383 名誉の事
奥州藤原氏で開かれた、豪華絢爛な天衡生誕パーティーは、主役の天衡がおねむで退場してから本番の社交に突入していた。
今年は祝う事が多い。武闘大会で奥州の強さを示した勝利の中でも、蘇芳の優勝は特に大きい。
会場では、好成績の武士たちがちやほやされているが、やはり優勝者の蘇芳が最も多くの人に取り囲まれていた。
これが地龍最強の武士か!近くにいるだけで御利益貰えそう!とばかりに拝みに来るような人もいる始末。蘇芳はその意味不明な人々を見て、在仁もこんな気持ちなのかなぁと想像した。
「凄いわね。窒息しそうだわ。」
覚悟をして来たはずのエリカは小柄であるから、取り囲まれてしまうと圧迫感がある。蘇芳の腕に体を寄せているエリカを見下ろして、蘇芳が笑った。
「肩車してやろうか?」
「やったら怒るわよ。」
上位者たる品格を保って過ごしたいのに、肩車なんてふざけている。そんな台無しな事をしたら大憤慨だ。エリカに睨まれた蘇芳は誤魔化すように、明後日の方を向いた。
周囲から向けられる尊敬と称賛は、蘇芳が実力で勝ち得たものであるから、これが責任だと痛感する。
武闘大会決勝戦で蘇芳は、重大隊大隊長である晋衡に勝利した。誰もがそれを以て、蘇芳が大隊長になるものと思っている。蘇芳も晋衡から内々に打診をされているので、いよいよという自覚が日に日に強くなる。その蘇芳から発せられる威厳と風格は、既に一個小隊の将に収まらない。地龍最強部隊を率いる大隊長に相応しい面構えだ。
蘇芳が長身の視界で会場を見回せば、武闘大会の健闘を称える声があちこちにある。幸衡大満足の結果、多くの武士に臨時ボーナスが支給された。奥州は働きに応じたリターンを欠かさないので、働き甲斐がある。幸衡はそういう意味で人心を掌握する事に隙が無い。蘇芳は皆の満足そうな笑みを見て、この笑顔を失う事のないように勤めねばと思うばかりだ。
ふと気づくと、蘇芳の周りの人混みが割れていく。何かと思えば、在仁と茉莉だ。会場内を歩き回っていたようで、ここで再会という訳だ。
「あら。やっほー。蘇芳、あれ食べた?美味しかったよ。」
茉莉があまりにも自然体で料理を指さすので、蘇芳は肩の力が抜けた。ずっこけた、とも言うか。
「その格好で言う事がそれか?」
女神様かと思ったら茉莉だった。蘇芳が苦笑すると、茉莉はむっとした。その顔が可愛くて笑うと、在仁は蘇芳を取り囲む人々の多さを見て言った。
「これはまた、随分とおモテになって。やはり蘇芳様は地龍武士の頂でございますねぇ。」
「何かの恩恵に預かろうって腹だろうが、俺なんか持てはやしても何も出やしない。残念な無駄骨だな。」
優勝おめでとう、なんて一言で済むお祝いだ。いつまでもくっついて来る連中には何か打算があるのだろう。けれど蘇芳はそれにお応えするつもりがない。蘇芳がする事は、最強の武士として最強の部隊を率いる事だけ。シンプルな蘇芳の誇りに、在仁は眩しそうに目を細めた。
「格好良い事でございますねぇ。正に、地龍抱かれたい男ランキング一位。」
「何だそれ。何調べ?」
「存じません。ネット記事でございますので。」
話ながら、皆でテーブルへ向かった。茉莉が料理をおススメしてくるので、休憩タイムだ。蘇芳はエリカに料理を取ってやると、エリカはこういう社交メインの立食パーティーでは普通は飲食はしないと呆れていた。茉莉は料理が勿体ないと言って食べていて、在仁は仲の良い空気感に笑った。
「なぁ、よく考えたらそれセクハラじゃないのか?」
蘇芳が料理を食べながら問うと、茉莉が訊き返した。
「何が?抱かれたい男ランキング?」
