376 本願の事
長宗我部家が起こした「情夫事件」にて、紫微星様が激怒し、結果として四国が平家の支配下に置かれる事となったのは、衝撃を持って地龍中に知れ渡った。
全関係者の名誉棄損を含めて訴えを起こした場合に請求する損害賠償金額で、長宗我部家の破産が必至である。だからとして、家門を残す代わりに領地の復興全権を平家に委譲せよというのは、実質的な支配だ。復興とは土地や建物の事だけでは無く、部隊などの組織や、家門運営の再建を指す。復興全権とは家門運営全権を意味するのだから、四国は平家のものになったと言う事だ。それは平家傘下ではなく平家支配。家名が残っても何の権力も無く、この口実により、今後の四国は永久に平家のものだろうと、多くの者が想像した。結果として家名だけが辛うじて残る事を、家門を残すと言うのだろうか。請求される損害賠償金額分を四国の復興に換えろというのは、紫微星様らしい慈悲っぽくもあるが、長宗我部家を生かさず殺さずという沙汰はあまりに酷くも感じられた。
紫微星様の過激信奉者たちは、紫微星様の髪の毛一本でも傷つける者あらば斬首!という狂人たちであるから、この沙汰に納得しているものの、多少冷静な者たちから見れば「妻に情夫を差し出された事に激怒するのは分かるが、ここまでするか」というもの。やらかしに対する沙汰の重さは、紫微星様の狭量と厳しさとも思え、これまでの紫微星様のパブリックイメージを踏まえると違和感があった。
だが、各家門当主など政治を解する者たちは全く違う意見だ。
紫微星様は元々地龍存続の大恩人で、地龍様をはじめ大家門当主陣がこぞって大恩を認め、いつでもどのような事でも恩返しさせて欲しいと懇願される身だ。紫微星様自身がそれを固辞し保留にしていただけ。この事実を忘れないでしっかりと構図を確認すると、紫微星様が平家に四国復興全権を掌握せよと命じたという事実だけが浮き彫りになる。紫微星様が命じたのは四国復興であるから、平家は紫微星様への恩返しとして誠実にそれを果たさねばならない。この機に乗じて今後永久に四国を支配下においてはならないのだ。平家の責任の元、四国を復興させた後、元の家門が健全な運営を成せるようにした上で、四国の運営権を各家門に返さねばならないのだ。つまり本当は、四国にとって利しかない復興支援なのだ。
これを成すために平家は巨額を投じる事になる。だが、家門同士の小競り合いの所為で四国の復興が遅れていたのは、平家にとっても懸案であった。傘下家門がごたついているのは、擁する平家としても良く無い。筆頭三家門として、統治力に不足ありと思われれば家格を落とす事になる。四国の復興はそういう意味でも重要な事だったので、平家にとって損ではないのだ。
むしろ、こうして紫微星様の名前を使った沙汰を利用して、小競り合いを止め復興を確実なものとする事は、平家にとっては望ましい事。唐突に降ってわいた棚からぼたもちであるから、紫微星様への恩返しでは無く、更に恩を重ねただけだ。
この結果を正しく理解している者は、やっぱり紫微星様は紫微星様だよね。という感想となるのだ。
◆
「情夫事件」の沙汰より一日。四国全土は完全に平家指揮下に入り、全家門運営権が平家に掌握された。
惟継は、平家として、被害者として、北辰隊として、あらゆる顔を持って四国復興本部の立ち上げの様子を見に行った。
そこには平家の要人や優秀な担当文官、スタッフなど。そして四国家門の当主や運営事務責任者たちが集められていた。四国側の顔色は皆が沈痛で、特に事の原因をつくった長宗我部家に対する非難の視線は厳しかった。四国側はこの状況を、まだ平家支配という実質的な御家取り潰しだと思っているようだ。平家側は、真実が見えない四国人たちに複雑な目を向けている。
場の空気はふたつに割れ、支配する側と、支配される側という雰囲気であった。
惟継はそれを他人事のように眺めながら、周囲の面子を視界に入れていった。見た事のある顔ぶれもありながら、部屋の隅には小間使いのように動き回る者。よく見れば美知だ。やっている事は、資料運搬や整理と見え、正に雑用。だがこの部屋の中はまだ仕事のやり方を探る状態であるから、美知が最もよく働いているように見えた。
お茶くみコピーとり、なんて古典的な雑用に精を出す美知を、惟継は通りすがりを装って呼び止めた。
「押し付けられたのか?」
惟継に気付いていなかったのか、美知がびっくりした顔で見上げた。そして、令嬢らしい礼をとってから言った。
「いいえ。自ら志願を致しました。」
今後この復興本部で働く事を。美知の覚悟の表情は、まるで一流の武士のように見えた。惟継はその凛とした姿を見て、勝の言いなりとなっていた姿とは別人だと感じた。これ程に強い義を持った女性だったとは、気が付かなかった。
美知は、他の四国人と違って全く悲観していない、むしろ、この道にこそ四国の活路ありと信じているように見えた。
「私は、四国を売った、悪女でございます。どのような謗りも受け止めましょう。その覚悟で、紫微星様のご提案を受け入れたのでございます。数年後、必ずや四国は立て直します。その時には、これは罰ではなく恩でございますと、誰もが理解いたしましょう。」
誰よりも立場を弁えている美知を、惟継は一国の将のようだと思った。
「この結果は美知殿の思惑通りか?」
まるで何もかもが美知の望み通りであるように思えると、いつから計画していたのかと気になる。惟継が美知の器を計るように問うと、美知は苦笑して首を振った。
