表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
930/998

395 筋書の事

 夜が更けて、人々が寝静まると、どの家も静かになる。

二見(ふたみ)がそれを狙って北条本家屋敷に忍び込んだのは、とても簡単な事だった。

その地点で罠に嵌っていると気が付かなった事が、二見の決定的な敗因だった。

 北条家は多くの傘下と、部隊を有する大家門だ。武士の本分である揺らぎ討伐は二十四時間営業であるから、この北条本家屋敷も二十四時間営業体制であり、寝静まるはずが無いのだ。自身が部隊勤務の武士であるにも関わらず、二見がその事に気付かなかったのは、これまでの五件の放火に成功した油断だった。ここまで放火してきた武家屋敷は、所有部隊など無く、自ら出仕する立場の家だったので、夜は寝静まる。北条との格の差は雲泥だ。その事は、屋敷の大きさを見れば明々白々であったが、今の二見は目的を達する事しか考えていなかった。

 北条本家の警備は鼠一匹通さぬ要塞レベルであり、賊が忍び込む事など不可能のはずだ。役付でもない一般武士の二見が、この要塞に忍び込む事など出来るはずがない。二見は誘い込まれているとも知らずに、庭を通って屋敷の奥へ奥へと進んだ。武家屋敷の間取りは(あるじ)の寝室を奥に配置するものであるから、二見は迷いなく奥を目指した。春家(はるいえ)が眠っているだろうエリアへ。

 ここまで一人の警備もいない事に気が付かない二見は、順調すぎる事に違和感を覚えるべきだった。

二見はただ何も知らないまま、奥へ向かいながら、屋敷を放火するための引火用の線を引いた。これはガソリンの代わりだ。この大きな屋敷を全焼させる量のガソリンを持ってくる事は不可能だし、目立ってしまって成功率を下げる。だからとして発火術など使用すれば二見の術力残滓を残してしまう。仕方なく苦肉の策として用いたのは、導火線のようなものだ。この線を描いている特殊なインクは術炎が引火し易い。術炎を延焼させるのに便利なアイテムなので、呪いの炎も線に引火すれば屋敷を覆う大きな炎になるかも知れないと期待しているのだ。

 二見が此処へ来たのは春家を有罪にして、当主の座から引きずり下ろす為だ。

 ボヤ騒ぎでも構わない。そこに呪いと春家の術力残滓があれば、司法局は見逃さない。春家の自宅で起こった出来事ならば、今度こそアリバイは無く、証拠不十分などとは言うまい。春家に動機など無くとも、状況証拠と物的証拠が確かならば、罪を逃れる事など出来はしまい。そして呪いを扱い死刑囚となったならば、流石に当主ではおれまい。

 それでやっと帳尻が合うのだ。本来春家は武闘大会で優勝できなかった事で、罷免されるべきだった。それを免れていた事が間違っているのだ。だから、それを正してやるのだ。

正直な所、出来れば屋敷を全焼させて鬱憤を晴らしたいが、流石に準備も無くこの大きな建物を全焼させる事は難しい。無理をしては、失敗を招く。二見が容疑者になる訳にはいかないのだ。この社会は歪んでいる。強者に有利な人事が横行するのだから、春家と二見の二人の容疑者がいれば、弱者が犯人にされるのだ。

 二見は、自分の降格を完全に社会の所為にしている為、自分を被害者であり、この連続放火を正義を証明する行為と思い込んでいるのだ。

 己にこそ義がある。人はそう思い込んだ瞬間から、暴走し始める。

誤った正義を掲げた二見は、迷いもなくただ奥の方へ向かった。春家が生活しているだろうエリアの方が、より証拠として疑われないはずと思うのだ。

 北条屋敷の間取りなど知るはずもない。ただ奥まった場所まで来ると、外観からおそらく奥の間だろうと思われる辺りで足を止めた。

閉められた雨戸の下の靴踏石に、わざとらしく放られた男物のサンダルを見て、無意識に生活感を覚えたのだ。その分かり易い心理誘導にあっさりと嵌った二見は、一枚の呪術札を取り出した。

 それは、最後の一枚だ。これが上手くいかなければ、もう春家に罪を擦り付ける方法は無い。だから敢えて危険を侵してこの北条屋敷までやってきたのだ。この札がもっとたくさんあったならば、他の標的を見逃す事は無かったのに。武闘大会で成績が悪かったのに降格されなかった者たちは、何か悪しき裏工作をして地位を守ったに違いない。その不正を暴く事は出来ずとも、天罰を下す事ならば出来る。悪い奴を懲らしめるために、二見は奴らの屋敷に火を放ったのだ。屋敷の全焼は相応の天罰なのだ。なのに呪術札の数が限られている為、全員に天罰を下す事が出来なかった。それもまた悔しい事だ。