「そう。だったら、抱かれたい女ランキングとか、その逆もあって良いだろ。男へのセクハラだろ。」
蘇芳が不快そうに言うと、エリカと在仁は目を合わせた。
「確かに。不特定多数の御方に、性的な目でご覧になられておりますのは、ご不快でございましょう。蘇芳様は奥方様一筋でございますし、妙な誤解を生む危険性のございます話題でございました。」
「そこまで問題視する必要はないと思うけど、男ばっかり性的な面が箔になるのは変よね。抱きたい、抱かれたい、を男女別にランキングしたら平等で良いんじゃないかしら。」
「それやられた女性は訴えを起されません?」
抱きたい女性ランキング?ランクインした女性たちが、投票した者たちに「変態が!」と怒鳴りつけそうな気が…。だったら何で抱かれたい男ランキングはオッケーなのか、考えてみるとボーダーラインが不明になってきて、在仁の脳内はゲシュタルト崩壊気味だ。
ちんぷんかんぷんになった在仁は、紅葉にグラスを差し出されたので、無防備に口を付けた。常温の水だ。何てよく出来た護衛かと。
「どういった分野においても注目をされているというのは、それだけ期待されているという事でしょう。」
紅葉が飲み終えたグラスを受け取って言うので、在仁は頷いた。
「まさしく、その通りでございますね。武闘大会における奥州の活躍は圧巻でございました。ここは武闘大会の光でございますね。」
周囲の武士たちは皆が称賛されて嬉しそうだ。
武闘大会は勝負であるから、勝つ者があれば、負ける者があるのは当然で、その結果に伴う光と闇があり、この場で祝われているのは光の部分なのだ。在仁は、こうして脚光を浴びる者達を見ると、そうで無い人たちもいると思い出す。武闘大会で望む結果が残せなかった者は、現状維持ならばまだしも、職位を落としてしまった者もあると言うのだから厳しい。奥州だって全員が期待以上の成果を残したはずがない。この光の影には、涙を飲んでいる者があるのだろう。在仁がそうした闇に目を向けると、蘇芳は真剣に会場を見渡した。
「武士の世界は縦社会だ。それは家格や運もあるだろうが、上へ行けば行く程に実力を求められる。落としてはならない戦いを勝ち抜ける者だけが、強き武士としての地位を守れる。俺たちはそういう厳しい競争社会で生きているからこそ、常に研鑽を怠らない。それが自信になり、自分を支える。」
「ええ。さようでございますね。」
在仁は蘇芳が格好良過ぎて窒息するかと思った。慌てて茉莉を見たら、茉莉が美し過ぎて気絶しそうになった。ここは危険だ。必然的にエリカを見下ろして、似合っているが絶妙に違うなというドレスへ意識を向けたら漸く落ち着いた。
「葛葉さん、凄く失礼な事を考えているわね?」
「いいえ。別に。」
やっぱりもっと可愛いドレスが似合うのに。背伸びして大人ぶる子どもみたいじゃない?在仁が心の声を抑えて首を振った。そして話題を軌道修正する事で誤魔化した。
「つまり、武闘大会の結果のみにて降格処分となられた御方は、それだけ実力を必要とされる厳しい上位部隊の武士という事でございますね。」
「だろうな。実力に疑問を持たれたまま地位を守っては、部隊内の不信感が膨らむ。」
話ながら食べ続けていた蘇芳と茉莉が、テーブルの上の料理を粗方食べ終えた。呆れる在仁とエリカを無視して、茉莉は蘇芳に訊いた。
「じゃあ、そこそこの部隊では対応が違うって事?」
「まぁ、上位部隊は全員が優勝を目指していただろうが、それ以下は実力の一つ上くらいの結果がベストだろうな。混戦すれば順位だけでは評価し切れない。武闘大会への取り組みや、普段の内申点も加味された上で降格になるんじゃないか?それこそ、後ろ盾の力が働けば、ぼろ負けしても地位を守れるって事もありそうな話だ。」
