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400 成果の事

 幽世(かくりよ)から意識を奪還した(きく)たちは、あの後すぐに奥州の病院に運ばれて、精密検査を受けた。

作戦に関わった全員が、風穴(ふうけつ)渡戸(わたりど)やその他の術による影響で不調をきたしていないかを、きちんと検査されたのは、君崇(きみたか)の厳命だった。この作戦の責任者は真珠(しんじゅ)だ。後で真珠が責められる隙を作らせないという意図がとても良く感じられた。

 そうして現場の片付けと全員の検査が終了した時には、もうすっかり夜が明けきっていた。

 真珠はすべてが終わり、ようやく肩の荷が下りた。思えば、菊を取り戻すと意気込んでいた時から無我夢中だったが、司法局の正式依頼として動き出してからは重責を感じていた。ついこの間まで誰にも見向きもされない使用人風情だった真珠が、こうして人の上に立つ仕事を任されるなんて、想像もしない事だ。緊張と責任の重さでずっと張りつめていたのだと、終わった今だから自覚する。

 「お疲れ様。」

病院の廊下に立っていると、やってきた君崇に声をかけられた。

 「君崇…。こちらこそ、お疲れ様でございます。協力してくださって、本当にありがとう。君崇がいなかったら不可能だったわ。」

 「いいや。力になれたなら嬉しいよ。もちろん真珠の為でもあるけれど、民の為だ。成功して、本当に良かった。」

菊も、連続放火の被害者も、地龍の大切な民だ。そのために、君崇は風穴利用を認めた。渡戸を開くためには、呪性が必要だった。呪の扱いは禁であるから、風穴利用の許可がなければ実現は不可能だった。君崇が協力してくれなかったら、本当に不可能だったのだ。

 「菊様は?」

優しく問う君崇にとっても、菊は義理の祖母となる人だ。家族の親愛を持って案じると、真珠は微笑んだ。 

 「検査は問題なく、今は御爺様が付き添っております。お疲れでしょうから、お休みになってから、これまでのお話をさせて頂ければと。積る話もあるし、君崇のことも紹介したいし。」

 「そうか。そうだね。ぜひ。」

もう司法局管理の医療施設を退院して、この奥州の病院にいるのだから、いつでも好きな時に会える。真珠は毎日でも通いたいと顔に書いてあった。

 そこへ、(みさご)千之助(せんのすけ)がやってきた。

 「お疲れ様です。」

いつも通りのキリっとした黒服の鶚と、誰が見てもくたくたのおじさん姿の千之助が、並んで歩いているのは変な見た目だ。職質されている人と警官みたいな。

 「吉池先生、この度は本当にありがとうございました。すべて何もかも、吉池先生のお力です。」

真珠が駆け寄って心からの礼を伝えると、千之助は軽く笑った。

 「あはは、まさか。俺は君の手伝いだよ。頑張ったのは真珠さんだ。」

 「いいえ。私一人では何も出来ませんでした。専門知識をお持ちの皆様がお力添えくださったから、こうして成功することが出来たのです。それを私の努力と誤認いたします程、厚顔でも無知でもございません。」

ド素人の真珠では知識も実力も足りない。在仁(ありひと)が千之助の協力を要請し、千之助が紅藤(べにふじ)小隊を動員して、幸衡(ゆきひら)が環境と設備を用意してくれたからだ。全員が快く協力して、惜しみなく尽くしてくれたから。真珠はただその力を借りていただけ。彼らの仕事量に比べたら、真珠など何もしてないくらいなものだ。

 それは事実を自覚しているのであって謙遜ではなかったが、鶚は真面目な顔で首を振った。

 「司法局は真珠様に依頼をしました。そして真珠様の求めに応じてこれだけの人が集まり、力を結集して事を成しました。成功に必要なものを集める事は当然ですから、至極まっとうな正攻法ですよ。これだけ困難な条件を揃え、成功を収めたのですから素晴らしい事です。真珠様に依頼して良かったです。」

