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426 御令嬢の事

 十二月初旬のお茶会は、気の早いクリスマス仕様。

 会場はいつもの地龍本家だが、設えはこだわりのクリスマス感。令嬢たちはまだ十代であるから、ちょっと可愛らしい感じにしてみた。ピンクゴールドとシルバーのオーナメントで飾ったクリスマスツリーと、色味を合わせたテーブルセッティング。クリスマスティーは在仁(ありひと)こだわりのブレンドで用意し、クリスマスケーキとよく合う。

 今日は少し煌びやかなパーティースーツ姿で迎えた在仁は、いつもより王子様のようで、令嬢たちはときめきを禁じ得ない。

 「紫微星(しびせい)様、本日も麗しいですわ…。」

ぽっと顔を赤らめた令嬢たちの可愛らしい反応に、在仁は大人の笑みで返した。

 「ふふ。皆さまには劣りますよ。本日の皆さまはいつにも増して華やかで素敵でございますね。」

ドレスコードはクリスマスパーティーであるから、令嬢たちもそれぞれのパーティードレスでやってきた。流石、地龍最高峰令嬢たち、着物もドレスも着こなすものだ。

 テーブル配置はいつもは複数のグループに分けるが、今日は長―いテーブルに全員で座るファミリー感。席順は自由で、身分の上下なく好きな場所に座って貰う。このお茶会ももう回数を重ねて来たので、念願の自由席だ。こういう時、先に来た者が早い者勝ちで席に着くが、何となく知り合い同士が集まってしまったりする。在仁は所属をシャッフルして交流させたいので、それでは無意味なのだが、最初の内は仕方ない。あまり性急にすると関係構築が上手くいかない。ゆっくりと、見守るように進めねば。

 と、いう事をアドバイスしてくれる頼もしい味方の万葉(かずは)も、今日は素敵なドレス姿だ。

 「万葉様もとっても素敵でございますね。頼優(よりまさ)様もお褒め下さったのではございませんか?」

 「ふふ。夫はそのような事は申しません。普通の男性は紫微星様のように女性を褒めないのですわ。」

 「さようでございますか?それは勿体ない事。花を愛でるならば、言葉にせねば。さすれば花はより美しく咲きましょうものを。」

ふわっと微笑む在仁が花のようだ。その清廉さに、万葉は苦笑した。頼優は在仁にならばいくらでも言葉を尽くすのだろうが、万葉にはそうそうしない。恥ずかしいのか、思ってすらいないのか知らないが、今更口説かれても困るので不要だ。

 「ならば、紫微星様は奥方様に多くの言葉を頂いているのでしょうね。」

 だから在仁はこんなにも美しく咲くのだろうと。

 思わぬ返しをされた在仁は少々恥ずかしそうにした。

 「それは、まぁ。」

その可愛らしさを目撃した令嬢たちが密かに沸き立った。

万葉は在仁の隣でにこにことしている真珠(しんじゅ)にも、微笑みを向けた。

 「真珠様も、一層美しくなられましたこと。」

 「まぁ…。嬉しゅうございます。」

 それは君崇(きみたか)の寵愛を受けて更に美しくなった、という意味であるから、真珠も照れてしまった。恥ずかしさに負けて否定したり謙遜したりしなかったのは偉い。このお茶会にいるのは全員が君崇の婚約者候補だった。ここで謙遜は嫌味だ。

 真珠が君崇と関係良好である事を肯定すれば、皆は安堵し見守る様子を見せた。

 令嬢たちは、君崇の妻の座をゲットし損ねた分の損失を、自らカバーしなければならない。真珠との縁、そして紫微星様との縁。それを令嬢個人が持っていると言う事実が、令嬢たちの大きな強みで、後ろ盾だ。家門内でミッション失敗を咎められても、その分の損失補填策を持っていれば、小さくなる必要はない。家門にとって有益な存在であると証明できれば、今後結ばれる婚姻だって悪いものになるはずがない。令嬢たち自身の未来を守るためにも、このお茶会はとても重要な存在だ。全力で真珠と仲良くなり、紫微星様に気に入られねば。

 そういう意味合いに対して、在仁はやんわりと言う。

 「皆様、今年ももう終わりますね。今年は皆さまにとって大きな人生の転換期でございました事でしょう。大きなものを失い、また新たなものを得られたはず。何が変わりましても、これまで積み重ねて来られたものは無駄ではございません。誇りと自信を失わず、己の価値を卑下なさらず、堂々と歩まれませ。真珠や俺との縁は、今の皆さまにとって重要なものでございましょう。なれど、この場では、御立場や思惑を廃し、御心で絆を結ばれて欲しいと存じます。その本物の絆こそが、今後の皆さまの大きなお味方となりましょう。まことに価値のございますものを、聡明な皆さまが見誤るはずがございません。きっと、人生の財産をおつくり下さい。」