「なぁんだ。不平等の通常運転じゃん。」
部隊内が実力だけで構成されている訳ではないのは、茉莉だってよく分かっている。絶対的な実力がものを言う上位部隊の方がシンプルで、それ以下は生家の地位や、後ろ盾の権力とか、コネクションとか、そういうのが重要なのだ。武闘大会の結果で降格されるというのは単純明快で無慈悲な沙汰だが、そこにそういう別の理由が加わるとちょっと複雑で謎めいた人事が起こる。茉莉はそんな不平等はいつもの事だと思う訳だ。
「不平等の通常運転。実に的を射ていて、かつ悲しい言葉だね。」
在仁が憂いた溜息を吐くと、エリカが言った。
「とは言え、上位者は誤魔化しが利かないわ。大きな期待に相応しい結果を残す事は、努力目標では無く、示さねばならない絶対条件だもの。あの北条春家様が優勝を逃した事を責められた結果、北条は何とか春家様に当主を退任させられないか家門を挙げて模索していると聞いたわ。敗者は地位を落とすべき、というのが当然の考え方なのよ。」
地龍は縦社会なので、長い物には巻かれるのは重要だ。上位者が武闘大会の結果を重んじて降格を下されるならば、下々も倣うべきだろう。北条内が大荒れに荒れているという噂が大きくなればなる程に、武闘大会の結果は重んじられるべきと思わせる。敗者が地位を守ろうとしても、後ろ盾の圧力がどれだけ有効だろうか。平等と不平等がぶつかり合っているのを感じるが、地位や権力だって軽んじられるべきではないのだから、これもまた難しい事だと在仁は感じた。
正解のない迷宮に迷い込みそうになった時、茉莉が鋭く突っ込んだ。
「ねぇ、じゃあお父さんだって、大変じゃない?」
「え?」
「お父さんは大隊長なのに、部下の蘇芳に負けたんだよ。それって大失態って事?蘇芳に大隊長譲るって言い出したのって、その責任を取って首って意味なの?」
春家が優勝を逃して当主を追われるべきならば、晋衡も優勝を逃したから大隊長を首になるのか?茉莉は、皆が蘇芳を祝うのを見て、晋衡に目が向いていなかったが、もしかして大失態って事なのか?と首を傾げた。
「もしかして、お父さんてお館様にしこたま怒られたりしたの?」
知らなかったが、と茉莉は首を傾げると、蘇芳が大きな声で全否定した。
「まさか!隊長は春家様とは訳が違う!」
その声が大きくて、周囲の人がびっくりして固まった。一瞬静まった時、人混みから晋衡と仁美が歩いて来た。近くにいたらしい。
そして晋衡は皆に聴こえるような声量で言いながら近付いてきた。
「蘇芳は、俺が後継者として連れて来て育てたんだ。蘇芳が俺に勝つ事は俺の望みだ。俺は誇らしいよ。負けて、こんなに嬉しい事があるのかと思う程、心から喜んでる。」
晋衡が蘇芳の肩をぽんと叩くと、父親のような親愛を込めた笑顔で言った。
「蘇芳に負けたら、重大隊を蘇芳に譲る事は、蘇芳を連れて来た時から決めていたんだ。その時を目指して、俺に出来る全てで蘇芳を育てて来た。だからこれは俺にとって、大満足の結果で、退く事は勇退だと言いたい。」
気付いたら、周囲は皆が晋衡の言葉に耳を傾けていた。晋衡はその視線を見回して笑った。
「負けて大失態だって?まさか。こんな立派な後継者を育て上げた事を、盛大に褒められるべきだと思うね。」
堂々と胸を張って言った晋衡に、皆が大きな拍手を送った。
人は不老不死ではないのだから、今は優れた者が奥州を牽引していても、いずれはいなくなる。本当に優れた者は後継者を育て残すものだ。晋衡はその責任を果たして、奥州の未来を守った。そう思えば、感謝と称賛を向けて然るべき。人々が晋衡の成果に拍手を送ると、蘇芳が一層大きな音で拍手を送った。
