表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
933/998

398 奮闘の事

 福原のお勉強会が始まってから数時間が経過した。

在仁(ありひと)はひたすら鉛筆を動かして、演算式を書き写していた。それは演算式の丸暗記かと思いきや、時にその意味などを青藍(せいらん)に問う場面もあり、それなりに理解しながらやっていると分かる。マンツーマン指導の家庭教師のような立場で付き添う青藍も、その在仁の集中力には舌を巻いた。

青藍の反対隣りに座っている茉莉(まつり)は、自分の役割を確認しながら在仁の勉強を見守っていた。

 そこへ、敢えて大きな声で惟継(これつぐ)がやってきた。

 「そろそろ休憩しろ。」

 惟継の後ろから使用人がお茶とお菓子を持ってやってきたので、強制的に休憩となった。

在仁は止められなかったら根を詰めるゾーンに突入していたので、青藍も茉莉も時を忘れてしまっていた。惟継の計らいに感謝して、皆でテーブルを囲んだ。

 テーブルには、在仁と茉莉、青藍、惟継、護衛は(あずま)夜鷹(よだか)稔元(としもと)

 「どうだ進捗は?」

惟継が問うと、在仁は苦笑した。

 「いやぁ…はは。」

答えに窮する在仁から少しばかり焦りっぽいものを感じた。それはそうだ。今こうしている間にも、真珠(しんじゅ)たちの研究室も、君崇(きみたか)の風穴対応も着々と進んでいる。各所大詰めと言う情報も入る中であるから、在仁の準備が整わない所為で足を引っ張る訳にはいかない。

 「焦っても仕方があるまい。付け焼刃は元よりとしても、失敗は許されまい。時間よりも確実性を取るべきだ。それを責める者など一人もおらぬ。腰を据えて取り組む事だ。」

 「全く以て御尤もと存じます。」

ぐうの音も出ない正論に、在仁は頭を下げる他ない。

落ち着かねば、と言い聞かせるように、熱いお茶を飲む在仁を、全員が見守っていた。惟継はふと、在仁の手元に置かれた紙が目に入った。演算式を書きなぐり、赤ペンであれこれと理解しようとした痕跡。何度も繰り返されて紙はびっしり。なるほど、受験生のようだ。

 「在仁殿は素人と申すが、術や演算に関してはすべて独学と?」

 惟継がふと気になって問うと、茉莉と青藍も同調した。

 「確かに、術者並みの知識あるよね?塾に通ってた訳じゃないんでしょ?」

 「禁術や透析術の扱いを思い出しても、一般的な術者以上の知識があるはずだ。」

過去のアレコレが去来すると、在仁は自称・素人なのではと思えて来た。これは独学の域を超えていると。その問いには、護衛たちも同意して興味を向けた。

 在仁は勉強中の紙を見下ろして言った。

 「独学でございますよ。俺は武士でございますので、道場には通っておりましたが、塾には通っておりません。父は俺が目立つ事を厭うて、才を持つ事を許しませんでしたので、余計な勉学はさせて貰えませんでした。父が俺に習わせたものは、剣術よりも、政治に偏っておりました。特に礼儀作法には厳しく、言葉遣いや所作で咎められる事が多くございました。その他にも、地龍の組織図や、派閥、家門の家格順や関係性など、歴史や情勢なども細かく教え込まれました。今にして思いますれば、あれは俺の生きる為の処世を叩き込んでいたのでございましょう。」

 「あんなド田舎で地龍の組織図要る?」

 茉莉の素直な感想に、在仁は吹き出した。

石川家は奥州の覇権を望む野心があったが、領地はド田舎。その家臣の中でも下の方だった葛葉(くずのは)家は、地龍でも末端の武士と言えるだろう。そんな在仁に、地龍の組織図は不要。確かに普通ならばその通りなのだ。けれど、糺仁(ただひら)が見ているものは違った。悪しき石川家に支配された箱庭で、在仁が生き延びていく為には、知恵と知識が必要なのだと思ったに違いない。素養の無い剣術では努力しても強くなれない。そんな無駄な努力よりも、狡賢くなれと思ったのかも知れない。どれだけ殴られも意思を曲げない在仁に、強かになれと思ったのかも、知れない。

 「まぁ、要らないよね。でも、あれがあったから、石川家が一番偉いって思わなかったんだと思う。地龍全体で見たら、石川家は大した地位でもないし、力も無い。そういう家のお殿様にお仕えする、下級武士なんだって言う弁えって言うの?そういうのは、かなり幼い頃に理解していたかな。地龍で一番偉いのは地龍様だからね。」

