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409 樫木の事

 翌日、在仁(ありひと)はとある家門の慰霊式に出席していた。

平家傘下のある術者家が複数集まって行う、少し大きな慰霊式だ。

 「まさか、この慰霊式に樫木(かしき)家が参加してるなんてね。」

在仁の後ろから、(あずま)が言った。

 そう、この慰霊式、樫木家を含むいくつかの分家が本家に集約されて行われているのだ。本当ならば七月に招待されていたのだが、在仁の夏バテやら事件やらアレコレと事情が重なって出席できない事になった。どの家も紫微星(しびせい)様に供養してもらいたいので、紫微星様が来てくれないなら延期する、という判断。在仁の都合で振り回してしまった事が、たいへん申し訳なかった。

 「延期なさったお式については、お詫びせねばと思い、頭に入れております。」

 「それで樫木家の事を思い出したって訳ね。」

義理堅い事。東たちが納得すると、在仁は会場内を見回した。

 既に慰霊式自体は終わっている。今は恒例のなおらいだ。本来の飲食よりも豪華なのは、紫微星様接待仕様。

 「お顔は存じませんので、どなた様かにご紹介いただかねばなりません。」

 「樫木家当主本人だけじゃなく、周りの心象も知りたいですね。過去とか噂とか、何かあるかも知れないですから。」

佐長(すけなが)が厳しい目で周囲を見ているのは護衛のため。トラブルに巻き込まれ易い在仁を案じて、そして蜻蛉(かげろう)に狙われている事を忘れていないからだ。だが、平家傘下の慰霊式には、いつも惟継(これつぐ)がくっついて来るので、惟継が恐くてそうおかしな事は出来ないはずだ。

 「なれど、樫木家が例の事と関わりがございますものでございましょうか。俺はあまりそうとは思いませんが。」

 毒の仕込まれた文は、(こう)の妻・みよからの物だった。確かにみよは容疑者だが、みよの生家である樫木家が殺人の糸を引くというのは、想像が勝ちすぎ。在仁は樫木家への疑いを廃して、みよについての情報収集に徹するつもりだ。

 こそこそと話していると、主催の男性がやってきた。

 とっくりを差し出して来るのをやんわりと断りながら、在仁は穏やかに問うた。

 「本日はお招き頂きまことにありがとうございました。俺の都合にて、延期させてしまい、申し訳なく存じます。皆さまにもどうぞ、お礼とお詫びをお伝えください。」

 「いいえ。紫微星様をお招きしたいのはこちらの勝手ですから、むしろしつこい招待にお快く応じて頂き、感謝しかありません。紫微星様の慰霊にて、戦没者も浮かばれましょう。本当に、ありがとうございました。」

弁えた腰の低さで、丁寧に礼を伝える男に、惟継も納得したようだ。在仁は惟継の査定する目に居心地の悪さを覚えつつ、自然に話題を振った。

 「終戦より一年半が過ぎました。昨年は死者を悼むべき年でございましたが、今年からは新たな未来を歩まれる事でございましょう。武士たちは多くがご結婚なさり、新たな御家が興され、世の中には少しずつ賑わいが生まれておりますね。術者様の業界は、如何でございましょうか?」

 「ええ。もちろん術者系の家門も同じです。術者も部隊に所属する者が多いですから、戦没者は数多おります。世の中は武士不足と騒ぎますが、術者も随分と数を減らしてしまったのですよ。失われた家も多く、その穴を埋める事は易くありません。今は皆で協力してやっていく時なのでしょう。そうした中、部隊に出仕していた術者たちは戦勝功労者として、高く評価されました。お陰で武士と同じく、結婚の売り手市場となりました。我々のような年寄りは、これからを担う若い人たちを支えて行かねばと、より良い縁談をまとめようと必死ですよ。」

 術者たちも武士と同じくモテ期到来。実にめでたい。在仁は話題をコントロールしながら言った。

 「こちらの御家門様は、皆さま御昇格なさったと伺いました。良きご縁談が多くございましょう。」

 「昇格と言いますか。まぁ。そうですね。ウチは一般術者家系なので、そう大きな功績は無いながら、生きて終戦を迎える事が出来ました。不幸な事に、周辺の術者家は多くが焼失してしまいました。たまたま、その分の穴埋めの御鉢がウチに回ってきたのです。戦勝功労による昇格と言うのは表向きで、押し付けられたと言うのが実情です。ただ、実際に家格は上がり、焼失家門が所有していた財を引き継ぐ事になりました。そのお陰で復興も早く、良き縁談は増え、有難いばかりです。生き残ったのも、御鉢が回ったのも、ただの運ですから、分不相応な気がしますが…。」