 今は真珠や在仁の威光を借りて立場を守っているかも知れない。けれど、このお茶会にいるのは各上位家門のご令嬢たちだ。絆は必ず身を助ける。この社交で強固な絆を結び、将来に渡って大切にすれば、互いに助け合う事が出来るだろう。その価値こそ、なにより大きな強みであろうと。

 そうと言われると、賢い令嬢たちは、この場所にいる全ての令嬢を仲間であると認識する。家門も派閥もそれぞれであるが、それを越えて繋がりを持つならば、きっと将来役に立つ。それは打算でもあり、理想でもある。ここで結ばれる絆が果たす役割があるならば、それはきっと清浄で正常な世の為であるべき。その崇高な願いを、まだうら若い乙女たちとて持っているのだ。

 清きを信じ、正しきを生きる事が出来る者が、これからの地龍をつくっていく。その理想が成立するのは、紫微星様が家格競争に大きな影響力を持つからだ。紫微星様の願いに貢献する事が「功績」であるという暗黙の認識が為に、正しい事が正しく行使される。

 だからここでは、令嬢たちは素直に清き願いに寄り添えば良いのだ。

 そうして普段のストレスから解放されたように、令嬢たちは朗らかに微笑んだのだった。


 ◆


 本日のお茶会は、在仁と真珠と万葉を真ん中に、令嬢たちがずらっと並ぶ。見れば案外とばらけた席順になった。おそらく来た順に詰めて座った所為だろうが、家門や派閥がごちゃまぜになっているのは、在仁の理想だ。なかなか良い配置。

 真珠を見れば、隣に寿々(すず)が座っていて仲良くお喋りしていた。この二人、いつの間にか随分と仲良くなっている模様だ。ただ、寿々の偉い所は、真珠との仲が良い事でマウントを取ろうとせずに、きちんと他の令嬢にも話を振って、真珠との橋渡しをする所だ。このお茶会は真珠のための味方づくりの意味も大きい。寿々が真珠の為に骨を折るのは、まこと友だち甲斐のある事だ。

 「まぁ、それでは、美容詐欺に遭われた御方がそんなにいらっしゃったのですか?」

 「そうらしいですわ。紫微星様の御連絡で、私も周囲に尋ねてみました。」

 「私もですわ。思うより被害者がおられるのは、そうしたお悩みの御方が多くいらっしゃったと言う事ですわね。」

 「お気持ち分かりますわ。誰だって美しくなりたいですもの。」

 話題は、先日の美容詐欺についてだ。在仁は楠井(くすい)の被害者を探すために、お茶会メンバーに文を出した。楠井は救済院の運営費を美容詐欺で賄っていたので、カモは金持ちの女性だ。高位の家の奥様方が狙われたはず。だから、そうした心当たりがあれば、内々に教えて欲しいとした。その呼び声に応えて、令嬢たちは密かに被害者らしき者たちを探してくれた。仕事の速さには、令嬢たちの有能さがうかがい知れた。あの後、在仁は改めて感謝の文を出した。

そして事件解決後、司法局から正式に事件が公表された事で、更に多くの被害者が名乗り出たと言う。

女性の美に対する欲求は大きなものであるから、そこに付け込んだ犯罪は酷いものであった。

 「殿方は女性は美しくて当然と言う思い込みがありますから、美容への理解は低いもの。密かに美容施術を受けられるお気持ちも、よく分かりますわ。」

詐欺を肯定する気はさらさらないながら、引っかかる気持ちは分かる。そう言う気持ちに、在仁も同意した。

 「まこと、その通りでございますね。皆さまの御美しさも、御教養高さも、まさか生まれ持つのみでございますはずが無いと言うのに。どうしてか、男と言うものは女性はそうあって当然と思うものでございます。実に嘆かわしい事でございます。」

何故か在仁が令嬢たちの立場に立って言うと、令嬢たちはびっくりしてから笑った。

 「まぁ、紫微星様ったら。ふふ。」

何だか令嬢たちの代表みたいな在仁に、お前は男だろ、と突っ込みたくなるが、令嬢たちが羨む美しさと教養を持つ在仁であるから、何だか説得力もあって、実におかしな事だった。