武闘大会の光と闇。負けて喜ぶのは異例だろうが、晋衡から感じるのは親が子の成長を喜ぶ当然だった。そして蘇芳は、親に感謝を送る子。在仁は血の繋がりは無くとも、確かに強い親子の絆だと、改めて温かく思った。
何だか大団円のハッピーエンドみたいな雰囲気だったが、全く流されない茉莉が、晋衡を訝し気に見た。
「ねぇ、私も頑張ったじゃん。実の娘も褒めるべきじゃない?」
「お前ね。あの刀の重さは女の重さじゃない。見た目は女だけど、中身はゴリラなんじゃないか?ゴリラが転生したら超絶美女だった件、とかにタイトル変えとけ。」
「メタ発言やめろ。マジで。」
全く褒めない晋衡にムカついた茉莉が、ピンヒールで晋衡の脛を刺そうとしたが、晋衡がさっと避けた。必然的に親子で追いかけっこになって、ぎゃあぎゃあやってると、最終的には仁美に怒られて収まる。家族のいつもの流れに、在仁が穏やかに笑っていると、エリカが肩を竦めた。
「なんか、馬鹿らしくなるわね。」
「で、ございますね。」
今日も藤原家は平和だな。
◆
あのままはしゃいていると奥州藤原氏の品格を損なう恐れがあるため、皆は別れて会場内に散った。
主に茉莉が自由過ぎるのが原因と思われるので、皆に注意されていたが、茉莉が言う事を聞くかは不明だ。東たちは「こんなんで紫紺小隊は大丈夫なのかしら。」と呆れていた。確かに、これでも副小隊長なのだ。まだ二十一歳の可愛らしい女性であるから、ちょいと威厳は足りないかも知れないが、強さは本物だ。重大隊は地龍トップ部隊であるから超実力主義だ。もし生家の権力とかで出世しても、実力が足りないのでは、謗られるとか言うレベルではなく、殉職する。求められる実力が高いという事は、割り当てられる仕事がそれだけ危険という事。戦が終わったからと言って、武士たちは安全な生活などしていないのだ。だから上位部隊こそ、超実力主義にならざるを得ない。
実力も無い癖に偉ぶるために家の権力で出世したいなら、中の上くらいの部隊で満足しておかねば。
在仁はそんな事を思っていると、後ろで佐長が声をかけた。
「義将様がおりましたよ。会われますか?」
「はい、是非!」
広い会場で会いたい人を見付けるのは大変だ。在仁の後ろ盾家門となって奥州藤原氏と繋がりを持っている和田家が、このイベントにいないはずが無い。だが今年の夏に和田家当主となった義将は背が高くないので、見つけるのが大変だ。
やっと見つけた義将を逃がすまいと、佐長が人を押しのけて進むと、すぐに義将を連れて戻ってきた。
「在仁~!久しぶり~!」
穏やかな笑みで手を振る義将に、在仁はほっこりして頭を下げた。見れば義将の後ろから大きな体の若者がついて来る。後継者の迪将だ。こうして見ると本当に「和田家」って感じの巨体だ。実に羨ましいと思って見上げると、優しい面差しで丁寧に頭を下げてくれた。在仁は好青年だなと思って微笑み返した。
「叔父様、ご無沙汰しております。ご当主様となられ、お忙しい事とお察し申し上げます。ご無理など、なさっておられませんか?」
「いやいや。在仁に比べたら無理なんかしてないし、終戦後の世に無理をする場面なんか無いよ。」
在仁に比べたら、と言われると気まずい。今月初旬は入院して終わってしまったので。
「なれど、世の中は今以て不安定でございますから、ご心配事などは尽きないものでございましょう。俺に出来ます事がございますれば、何でもおっしゃってくださいませ。」
ね。と迪将にも視線を向けておくと、迪将が眉を下げて言った。