 「いいえ。きっと、それもご縁でございましょう。戦の上に成りました事を肝に銘じられ、どうか戦没者への御供養をお忘れなく、御家門を繁栄させていってください。」

それが清浄で正常への道だろうと、在仁が示すように言うと、男は眩しそうに目を細めた。

 「ええ、ええ。きっと、そのように致します。」

 一般術者家系と言った通り、終戦後に賜った地位に似合わず庶民くさい。けれど、そこに隠し切れない善良さがあって、在仁は好感を覚えた。

 実にまっとうな人だ。この人が本家当主となると、率いる傘下も同類と期待する。会場を見ていても、悪い感じはない。在仁がそう思っていると、男が去って、次の男がやって来た。

 男は笑顔で惟継に酒を勧めると、在仁には注ぐふり。酒を飲まぬと理解してポーズで接待する気遣いに、在仁は微笑んだ。

 「ありがとうございます。失礼でございますが、お名前を頂戴しても?」

 「申し遅れました。分家の樫木と申します。」

おっと…。早速のヒットか。在仁は顔に出さずに驚いた。

目の前の男は、老け顔だが実年齢が若いとも想像できる中途半端な容姿だ。これが樫木家当主であれば、みよの父か祖父という事だろう。となれば、みよの縁談をまとめた張本人であるはずだ。

さて、どう探ろうか。よもや、いきなりみよの話をする訳にはいくまい。みよの人となりも見た目も一切知らないのに、紅の妻だという一点で切り込んで情報を得るのは、ちょいと高等技術過ぎる。

 迷っていると、なんと樫木の方から話題を口にした。

 「実は昨年、北辰(ほくしん)隊は宇治山(うじやま)紅様の元に、孫が嫁いでおりますご縁がございます。」

にっこり。まったく疚しい所の無い明るい挨拶に、全員がぽかんとした。あんまりに邪念が無いので、在仁はどういう事かと思ってしまった。

 「紅様と?それは存じ上げず、大変申し訳ございません。紅様も水臭い事でございます。そうでございますと、おっしゃって下されば、お祝い致しましたものを。」

ねぇ?と同意を求める態度で仲間たちを見ると、惟継が澄ました顔で言った。

 「それを固辞する意図で、黙っていたのではないか?」

 「それは残念な事。して、その御孫様、お名前は何とおっしゃるのでございますか?」

 白々しい小芝居と自覚しながらも、在仁が問うと、樫木は自慢げに言った。

 「みよ、と申します。歳は二十歳でございまして、紅様とは十八も違いますが、紅様と言えば終戦の大きな要ですから、そのようなお人に嫁ぐ事が出来、おみよも誇らしいと申しておりました。」

 「さようでございますか。おみよ様が御自らお喜びに…。」

 親の顔色を伺って喜んだフリをしていた、という線もある。何せ歳の差がエグい。紅は会った事も無いと言うのだから、面識はないはず。面識のない十八歳も年上の男に嫁ぐ事を喜ぶと言うのは、少々不自然では?けれど、樫木は何の疑問も持たない様子。

 「ええ。もちろんですよ。元はと言えば、おみよが言い出したのですから。」

みよが自ら?耳を疑った在仁の疑問を代弁するように、惟継が言った。

 「ほう。ご息女たっての希望で紅殿と結婚をしたと。」

樫木家と宇治山家の政略婚だと思っていたので、当主同士の話し合いによると決めつけていた。発案がみよ本人とは想定外。果たしてこの縁談がどういう経緯で結ばれたものであるのか。

重要なポイントを見付けた惟継が、逃がすまいと訊いた。

 「樫木家は術者家系。医療術者家系の宇治山家との縁談とは稀な事だ。専門分野の家系はその分野同士の婚姻が主だろう。おみよの発案に賛同した由が?」

 「私の妻は名も無い薬術師でして、おみよは幼きより手伝いをしていて、隣町の薬術師に薬草を届けておりました。その薬術師の家の隣に、救済院があるらしいのですが、数年前からそこに、宇治山家のご子息が入院していたとの事。言っては何ですが、救済院は困窮者が利用する場所です。宇治山家が大切なご子息を預けるとすれば、余程お金に困っているのではと想像するものです。聞くところによると、宇治山家は代々医療研究職であり、研究費を必要としているとか。研究職が費用の確保に苦労するのは想像できる話ですから、宇治山家の財政事情を察しました。紅様の研究が地龍を救った事実を思えば、宇治山家の研究は世の為になる重要なものです。おみよは、樫木家と宇治山家が姻戚となる事で、樫木家から宇治山家への正当な資金援助関係が結ばれるのではと言いました。我が樫木家が終戦により得た家格や財は、尊い事に使われるべきだとおみよに説得され、私もその通りと思った故に、縁談に賛成しました。」

