430 忠臣の事
年末の挨拶回りの最中に発作を起こして倒れた在仁は、そのまま源氏本家屋敷に運ばれた。
要が手配した温かな和室に敷かれた布団に寝かされ、しばしの休息をとる事になった。
「要様、対応早すぎません?」
在仁を寝かせた部屋に、お茶が用意され、茉莉も北辰隊も休息タイム。要はあれこれと気を利かせて用意する速さが尋常ではない。先程在仁が発作を起こして苦しみ出した時、すぐに屋敷へ走って行った。そして茉莉たちが薬を飲ませて調術している短時間で戻り、部屋に布団を用意したから運ぶようにと言った。その速度たるや。
「一応、予め準備はしていました。紫微星様の御体のご事情は存じておりますので。」
「優秀すぎ。」
「これだから頼優様は要を手放せないのね。」
東たちも納得の転ばぬ先の杖に、要は恐縮したように頭を下げただけだった。
そして暖めたタオルを持ってきて、眠る在仁の胸に置いた。
茉莉はそれを隣で見ながら、不思議に思った。
「どうして?」
胸や気管を温めると痛みが和らぐと言う説は、総角独自の提唱。それを知るはずが無い要が、それをするのは何故。まるで術力異常を起こした者を看病し慣れているかのようだ。茉莉の問いに、要は控えめに言った。
「当時、頼優様にずっとついておりました。胸を温めると、僅かに楽になるとの事でしたので。」
「ああ…。そっか、頼優様は頼秀様にずっと術力干渉剤を飲まされていたんだっけ。」
頼秀の謀略で暗殺されかけた頼優は、風邪薬を術力干渉剤にすり替えられていたのだ。当時、術力異常を繰り返す頼優を看病していたのは要だった。頼秀の謀略に気付き、頼優を守ったのは、要だったのだ。
「要様は頼優様の命の恩人なんですね。」
「いいえ。私はただご恩返しをさせて頂いているだけです。孤児であった私を拾い、育て、雇ってくださっているご恩は、このような事では返し切れません。」
その言葉は本心に相違ないだろうが、茉莉は何だか寂しく思えた。要の言葉を肯定したくないと思ったのは、在仁に似て思えたからだ
在仁は茉莉に拾われ下僕として働いていた。要が一生をかけても恩を返し切れないと言うならば、在仁は一生茉莉を命の恩人として恩返しし続ける立場と言う事になってしまう。茉莉にとって在仁は最愛の人。恩とか義理とか、そんな関係ではないのだ。
頼優だってきっと、要をそんな風に思っていないはず。純粋に大切に思っているはずだ。けれど茉莉は、その事をどう言えば良いのか分からなかった。
◆
胸が苦しくて、目が覚めた。
在仁はこの感覚をよく知っている。術力異常の余韻だ。ひよこがぐずっている。こうなるとしばらくは再起不能だ。こんなだから虚弱だと言われるのだ。
うんざりしながらゆっくりと目を開くと、視界には誰かの顔。
眠る在仁の布団を整え、額に手をやった人物の顔は、酷い火傷に覆われていた。
「かなめ、さま?」
こういう顔だったのか。在仁は初めてこんなにはっきりと顔を認識した。要はいつも髪で顔を隠していたので、チラチラと見えてはいたが、全貌をはっきりと見た事はなかったのだ。
こうして見れば、容姿は判別がつかない。みよが美容詐欺で負ったあざよりも酷いものであるから、要が女性であったなら人前には出られなかったかも知れない。もちろん要自身この顔を好んではおるまいが、隠しているのはむしろ他人を不快にしたくないという意図に思われた。それは要の気遣いで優しさだと、在仁は感じていた。
それにしても、こんなに肌が焼けてしまったのは子どもの頃だと言うから、さぞ痛い思いをした事だろう。在仁はその痛みに寄り添わずにいられなかった。在仁が薊の実験室にいた頃に与えられた多くの苦痛を、今も忘れる事は出来ない。あれは辰砂を使った人体実験であったから、切り刻まれた欠損は再生し、焼かれた肌も修復した。けれど心の傷は治る事は無い。だからきっと、要も辛い過去を抱えて生きているのだろう。
在仁が起きた事に気付かずに世話をする要の顔に、在仁はそっと手を伸ばした。そのケロイドのようなしわしわしてつるつるした肌に、指先を沿わせると、要がびっくりして離れた。
「し、紫微星様。御目覚めに…。すみません。」
触られた頬を押さえた要が、何故か謝った。在仁は慌てた様子の要を不思議に思った。