 二見は悔いを思いながら、足跡を証明するように引いて来た長いラインを振り返ると、その先端に呪術札を置いた。

 発動は容易い。元より呪術札には春家の術力が含まれている。それを外に出してやるだけだ。札に掛けられている鍵を解くだけ、そんな簡単な作業で呪術札は発動する。二見は数歩下がってから、呪術札に触れずに発動しようと、慎重に手を翳した。発動時に呪術札に触れていたら、二見まで燃えてしまう。

 それは、手応えの無い作業だ。これまでの五件で二見は知っている。何ら手応えは無いが、勢いよく黒い炎が燃え上がるのだ。

 二見が見ている内に、ボっと炎が発生した。

そして引いて来たラインに引火して伝っていくのが見えた。二見はそれを見るなり、息を止めて走り出した。あれは呪いだ。早く逃げねば、自分も無事では済まない。そのまま全力で走って北条屋敷を出ると、塀の外で振り返った。思ったよりも炎が大きく燃え上がったのが見えた。

二見はその炎を背に、電話をかけた。

 「火事です…。」

 自分で放火したものの、通報せねば事が闇に伏されてしまう危険性がある。最後の一枚であるから、何としても司法局に動いて貰い、春家を逮捕して貰わねば。放火の興奮で心拍が上がった二見が、何とか通報しようとした時、周囲から圧を感じた。

 「通報、ありがとうございます。」

 低い声がしたのは、目の前だった。

 二見ははっとして見れば、そこには黒服の男が携帯端末を耳に当てていた。男の声が、二見の携帯端末からも聞こえた。

 「火事の現場はどこですか?」

 問われた二見は、頭が真っ白になった。

 どうして目の前に司法局員が。何も考えられないが、まずいと言う感覚が体を支配して、震えが走った。

ガクガクしながら北条屋敷の方を振り返ると、燃え上がる炎の中から、春家がやって来た。

 「え?」

 「火事の現場?そんなんあるか?」

 春家がそう言って指を弾いた瞬間、屋敷を覆っていた炎がパっと消えた。

 「え?」

 今さっきまで、二見の鬱憤を晴らす勢いで燃えていた気持ちの良い炎が夢幻と消えたのは、二見の思い込みを覚ますようでもあった。

 呆然とする二見の目の前にやってきた春家が、すっと差し出した物を見た時、二見は愕然とした。

 「これ、お前の忘れ物。」

春家が持っていたのは、呪術札だった。

 「まさか。だってさっき…。」

先程この呪術札は使ったのだから、この世に存在しているはずがない。それが目の前にあるのは、化かされたような気分だ。

 「全部見ていたんだ。現行犯で捕まえるために。」

背後で黒服が言った時、二見は完全包囲の中にいる事に気付いた。司法局と、北条家の包囲は、たかだか二見一人にはあまりにも大袈裟だったが、それが事の大きさを二見に知らしめていた。

 二見の目的は、本来降格となるべきものに天罰を下し、春家を当主から引きずり下ろす事だ。

 「何で…。違う。俺は、悪くない。悪いのは社会で、アンタだ!」

 叫んだ声が、静かな夜に響いた。


 ◆


 春家たちは、二見が忍び込んでからずっと見張っていた。

ラインを引いて呪術札を出した時、春家が発動直前に幻術で炎を出した。それで呪術札が発動したものと誤認した二見は、慌てて逃げて行った。そして屋敷の外で自ら通報した。

そこまでの一連の行動は、事前に道白(どうはく)が語ったそのままだった。

 だからあっさりと捕まったのだ。

 「何で…。違う。俺は、悪くない。悪いのは社会で、アンタだ!」

 北条屋敷の真ん前で、北条と司法局の合同捜査員に取り囲まれた二見は、負け犬のなんとやら。みっともなく叫んでも、もう逃げる術はない。目の前に春家、後ろは(みさご)。この二人に挟まれただけで完全敗北だ。