 「何と見上げたお考えでございましょうか。」

ぽろっと零した在仁は、つい本気にしてしまいそうになった。こっそり東につつかれなかったら、おみよの志に感動してしまう所だった。

だが、樫木本人はもうおみよの意見に染まってしまったようだ。

 「まことに、おみよは優れたる心根の娘です。かつてはすっかりふさぎ込んでしまい、手も付けられなかったと言うのに。」

自分には勿体ない程の良い子。そう言いたげな樫木は、昔を懐かしむように呟いた。

 「かつて?」

 聞き逃さない在仁が問うと、樫木ははっとして首を振った。

 「え、ああ。すみません、余計な事を。」

 口を滑らせた事を恥じるように、樫木はそそくさと席を立ってしまった。もう少し話を聞きたかったが、呼び止めると不自然であろうから、見送る他なかった。

 「中途半端になってしまったな。不完全燃焼だな。」

 「ええ。なれど、樫木様には疑うべきものを感じませんでした。」

あれが演技なら表彰したいくらいだ。話して見て、やはり在仁には樫木家は紅暗殺と無関係と思えた。だがまだ聞かねばならぬ事があるようにも思えた。在仁の意見に、東が眉を顰めた。

 「ただ、紅の実績と知っていて、宇治山家の困窮を信じるのは矛盾よね。馬鹿なの?」

 「言ってやるな。問うまでもあるまい。」

樫木家が紅の研究を支える目的で宇治山家と姻戚となり、資金援助せんと思ったのは、宇治山家と紅の絶縁を知らないからだと分かる。

紅は戦勝貢献度が高い。これまでの実績もあるし、立場は盤石。北辰隊員だし、奥州と平家からの支援がある。その立場を知っているから、紅の研究を尊ぶのだろう。が、立場を理解しているならば、紅が金持ちなのも分かるはず。

従って、宇治山家が財政難であるはずが無い。という事に気付かないのは何故だ?

 上手くみよに言いくるめられたのだろうか。とすれば、樫木が愚かなのか、みよがやり手なのか。構図を想像していると、また別の男が挨拶にやってきた。

 「やぁ、こうして本物の紫微星様にお会いできるなんて、本当にありがたい事です。ここには当主をはじめ主要な者たちだけの出席ですが、妻や娘たち、使用人たちなんかも、出席して紫微星様にお会いしたかったって、騒いでおりました。」

あはは、と明るく行ってくる男は樫木家と同じく分家の当主だと言う。

こうした公式行事であるから、当主やそれに準ずる立場で、家門運営に発言権のある者しか出席できまい。けれど、紫微星様ときたら写真集を出すような身であるから、むしろ会いたいのは妻や娘たちの方、というのはそうなのだろう。

 「ふふ、どうぞ、よろしくお伝えくださいませ。」

黄昏(たそがれ)会の画商を思い出すような態度に、在仁はファンサ的な笑みで応対した。

 そこへ、惟継がちらっと会場内を見回してから言った。

 「妻子、と言えば…樫木の孫娘を知っているか?」

ちょいと強引な聞き取りだが、男は違和感を覚えなかったのか、さらっと答えた。

 「え?ああ…おみよちゃんですよね。可哀想にねぇ。」

 「可哀想?」

おみよについて、一言目が「可哀想」とは。新情報の気配に、在仁が鋭く反応した。

 「お可哀想とは、どのような事で?」

もしかして、十八も年上のおじさんに嫁いだのが、可哀想なのか?在仁が問うと、男は在仁の興味を引けた事が嬉しかったのか、世間話を知ったかぶるような口調で言った。

 「生まれつきあざがあったんですよ。額の横の所にちょこっとね。前髪で隠れる程度の小さなもので、大した事は無かったですよ。でも、本人は気にしていたんでしょうね。大きくなって娘ぶりがあがって来ると、結婚の話も出て来るし、どうしてもあざが嫌になったみたいで。『昼』の美容外科にでも行けば良かったんですけど、たまたま知人に紹介された医療術者の施術を受けたんですって。そうしたら、それが大失敗。顔の半分も覆うような大やけどみたいな顔になってしまったんだとか。あ、私は見てないですよ。見た者の話です。」

 まことしやかに語り過ぎた事に気付いたのか、最後に一歩引いた。けれど、逃がしてなるものか。

 「それは酷い事。もちろん、その者を捕え、罪を償わせたのでございましょう?」

 「まさか。そういう輩は逃げ足が早いんですよ。おみよちゃんは貯金を失って、大あざを負っただけ。年頃の娘には痛恨ですよ。それ以来、全く表に出て来なくなりましたよ。そりゃあ、そんな顔じゃあね。本当に、可哀想にね。」