「こちらこそ、不躾な事を。申し訳ございません。」
ゆっくりと起き上がろうとしたら、茉莉がやって来て介助した。在仁の胸の上から暖かいタオルが落ちた。
「それ要さまが。頼優様のお世話をしていたから、色々分かってるみたい。凄い対応力だったよ。」
「そう…。頼優様の。そうなんだ。」
在仁は、頼優が術力干渉剤を飲まされていた事を思い出した。術力異常の苦しみを共感できるのは、あの過去があるからだ。
「要様、お気遣い頂き、ありがとうございました。お陰様にて、幾分良くなりました。」
「いえ。僅かな事しか出来ず、申し訳ないです。」
謙遜している訳でもない言い方は、己の価値を正しく評価していないように思えた。
在仁まだ不調のままであるから、起き上がったものの立つ事儘ならず、その体勢で要を見た。髪の隙間から覗く目は、在仁を直視する事を避けているかのように逸らされた。
要の立場を思えば、誰だって何となく気持ちは察する。戦災孤児で出自どころか顔の判別もつかない者だったのを、名と居場所を与えられたのは神の如き救済。そのご恩に報いる忠誠は揺るぎなく、同時に己への弁えも厳しいものだろう。誰に何を言われても耐え、ただ一心に頼優に尽くす心は、要個人の幸福を否定すらしているかも知れない。要のすべてを、頼優のために使ってこそ。己が身の上が分からないとなれば、そこにアイデンティティーを求めてしまおう。分かり易い依存心は歪んでいるだろうか。
だが在仁だって、茉莉と出会った頃はそんな感じだった。茉莉がいなかったら生きる術がなく、必死にその道に縋りついて生きていた。自らの罪を自覚しながら生にしがみつくみっともなさを抱えて、生きている事自体に疑問を抱き、それを誤魔化すように茉莉に必要とされようと足掻いた。あの頃は必死で辛くて苦しかったけれど、今思い出すと在仁の生活には茉莉しかなくて、それはそれで幸福な暮らしだったとも思う。茉莉の事だけを考えて尽くす暮らしは充実していて好きだった。だから頼優のためだけに生きられる要の生活は、ある意味羨ましくもあり、楽しそうでもあったりして。それがアイデンティティーだ、というのも一種の誇りに思えて来るし、悪くない。
そんな事を考えてみれば、要の謙遜は、ある種の向上心に思えて来る。まだまだやれるし、やり足りない。そういう貪欲さの表れであれば、要はまだ進化途中なのだろう。頼優のために頑張りたい要の愛情に、限界は無いと見える。
「ふふ。要様は素敵な御人でございますね。」
好きだわー。今度腹を割って語らいたい。
在仁が勝手に仲間認定して微笑むと、要はぎょっとして狼狽していた。焼け爛れた頬に触れられた事に余程驚いたのか、いつまでも落ち着かない様子で髪で顔を隠そうとしているので、在仁は申し訳ない事をしたなと思った。
座った姿勢から立ち上がれない様子の在仁を見かねて、東がやってきて手を貸そうとした。
「あれからまだ十五分くらいしか経ってないわ。頼優様との約束の時間に間に合いそうだけれど、体調はどう?」
「さようでございますか…。」
これは年末の挨拶であるから、いつもお世話になっている頼優には欠かせない。けれど、自立歩行できる気がしないのは情けない。心配をかけるのも悪いが、ドタキャンはもっと悪い。既に源氏本家にいると言う状況であるから、どうするのが正解だろうか。高速で思考を巡らせていると、バタバタとした気配が近付いてきて襖を開いた。
「紫微星様!」
「頼優様!」
余程慌てていたのか、頼優は断りもなく勝手に入室してそのまま在仁の目の前に膝を着いた。
「紫微星様、倒れたと要から連絡があり、急いで駆け付けました。起きていて良いのですか?」
在仁は起きようとした変な姿勢。上体を東に預けて、腰が抜けたような、そのまま引きずっていかれる人みたいな格好だ。
「ええ、要様に介抱頂き、先程目が覚めました。幾分回復いたしましたが、この通り立ち上がる事は出来そうにありません。頼優様には折角お時間を頂戴いたしておりますのに、情けない事で申し訳ございません。もし、失礼でなければ介助を伴って、ご挨拶させて頂けますれば…。」
「何をおっしゃるのですか。ご挨拶など不要です。常からお世話になっているのはこちらの方です。どうか、御無理をなさらず、ゆっくりと休んで行ってください。私の事など気にせず、ご自愛ください。」