鶚は真珠の経歴を知っている。清め人の弟子で、君崇の婚約者の肩書は大きいが、真珠自身がまだまだ足りぬ身であることをよく知っているはず。その鶚が全部分かっている上で真珠に正式依頼をしたのだ。もちろん真珠には在仁がついているからだが、それでも真珠に対する信頼があったからに相違ない。

 「ありがとうございます。」

 在仁は真珠に、一人で強くなるよりも多くの力を集めよと教えた。だから真珠は人の手を借りる事を選んだ。今回はどう転んでも一人でどうにかなる案件ではなかったが、こうして後から思い返せば、在仁が言っていた事の意味を深く感じた。一人で出来る事は限られている。だからこそ、人が手を貸してくれる人物にならねばならないと、思った。誠実に生きねばと。

 「日下(くさか)様が、此度このお話を下さらなければ、御婆様を治す方法は今以て分からぬままでございました。本当に、ありがとうございました。」

 「いいえ。私は職務を全うしたまでです。」

 元はと言えば、連続放火の被害者の中に、菊と酷似した症状の者があると教えたのは鶚だった。もともと真珠が菊を治そうと奮闘しているのを知っていたから、素人と知りながら真珠に話を持ってきたのだ。それだけでも、とてもありがたい事だ。それは鶚個人の気持ちであろうが、鶚は飽くまで司法局員として被害者救済を求めただけだと言う。ツンデレっぽい返答にも思えるが、きっとそれも本心なのだ。

 それは民の為だという君崇に似ていて、真珠は皆がそれぞれに責任をもって職務に当たり、世の中の秩序を守っているのだと改めて知った。

 これからは、真珠もそうした一人として世を担っていかねば。自覚をして皆に一礼すると、君崇が言った。

 「朝食にしないか?日下殿もよければ。」

 「いいえ。我々は撤収します。此度の件は公には出来ませんので、情報の取り扱いにはくれぐれもご注意ください。では。」

 結果は良くとも、過程が諸々ヤバい事しかないので、極秘作戦だ。そこのところに釘を刺してから、鶚は颯爽と去っていった。

 それを見送ってから、三人で食堂へ向かって歩き出した。

 「お忙しそうですね。日下様。」

 「連続放火事件の事後処理も残っているだろうし、晦冥(かいめい)教はまだ滅んでいないからね。」

 晦冥教は司法局案件。連続放火事件を在仁の手を借りずに解決したかった鶚は、今度こそと思っているのかも知れない。そう思いつつ歩くと、千之助が真珠に向かって言った。

 「今回の事で、渡戸を開く事は幽世から危険な『夜』を招く危険性があると分かった。おそらく今後は、意図的に渡戸を開く行為は禁となるはずだ。風穴利用も、葛葉(くずのは)くんが使ったあの術も、公に出来ない事のオンパレードだ。残念ながら真珠さんの功績はお蔵入りだな。」

 「功績だなんて。吉池先生のご実績とならない事が惜しくございます。」

 「俺はもう先の見えてるおじさんなんだから、今更これ以上の実績なんていらないよ。前途ある若者に譲るさ。」

 最近の千之助はやけに「おじさん」を自称する。(かさね)大隊を引退するつもりの晋衡(くにひら)に便乗して引退するために、年齢的な引き際を演出しているのだろうか。真珠はまだまだ現役の千之助の顔を見上げた。その顔に、千之助が言った。

 「菊さんもあちらの女性も、幽世の記憶はないらしい。火事の時の事もよく覚えていないようだ。ショックもあるからな、記憶障害がないか確認するように頼まれた。菊さんの診察は真珠さんがするかい?」

 「私が?はい、是非とも。」

千之助は積極的に真珠にやらせてくれる。それは真珠の素養を認めているからかも知れないが、きっとそういうタイプの師匠なのだ。紅藤小隊の部下たちにもそうしているのだろう。

