411 宇治山の事
どさっとテーブルに置かれた文の束は、この四年間で宇治山家が紅に送り続けていたものだ。
その厚みに、全員が複雑な顔になった。これだけの量の文を、紅が捨て置いていたという事実に、ちょい引いた。
「よく捨てなかったな。」
銀の正直すぎる感想に、紅が嫌そうに言った。
「処分せよと命じたのだがな。」
「紅様のご実家からの文でございますから、使用人様も処分なさるのは忍びなく思われたのでございましょう。」
いくら紅が捨てろと命じても、これは未開封の実家からの文だ。重要な案件であったら責任を取れないと判断して、まとめて取っておいたのだろう。それは「自分で捨てろ」という意味だろうが、ナイス判断だ。ついでにズボラが為に文を捨てなかった紅も、今回だけはナイスと思っておこう。
在仁は、この文に何らかの重要情報があるに違いないと期待を寄せた。
「一応、時系列になっている。好きに読め。」
紅は全部目を通して、毒が無い事も確認済み。ついでに指紋までチェック済み。
もうこの文を見たくも無い、と言いたげな紅は、皆に押し付けるように言った。
紅の許可を得たものの、在仁はどうしようか迷って、銀を見た。
「銀様、どうぞ。」
「え?俺か…まぁ、じゃあ。」
宇治山家からの文であるから、とりあえず銀の方が相応しいような気がした。銀もその意味に気付いて、代表して文を手に取った。
時系列にしてあると言われたので、一番上の文を手にとって広げると、銀の周囲に皆の顔が寄ってきた。
「ああ…こういうスタイルね。」
銀が先に読んで回すのかと思ったが、銀が特等席で読むだけで、全員一緒に読むやつだった。全員におしくらまんじゅうされて、銀は居心地が悪いが、仕方ないので読み始めた。
まずは四年前。
紅の呪毒の功績が公表された後に届いた文には、宇治山家の現状が書かれていた。
紅と銀を失った宇治山家は、残った三人の子息が支えて行くはずだった。三人ともが部隊契約にて部隊に勤務していて、その契約が履行されれば大金が入るため、家の財政は当面安泰と思っていた。
だが不幸にも、三男と四男が相次いで戦死した。繰り上がって後継者となったのは末っ子の五男・蒼だったが、程なくして戦場にて昏睡者となった。それにより資金源と後継者を失い、家は一気に窮地に陥った。
世は年々の戦況の悪化に伴い、地龍運営の財政は軍事資金を増やしている。財源が降って湧く訳でもあるまいし、他を切り詰めて部隊に回すしかないので、各方面にしわ寄せが生じている。その一つとして、医療研究職である宇治山家に回す費用は、年々減少されていくばかり。
時勢が戦一色となって行くと、戦時下に出仕しない者は肩身が狭く、戦に貢献しない研究職は軽んじられる一方だ。今となっては、名門として誇った宇治山家を尊ぶ者は減ってしまった。そこに金も後継者も無いと知られては、宇治山家は没落必至。くちさがない者たちは、宇治山家の没落を楽しむように、面白おかしく噂を流している。
悔しい事この上ないが、出来る事が無い。この窮地に、紅が戻って来てくれたならば、何とか立て直す事ができるはずだ。
だから何とか家を守るために、戻って来てくれ。これまでの事をすべて謝罪するから、どうか。
要するに、そういう内容だ。
当然、紅はこの文を読んでいない。ガン無視だ。
その次の文には、紅にガン無視された後の事が書かれていた。
紅が文をガン無視しているため、宇治山家は仕方なく紅との和解の噂を広めた。医療術者業界では宇治山家と紅の絶縁も確執も周知である為、苦し紛れの行為だった。ただ、誰かが本気にしたならば、紅を援助する目的で、宇治山家に資金援助を申し出て来るかも知れない。そう思いながら、その場凌ぎに家門の見栄を張って誤魔化しながら生活していた。
だが、その方法が案外と上手くいった。紅との絶縁を知らぬ医療術者業界外から、紅への資金援助の申し出が相次いだ。更には、紅宛てに財ある家門からの縁談などが舞い込んだ。
紅が戻ってくれば、それら多額の資金援助が受けられる。戻った紅に不便を強いる事も無い。だから安心して戻って来て欲しい。
要するに、そう言う内容だ。
もちろん、紅はこの文を読んでいない。ガン無視だ。
その次の文には、その後の窮した宇治山家の行動が書かれていた。