「いえ、まさか。本日も要様を遣わせて下さったお陰様にて、たいへんスムーズかつ心安くご挨拶回りをさせて頂く事が出来ました。頼優様の御心遣いに感謝させて頂いておりますのに、無碍になど出来ません。」
青い顔で頑固に言う在仁に気圧されて、頼優は仕方なく引き下がった。
「分かりました。ではここで結構です。どうぞ、御体を楽になさってください。」
「ここで?」
布団の中で?そんな非礼が罷り通ろうか?ぽかんとした在仁を無視して、佐長が持って来た菓子折りを茉莉にパス。茉莉はそれを頼優に差し出して言った。
「頼優様、本年も在仁がとってもお世話になりました。在仁は頼優様が大好きなので、来年も是非よろしくお願いします。」
「ご丁寧にありがとうございます。紫微星様の御心を頂戴出来ます事、何よりの誉れと自覚しております。今後も信頼を裏切る事無く勤めて参ります。どうぞ、よろしくお願いいたします。」
頼優が茉莉から菓子折りを受け取って御礼を言うと、茉莉がぽかんとしている在仁に訊いた。
「これで満足した?」
「…ま、満足は、しないけど…。あの、すみません、こんな形で。そうでございますね、その、俺は頼優様が大好きでございますので、来年も仲良くしてくださいませ。はい。」
在仁はもじもじしながら言った。何だか茉莉の挨拶が気に入ってしまったようだ。在仁はそもそも頼優を個人的な関係として好きなのだ。兄と慕う友として。その心にクリーンヒットした挨拶だったのだ。
頬を染めて乙女の恋心を吐露するような態度の在仁に、頼優が噴き出した。
「ふっ…。すみません。あんまりにお可愛らしいので。ふふ。ええ、私も紫微星様が大好きですよ。来年も是非、仲良くしましょう。」
清廉な在仁の純心に、些か照れてしまった頼優まで頬を染めると、茉莉はむっとした。
「あんまり仲良くし過ぎちゃ駄目だからね。浮気禁止だから。」
心の狭い茉莉の発言に、在仁は愛おしそうに微笑んだ。
「もう、分かって無いわね。絶対に分かって無い。とりあえず、もうちょい横になりなよ。もう頼優様ご本人が来てくれたんだから良いでしょ。」
無理をして起き上がる必要は無くなったので、もう少し休ませるべし。茉莉と東にぐいぐいと寝かされた在仁は、横になった姿勢で頼優を見上げた。その視界には、頼優の斜め後ろに要。今日一日、在仁の斜め後ろにいた要だが、やはり頼優のその位置がしっくりくる。べスポジだ。
「要様が羨ましゅうございます。」
ふわっと本音を漏らすと、皆が不思議そうに要を見た。要はびっくりした。
「わ、私がですか?自慢ではありませんが、私は他人に羨まれた事はありません。まして紫微星様から羨まれるなど。そのような要素を、自分に見出せませんが…。」
ど、どこが?要の狼狽ぶりに、在仁は大真面目に言った。
「頼優様の御為のみに尽くされる人生は、とても充実なさっておりましょう。想像するだに楽しそうでございます。俺も、茉莉の下僕が楽しゅうございました。お慕いするただ御一人の為のみに身を捧げて生きられる事は、まことに幸福でございますね。」
その言い方が、本当に心から羨んでいるように聞こえた。
頼優は在仁の意見に驚いて、要を振り向いた。要はぽかーんとした間抜けな顔をして頼優を見てから、はっとして目を逸らした。
「びっくりしました。そのような事を言われたのは、初めてです。いつも、何をしても、拾われたご恩に報いているだけと言われていました。卑しい孤児の身ですから、頼優様を頼るしか生きる術がないのだろうと、憐れまれ、嘲られる事はあれど、まさか幸福だなんて。…本当に、その通りと思います。」
彷徨っていた要の目が、在仁を直視したのが分かった。
要は戸惑いながらもはっきりと言った。
「私も、頼優様の事が大好きです。と、申しますか、頼優様は人を惹きつける魅力のある御方ですので、誰もが頼優様の事が大好きなのです。そんな御方に、大切にして頂き、こんなに近くでお仕え出来るのですから、幸福に違いありません。下賤の身の上で調子に乗っていると謗られる事もありますが、私は頼優様の側近秘書なのですよ。調子には乗ります。この仕事が好きです。楽しくて仕方ありません。私は戦災孤児で良かった。出自不明の天涯孤独であったから、頼優様の御側に置いて頂けたのです。所在不明の家族には悪いですが、この身の上で本当に良かったと思うのです。」