真珠は菊の為に出来る事があるならば何だってしたい。嬉しそうにする真珠を、隣で君崇が微笑んで見つめていた。君崇の笑みを見て見ぬフリをしつつ、千之助は君崇に言った。

 「日下殿は(こう)殿の術を疑っていたが、話を聞く前に紅殿はとっとと帰ってしまったようです。相変わらず怪しまれているんですね。まぁあの術を見れば、気持ちは分かりますが。四天(してん)の連中の顔ときたら、奇異を見るような顔でした。」

 「確かに、あの術はすさまじかったな。禁術では無いと聞いていましたが、問題が?」

 在仁が扱っていた術を見て、誰もが息を飲んでいた。専門知識が無くとも、そこはかとなくヤバい何かを感じた。君崇が問うと、千之助は肩をすくめた。

 「葛葉くんが三連陣を構築した時には、目を疑いました。普通に考えてあれは、高位術者が複数人で扱うレベルの術ですから。まさか一人で…。茉莉(まつり)ちゃんの術力負担があったとは言え、演算は一人ですからね。相変わらず規格外な人だ、彼は。そして、それを平気でやらせる紅殿も。正気を疑われるのは当然でしょう。」

なんだかな~と笑う千之助に、真珠が訊いた。

 「高位術者が複数人おられれば、御師様でなくてもよろしかったのでございますか?」

 「ええ?いや、まぁ…無理だろうな。複雑な術ほど正確性を求められる。複数人が同じ術を扱うのは、正確性が損なわれ易いから難しいんだ。何度も練習して成功率を上げなければならないが、それだけ時間がかかる。間違いなく昨夜には間に合わないし、正直それを依頼するくらいなら、来年を待った方がマシだ。」

日時を捏造する術のために時間をかけている内に、来年の当該日時を迎えてしまう。そうと言われれば、余程大変な事なのだと知る。真珠がびっくりして、ぽかんとした顔をしていると、千之助が笑った。

 「ああいうのは学者連中が酔狂で研究する、机上の空論というやつだ。」

 「…で、でも、御師様は実現してしまいました。」

 「だから葛葉くんは規格外なんだ。そのせいで、紅殿が調子にのって助長する。自分がつくった机上の空論だったはずのものを実現してくれる人がいたら、さぞ楽しいだろうな。」

 「なるほど。葛葉さんは学者にとって垂涎の実験体なんですね。絶対に隠しておかないと…。」

 「もう一番ヤバい奴に捕まっていると思いますがね。」

学者たちが喉から手が出る程に欲しい人材だとしたら、在仁を守らねば。だがもう紅に捕まっている。禁術を扱う紅は司法局も警戒する超危険人物。真珠と君崇は、在仁が紅を「ヤベぇ奴」と言う事の意味が、ようやく分かったのだった。


 ◆


 「はっくしゅん。」

在仁が盛大にくしゃみをすると、皆がびっくりした顔を向けた。

 そして胡桃(くるみ)が走って出ていき、真赭(まそほ)が毛布を持ってきて、(めぐみ)が温かいお茶を淹れてきた。白蓮(びゃくれん)が膝の上から心配そうに見上げ、茉莉が隣から手を伸ばして在仁の額に触れた。

 「大丈夫。多分、誰か噂してるんだよ。」

風邪じゃないから。否定するも、誰も信じやしない。風邪をひいたに違いないと決めつけてバタバタと行動を起こす速度が速すぎる。そして慣れている。

 あの後、(ぎん)の診察を受けて入院を免れた在仁は、無事に帰宅。だが、紅が煤竹(すすたけ)に診てもらうべきだと言い残して去ったため、急遽煤竹と(たえ)を呼んで調術してもらったりしている内に、いつの間にか日が高くなっていた。いつまでも心配して離れなかった青藍(せいらん)を無理やりに帰して、やっと一息ついたところだった。

 「茉莉も休んで良いよ。」

 「やだ。一緒にいる。」

北辰(ほくしん)隊武士勢も惟継(これつぐ)も一旦解散して、自室は期せずしてハーレムだ。女性陣の温かな心配を受けていると、ばたばたとして戻ってきた胡桃と一緒に道汐(どうせき)が入ってきた。