 鶚が部下に命じて二見を拘束すると、二見は春家を睨んだ。

 「アンタが、いつまでも当主を辞めないから!だから世の中が歪んだんだ!」

 「なぁんでよ?俺と世の中にどういう関係がある訳?」

面倒くさそうに問う春家は、全く心当たりが無いと言う顔だ。その態度が二見を更に激昂させた。

 「武闘大会の成績を理由に降格されるのが当然なら、そうじゃない奴は何か不正をしているはずだろ!そういう事が罷り通るのは、上位者がそれを率先してやっているからだ!世の中が本当に公平だって言うなら、例外なんかあるはずがない!アンタも、その他の連中も、不正をして地位を守ったにも関わらず、平然として生きている最低なクソ野郎だ!」

 「またクソ?俺どこまでもクソって言われんだけど、もう常識なの?」

悪く言われても全く傷付かない春家は、へらっとして訊いた。その問いの先にいたのは、道白だった。

 「ま、春さんがクソダメ人間なのは常識ですけど、この人に言われる筋合いは無いですね。完全な思い込みの逆恨みなので。」

当然のように話に入って来た道白に、二見は少し驚いて視線を向けた。道白の後ろには、独自捜査を手伝っていた春臣(はるおみ)(すばる)輝之(てるゆき)が。

そしてどんどん周囲に人数が増えているのに気付いた。見れば、さっきまでいなかった北条ツインズなど北条の重鎮たちがいるではないか。彼らは二見が他の標的の屋敷に現れる事を危惧して、そちらの警備についていた。けれど此処で二見が捕まったと知らせを受けて、転移してきたのだ。一応、共犯者の有無を確認するまでは警備は完全には解いていない。

 「逆恨み?そんなんじゃない。北条家内では春家を退任させるために、春家の過去の犯罪を探しているんだろ!だったら俺は感謝されても良いはずだ!絶対に言い逃れ出来ない完璧な罪をつくってやったんだ!これで確実に春家を当主から引きずり下ろせるはずだろ!喜べよ!」

 北条は春家の過去の行動から犯罪になりそうなものを探して、強引に犯罪者に仕立て上げる事で、その責を問う形で当主を退任させるつもりだ…という噂は地龍中に広まっていた。その結果見つかったのは、下着泥棒だとか。

 「あのくだらない噂を鵜呑みしたと?」

 二見がびくっとして見ると、春文(はるふみ)が冷たい目で見下ろしていた。

 「うわさ…?まさか。本当じゃないなら、何故否定しなかったんだ。」

 「あんな馬鹿らしい噂ひとつに踊らされる北条ではない。俗世間の顔色を窺って言い訳をする程度の弱小家門と一緒にするな。そもそも、当主を犯罪者にして退任させては、家門の恥だ。そのような愚かな方法を取るはずがなかろう。」

一蹴した春文に、二見は驚いた。その前提が崩れると、二見の中の色々が綻ぶ。

 「だったら、春家が当主に相応しいと言うのか!武闘大会の結果など関係ないと!」

 「当主に相応しい訳があるか!」

空気がビリビリする程の術力圧を放ったのは、春純(はるすみ)だった。地龍イチの鬼隊長の怒りが、二見の心臓を握りつぶしそうだ。

 「このクソ親父が当主に相応しかった事は一度も無い。本家直系嫡男であると言う理由だけで当主になった不適格者だ。これまでどれだけ迷惑をかけまくって来た事か。武闘大会など理由にせずとも、辞めるべきタイミングは数多あった。このクソ親父が当主である事は百害あって一利なし。誰もが望まぬ状況だ。だが、だからとして、それを、お前のような部外者に世話を焼かれる覚えはない!」

 「そうだそうだ。俺だって当主やりたいなんて一度も言ってない!」

春純の合いの手のように口を出した春家は、当然の如くみぞおちにグーパンをくらって黙った。

 春家のしょうも無さを見かねたように、道白が親切そうに言った。

 「この期に及んで春さんが当主を続けているのは、辞められないからです。北条は過去に奥州と少々ありまして、その罰として奥州と約束をしているのですよ。春さんが死ぬまで当主を続ける事を。だから武闘大会で優勝できずとも、毎度馬鹿やって迷惑をかけようとも、春さんは北条の当主なんです。こんなクソダメ人間が当主である事が、北条の罰なんです。」