自信を持って力説する要に、頼優の方が驚いてぽかーんとした。その顔が面白かったのか、要が笑った。
「頼秀様の謀略から頼優様のお命を救ったのは、我ながらミラクルファインプレーでした。私は頼優様に欠かせぬ存在なのだと、自己証明出来たのだと自負しています。私を捨てたら、祟りますよ。」
「馬鹿を言え。要を捨てるなど、有り得ない。そんな私は偽物だ。即刻捕え牢に入れよ。」
頼優が軽口で返すと、要が笑い声を押し殺して肩を震わせた。そのやり取りの気安さが、まるで本当の兄弟のように見えた。やはり二人は仲良しなのだ。でなければ互いに成り代わったりしない。
笑顔の二人を見て、在仁が良い関係だなと思っていると、茉莉がほっとした。
「なぁんだ。要様ったら、ひたすら自分を捨ててご恩返しの為に生きているのかと思いましたよ。もしそうなら、在仁もそうなのかもって、心配になっちゃったじゃないですか。」
「え?そうなの?」
在仁がびっくりすると、要は申し訳なさそうにぺこっとした。
「それは失礼いたしました。私が頼優様のお気に入りである事を妬んだ方々によく絡まれるもので、ご恩返しに尽くしているだけと言う返答が身についておりまして。下賤な孤児の哀れな終身労働の顔をすると、だいたいの者が優越感を抱いて去って行きますので。」
「性格わる!」
茉莉がびっくりしてつい言ってから黙ると、頼優にツボってしまった。
「あはは、要の性格が…ふふ。まぁ、良い性格をしていますよ、これは。子どもの頃から。」
「私は誰より一番頼優様に尽くしていると自負しています。言いたい者には言わせておけば良いと思っています。」
毅然として割り切っている要の堂々とした物言いに、在仁はなんだかスカっとした。先程北条家で要の評価が低かった時、在仁はそれを否定して訂正したかった。要の貢献度をしっかりと分からせたかった。けれど、要はそれを否定した。なんで、と思ったが、そういう事ならば放置で良かったのだ。
要は誰にも理解されずとも、事実頼優の最大の理解者であり忠臣であるのだから、理解できない者はお呼び出ないのだ。遜って弁えた態度で、その実腹の中で相手を見下しているとは、なかなかどうして良い性格をしている。
地龍の身分社会の序列に関わらず、己が価値を肯定し芯を持って生きている要は、実は物凄く格好良い人なのではないだろうか。
在仁はそう思ったら、自分と一緒にしたのは悪かったと思った。在仁が茉莉の下僕だった時はもっと卑屈だった。
ここをオフレコの場と思ってかあけすけに言った要だったが、そっと皆に口止めした。
「ですが、この事はご内密にお願いします。」
要の素が源氏傘下の方々にバレると虐められる。別に良いけど面倒だ。そう思っていそうな態度で人差し指を顔の前に立てた要に、頼優は面白そうにしていた。
「素で話した方が面白い奴なのですがね。友も無く、恋人も無く、私にしかこの顔を見せません。勿体ないとは常々思っているのですが。」
肩を竦める頼優はそう強要する気はなさそう。要の生き方に言及する立場では無いと言う線引きには、対等の関係が見て取れた。頼優は要を本当に家族として大切にしている。その事実に、茉莉は心底ほっとしつつ訊いた。
「どうしてですか?プライベートまで頼優様に捧げてるんですか?」
茉莉が問うと、要は首を振った。
「この顔ですから。とっつきが悪いですし、あまり見ていて気分が良くないでしょう。」
ここまでの要は、実は良い根性しているなと言う感じだった。だが顔に言及する時だけは、申し訳なさそうな、卑屈っぽい態度をした。
地龍の美容医療分野は著しく遅れている。着飾り整え化粧はするが、美容外科などは無い。だから地龍女性の殆どが『昼』の美容医療を利用するのだ。醜さを厭う癖に、美しさのための努力を必要と思わない。そうした矛盾した価値観の中、男は特に美容の美の字も口にしない。してはいけない。故に要はその焼け爛れた顔を疎んじても、そうと言う事自体もまた躊躇われるのだ。言える事は、醜い顔を見る相手が可哀想だ、というニュアンスだけ。