 井の中の蛙にならなかったのは良かった。(あざみ)を最も偉い人だなんて誤認していたら、今ここにはいない。奥州に逃げ延びようとなんて思えなかったはずだ。在仁の言葉に、茉莉はなんだかなと嘆息。

 「何にしても、在仁のお父さんを好きにはなれないけどね。」

 「分かってる。俺もだよ。」

行動の理由にどんな事情があったとしても、許す事は無い。茉莉の一番は在仁なのだ。その揺るがなさに、在仁は微笑んだ。

 睦まじい二人に挟まれた青藍は、不思議そうな顔で在仁を見た。

 「では、完全に独学、と?」

 「え?ええ、はい。さようでございますね。師と呼べる御方はおりません。ご存知の通り凝り性でございますので、こそこそと一人で試作いたしますのが楽しく、その所為で知識が偏っております。」

 「確かにな。」

言われて見れば確かに、常識的な基本知識が欠落しているのに、複雑でマイナーな知識を有していたりする。それは趣味の独学を裏付けるように思えた。好きな事だけ深堀しているだけだ。

 「そうして一人で学んでおりました事が、今になって、人様の御役に立てるのでございますから、大変嬉しき事でございます。何事も無駄な事など、無いのでございますね。」

 あの頃は、学びが生かされる事は想像もしなかった。けれど、あれがあって今がある。それを思うと、少しは報われた気持ちになるのだ。

 因果は巡る。世は循環で出来ている。

 在仁はそれを意識するからこそ、今を大切にせんと思った。それがまた新しい未来へ循環していくのだから。


 ◆


 在仁が福原で缶詰になっている間も、真珠たちは必死に作業を続けていた。

 「大詰めかい?」

確認するように言ったのは、訪ねて来た君崇だ。

君崇はここの所、頻繁に通ってくるが、用件は仕事だ。真珠は君崇の顔を見ると浮かれてしまうが、TPOを弁えて真面目な顔で応対している。

 「はい。もうすぐ完成します。君崇…は、どう?」

まだ呼び捨てのハードルが高くて、ちょっと変な呼び方になってしまう。真珠が問うと、君崇は照れ笑いをしながら答えた。

 「こちらは準備完了だよ。風穴利用の条件通りに整えて待っているよ。」

落ち着いた声音で言った君崇に、真珠は頭を下げた。

 渡戸を開くためには呪性が必要だ。在仁が風穴を利用する事を提案して、風穴担当責任者の君崇が請け負う事になった。君崇は忙しいだろうに、この件を最優先にして対応してくれた。でなければこのスピードで準備が完了するはずがない。

君崇が真珠のために最速で対応してくれたのだから、真珠だって負けていられない。とは言え、真珠は素人に毛が生えた程度であるから、殆どが千之助(せんのすけ)たち専門家に頼りっ切りだ。司法局の正式依頼は真珠宛てで、仮の研究室の長は真珠なのだろうが、まったく烏滸がましいばかりである。今回の事が成功しても、絶対に真珠の功績と言われる訳にはいかない。真珠はそれを自覚して、やれる事を精一杯やっているのだ。

 「ありがとうございます。こちらの準備が整い次第、早速にやらせて頂ければ。ですが、御師様の方は如何でございましょうか。」

 「葛葉さんの方も頑張ってるみたいだよ。時間は、少しかかるかも知れないらしい。正確性の方が優先されるからね、あまり急かさないようにしよう。」

 「ええ、勿論。御師様に負担をかけてしまった分だけ、私も頑張らなくっちゃ。」

 「あまり気負わずに、背負い込まないでね。」

真珠は強い人だが、一人で抱えてしまいそうで心配だ。君崇が案じると、真珠は可愛らしく笑った。

 「分かっているわ。私一人で抱えたからって出来る事は僅かだもの。出来る御方のお力をお借りして事を成すしかないのだわ。御師様は、私一人の力よりも、お力添えくださる御方を多く持つべきと、お教えくださいました。だから私は、そうしているのよ。」

 「そっか、それは凄いね。」

 真珠は在仁のアドバイス通りに、プロの手を借りているだけなのだが、その言葉に君崇は慄いた。有能な人の力を借りる事が出来るのは、権力や財力よりもカリスマ性が要る。在仁はおそらく、真珠にそうした力を持てと諭したのだ。これから地龍様の妻となる真珠には、為政者の妻としてのカリスマ性が必要だ。多くの忠を受け、その力を采配して、より良い地龍の未来を目指していく。今後の真珠に特に必要な資質であるが、意図して養えるものでもない。それを今、真珠は学びながら身に着けようとしている。