 「紫微星(しびせい)様!大丈夫ですか?」

血相を変えて飛び込んできて大きな声を出したのは道汐だ。部屋の中は落ち着いた空気であったから、明らかに場違い。それを無視して胡桃が風邪薬と体温計を差し出した。

 「道汐様と打ち合わせの予定でしたので、こちらにお通ししました。」

 「あ…、忘れておりました。失礼いたしました。」

 無理矢理に体温計を押し付けられて熱を測りながら、在仁は道汐に謝罪した。どたばたしていて打ち合わせをすっぽかす所だった。さすが有能な秘書胡桃ちゃんのおかげで、道汐を待ちぼうけさせずに済んだ。ありがとう。

 「紫微星様、お加減は…?」

平然としている皆の様子で、大した事がないと分かるはずだが、道汐は盲目的紫微星様信奉者なので脇目を振らない。心配して動悸息切れがしそうな道汐がじりじりと在仁に詰め寄り、在仁が引いた。そこで体温計が鳴って、その音に救われた気がしたが、取り出した体温計を道汐が奪い取った。

 「熱があります!三十六度も!」

 「平熱…。」

何言うとんねん。ダメだこいつは。茉莉が呆れて体温計を取り戻して片付けた。在仁はおろおろする道汐を放置して、打ち合わせに入ろうとした。

 「えっと、採用試験の最終面接の事でございますよね。一次面接はすべて終わられたのでございましょう?如何でございましたか?」

浴衣の合わせを整えつつ問うと、道汐は胡桃にどつかれていた。昔の家電みたいに叩くとなおるのか、道汐ははっとして咳払いをしてから姿勢を正した。

 「そうです。特段の問題はなく、以前お渡しした名簿のメンバーを採用することになりました。紫微星様は最終面接にて、その最終意思確認をお願いします。」

 「承りました。これまでの試験、たいへんお疲れ様でございました。皆様にもどうぞよろしくお伝えください。」

最終面接は採用のお知らせみたいなものであるから、もう採用試験は終わったも同然だ。在仁は最初は全部自分でやるつもりだったので、さぞ大変だったろうと思った。その労いに、道汐が照れたように笑った。

 「合格通知を出し終えたら、採用者全員を集めて一席設けたいと思っています。紫微星様もご参加くださいますか?」

 「もちろんでございますよ。是非ともお声かけください。」

全員を集めるとなるとかなり大きな場所が要るが、八尋(やひろ)がいるので何とかなるだろう。街づくりも住民が決まると、いよいよ実現が見えてくる。在仁は楽しみになった。と、その前に最終面接か。面接と言っても採用は確定しているので、挨拶みたいなものだと思えば、緊張よりも楽しみが勝る。

 「私も行きたい。」

茉莉が手を挙げると、在仁はにっこり。在仁の夢を託すのだから皆で参加して挨拶したい。これからはもう仲間なのだから。

 そうして道汐が帰ると、それと入れ替わりに(すばる)輝之(てるゆき)がやってきた。

 「紫微星様、今いっすか?」

 「ええ、どうぞ。」

なんだか来客が多いな、と思いつつ迎え入れると、茉莉がこれでは全然休めないと思ったのかむっとした。そしてわざとらしく在仁の肩に上着をかけた。そうすると何だか病人ぽい見た目になるので、気を使って手短に済ませるだろうと言う意図だ。だが相手は昴なので、空気が読めるのか。在仁がそう思いつつ昴を見ると、昴の斜め後ろの輝之がたいへん恐縮していた。空気の読める副官が、昴の裾を引いたのが見えた。

 「おい、紫微星様はお加減が優れないんじゃないのか?」

こそっとした声は在仁にも聞こえたが、昴はきょとんとして言った。

 「どうぞって言われたけど。」

許可はとったじゃないかと言う昴に、輝之がぎょっとした。そのやりとりが面白くて、在仁は笑ってしまった。

 「ふふ…。大丈夫でございますよ。どうぞ、お気になさらず。」

 笑われた輝之は恥ずかしそうに俯いたが、昴は真顔だった。

在仁は、なかなか良いコンビだなと思って言った。

 「お二人は連続放火事件の捜査で随分とご活躍なさったと道白(どうはく)様より伺いました。派遣致しました身として、とても鼻が高うございますよ。ありがとうございました。」