 そこへ、久遠寺(くおんじ)百合絵(ゆりえ)がいつもながらの気品で言った。

 「なれど紫微星様。私たちはそう思われる事こそ、誉れでございます。生まれながらに美しく教養高いと思われると言う事は、その努力を悟らせないと言う事。それでこそ、努力の甲斐があると言うものですわ。」

 このお茶会で最も家格の高い令嬢の一人、久遠寺家百合絵は、平家傘下の御姫様だ。久遠寺家は元を辿れば貴族家だったと言う。その気品はまさしくと言った風格だ。いつもお面を装着しているかと思う程に揺るがない微笑みを湛え、完璧と評される百合絵は飛びぬけて優れて見える。

その百合絵が、努力は悟られないもの、と言うのは凄まじい説得力。

 多くの令嬢の憧れの的である百合絵の信念に、皆が尊敬を滲ませた。

 「それはたいへん失礼を申しました。俺は、百合絵様の誇り高き生き様に、感服致しましてございます。その御覚悟とお強さを前に、どのような武士でございましても、頭を垂れましょう。」

 格好良…。鼻血出るかと思った。在仁が興奮気味に言うと、百合絵は面白そうにした。

 「嫌ですわ、紫微星様ったら。ご冗談を。」

 楚々とした所作で微笑んでいる姿が、完成している…。その圧倒に、在仁は慄いた。そして万葉を見れば、万葉も微笑みの下で百合絵に一目置いているのが分かった。これは凄まじいな。

 改めてこのお茶会に参加する令嬢たちの序列を説明しておく。

地龍筆頭三家門内訳が十名ずつ。その中に、最も高位の者が一人、次席が一人、それに対してヨイショ要員だった令嬢たちが八人いる。

三家門トータル三十人だ。全員が高位令嬢に相違なく、地龍の未婚令嬢で最も地位の高い三十人だ。この中で百合絵は平家一位であるから、もし全員を家格順に並べるならば、二番目になる。

 「冗談では無…。」

 在仁が言おうとすると、万葉がそっと窘めるように袖を引いた。ちらっと見れば、万葉は笑顔の下で「黙れ」と言っている模様。在仁は無粋を自覚して、黙して微笑んだ。

 どうやら褒めてはいけないらしい。つまり、完成した令嬢の姿は「当然」であり、褒めそやされるようなものではないと言う事だ。どこまでも厳しい究極の高位令嬢の世界には、在仁はついて行けそうにない。隙と言うものが無さ過ぎて、何一つ太刀打ち出来る気がしない。太刀打ちする必要はないが、年下の令嬢に敵う気がしない。百合絵の圧倒的な完成度だけで、鬼が逃げていきそうだ。ついでに、並の男であればちびってしまいそうだ。悪いが、こんな凄みの女性と添う男がいるのだろうか、なんて酷い事を思ってしまう。

 その時、在仁は重大な事を思い出した。

 「は…。」

 あんまりにも分かり易く思い出してしまったので、変な声が出てしまい、皆が在仁を見た。

 「いえ、申し訳ございません。そう言えば先日、平宗雅(むねまさ)様より、百合絵様とのご婚約が決まられましたと、御報告頂きました。」

いかんいかん、大事な事を失念していた。お茶会ホストの重責であれこれを考える事が多かったとは言え、会った瞬間に言祝ぐべき事だったのに。

 「申し訳ございません。失念しており、たいへん失礼を致しました。百合絵様、この度はご婚約、おめでとうございます。」

 誤魔化しはきくまい。在仁は謝するように頭を下げた。

 それには、百合絵は珍しく驚いたように目を見開いた。

 「おめでとうございます。」

 「まさかこんなに早くお決まりになるなんて、羨ましい事。」

 「本当ね。実におめでたいわ。」

皆が微笑んで拍手と共にお祝いを向けた。

ここにいる令嬢たちは君崇のお見合いパーティーに失敗してから、別の縁談待ち状態だ。百合絵の婚約が一番であるから、少々焦りも覚えるかも知れない。けれど嫉妬では無く羨望、素直に羨ましいと口にする彼女たちには邪念が無かった。

 皆のお祝いムードを向けられて、百合絵はゆっくりと微笑んだ。

 「ありがとうございます。」

 その笑顔は、いつもの完璧なものに見えた。

 けれど、在仁は百合絵の耳がわずか赤いのを見逃していなかった。

…て、照れてるのか?と思うと、何だかものすごく可愛らしく思えた。鉄壁の微笑みを湛える完璧な令嬢が、その微笑みの下にどんなパーソナルを隠しているのか。とても興味を引かれてしまうが、これは本当に身内にしか見せない顔だろう。