それに気付くと、在仁の意図の深さに感銘を受けた。

 「僕よりも葛葉さんの方が、地龍様になるべきだな。」

 頂に立つ風格は、在仁の方が上だろうと。つい漏らしてしまった君崇に、真珠は強い視線を向けた。

 「いいえ。地龍様となられるのは、そのための器を有した御方のみ。地龍様がどのような統治をなさるかは、地龍様次第よ。民を想い、寄り添い、世の均衡を守りながら、地龍の存在価値に義を求める。それは君崇だから選んだ、君崇の道よ。私たちは君崇と同じ時代に生まれて、幸せだわ。」

 地龍様は地龍の頂。それはその器を有しているからだ。資質とか才能とか主義とかは何も関係ない。龍神様と契約した初代から受け継がれてきた契約者としての器があるから。だからどんな馬鹿でも地龍様は地龍様だ。どんな残忍で身勝手な為政者であっても、誰も追い落とす事は出来ない。その血を絶やしては、地龍は力を失い絶える事になるだろう。

これまでの地龍様で愚者はいなかったが、本来ならばそうあってもおかしくない。その事実に照らせば、君崇が優しく賢い地龍様になろうと努力する人である事は、民にとって幸運だ。

 そんな究極的な観点から君崇を褒める真珠に、君崇は苦笑した。

 「大袈裟な。地龍当主一人で世の均衡は守れないよ。皆がいなければね。」

 「まことにご立派ですわ。」

 そこが君崇の良い所。真珠の微笑みに、君崇は励まされる気がした。


 ◆


 そうして各所の奮闘があり準備は整い、決行の晩となった。

 薄曇りの夜空の下、いくつものライトが用意され、風穴を囲んでいた。

風穴周辺は広々とした平地で、大人数で集まっても窮屈にはならず、百ヵ所ある風穴から君崇が選んだ理由が分かった。

この渡戸を開く実験(ぶっつけ本番)は、多くの者の力を借りて成った。そして実行するにあたり、更に多くの者の立ち合いを求めた。そのため、この運動会でも出来そうな広い場所に、運動会でも出来そうな人数が集まった。

 風穴のすぐ隣には、直系三メートル程の術陣が描かれた布が敷かれた。それを指示するのは紅だ。

 「術が成功すれば、この術陣内のみ、設定した日時と同条件の環境になる。日時を捏造し、条件を満たす事は、かなり強引な事だ。出来るだけ実際の日時との差が少ない方が良い。決行時刻は出来るだけ近づけてくれ。その方が発動者への負担も減る。」

現場指揮は千之助が担当していた。千之助は時計を見つつ、紅の指示に従って、部下を配置。

 「了解。術陣の周りに結界を。補助要員は足りているか?」

 問うと、そこに紫紺(しこん)色の制服を着た武士たちがやってきた。

 「補助はこっちで受け持つ。立会人の護りも保証しよう。」

 「晋衡(くにひら)蘇芳(すおう)…。」

 晋衡が紫紺小隊を動員したのだ。地龍最強部隊のお出ましに、皆の安堵が見えた。

紫紺がいれば、この術が失敗して何か不測の事態が起こった時のための対応を任せる事が出来る。その分紅藤を術に集中させる事が出来るので、千之助としても助かる。

 そこへ、(きく)と被害者が運ばれてきた。二人とも夫に付き添われ、(みさご)をはじめ司法局員に守られながらゆっくりと歩いて来た。その後ろから、真珠と君崇、あさひ、四天(してん)たちがやってきた。

術陣の前まで来ると、真珠が周囲を見回した。

 「皆様、本日はお集まりいただき、まことにありがとうございます。」

 真珠はこの場の責任者として、大きな声で言った。その声に、到着している者たちは全員が一旦準備作業の手を止めて頭を下げた。そして君崇が言った。

 「此度、この案件の為に風穴を利用する事は、極めて特例的な事だ。風穴は未知の危険を孕んでいる事を、決して忘れずに。風穴から出る呪性を利用するために、本番中は一旦清浄機の作動を止める事になる。近くに配備されている者は浄化札を忘れずに、そうでない者は出来るだけ離れ、安全を確保してくれ。始まってしまえば、中断は出来ない。想像し得る対策は万全とするように。」