哀れむ気持ちは嘘ではあるまいが、無責任で薄情な言葉に思えた。こういうのが嫌で表に出て来なくなったのではないかと想像するが、男は気が付くはずも無い。在仁はまさか、みよが美容詐欺の被害者とは思わず、この情報がどう繋がって来るのか分からなかった。

 在仁が頭の中でバラバラのピースを並べていると、惟継が訊いた。

 「全く表に出て来ない?だが、おみよは結婚したのだろう?式はどうしたのだ?」

ここにいるのは親族だ。みよが結婚したならば、伴う式に参席して祝ったはず。そう思った惟継は、言ってからはっとした。

いや、待て。紅は自分の結婚の事実を知らなかった。新郎を不在にして結納も挙式も披露宴も行われるはずが無い。それに気付いた惟継は、失言したと思った。そこに、男は首を傾げた。

 「おみよちゃんが結婚?知らなかったですね。そうか…嫁ぎ先があったならば良かった。顔のあざを恥じて、密かに嫁いだのでしょうね。」

 優しく言葉を置いた男は、触れないのが礼儀とでも言いたげだ。親戚にも知らせぬ結婚には、訳があるに決まっている。それはそっとしておくべきだと。

 しんみりとした表情をした男は、丁寧にお辞儀をして去って行った。口は堅そうで、樫木家の内情をべらべらと話す事はなさそうに見えた。

 「式もせず親戚にも知らせずに密かに嫁いだおみよが、幸せになれるとは普通は考えないだろう。」

空気を読んで口を噤んだ親戚は、礼儀を弁えているような態度だったが、みよの事を思うならば捨て置くのは薄情では。惟継はなんだかな、と思って言うと、東が肩を竦めた。

 「でも、結婚出来ずに引き籠っているよりもマシと思ったのかも知れないわよ。」

 「地龍の女性は結婚するのが当たり前という観念がありますからね。」

佐長が同意すると、紅葉(もみじ)が不機嫌に言った。

 「馬鹿らしい考えですよ。」

 「紅葉は自立して働いているから、そう言える。実家で引きこもって、職も実績も無い女性では、結婚するしかないのだろう。」

稔元(としもと)の意見に、紅葉は悔しそうにした。どちらにしても、選択肢を持つ者は力がある者だ。結婚するか、働く、そうでないならば、落ちこぼれ、という事なのだろう。

 その観念について、今はどうこう考えている場合ではない。と思った時、在仁は思い出した。

 「いいえ。おみよ様は働いておられました。」

うん?仲間たちが頭の中で情報を整理していると、在仁が言った。

 「薬術師でございます祖母様の御手伝いにて、隣町の薬術師様の元へ、薬草をお届けになる御仕事を、なさっておられたではございませんか。」

 そう言えば樫木がそんな事を言っていたような。

 「だがそれは精々が手伝い程度。バイトとも呼べぬものだ。仕事には相当すまい。」

 「いいえ。そういう事でございません。」

仕事を持っていたのだから、世間体を気にして無理に結婚しなくても良いと言い張るつもりではない。

在仁は首を振ってから、言った。

 「その隣町の薬術師様を訪ねさせて頂き、おみよ様についてお教え頂きましょう。」

 「…なるほどな。幼い時分から通っていたと言うのだから、何かしら事情を知っているかも知れん。知らずとも、人柄くらいは分かろうな。」

親戚や身内はどうもみよを正確に理解している感じがしない。人柄と言える厚みが見えてこない。これでは白か黒か判断できないのだ。

 「それから、もう一つ、気になる事がございます。」

 「ああ。救済院に宇治山家の子息が入院していたという事だろう?」

 「ええ。宇治山家のご子息とおっしゃいますのは、紅様と(ぎん)様の御弟君様という事でございましょう?一体どういう事でございますか、お調べ頂けますか?」

 「ああ。こうして見れば、色々と妙な事ばかりだな。」

 嘆息した惟継は、あの一通の文から広がる状況の先に、何があるのだろうかと思った。

 そうして、在仁が次の聴取先を見定めた事で、本日の仕事はおしまいだ。

 