 なかなかの着眼点で事件解決に一役買った二人に、在仁はなにかご褒美をあげないとな、と思いつつ微笑んだ。すると、昴は首を振って頭を下げた。

 「いいえ。行って良かったです。こちらこそ、ありがとうございました。勉強になりました。」

真面目な顔で言うものだから、在仁のみならず皆が「おや」と思った。昴はずっと一緒にいたのに、わざわざ出直して二人で訪ねてきたのは、何か用があるからだ。在仁はその「勉強になりました」が関係あるのだなと察して言った。

 「何か、得るものがございましたか。」

 昴は輝之を一度見てから、二人で相談したことを代表して口にするような態度で言った。

 「事件に関わって、武闘大会の結果がどういう影響を与えたのかとか、昏睡していた人たちがどういう立場なのかとか、そういう人たちの気持ちを知りました。部隊の中には上下関係とか、出世競争とか、仲間意識とか、いろんな関係があって複雑なのも分かりました。出世するには、それぞれの隊員の実家の立場とか、生まれとか育ちとかも関係あって、人事に影響してるのも。そういうの常識なのかも知れないですけど、俺にとっては新しい発見でした。武闘大会で負けて降格になった人も、昏睡してて復職した人も、皆それぞれ立場や悩みがあって苦労してるんですよね。今回の事件が公になって、きっと少しはマシになるんだなって思います。これからは、無駄に憎しみ合わなくて良いんだって、思いました。」

 一生懸命に考えて来たのだろう言葉は素直で、昴の心をそのまま見せているように感じた。だから誰も途中で余計な相槌を打てずに、ただ見守るように聞いていた。部屋に昴の声だけが響いて、緊張が伝わった。

 「でも、そうじゃない人もいるんじゃないかって、思ったんです。」

 昴のまっすぐな顔を、在仁が良い面構えだと思った。

 「そうじゃない人、とは?」

 「復職する昏睡者の中には、輝之みたいに天涯孤独になった人がいると聞きました。輝之がそうだったみたいに、誰も自分を証明してくれる人もいなくて、帰る場所もなくて、元いた部隊も壊滅して再編してて、そういう人たちが復職するのは、すごく不安だし大変だと思うんです。」

 輝之みたいに、と言われた輝之は複雑な顔で俯いた。まさか輝之のように目覚めたら身分を乗っ取られていた、という事はあるまい。だが目覚めたら天涯孤独は辛い。守りたかった家族や仲間を失っていたと知って、何のために戦い、何のために生き残ったのかと、自問するかも知れない。 

 「孤立無援となり、後ろ盾を失ってしまわれた方々は、一旦の救済措置として前職と同じ職位に復職なさりますが、お家のお力がございませんので、相当の努力をなさらなければ徐々に地位を落とされる事になるやも知れません。これからは新興とは言え出自の確かな新しい武士が入隊して参りますので、限られた椅子取り競争はそうした後ろ盾の確かな方々が有利でございます。その事を見通しますと、復職なさる事自体に、消極的になられるかも知れませんね。」

生き残った理由も分からず、出世の可能性も絶たれ、寄る辺ない身の上を心許なく思うだろう。

想像すると切ない。在仁が闇色の瞳に憂いを濃くした。その憂いに、昴が強い意志を示した。

 「だから、俺、そういう人をスカウトしてみようかなって思います。」

 「すかうと?」

 うん?在仁が昴の目を直視すると、キラキラとしていた。希望が、輝いて見えた。

 「はい。俺の部隊…昴宿(ぼうしゅく)隊の隊員に。上手くいけば困ってる人を助けられるし、俺も困ってるんで助かるなって。昴宿隊は出世とか無いですし、部隊内の競争よりも、協調性とか思いやりとかが欲しいなって思ってたんです。術者と女性と子どもが沢山いる街を護る、自警団みたいなものですから、凄く強い人より、人を大事にできる人が良いなって。それに、俺は部隊経験も少ないから、きっと頼りないと思うんです。そういうのも支えて貰いたいし。皆で一緒に頑張れるような人を集めたくて。」