何度文を出しても、紅からは返事が無い。
現在宇治山家にある資金援助の申し出は全てが、紅宛てのもの。紅が戻って来ないと、その話は受けられない。今の宇治山家には金が必要なのに、このチャンスを逃す事は出来ない。紅からの文の返事を待っている間にも時間が過ぎ、結局どうしようもなくなった。
苦渋の決断ではあるが、紅不在の事実を隠して資金援助を受ける事にした。どの援助も紅の成果に見合った契約を望むため、恒久的な資金源ではないが、今はそれに頼るしかない。どうか、分かってくれ。
だが、その一時的な資金援助で家を存続させるも、問題解決とはいかない。昏睡者となった五男・蒼には終わりの見えない入院医療費がかかり、家業の研究費もかかるし、生活維持費も必要だ。この先の事を考えれば、先々は暗雲。
そうなると、縁談は恒久的な資金源となり得るため、喉から手が出る程に欲しい。だが流石に紅の不在を隠して縁談をまとめる事はできまい。財ある家門は家格が高く、下手な事をしては宇治山家が廃されてしまう。
だからどうか、宇治山家存続のために戻って来て欲しい。宇治山家没落は、ひいては古くから蓄積されてきた研究データの消滅であり、社会の大きな損失だ。紅ならばその価値を正しく理解できるはずだ。世の中の為にも、どうか戻って来てくれ。
要するに、そう言う内容だ。
もちろん、紅はこの文を読んでいない。ガン無視だ。
いい加減不愉快になった銀が、一度文を置いて言った。
「宇治山家はこてこての医療術者だ。医療術者業界の中央で戦う医療術者と言うのはだいたいがプライドが高くて、態度も高飛車。頭が良くて金がある事をひけらかしてマウントを取るのが生きがいのような連中だ。弱みを見せたら殺されるとでも思ってるのか、殺伐としたものだ。」
「ドラマみたいな事言うじゃない。」
東が引くも、銀はため息を吐いて続けた。
「名門と言われた宇治山家は正にそんな人種だ。古くから受け継いだ医療研究を続ける事が、存在意義であり誇り。崇高な御役目であり、それを賜る宇治山家は尊ばれるべき存在だっていう、謎の洗脳状態にある。研究職だからな、一銭も稼ぎを生み出さない。それなのに地位を守ってきたのは、上位家門が全資金を出していたからだ。その事を当然だと思っているから宇治山家は駄目なんだ。むしろ自ら稼ぐ事を恥じとすら思ってるんだろうな。」
黙っていても資金が入ってきた時代は終わった。戦に注力するために、方々の予算は縮小し、部隊の強化に充てるのは当然の事だ。その世情を他人事と思うてか、宇治山家は足りない金を自分で稼ごうとしない。金策は恥なのか、それとも紅と和解したフリをして金を集める事が、宇治山家の金策なのか。
呆れ果てる惨状に、銀はクソミソ言った。
「だから、この窮地を自らの稼ぎで脱しようとしない。自分本位の都合を押し付けて、金蔓を探して何とかするしか脳が無い。とにかく兄さんさえ帰って来れば全部が上手く行くと言う、あまりに身勝手で愚かな意見を、さも当然のように押し付けて来るのは、あまりに無様で滑稽だな。それも、すべてが宇治山家存続という崇高な目的のためと思い込んでいて、恥ずかしげが無いのも痛々しい。」
絶縁したとは言え、身内として恥ずかしい。銀の憤慨を、紅は何も言わずに聞いていた。
「一番辛い時の兄さんを切り捨てておいて、今更謝って許されると思っているあたりが、全く悪びれが無い。こんなもの、嫌がらせだ。」
読んでいて実に不快になれる文に、紅が封も切らずにガン無視していた理由が分かり、複雑ながら全員が納得してしまった。
皆の沈黙に込められた同意を感じた銀は、仕方なさそうに再び文を手にした。
続く文も、あれこれと偉そうな理由を押し付けて、紅に戻れと言うSOSを送り続けている。どれを読んでもクソだ。
銀はくしゃくしゃに丸めて燃やしてやりたい衝動に駆られたが、何とか耐えた。
そして終戦の年、昨年の文になる。
幾度となく出された文を、紅は全部ガン無視し続けている。宇治山家もいい加減諦めるべきだが、昨年は終戦と言う節目だ。紅は戦勝に大きく貢献し、更に名を上げたのだ。そんな紅の立場をどうしても利用したいと言う執念深さは、もはや不屈だ。