 「宗雅様はたいへん、お喜びでございました。是非、良きご夫婦となってくださいませ。」

 「まぁ、宗雅様が?光栄な事でございますわ。ありがとうございます。」

 在仁は思わず百合絵の澄んだ瞳を直視してしまった。勘繰ろうとして共感したのではないが、百合絵からは何だかとってもハッピーな感情が伝わって来て、在仁も嬉しくなった。

宗雅は百合絵がこの婚約を良く思っていないのでは、と言っていたが、それは杞憂だ。この浮かれた感情が百合絵のものであれば、超ノリ気である。在仁は感情の起伏を見せない百合絵の心に勝手に触れた事を、少々後ろめたく思った。

とは言え、宗雅との婚約が悪いものでは無いと思えたのは、安堵した。在仁ならば百合絵のお相手は荷が重いが、宗雅は生粋の御曹司であるから、釣り合いが取れるだろう。そも、宗雅は百合絵が好きだと匂わせていたのだから、ちびって逃げ出す事はなかろう。

 だが宗雅は百合絵の心が分からないと悩んでいた。確かに百合絵は美しい気品を纏った完璧令嬢であるから、本音は透けもしない。それが何だかお高く留まり過ぎて見え、常人では相手に出来ないと突き付けているようだ。百合絵の持つ圧倒的な強者の風格に、無意味な嫉妬や、身勝手なやっかみもありそうで、無意識に敵をつくるタイプかも知れない。それを歯牙にもかけないだろうから、また何とも厭味な程のレベチだ。百合絵の持つ雰囲気だけで色々と想像が膨らむ在仁だが、百合絵を真似て美しく微笑みをキープしておいた。

 いやはや、このお茶会は在仁なりに令嬢たちの為になればと思って設けたものだったが、在仁の方が学ぶものが多そうだ。教師が生徒から学び、教師にして貰うと言うのはよく聞くが、まさにそんな感じだ。

 在仁は女性の生きるエネルギーに感服しつつ、お茶会を楽しんだのだった。


 ◆


 お茶会が終わると、帰って行く令嬢たちをお見送り。

けれど、今日は百合絵の婚約が判明したためか、令嬢たちは百合絵を言祝いでから帰る模様で、なかなか出て行かない。

在仁は戸口でお見送りスタンバイしつつ、囲み取材を受ける女優みたいだなと思って微笑ましく眺めた。

 気付くと在仁の隣で真珠も一緒にそれを眺めていた。

 「きっと、ご結婚は私よりお早いのでしょうね。」

 「そうかも知れません。予め決まっておられたご婚約のようでございますし。」

周りに聴こえぬように小さな声で話していると、真珠の隣から寿々がひょこっと顔を出した。

 「百合絵様は、以前から宗雅様にぞっこんなのですわ。」

ひそひそと口を隠して話す寿々が、素のじゃじゃ馬姫をチラっと見せて笑った。在仁と真珠はその情報にびっくり。

 「え?」

 「幼き頃に、宗雅様にお目にかかって、一目惚れなさったのですって。」

衝撃的な情報をかます寿々に、真珠は顔を真っ赤にしてときめいた。

 「で、では、かねてよりお慕い申し上げておられる御方に、嫁がれるのでございますか?」

 「そうです。あ、なれど、百合絵様が君崇様のご婚約者になられる為に努力して来られたのは事実です。決して手を抜いてはおりませんわ。百合絵様の名誉のために、それだけは申し上げておきませんと。」

宗雅に嫁ぎたいがために、君崇とのお見合いに落選しようなどとはしていないと。百合絵は家門の為に全力を尽くしたのだ。百合絵の立場をしてそこを疑われては大変な事になる。寿々が百合絵を守ろうとして言うが、在仁はむしろ呆れた。

 「それはそうでございますよ。完璧なご令嬢様でございますから。あのレベルで手抜きなさっておられたなどとおっしゃられては、恐ろし過ぎて寝込みそうでございますよ。」

 「ふふ、そうですわね。ほんとうに。」

寿々が超納得して笑い、真珠は笑って良いのか分からず曖昧に引きつった笑みを浮かべていた。こういう時、百合絵であれば感情の見えない微笑みを崩さないだろう。

 「ところで、その百合絵様が宗雅様をお慕いになっておられるとおっしゃるのは、何処情報でございますか?」

 「まぁ、御疑いに?これは寿々情報でございます。私これでも、百合絵様とは幼馴染なのでございますわ。」

 「え、さようでございますか。」

 全然タイプの違う二人であるから、仲が良いとは想像もつかない。片や完璧な令嬢、片や毛利のじゃじゃ馬姫。正反対じゃん。その思考が駄々洩れていたのか、寿々がジト目で睨んだ。