「紫微星様のお陰もあり、和田家は皆が一丸となっており、大変良い状態のように思えます。心配なのは、若君たちの結婚くらいでしょう。武闘大会後の北条内はどうも穏やかではないようなので。」
義将の子息は三人ともが北条へ婿入りを決めている。だが、北条は先述の通りちょっと揉めている模様なのだ。大切な若君たちを、不安定な家門に送り出すのは、実に心配だ。迪将が若君たちを案じて言うのは、本来和田家を継承するべき者という意識があるからか。お盆の和田家継承宣言の時も、迪将は率先して若たちの婿入りに言及していた。北条で虐められたら、和田家を挙げて北条と戦をすると明言したのは、なかなか熱いハートだった。迪将と若たちは複雑な関係性だが、継承争いは無かったので、仲は良いのかも知れない。
「ああ…下着泥棒が治める家門に婿入りするのやだよね。」
茉莉がどうでも良さそうに言って、義将と迪将が吹き出しそうになった。
北条が春家を退任させるために、過去を精査して罪を見つけ出し、何とか犯罪者にしようとしているという噂は、既に結構広まっている。その結果見つかった犯罪が、痴漢だとか、下着泥棒だとかだというのも。
義将は笑いを堪えて言った。
「あれ、絶対に嘘だよね。悪意のある誰かが広めたんだよ。」
いくら何でも下着泥棒なんかしないって。義将が言うと、東が苦笑した。
「武闘大会の結果は確かに大きな影響を持つだろうけれど、今の北条が荒れてる原因は、魔王様の所為よ。どこの世界も責任を追及されたトップは退任するものでしょ。それなのに、絶対に死ぬまで辞めるなって言うんだもの。ほんとに恐ろしいわぁ。この先ずっと北条は恥部を晒し続けないといけないなんてね。歴史ある大家門の威厳も面目も丸つぶれだわ。」
何もかもが智衡の所為だ。
五年前、茉莉は六波羅探題の内紛に利用された。それに怒った智衡は、奥州藤原氏として北条氏へ徹底的に責任追及をした。そこで内々に交わされた約束が、春家が死ぬまで北条の当主であり続ける事だ。この時から春家は智衡を魔王様と呼ぶようになった。おそらく外側から見えるよりもずっと恐ろしい脅しをかけたに違いない。
その後も、北条はあれこれとやらかしている。その度に北条内は春家が当主を辞めるべきと紛糾するのだが、魔王様との約束があるので叶わないのだ。当主不適格の烙印を押された者が当主であり続ける家門の信頼が、どうして保たれようか?
いつの間にか魔王様との約束は水面下で広まっていて、北条が春家を退任させられない地獄に嵌っているのを、面白がって見ている始末。前に昴が言ったように、これは最早一種のエンタメに成り下がっているようですらある。
「こうなると見越して、そのようなおかしなお約束をなさったのでございましょうか。」
今こうなって見れば、智衡が春家を当主に縛り付けた事は、将来を見越した予言めいて感じる。あの約束がいずれ北条を追い詰めると確信していたのか。
けれど、その言葉に全員が首を振った。
「いやいや。春家様がやらかすのは昔からですから。」
「むしろどうして当主になったのかが疑問ですよ。」
「強ければ良いなんて大嘘です。春家様を見て、各家門も学ぶべきでしょうね。」
「当主に必要なのは人格と器。」
やんややんや酷い事を言うも、在仁は不思議そうな顔をした。
「春家様は御家臣様に愛される良き御当主様でございます。でなければ、北条が今に至るまで地位をお守りになられるはずがございません。家門運営は御当主様のみで行うものではございません。支え尽くしてくださる御家臣の皆さまのお力が合わさってこそ、大きな御家を動かすのでございましょう。春家様には、そうした忠を集められる魅力がございます。それは確かな御当主様としての資質でございますものと、俺は思うのでございます。」