宇治山家はここ数年、廃嫡にした紅と和解したと言う噂を流し続けていた。その努力が功を成し、医療術者業界の外では、何となくまことしやかに思われ始めていた。
そのため、終戦後の結婚ラッシュの波により、紅への縁談が激増した。紅は四十歳手前だが、実績ある未婚の医療術者であるから、かなり優良物件と思われたようだ。だが、やはりどんなに良縁でも紅不在ではどうしようもない。縁談の中でも金持ちは全部お偉いさん家門であるから、紅不在がバレれば宇治山家はタダでは済まない。欲をかいた事で、返って更なる窮地を迎えては、目も当てられない。リスクを思えば、この詐欺は危険過ぎる。
ところがそこへ、財がありながら宇治山家を取り潰す程の力は無く、医療術者業界に疎い、樫木家から縁談が来た。しかも、紅の研究を支えるための資金援助を前提とした縁談だ。樫木家から、娘を嫁がせて姻戚となり、資金援助させてくれ、というのだから、これ程に良い縁談はない。そのあまりに好都合すぎる縁談に飛びつかない手があろうか。紅不在を秘して結婚して、それがバレたとて、責任追及で宇治山家は取り潰される程の事はないだろう。樫木家がどれだけ憤慨したとしても、娘の将来を思えば、大きく騒ぎ立てる事はすまい。内々に片付けるやり方で婚姻を解消する事になるだろうから、資金援助の申し出が樫木家からの強いプッシュだったのだとか言って、それまで得た金の返金には応じないつもりだ。とにかく、結婚してしまえばバレるまでの間は資金援助という名目で金が入って来る。何とか少しでも、バレるまでの時間を稼げば、家を立て直す事が出来るかも知れない。
そう思うと、このチャンスを逃す手は無い。どうせ紅は文を送っても返事をくれないのだから、もう紅の不在の詳細を秘したまま、この縁談を進める事にする。だからこの文を読んだならば、一刻も早く帰って来てくれと。
とまぁ、要するに、そう言う内容だ。
もちろん、紅はこの文を読んでいない。ガン無視だ。
ただ、この文には、最後に一文添えられていた。
ここまで紅にガン無視され続けて来た宇治山家は、それを暗黙の了解と勝手に理解した上で、婚姻を進めると言うのだ。いい加減、紅に文が読まれていない可能性を感じていたのだろう。捨て置かれた手紙がどうなろうと、紅の了承を得た事にしてしまえと言う強引な手段だ。この言い分が通れば、紅が承諾した結婚となるので、詐欺ではなくなる。もちろん、こんな主張が通るはずも無いが。
「結局樫木家は、宇治山家が紅と絶縁しているとは知らぬまま。当然おみよにも知らせぬままで結婚してしまったと言う事だろう。」
まあ、樫木家周辺調査でも、多分そういう事だなと分かってはいたが。宇治山家からの文にそうと書いてあるのだから、それが事実だ。
「しかし、悪どいな。結婚詐欺がバレた後の事まで織り込み済みとは。」
「自己中心的な連中だ。自分が困っているならば、何をしても許されると思っているのだろう。兄さんがキレるとか、少しも思わないんだから、馬鹿にされたもんだ。」
「確かに、紅殿が憤慨して行動に出れば、宇治山家は一瞬で灰燼に帰す訳だが。」
紅のバックには平家と奥州と在仁がついている。宇治山家の所業を許さぬと言えば、惟継が平家の力を使って、夕飯までには終わらせる。宇治山家の長い歴史も、短い人生も。
それを示唆して紅を見遣るが、紅は無表情。文の毒が発覚してから一度も、宇治山家を攻撃しようとしない。否、絶縁してから一度も、だろう。
「兄さんが一度も逆らわないから、勘違いしてるんだろ。」
「面倒なだけだ。」
まともに相手にする価値を認めないとすれば、紅にとって宇治山家など取るに足らない存在なのか。
在仁は、これだけ身勝手な内容の文を送って来る事自体の異常には、これまでの関係性に問題があったのだろうと思った。
「あ~…いい加減、おなかいっぱいなんだけど。」
胸やけしそうだ。銀が言うも、テーブルにはまだ文がある。宇治山家からの文は、ひたすらに送られ続けていたのだ。
そりゃあそうだ。この結婚詐欺は時限爆弾だ。みよにバレる前に紅を取り戻して事なきを得れば、樫木家という資金源を失わずに済む。だからひたすら謝罪と懇願の文を送り続けるしかないのだ。宇治山家からの文が途絶える訳が無い。