 「今、失礼な事をお考えでは?」

 「おっと、失礼をば。」

でも自覚があるから勘付くんでしょ。在仁は寿々のお転婆な所が好きだし、可愛いと思う。真珠も寿々に親しみを向けて笑っていた。

 「もう、お二人とも私を馬鹿にして。ですが、まぁ、私は昔からこんな感じですので、百合絵様には無害と思われたようで、有難い事に仲良くしてくださるのです。」

 「寿々様は毒気を抜くところがございますから。百合絵様も癒されておられるのでは?」

 「それは褒めておられます?」

むっとした素直な感情表現が分かり易くて気楽だ。寿々はそれをこそこそと隠しているが、どうせ皆にバレている気がする。脇が甘いのだ。そつのないご令嬢ぶるのは上手だが、そう長持ちはすまい。

寿々をからかって遊ぶのも面白いが、ほどほどにせねば嫌われてしまう。在仁は咳払いをして話を軌道修正した。

 「つまり、宗雅様と百合絵様は想い合っておられるのでございますね。」

 「え、宗雅様も、ですか?」

 今度は寿々がびっくり。びっくりし過ぎて何もかもメッキが剥がれ落ちてしまった模様だ。

 「ほら、宗雅様って完璧すぎて近寄りがたいと申しますか、超御曹司貴公子すぎて隙が無いと申しますか。そこが素敵なのですが、高嶺の花過ぎて、手の届かぬ御方でございますので…。何せ、あの百合絵様に眉一つ動かされないのですよ?信じられます?その鉄面皮…いえ、無表情の下で、まさか百合絵様をお慕いしておられるだなんて…。紫微星様こそ、それ何処情報でございますか?」

 超御曹司貴公子過ぎるって何だろうか。在仁は寿々の放つパワーワードと宗雅が結びつかない。在仁にとって宗雅はそんなタイプではないのだ。だが同世代の令嬢たちにとってはそういう風に見えていると言うのだろうか。完璧超人、と思われているとすれば、宗雅は男性版の百合絵ポジ?ならば似た者同士がくっつくと言う事か?

 「いえ、宗雅様ご自身が…。」

 「え、宗雅様ご自身がおっしゃったのでございますか?」

おいおい、素が、素過ぎるな。他の令嬢たちが、百合絵を取り囲む事に夢中になっていなかったら、寿々はボロを出し過ぎてマズかったのではないだろうか。在仁は面白くなってしまうが、ヒヤリともした。

 「信じられません。宗雅様って御曹司アンドロイドでは無かったのね…。」

 何だそれ。興奮気味の寿々がひそひそ声を少し大きくした。隣の真珠も興奮した様子で寿々を見ていた。この場が二人きりであれば、きゃあきゃあとはしゃぎ出したに違いない雰囲気を押し殺したのが見て取れた。在仁もその中に入って盛り上がりたい欲求に駆られるが、気持ちを抑えた。

 「えっと、まぁ。寿々様、このお話はここでやめましょう。どなた様のお耳に入るとも知れませんので。」

 どうどう。気持ちは分かるが、落ち着け。というか、在仁自身が落ち着かねば。今日のお茶会は終わったが、全員が帰るまでがホストの仕事だ。まだ気を抜いてはならない。

 ダメだぞ、という意図に、二人とも一生懸命に表情をつくっておすましした。それを見たら何だか可笑しくて、笑いたくなった在仁が息を止めると、丁度良い声が聴こえた。

 「こらこら、お茶会が終わったら長く留まってはなりませんよ。」

 万葉が令嬢たちの指南役として礼儀を教えるように、百合絵の周りに群がる囲み取材陣に声をかけたのだ。

 ここは社交場。学校の放課後とは訳が違う。いつまでも留まっては、主催者やスタッフに迷惑だ。終わったらお行儀よく挨拶をして、さっさと帰りましょう。もし話し足りないならば、場所を変えて個人的に時間を設ければ良いのだ。

その当然を指摘され、全員がはっとして慌てて居住まいを正した。

 「百合絵様のお話は、また次回のお茶の席で伺いましょう。」

 万葉は令嬢たちの興味を否定する訳では無い。今度ゆっくり聞かせてね、と言うように百合絵に微笑みかければ、百合絵はいつも通りの優美な微笑みで了を示した。

 その余裕の所作に、皆が憧れと羨望を浮かべて、帰路に着いたのだった。

 圧倒的な百合絵様に、在仁は終始感服するばかりであった。

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