家?」
おいおい、物騒な名前だな。屍村、子消町ときて、血祭家とは。名を付けた者はおよそまともな者ではあるまい。明らかに怪しい話だと思った在仁は軽く言った。
「まゆつばっぽくございません?」
「まぁな。真偽不明ながら、血祭家が滅んだのはその南斗棕櫚の所為らしい。」
そこへ、みよの声が入ってきて、紅に代わって説明した。
「江戸時代、南斗棕櫚は麻薬として大流行したらしいです。大量の廃人を出した所為で、統治家門に御禁制にされてしまったんですって。南斗棕櫚で一財築き上げた血祭家も、販売禁止の所為であっさり衰退して、没落したらしいです。」
「とんだ曰く付きではございませんか。」
おいおいおいおい。在仁は何の話をされているのかと困惑した。それは通話を聞いている仲間たちも同じであったらしく、茉莉も顔をしかめた。
「しかも麻薬って。痛み止めじゃないじゃないですか。」
「ですが、麻酔や痛み止めとして使用されるものは、麻薬とされる植物だったりします。毒は使い方次第ですよ。」
みよが言うとなかなかの説得力だ。在仁たちはそういうものだろうかと、曖昧に頷いた。もちろん、毒が薬となると言う話に対して頷いたのだ。血祭家云々については全く信じていない。よくある作り話だろうと思う皆が、口々に言った。
「で、まさかそのお話を信じておられるのでございますか?」
「そんなレアで危険な植物本当にあるんだったら、晦冥教の密売組織が売買したんじゃないですか。」
「晦冥教の密売組織は呪いを付与する適合物しか扱いませんでした。その南斗棕櫚はリストにもありませんから、そういう類ではないかと。」
「そもそも、晦冥教の密売組織のリストに無い品で、価値の高いものは数多ございます。」
皆の全く信じていない様子に、紅とみよが反論するように言った。
「血祭家の歴史についてはどうでも良いんです。重要なのは、南斗棕櫚の存在です。私は、探してみる価値があると思います。」
「私も興味深い。北斗棕櫚は聞いた事があるが、南斗棕櫚は無い。なんでも六枚の葉からなり、その六枚目を使用するらしい。もし存在するならば、研究価値は十分にあり、紫微星殿の役に立てるかもしれん。」
その前向きさには、南斗棕櫚探しに行きたい!という気持ちがはっきりと読み取れた。
つまり、紅が電話をしてきたのは、南斗棕櫚の採取について、なのだろう。
だいたい紅とみよの真意が分かった東は、どうしたものかと思いつつ訊いた。
「その血祭家ってのが富士山麓のどこにあったのかも分からないんでしょ?探しようがないじゃない。」
富士山麓中を探し回るなんて途方もない話だ。このド年末に勘弁して貰いたい。東が否定的なニュアンスを出すと、そこに要が手を挙げた。見れば、要が携帯端末を見せている。画面には「頼優様」と表示されているではないか。つまり、要は今頼優に電話しているのだ。
は?と思った全員が要を見ると、要の携帯端末から頼優の声がした。
「血祭家?聞かぬな。富士山麓であれば富士氏の傘下だろうが…。」
いつ事情を説明したのか、頼優はあっさりと話に合流するではないか。在仁はびっくりして何も言えなかった。
ただ、この状況は何だかリモート会議っぽくもある。鎌倉と奥州と須磨を繋いで、皆で話しているのは面白い。面白いが、議題が全然面白くない。東が要に余計なアシストをするなと睨んだが、もう遅い。最初から南斗棕櫚を探しに行きたいみよが言った。
「南斗棕櫚によく似た北斗棕櫚の生育環境を参考にすれば、富士山麓のどのあたりにあるか絞れると思うんです。ですから、立ち入り許可だけ頂けませんか?」
超前のめりのみよに、東はびびった。この子こんなにアクティブだったかしら?いや、紅を殺すために結婚するアクティブさを持っていたわぁ。だったらここで止めても無駄かしら。東が迷っている間に、話はどんどん進んで行く。
良く出来る側近秘書面した要が頼優に言った。
「頼優様。今ここで御許可だけ下さいましたら、富士山麓への立ち入り申請は私の方で致します。紫微星様の為になるかも知れませんので、出来る事は何でもさせて下さい。」
「そうだな。分かった。許可しよう。だが、申請もこちらで請け負う。要は引き続き、紫微星様に誠心誠意仕えよ。」
あっさり簡単に許可した頼優は、すぐに通話を切ってしまった。その速さが、今すぐに立ち入り出来るようにすると分かる。
東は要と頼優の行動の早さは、ひとえに在仁の為だったと気付いて、超納得した。
そしてそれを聞いた茉莉も、怪しい眉唾話はどうでも良いが、在仁のためならば黙っていられないとばかりに手を挙げた。
「私も行く。」
「え?」
「紅様とおみよ様だけで行かせられないでしょ。私も行く!」
そこへ、黙って聞いていたのばらまで手を挙げた。
「でしたら私も行かせてください!紫微星様の為と思いやってきましたが、実際あまり役に立っておりません。何かしたいのです。」
要が有能すぎて、のばらには出る幕が無いのだ。元より考えたり繊細な事をするよりも、体を動かす方が好きなタイプだし。のばらがここで何とか挽回したいと息勇むと、東はちょいと不安になった。
「植物採取の同行者としては、ちょっと血の気が多いわね。」
もう紅とみよは完全に行く気だし、許可もすぐに下りるだろうから、止める口実も無い。二人は非戦闘員だし、不測の事態のためにも護衛要員は必要だが、茉莉とのばらか。血気逸るタイプの二人はアテになるのか。
「大丈夫ですよ!紅様、おみよ様、私たちと一緒に行きましょうね!」
茉莉が勝手に決めて誘うと、紅とみよの気持ちはもう採取へ向いていて、返答はおざなりだった。
この二人、最早在仁の痛み止めではなく、珍しい植物に夢中になっていまいか。在仁は何だかな、と思うも、普段からお世話になっている事実を思うと何も言えなかった。
「茉莉、気を付けてね。」
結局、茉莉に一任するしかない。今の在仁は全部、茉莉に丸投げの無責任状態なのだった。