もちろん分かっているが、以降の文も見ればもちろん内容は想像通り。
宇治山家に嫁いで来たみよは、一度も紅に会っていない。当然の事ながら、みよからは紅の所在を問われる。仕方なく、紅は社会の為になる研究をするために、須磨の研究施設に籠っていると説明している。が、どうしたってバレるのは時間の問題であるから、宇治山家存続のために一度で良いから帰宅して欲しい。話を合わせて、みよにバレないようにしてくれるだけで良い。
今後、みよとの婚姻関係を継続し、樫木家からの資金援助を続けられるように協力してくれるならば、もう執拗に文を送る事はしない。だから、協力してくれ。
と、要するに、そう言う内容なのだ。
「馬鹿々々しい。」
もうすっかり嫌になった銀が、持っていた最後の文を放り投げた。
苦痛に耐えて最後まで読んだ自分を褒めたい、と言わんばかりの不快顔だ。在仁は銀を労うように、そっと肩に手を置いた。銀が振り返れば、一緒に文を読んでいた全員が銀を慰めるような労りの顔。
そこに、相も変わらず無表情の紅が袋に入った文を差し出した。
それは、例の毒入りの文だ。この大量の宇治山家の怪文書に紛れ込んでいた、みよから来たたった一通の文。
「これは半年前程に届いたのではないかと。」
内容は御承知の通り、みよからの離縁願い。
紅を支えんとして嫁いだのに、紅は結婚してから一度も帰宅しない。これでは夫婦とは呼べまい。これ以上は我慢できないので離縁して欲しい。そういう思いが、丁寧に書かれていた。
「美しい筆跡でございますね。」
「皮肉にもな。」
在仁の感想に、惟継も同意するように吐息で笑った。
袋の中の文は綺麗な筆跡だ。文字が美しいと、自然と心までも美しい人を想像してしまう。
だが、この文には毒が仕込まれていたのだ。
「帰宅しない夫を、殺したい程に憎んでいたのか?」
「宇治山家ぐるみの結婚詐欺に気付いて殺意を抱いたのか?」
銀と惟継が首を傾げた。みよは結婚詐欺に遭っているのだから、それを知って怒るのは分かる。だが、殺意。どうだろう。在仁がシンキングタイムに入ったのは、自分だったらどう思うだろうかという事を考えているのだ。
それを視界に入れつつ、東は冷静に考えを口にした。
「その場合、紅の絶縁を知ったんだから、紅は詐欺被害者でしょ。敢えて紅を狙って殺そうとするのはおかしいじゃない。」
宇治山家が結婚詐欺をする理由は、絶縁した紅を取り戻せないから。それを知ったならば、紅が被害者だと分かるはず。恨みの矛先にはなるまい。
「ならば、別の動機か。」
みよと紅に接点は無い。どうしたら、みよが紅に殺意を抱くのだろうか。そこが重要と思えども、大量の宇治山家からの怪文書には、手がかりはなかった。あれだけあけすけな文であるから、これ以上秘密があろうとも思えない。とすれば、宇治山家も知らぬ事情が、みよにあるのか。
「おみよ様は、宇治山家に嫁がれて、どのような暮らしをなさっておられるのでございましょう。」
「この文からしたら、宇治山家は大切な金蔓のおみよを虐げる事はなさそうだが。」
紅の不在をどうやって誤魔化しているのか知らないが、生命線であるみよを迫害するのは悪手だ。宇治山家が樫木家から金を受け取り続けるためには、みよとの婚姻関係の継続が必要。みよには、宇治山家で不自由なく過ごして貰うべきだろう。
それを想像しつつも、東は今後の事に言及した。
「昏睡してた弟って、もう目を覚まして帰宅したんでしょ?後継者は復活して、状況は改善に向かうはずよね。紅が戻る可能性は無いし、今後弟が結婚して家を継ぐはず。そうしたら宇治山家は何とか窮地を脱して問題解決するかも知れないわ。金蔓を必要としない宇治山家に、おみよの居場所はないわよ。これはどう考えても、泥船よ。」
この結婚詐欺は宇治山家にとって最終手段だったとは言え、いつ破綻するか知れない恐怖に晒され続けるストレス源だ。もし五男・蒼の復帰によって宇治山家が窮地を脱する事が出来たならば、このストレス源を排除しようとするのは想像に難くない。宇治山家の窮地を救った樫木家とみよに感謝して、問題のない婚姻の解消を目指すならばまだ良いが、そんな方法はあるまい。そうなれば、みよを悪者にして離縁するのではないかと思わせる。