在仁は、要の顔を隠す髪型を見て、そうかその顔がコンプレックスだったのかと理解した。要は自分の出自を恥じていない。けれど、どこかでいつも一歩引いて気後れしているような雰囲気があった。それは演技とは思えなかった。
「お顔が、原因でございましたか。」
確かに容姿は自信に直結する。在仁も、奥州に逃げ延びてから暫くは、異形の姿をしている事を恥じて、体を隠していた。見る人が恐がるだろうと思っていたのも事実だが、やはり自分自身が嫌だったのも大きい。人体実験で鬼にされた証拠と思えば、異形の部分は罪業深く感じられ、辛い現実から逃げられないという軛にも思えた。捧げ歌により心臓を取り戻し、異形の身から解き放たれてから、少し気持ちが明るく前向きになれたのは事実だ。やはり、見た目は自信に直結するのだ。
こうして見れば要にはとても共感できるポイントが多い。在仁は一気に要に対する親しみがわいた。
「要様、そうお気になさらずとも、俺はもう要様と親しいつもりでおります。よろしければ、要様の事も友と思わせてください。」
「え、紫微星様がですか?」
ぎょっとしたのは今日イチ。要が流石に恐れ多いと思ったものの、断る事も恐れ多いとばかりに、おろおろ。
そこに茉莉が手を挙げた。
「私も!要様とお友達になります!私たちが要様とお友達だったら、要様を虐める人は減るんじゃないですか?」
要個人が在仁たちと繋がっていると言うのは、強い後ろ盾だ。頼優は政治的な都合上、いつも表立って要を守る事が出来ないのだから、これは要にとって良い話だ。茉莉にしてはナイスな目の付け所である。
「あら、それ良いわね。じゃあ私も仲間に入れて貰おうかしら。」
「要殿は優秀な上、信頼もおける。繋がっておいて損はなかろう。」
「確かに。頼優様ホットラインになりそう。打算で友達にしておくか。」
「でも友達って言うからには、プライベートで遊んだりするんですよね。今度誘いましょう。」
「ならクリパに誘えば。恒例のバーベキュー大会も良いな。」
北辰隊勢も立候補して、要の同意を得ずに既に友達の定義について話し合い始めてしまった。
そのワイワイを見て、頼優は要の肩を叩いた。
「良かったな。一度にこんなに沢山の友が出来て。」
「いや…友って言うか…。」
これが噂にきく友達というものなの?要がよく分からなくなって首を傾げているのは珍しい様子で、頼優は愉快な気分になった。
穏やかに優しい空気が満ちた。在仁は横になったままで、要に向かって言った。
「今年ももう総括の時期と思うておりましたが、こうしてまた一人、友が増えました事は、まことに喜ばしい事でございます。要様、どうぞよろしくお願いいたします。」
「こちらこそ、恐縮です。」
何を言って良いか分からない要の変な返しに、全員が笑ったのだった。
◆
それからしばらく休ませて貰ったが、結局在仁は東に抱き上げられて帰る事になった。
筋肉狂信者の安定した腕の中から、見送りの頼優に向かって言った。
「本日は大変お世話になりました。万葉様、露様にもよろしくお伝えください。」
「こちらこそ。紫微星様どうか御体を大切になさってください。くれぐれも。くれぐれもですよ。」
超念押しされて送られた在仁は、流石にこの状況ではぐうの音も出なかった。まさか倒れて休ませて貰って、結局だっこで帰るなんて。情けないにも程がある。
そして転移扉まで要が見送ってくれた。
別に友達になったからとして何か変わった事はなく、いつも通りの丁寧な要が責任を持って最後まで送り届けてくれたのだった。
転移扉を越えて奥州に帰ると、ひんやりとした十二月の風を感じた。
「けほ…。」
「風邪ひかないでよ。クリスマスに風邪ひいたらつまんないでしょ。」
茉莉に言われて、在仁は確かにそうだと思った。
クリスマスはまだ先だが、本当に今年のクリスマスパーティーは要を誘ってみようか。在仁は要の顔を思い出した。焼け爛れた顔は確かにお世辞にも気にならないとは言えない。そっと指先で触れた時の感触を思い出しながら、ふと思った。
「あの火傷痕、もしかして術力火傷なのでございましょうか。」
だったら、治せるのでは?唐突に閃いた言葉は、無責任でまだ口には出来ないのだった。