とにかく未知過ぎるので、誰も安全を保障出来ない。ある程度は自己責任でお願いしたい。君崇の呼びかけに、皆が気を引き締めた。

 そして再びの準備作業。

 立ち合いとして呼ばれた四天とあさひは千之助から概要を説明され、紅の怪しい術陣に眉を顰めた。そして紫紺の後ろの安全そうな場所を確保して観察していた。真珠は術陣の中に入った鷹司(たかつかさ)夫妻の元で、緊張の面持ちで共に時を待っていた。

 夜間の工事現場のような作業がいよいよ整おうと言う頃、やっと待っていた声が聴こえた。

 「申し訳ございません、遅く、なりました。」

 在仁だ。


 ◆


 徹夜明けのような疲労感を纏った在仁が、茉莉と一緒に術陣の前までやってきた。後ろに従えて来たのは、北辰隊武士勢、青藍、惟継。

 「大丈夫か?」

蘇芳が真っ先に駆け寄って問うと、在仁は力なく笑った。げっそりした顔は、いつもより痩せて見えた。

 「大丈夫、と申さねばならないのでございましょうね。」

絶対の自信を示すべきなのだろうが、完璧とは言えない。正確性を最優先させると言ったのに、この状態でやって来たのは訳があった。在仁は嫌そうな顔で紅を見た。

 「指定日時と実行日時が離れない方が良いのでございますよ。一日でも、早い方が良いのでございます。」

指定日時は十月下旬某日の深夜。今日は十一月上旬だが、在仁がのんびり勉強していると、どんどんと差が広がってしまう。だから必然的にスピードは求められてしまう。それをどうして早く言わないのか、という責めの目に、紅はしれっとした顔をした。

 「当然だろう。知らなかったのか?まぁ、知ると知らぬで習得速度に変わりはあるまい。」

 「…っ。」

知らないし。だが習得速度に変わりがないと言われると、返答に窮する。急いでも、仕方がないのか。しかしムカつく態度だなぁ。在仁は隣の茉莉の腕を引いて耳元で訊いた。

 「折角お力添えくださった紅様に対して、憤りを抱くのは筋違いだと分かっているけど、どうして腹立たしく感じるんだろう?」

 間違いなく紅がいなかったらこんなに早く決行日を迎える事が無かったので、感謝すべきだ。だが紅はいつもながら身勝手だし、説明不足だし、無理難題を平気で押し付ける。在仁は結果だけを提示されてやるしかなくなる。もう少し相談とか説明とかあっても良く無いだろうか?この憤りは在仁が狭量なだけなのか?

 もやもやする在仁のしかめっ面に、茉莉が笑った。

 「ええ?あはは、それは在仁が紅様に気を許しているからじゃないの?良かったね。素直に怒れる人がいて。」

 怒りを封じていた時代の在仁を思えば、誰かにムカつくなんて、良かったのだ。茉莉からしたら、在仁の感情が豊かである程に嬉しくなる。涙は見たくないけれど、怒って、笑って。そういう在仁が愛おしい。茉莉の笑顔を見て、在仁は笑うしかなかった。

 なんだかな、と思いつつ在仁は紅の隣に立った。そして気を許している仲間と思ってあけすけに言った。

 「あのような馬鹿な術を作っておいて、俺に押し付けるのでございますから、紅様の頭はどうかしておりますよ。まこと、天才のお考えは分かりかねます。」

 「俺も、あのような馬鹿な術を扱う者の気が知れん。まこと、どうかしているな。」 

紅が珍しくにやっと笑ったので、在仁は上機嫌だなと思った。思い出して見れば、今回の案件に紅は関係なかったが、行きがかり上話を聞いて、自ら首を突っ込んで来たのだ。そして主導権を強奪し、率先してこの術を作り上げた。理由が、面白そうだから。

多分、面白かったのだろう。自由な事だ。

 「紅様、どう考えましても、あまり長くは持ちませんよ。」

 「だろうな。安全装置が無ければもう少し持つだろうが、仕方ない。」

 安全装置、とは在仁の虚弱な術力器官のために付加された部分だ。それが無ければ演算式も短くなるし、術の維持時間も伸びる。だが、それが無ければ在仁の安全は保障されない。