何も知らず嫁いだ詐欺被害者のみよに、泥を被せて使い捨てようなどと、踏んだり蹴ったりも良い所だ。
昏睡から目覚めた蒼が、宇治山家の置かれた状況を知り、どう行動するのか。いや、もう目覚めているはずであるから、どう行動し始めたのか。それが何であれ、みよの居場所はありそうもない。
「おみよの立場はいよいよ窮するか。さて、殺意の意味も分からぬし、今どのように過ごしているのかも想像がつかん。そろそろ宇治山家内の調査をしたい所だが…。」
毒の仕込まれた文を証拠に、宇治山家を糾弾するのが手っ取り早い。だが毒を仕込んだ犯人がみよとは断定できない。やはり動機が不明だからだ。それに、紅は未だに事を荒立てるなというスタンス。
こうなると、宇治山家内部の情報をどうやって入手するのか不明だ。間者を送り込むか、使用人を買収するか。忍び込んで盗聴器でも仕掛けるか。はてさて。
そこへ在仁が言った。
「毒について、やはり最も疑わしいのは、おみよ様でございましょう。なればおみよ様が、毒膿葵を栽培なさっておられると考えるのが自然でございます。」
「あら、おみよちゃんのお祖母様は薬術師よ。お祖母様に頼んで栽培してもらっているんじゃないの?」
みよの祖母は薬草の栽培が得意だ。現役で店を構える薬術師が依頼する程の技術であるから、栽培が難しい毒草を育てる事も可能ではないか。それが今ある情報の中で、最も単純な毒の入手経路だ。
東が問うと、在仁は首を傾げた。
「おみよ様のお祖母様は足が不自由でございます。薬草の栽培もお屋敷のお庭にて、家庭菜園程度の規模でなさっておられるとの事。プロの薬術師様が仕入れられる薬草と、致死毒を持つ毒草を、小さな畑でご一緒に栽培なさる事は危険でございます。まして、毒膿葵は気化毒でございますから、大切な薬草に悪影響がございましょう。それに…おみよ様のお祖母様は薬術師でございます。その誇りとプライドがございますればこそ、上等な薬草をお育てになられるはず。薬にもなりません毒など、栽培なさるとは思えないのでございます。」
多角的に想像しても、みよの祖母は無関係では。在仁の闇色の瞳が、何か深い所を見ているように見えた。
「この文に仕込まれていた毒は、文の開封が遅かった故に、鮮度が落ちていたから死に至らなかっただけで、完成度の高さは相当なものだ。毒膿葵は鮮度が第一。完成度から考えて、自分で育てて精製したという可能性が高い。」
紅の言い方は、相変わらず犯人を称賛するものだ。在仁は無視して訊いた。
「紅様、宇治山家の御屋敷敷地内には、毒膿葵を栽培なさる畑がございますか?」
「いいや。かと言ってコイツを屋内で栽培するのは無理だ。適した環境が必要だが、屋敷にはそうした場所は無い。」
ちらっと見れば、銀も同意するように頷いた。毒草であるから、ただ土地があれば良いという訳にはいくまい。まして、皆の目につくような場所では駄目だろう。
「さようでございますか。これは根拠のない想像でございますが、おみよ様はおそらく、宇治山家内で大切に囲われておられるのでは。ボロを出して詐欺がバレてしまう事を恐れて、関わりは最小限となさりましょうから、奥座敷にでも放置、なさっておられるのではないかと。でございますれば、居留守をお使いになれば、少し離れた場所で隠れて栽培なさる事も出来るのでは、と。」
普段の生活のどこで結婚詐欺がバレるか知れない。だったら関わらないのが一番だ。優遇しているフリをして軟禁しておけば、とりあえず安心か。生活に不自由はなく、誰からも虐げられていないとしても、それは何かのイジメではないか。だが、皆で腫物のように遠ざけているならば、みよの秘密工作活動には都合が良い。屋敷を抜け出して毒草を栽培することが出来るはずだ。
在仁の妄想に、紅がはっとした。
「なるほど。そうした場所の心当たりならばある。」
「えっ?あるのか?」
銀が驚いたと言う事は、宇治山家の預かり知らぬ秘密の場所だ。在仁が何だか怖くなりながら待っていると、紅が言った。
「ああ。私が実家にいた当時、呪毒研究の為に屋敷の裏山で秘密裏に毒草園を持っていた。そこならば、バレる事無く毒草を栽培できるだろう。」
「わお…。」
ヤバいわぁ。在仁はやはり紅をヤバい人だと思ったのだった。