 「…そ、そんな。」

道白の言葉に衝撃を受けた二見は、これまで妄信してきた正義の瓦解を感じた。

思考が崩れて、中から出て来た個人的な恨みは、あまりに卑小で情けない。二見がその事実から目を逸らして顔を歪めると、鶚が訊いた。

 「お前の目的は春家殿を有罪にして、当主を辞めさせる事なのか?」

 「…そうだ。そのために…証拠を偽装して…。」

もう何もかもバレているし、捕まっている。二見が観念して言うと、鶚は一応確認した。

 「北条家当主が呪いを扱い死罪となれば、北条家は取り潰されるだろう。源氏傘下でも特に大きな北条が廃されれば、源氏内は大荒れだ。内紛が起こり、世を混乱させるだろう。事態の収拾に時間をかければ他家の手を借りる事になり、三大筆頭家門からも落とされる事になるかも知れない。もしそうなれば、地龍の組織図を大きく変える事になる。そうした混乱を目的とした謀反、ではないのだな?」

 「…は?…そ、そんな事は。」

二見は言われるまでそんな事を考えた事がなかった。二見が晦冥(かいめい)教徒であったならば、呪いの力で世を揺るがす事を喜んだろう。だが二見はただの自分勝手な犯罪者だ。しかも源氏傘下の部隊に所属している。源氏内が混乱して地位を落とせば、二見の立場だって危うい。己が身の安全を第一とする二見が、そのような事を望むはずがないのだ。

 「ちが…俺は、世のためになると、思って…。」

世直しをしているつもりだった二見が、まさか謀反なんて企むはずがない。

 「世のため、とは?」

鶚の鋭利な視線が、二見を突き刺すように問うた。

 「俺は、武闘大会で格下に負けた。その所為で、降格された。でも、俺の代わりに異動してきたのは、昏睡者だった。昏睡者の復職は、昏睡前のままって決まっているから、俺が邪魔だったんだ。だから俺が武闘大会で負けたのが、丁度良かったんだ。俺たちは、上の都合に利用されて、割を食ってる。部隊人事は不公平で、身勝手だ。だから、俺と同じように武闘大会で負けたのに、降格されない奴がいるのも、何か不正があるに違いない。奴らは何か裏取引をして、身を守ったんだ。そういう社会の闇に、制裁を下しただけだ。天罰を、下したんだ。俺のした事は、世直しなんだ。」

 意地を張る子どものような言い方は、どんどんと尻すぼみになったが、二見は必死に自己正当化せんと言い切った。

 その身勝手な思い上がりを否定せんと、皆が口を開きかけた。だが、一番に言葉を発したのは昴だった。

 「そんな事無いっすよ。」

二見が見上げると、全員が昴を見ていた。

 「アンタが放火した屋敷の主は、武闘大会で負けたのに降格されなかった事を気に病んでた。でも、誰に聞いても、それが当然だって言われました。腰が低くて謙虚で優しくて思いやりがあるんだって、聞く人皆が口を揃えて褒めてました。人望が厚くて、部隊に必要不可欠だから、武闘大会で負けただけで降格になんかさせられるはずが無いって言われました。しかも、もし降格になったら上に文句を言うって言ってました。彼らが降格にされなかったのは、彼らの人徳です。これまで積み重ねて来たものが、彼らの身を守ったんです。」

 昴は道白と一緒に被害者の勤務する部隊で聞き込みをした。その時、被害者が良い人だと言う事だけは、間違いないと分かった。あの人望は一朝一夕には得られない。長い時間をかけて築き上げた財産だ。それを他人が妬む事は、烏滸がましい事甚だしい。

身勝手な二見の主張に、昴は憤りを感じた。

 「それに、昏睡者の復帰についても間違ってます。」

まっすぐな昴の目が、二見の歪みを指摘する。

 「昏睡者を元の職位に復職させるために、現職の人を異動させる必要はないっすよ。こないだ聞いた部隊では、昏睡していた副隊長が復帰するから、副隊長が二人になるって言ってました。昏睡してた人達は社会復帰するのに時間がかかるし、色々教えてくれる人がいた方が助かるに決まってます。来年度には整えるのかも知れませんけれど、一旦はそれでいいじゃないすか。だから、アンタが降格された事と、昏睡者の復職は、全く別のものですよ。」

 昴の澄んだ言葉が、二見の犯行がいかに傲慢であったかを突き付けた。二見は自分の愚かさを暴かれて、ぐうの音も出ない。

 言い切った昴は厳しい目で二見を見下ろしていた。そこに、そっと昴の肩に手を置いた道白が、昴を肯定し労うように微笑んだ。反対側から輝之が肩を掴んで、春臣も背を叩いた。仲間の肯定に、昴は安堵してから引き下がった。ちょっと出しゃばってしまった、という顔をした昴と入れ替わりで、ツインズが前に出た。