 「まこと、ままなりません。」

 在仁は嘆息しながら紅を伴って術陣に向かった。周囲は既にスタンバイ完了。術陣内には、菊と(まゆみ)と真珠、放火事件の被害者夫妻が座っていた。

 「御師様。茉莉様。ご負担をおかけいたしまして、申し訳ございません。本日はどうぞ、よろしくお願いいたします。」

真珠が立ちあがりながら言うと、両夫が頭を下げた。当然の事ながら、緊張の面持ちだ。妻の意識を取り戻す為とは言え、正体不明の大がかりな術が行われるのだ。ここにいる地龍有数の専門家とお偉いさんたちの表情を見ても、誰一人として成功を確信していない。失敗しても現状維持である確約も無く、かと言ってリスクも不明。危険レベルが想定出来ないので、誰も何も言えない。

この環境に、当事者である夫妻が不安に思わないはずがない。

在仁は真珠と、そして夫妻に向かって丁寧にお辞儀をした。

 「本日はどうぞよろしくお願いいたします。全力を尽くさせて頂きますので、御不安とは存じますが、お力添えください。」

 と言ってみたが、不安なのは在仁も同じだ。ぐっと飲み込んでもう一度頭を下げると、真珠に向かって言った。

 「真珠、ご説明を。」

術陣を囲んで配備された全員が、真珠を見ていた。

 真珠はいよいよと思って気を引き締めた。

 「まず、御師様と茉莉様が、日時の再現術を発動くださいます。それから、風穴の清浄器を止めます。呪性を検知し、術陣内の呪性が条件値を超えてから、術陣の周りに火を点けます。紅藤小隊がその状態を維持しつつ、条件に見合う環境を調整しながら、渡戸が開くのを待ちます。」

真珠がそこまで説明すると、紅が言った。

 「日時の再現術の維持時間は、紫微星殿次第だ。長引けば負担は大きくなる。あまり時間はかけられないと理解しておいてくれ。」

 「風穴の清浄機の停止時間も、長くは許可できない。短時間が望ましい。」

君崇も同意して言うと、千之助が頷いた。

 「分かっています。火で囲う都合上、こちらも長時間は持ちません。全員がほぼ平行作業で最速を目指します。」

過酷な環境も武士ならば慣れているが、菊たち当事者は非戦闘員だ。負担を考えれば、短時間で済ませねばならない。清浄機を止めて呪性検知してからは、スピード勝負だ。千之助は紅藤小隊の全力を持ってあたる構えだ。

 説明の段取りよりも、実際はとても速く進むはずであるから、一番時間がかかるのは在仁が術を発動させるまでだろう。それは在仁が一番分かっている。在仁が急がない事には、どうしようもないと。

 「俺と茉莉は術陣の前に。術陣内は菊様方のみにして頂き、その他の御方はどう配備を?」

 「葛葉くんの作業開始と同時に、周辺は結界で閉じます。結界内は最小限の人数で、司法局と紫紺は結界の外に。」

千之助が配備の最終確認をすると、真珠は檀たちと一緒に術陣の前を陣取った。

 「幽世におります御婆様方の意識は、御体に引き寄せられておりましょうが、万一迷ってしまわれれば、渡戸が開きましてもお戻りにならないかも知れません。そのために私たちは、こちらで呼びかけます。」

 「僕はここで真珠を護るよ。」

真珠たちが立っているのは術陣の真ん前。どこにどう渡戸が開くか知れぬ、一番危険なポジションだ。そこに、次期地龍当主とその妻が配置されるのは、本来おかしな事だ。立ち会うのにしても、安全の確保された場所にいるべきだ。けれど、真珠は絶対に譲らない覚悟の顔で、君崇もそれを支えると決めている。

 予め決めていた配置なのだろうと分かるが、在仁は少し不安になった。

 そこへ、空気を読んだ蘇芳がやってきた。

 「では俺も中に残ろう。」

最強の武士が護衛に付いてくれる頼もしさに、皆が少しほっとしたのが伝わった。

 在仁が安全に術を扱えるように、紅が調術をしてからその場を離れた。

 これで、最終配備確認は終わりだ。


 ◆


 時計が当該時刻に近付くと、いよいよ本番だ。

 中心には術陣。中には菊と被害者女性。隣に風穴と清浄機。その術陣の外に、在仁と茉莉、真珠と君崇、檀と被害者の夫。そしてその後ろに北辰隊武士勢と蘇芳。その周囲に発火術陣を挟んで、紅藤小隊員。その後ろが強化結界で、その外に司法局員と紫紺小隊、最後方に紅と青藍を含む非戦闘員である各専門家たち。

 物々しい配置には、緊張感。

 「始めます。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