純真無垢みたいな目で言う在仁に、東が目を細めた。何だか一緒にいると、猛烈に自分が汚れた大人のような気がする時がある。いや、事実汚れている部分も否めないが。と、思いつつ言った。
「あれは春家様のやらかしを、家門一丸となってトラブルシューティングしようって言う力のような気もするのだけれど…。」
命懸けで必死になっている北条のドタバタが、忠だと言うのは見当違いのような。
「何にしろ北条が歴史ある大家門なのは事実。その北条を、たった一つの約束でここまで追い詰めるんだから、正に魔王様よね。他家はすっかり魔王様に恐れをなしているわ。今後魔王様にだけは絶対に目をつけられたくないって。その魔王様が、奥州藤原氏次期当主なんだから、奥州藤原氏の未来は安泰ねぇ。」
めでたしめでたし。とでも言いたげな東の意見に、在仁はやはり智衡が将来を見越しているように思えた。先見の明、もまた家門を担う者に必要な資質なのかも、知れない。
◆
会場を一周した在仁たちは、満足して会場隅に置かれた椅子にどっこらしょ。在仁のための対応だ。
「茉莉、靴痛くない?」
「平気だよ。在仁は?疲れた?あったかい飲み物貰って来る?」
茉莉が気を利かせて問うと、在仁の返答を聞かずに紅葉が動いた。会場内に温かい飲み物は無さそうなので、貰ってくるのは時間がかかりそうだ。と、思っていたのにすぐに戻ってきた。お盆に乗った湯呑を差し出す紅葉の後ろから、南木がのこのこついて来たのは避難っぽかった。
「南木様。御休憩でございますか?」
湯呑を受け取って口を付けつつ問うと、南木は人混みを見遣って言った。
「いや、鵜流を見捨てて来た。すっかり有名で人気者になっちゃったみたいで、取り囲まれて大変だよ。」
天衡に贈られた絶対浄化刀も、茉莉のジュエリーも、今日この会場で目にしただけでも超一級品であるから、制作者が注目されるのは必然だ。けれど社交に不慣れな鵜流を見捨てて来るなんて、南木の冷たさに在仁はオイオイと思った。
「大丈夫。智クンが一緒だから。」
「魔王様が…お兄様がご一緒でございますれば大丈夫でしょう。」
つい魔王様と言ってしまった。在仁が咳払いで誤魔化すと、南木は親切そうに誤魔化されて笑った。そして勝手に世間話ぽく言い出した。
「武闘大会で使った最新型の呪性検知機は、旧型のアップデート対応で使用可能だから、既に全国でアプデ作業が進んでるよ。あれで今後は、例の呪術札が持ち込まれる事を防げるはずだ。満足かい?」
「へ?」
きょとんとすると、南木は苦笑した。この呪性検知機案件に南木は関わる気が無かったのに、在仁がそうさせたのだ。だから、この結果に満足かと問う。
「ついでに、全国各地で導入されたおかげで、奥州は大儲け。お館様は大満足だ。」
奥州で生み出された技術は奥州の利権。幸衡が優秀な頭脳を集めているのは、最先端をひた走り丸儲けするためでもある。南木が報告すると、在仁は曖昧に微笑んだ。
「世の中の進歩は喜ばしいながら、呪術札を想定せねばならない世の中でございます事を、手放しに喜んで良いものかと、自問致します。」
対応されるのは良いし、南木には感謝しているけれど、やはり原因を無くすべきなのだ。蜻蛉と、晦冥教を。在仁がその憂いを口にした時、闇色の瞳に清き光がさしていた。
それを見た南木は天井を仰いだ。
「やっぱり、葛葉クンだねぇ。」
今日も揺らがぬ標たる在仁が、澄んだ光を放っている。地龍はその光と共に行くのだろう。南木の感想に、皆が何も言わずに頷いたのだった。