 「武闘大会は不正を禁じる誓約までして、正々堂々と行われた。武闘大会で明らかになったのは、疑うべくもなく、正真正銘の実力だ。武士ならば、その結果を受け入れ、今後の研鑽の糧とすべきだろう。恥じるべきは敗退よりも、その心根の弱さと卑しさであろう。」

 「それがまして、自業自得たる降格に不満を抱き、ジタバタと見苦しいばかりか、他人を逆恨みして犯罪に手を染めるなど。愚かにも程がある。剰え呪いを扱い、人を巻き込み、世を騒がせ、その上で自己正当化しようなどと、何もかも身勝手で傲慢に尽きる。お前に人を断じる資格など無い。」

 もう二見には返す言葉も無い。

 けれど、ツインズは止めなかった。

 「お前の身勝手により、北条の名に泥を塗った事、決して許されると思うなよ。我らが当主を悪辣な犯罪者に仕立て上げようとした謀が、たかだか死罪などで蹴りが付けられるはずが無い。」

 「クソ親父はクソなだけで、絶対に犯罪に手を染めるはずが無い。たとえ状況証拠も物的証拠も完璧に整っていようとも、絶対にだ。親父を陥れんとした事は、我ら北条を敵に回す事と同義だ。」

二見に向けられる怒りが増幅するように膨れ上がり、そこに道白が加わった。

 「春さんを見くびって良いのは、常日頃から実害を受けている人だけですよ。赤の他人が、どうして春さんを貶める権利があると?部外者はすっこんでいて下さい。」

 「同感~。事実、親父は北条家の当主なんだよ。資質を問う資格がある人は、それ相応の立場の人だけだろうね。お前の考えだけで、不敬と侮辱で手討ちにされても文句言えないよね。地龍は縦社会だろ、立場弁えろよ。」

 次々と怒りのご意見が募っていくと、二見はもう項垂れたまま撃沈していた。大家門に喧嘩を売った事実がようやく理解出来て、この先の沙汰に絶望しているのだ。死罪で済むはずが無いと言われた以上は、どんな恐ろしい目に遭うか、想像を絶する。

 皆が怒り爆発させているのを見て、春家が言った。

 「皆、俺のためにそんなに怒ってくれるなんて…ありがとう。心配かけて、ごめんね。」

 感動した表情で春家が言ったのを見た瞬間、全員の怒りのボルテージがゲージマックスを突き破った。

 「うるせぇ!てめぇのために怒ってんじゃねぇ!てめぇの所為で怒ってんだ!」

 「謝るなら、土下座してそのまま窒息しろ!クソが!」

 「春さん、それが誠意ある謝罪と御礼ですか?子どもじゃないんですから、いい加減にしないと、奥州に終身労働に出されますよ。」

 「親父のその他人の神経を逆なでする才能はマジで地龍イチだな。もう殺そうぜ。それで解決するじゃん。」

 そのまま春家が袋叩きにされたのは言うまでもない。

 北条の怒りが春家に向いている間に、鶚は二見を連れてずらかる事にした。

 そうして、あっさりとした犯人逮捕劇が幕を閉じたのだった。


 ◆


 犯人逮捕はあっさりと。けれど北条内はわちゃわちゃだ。

司法局が真犯人を連行した後も、しばらく春家を囲む北条の悶着は続き、いつの間にか空が白んで来た。

 もう付き合いきれないので、道白も帰ろうと思った。

 「臣、昴宿(ぼうしゅく)、輝之、今回は協力ありがとうございました。」

これにて独自捜査班は解散だ。

 「いいえ。良い経験になりました。こちらこそ、ありがとうございました。」

昴がきりっと頭を下げて、輝之がそれに続いた。春臣はのらくらとした態度で笑っていて、やはりその仕草が春家に似ていた。

 気付くと、北条勢が道白たちに頭を下げていた。

 「皆さん、此度は俺たちのためにお力添え頂き、ありがとうございました。」

その誠意は壮観だ。道白は改めて事件が終わったのだと実感した。春家のいつも通りの笑顔を見ると、腹も立つが、安堵する。

このラストを迎えられたのは、道白の手柄ではない。それを秘しておく事は出来なかった。

 「すべては葛葉(くずのは)くんの思惑です。御礼ならば、彼にしてください。では。」

 言い逃げするように、道白は踵を返した。

 「え?あ、ちょっと…。」

後ろで動揺が広がっていたが、それを無視して歩いた。

 十一月の早朝は肌寒かったが、それがやけに清々しい気持ちにさせたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