 後ろ盾がなくば復職しても出世は望めない。出世欲が無ければ安心して昴宿隊に誘える。あの街は辺鄙な田舎街であるから、競争社会からは遠ざかる。傷付いた心を癒すにも丁度いい。初代住民たちは、これから街をつくっていく仲間で家族だ。一致団結して手に手を取り合って生きていかねばならない。天涯孤独どころか、一気に大家族だ。寂しさなんて吹き飛んでしまうだろう。だから一人で落ちぶれるよりも、のどかな田舎で仲良く暮らそうと言うのだ。

 「もちろん、会ってみて、人柄を見て、本人の意思を確認してからです。そのためにも、一人一人訪ねてみようと思うんです。」

 背筋を伸ばして言う昴は、決意表明みたいだ。在仁は立派になったなと思って優しく頷いた。

 「良いと存じますよ。昴の思われた通りに、やってみてください。何かお困り事がございましたら、ご相談くださいませ。」

 賛同する在仁の隣で、茉莉は大丈夫かな?という不審な顔をした。それはそうだ。昴の理想はちょいと夢見がちだ。天涯孤独の昏睡者が全員、人の痛みの分かる優しくて善良な者ではない。お前もう出世できないし、帰る場所もないんだから、田舎でのんびりやらんか?なんて誘われて喜ぶとも思えない。

 けれど、昴は意図していないだろうが、これは悪い意見ではない。

傷付いた彼らに、のどかな田舎街でスローライフを送ろう、と誘いに来た人は最強の武士だ。紫微星様の大切な昴宿。その名誉に飛びつかない者があろうか。

彼らは浦島太郎で、復職先は前職と同じでも新規採用が如くアウェイだ。ならば新設部隊で全員が初めましての方が気が楽に決まっている。しかも私設でも後ろ盾の確かな部隊だ。

出世できない事が最大のデメリットではあるが、昴が最強である以上、かなりの水準の戦闘力を誇る部隊になる事が期待できる。そこらへんの部隊に復職して落ち目になるよりも、ここで研鑽を積んだ方が強くなれる。

そもそも役付き隊員になれずとも、紫微星様の部隊に所属しているという付加価値はかなり大きい。

しかもだ。田舎に定住してくれという条件であるから、衣食住が保証されているのも好条件だ。生家を無くしていると仮定すれば、寮に入るのだろうが、そこは一生の家ではない。

先々の見通しを思えば、元の部隊で踏ん張るよりもメリットが多い。

そして、昴の求める採用条件が強さではなく善良さだというのだから、清く正しく生きていこうと思ってくれれば良いのだ。

 武闘大会で好成績を収めて出世していく上昇株ならば、飼い殺しの部隊への入隊はお断りだろうが、立場がマッチすれば垂涎のスカウトではないだろうか。

 在仁がそれらを想像していると、輝之がそっと補足した。

 「地龍様は武闘大会を定期大会となさるお心積もりと伺います。」

 その補足に、在仁は目を見開いた。

 もしかして、武闘大会に出場して勝ち上がろうというのか?もし昴宿隊の隊員が多く勝ち上がれば、世間を騒がせる事になるだろう。昴宿隊は私設だ。家門に属さない個人所有部隊であるから、一般的な部隊の組織図には属さない。そんな無名の独立部隊が、実はめちゃくちゃ強いなんて、超かっこいいではないか。普段大きな仕事を請け負う事もなく田舎に引っ込んでいるが、良い所だけかっさらおうなんて、なかなか狡い事だ。

昴の後ろで企みの笑顔を浮かべる輝之は、昴よりもいろんな事を考えている模様。輝之がいるから、昴は無自覚で走れるのか。

 「さぞ美しいプレアデス星団となりましょうね。」

 楽しみだな。在仁の言葉に、昴は白い歯を見せて笑ったのだった。

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