 ◆


 慰霊式を終えて奥州に帰ると、在仁は銀のいる病院へ向かった。

 検診日でもない来訪に、銀は顔をしかめた。

 「どうした?また何かやらかしたのか?」

 「失礼な…。」

もう完全にそういう扱いなんだな。全部在仁の所為であるのは間違いないが、挨拶も無くその態度なのは些か不本意だ。

 「実は少々、御耳にお入れしたき事がございまして。お時間を頂戴できますればと。」

 「ふぅん。葛葉(くずのは)くんが、俺に?まぁ、良いけど。丁度良いから診察してやろう。」

 「…どうも。」

何が何のついでなのか。追求するのは藪蛇に思えてやめた。

 そして在仁は銀に、これまでの事を話した。

 「兄さんが毒殺?しかも結婚?いや、待って。何?全然頭に入って来ないんだけど。ちょっと整理させて。」

 「俺も真偽が分かりません。ただ、紅様の奥方様よりの文に、毒が仕込まれておりましたは事実。そして、少し調べさせていただきまして、ご結婚もまた事実のようでございます。」

 「はぁ…。意味が分かんないな。兄さんに無断で、実家が結婚させたって事?そんな事出来るっけ?偽造書類で結婚したって事になるから、これって結婚詐欺って事?やばくないか?いや、そもそも毒殺しようとしている事がやばすぎる。何で兄さんが標的なんだ。」

ちんぷんかんぷんの銀に、在仁も頷いた。在仁だって未だにちんぷんかんぷんなのだ。

 「毒殺についてはまだ想像も及びません。紅様は現在、毒と、宇治山家から届いた文を全てお調べに。須磨のご自宅は平家が警備を強化くださいましたので、大丈夫かと存じます。」

 「そうか。命狙わてんだもんな。兄さんが。はぁ~…兄さんを暗殺?つかこっちが暗殺してやりたいけど、逆じゃないか?なぁ。」

 「いや、えっと。あはは。」

捨てられたのは紅の方で、それを納得しない銀も家を出た。宇治山家を恨んでいるのは紅と銀の方で、宇治山家サイドから暗殺を企てられる由が無さ過ぎる。銀の主張に、在仁は曖昧に笑って誤魔化した。物騒な意見には賛同できない。

 「それで、銀様は御出奔なさって以降の宇治山家について、何かご存知ではございませんか?」

 「いや。悪いけど全く知らない。医療術者業界の最高峰は福原にあるとは言え、各家門もそれぞれに発展しているからね。特に奥州の医療技術は凄まじい進歩だよ。敢えてあっちと関わる必要が無いね。」

 「さようでございますか。」

 「それに、宇治山家は研究職だ。新しい何かを生み出すでもなく、ただ研究データを蓄積するような、地道で日陰の仕事さ。部隊勤務の俺とは更に縁遠い。ムカつくから敢えて避けているのもあるけど、そうでなくとも耳に入る事は無いだろうね。」

言い方のバッサリした感じが、宇治山家を疎んでいるのが伝わった。

 「では、御弟君様の事なども、ご存知ありませんか?」

 望み薄、そう思った在仁の問いに、銀が険しい顔をした。

 「いや。弟たちの事は聞いた。宇治山家は兄さんと俺を入れて五人兄弟だ。下の三人は、研究費と言う名目の家門存続資金を手に入れるために、部隊と契約して働いていた。だが三番目と四番目は戦死したらしい。」

 「戦死…それは、痛ましい事。」

そうだったのか…。在仁が目を伏せると、銀が苦笑した。

 「医療術者は戦闘員じゃないが、部隊に勤務する限り、戦場は避けられない。危険と隣り合わせだ。」

仕方のない事、そう言わんばかりの銀とて、(かさね)大隊で小隊を率いる身だ。辛さも過酷さもよく知っているのだ。在仁は言葉が出なかった。

 「そんで、残った五男の(そう)が繰り上がって後継者になった。でも、蒼も戦地で瘴気を浴びて、昏睡者になったと聞いた。」

 「昏睡者に…。では、救済院にご入院になられていたと言うのは…。」

 「多分、蒼だろう。昏睡者は回復が望めなかったからな。出口のない長期入院で、入院費や医療費だけがかかり続ける。どうしようもなくなって、救済院に入れたんだろ。プライドの高い両親からしたら、さぞ屈辱だったろうな。」

救済院は、生活困窮者が利用する病院だ。名門・宇治山家が利用するはずのない場所。それを良い気味と思うのか、哀れと思うのか。在仁は銀の表情が読めなかった。

 「なれど、昏睡者は皆、御目覚めになられました。」

 「そうだな。」

 宇治山家にいるみよは、嫡男・紅の嫁。だが紅は絶縁している。そうとも知らぬみよの元に、本物の後継者である蒼が帰還する。それはどういう状況を生むのだろうか。在仁にはやはり想像が出来なかった。まだ、みよという者が分からないからだ。

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