「まさか。すべては紫微星様の御考えでございます。私はただ、破談を望みましたのみ。浅はかな私に、光明をくださったのは紫微星様でございます。」
このような結果を想像したのは、在仁だけだ。
美知は、あの夜にあった事を思い出した。
◆
情夫事件が起こったあの夜、美知は一人で在仁と茉莉を訪ねた。
深夜であるが、すぐに対応せねばと思ったのは、事を勝に知られる前に動きたい一心だった。
茉莉に情夫を手配せよとしたのは勝の一存だ。美知はその命に従ったのみ。妻に情夫を差し出された事に、紫微星様が激怒したとて、本来であれば美知が一人で謝罪するのは間違っている。家門を挙げて歓待すべきビップを怒らせたのは、大失態の大事件であるから、担当者が一人で謝って済むはずがなく、むしろその対応は不誠実だ。家門当主が首を差し出すつもりで謝罪せねばなるまい。
その事を重々承知している上で、美知は一人で謝罪に向かったのだ。
この時美知が最も恐れていたのは、許される事だ。慈悲深い紫微星様が結局すべて許して、無かった事にしてしまう事。それが最も恐ろしかった。
美知にとって、これは好機だ。勝の大失態を公にして、長宗我部家を揺るがす事で、美知と勝の婚約を解消できるかも知れない。
元より美知は、勝が大嫌いだ。だが復興協定のために我慢しようと決めていた。
そもそも長宗我部家が紫微星様歓待を申し出たのは、紫微星様縁故を対外的に主張して、家門の権威を示す目的だったのだろう。この復興協定が飽くまでも長宗我部家優位として結ばれたものであると、分からせる意図が、あったのだろう。復興協定のために婚約した美知を、わざわざ接待役として呼び付けたのは、お前はもう長宗我部家の人間だぞと分からせたかったのだろうか。
美知はこれを、嫁入り前の重要な仕事と思った。今後嫁入りして、長宗我部家の女となる事は、四国復興のためだ。これが美知の勤めと自覚して臨んだ。けれど、勝はそんな美知をぞんざいに扱った。
美知をないがしろにするのは、復興協定をないがしろにする事に思えると、勝の事が更に嫌いになった。最初から嫌いな上、見直すべきところが見つからないので、日を追うごと、一秒ごとに嫌いになった。一緒にいるだけで虫唾が走る。こんなクソ野郎と結婚するのも嫌だし、こんなクソ野郎が長宗我部家当主となる未来が許せない。それを何とか抑え込んでいた美知は、限界寸前だった。
だから、紫微星様が激怒したと知った時、破談のための好機だと思ってしまった。
美知と勝が破談となれば、復興協定は無かった事になり、四国復興の道は遠のいてしまう。それに、勝の失態により長宗我部家が取り潰しとなれば、四国の家門バランスが崩れる。現在の四国で最も力を持つのが長宗我部家だが、そこが空席になれば、その後にどの家門が入るのかという問題が生じて小競り合いは一気に戦になるだろう。
だからこそ、急がねばならない。もし戦になるなら早い者勝ちだ。美知は一刻も早く生家に帰り、出兵の準備を促し、事が明らかになる前に長宗我部家を制圧するしかないと考えた。美知の生家と長宗我部家の領地を合わせれば四国の大半となるので、一気に四国最強家門に躍り出る。他家門はしばらく黙るしかあるまい。四国の家門政争が安定すれば、復興に注力できるはずだ。
美知はとにかく急いだ。最速で事を運ぶためには、美知の謝罪にて、長宗我部家を断罪するように仕向けねばならない。事件から時間が経過していない方が、紫微星様の怒りも冷めないはずだ。そこに、家門当主の土下座ではなく、美知程度の分際の謝罪であるから、とても失礼だとして更にムカつくはず。怒りを煽って、沙汰を重くして貰わねば。長宗我部家取り潰し相当の罰を与えて貰わねばならないのだ。
とは言え、この策を練るのに数時間使ってしまった。美知が行動を起こしたのはド深夜。非常識な時刻である事に、罪悪感を覚えた。いや、非常識である事で怒りを誘えるかも知れない。ならばその方が好都合だ。
美知は意を決して在仁と茉莉を訪ねた。
けれど、廊下で渾身の土下座をお見舞いした美知に、在仁はとても柔らかな態度で許しを口にした。
もうとっくに怒りが収まって、すべてを不問に伏すつもりの在仁に、美知はまずいと思った。だからやぶれかぶれっぽくもあったが、絶対に許さないで欲しいと懇願した。謝罪に来た美知が、許さないで欲しいと要求する事を、在仁も茉莉も変に思ったのが分かった。けれど、もう賽は投げられた。美知一世一代の勝負は始まったのだ。
在仁が廊下で土下座する美知を部屋に招いた後、美知は何とかせんと言い募った。絶対に許さないで。その熱量が在仁に伝わって欲しいと思った。
紫微星様接待は長宗我部家を挙げての最重要ミッションだ。これは戦。勝は戦で失敗したのだ。そうだろう、と畳みかけるように、美知は言った。
「長宗我部家の威信をかけた戦いに敗北したのでございますから、相応の罰があるべきでございましょう。」
是非とも厳しい沙汰を。
美知の求めに、茉莉は首を傾げた。やはり許すと言っているのに、許すなと言うのが理解できないのだろう。
美知はどうすれば、と一生懸命考えたが、冷静な在仁の怒りを誘う事は難しいと感じていた。だが正直にすべてを話せるはずがない。紫微星様を利用して、四国を掌握しようなんて。地龍様は紫微星様を政争に利用してはならないと公言しているのだから、この企みがバレたら、それこそ斬首ものだ。その事に気付くと、美知は自らの首元がヒヤリとして感じられた。
けれど、その時。在仁が闇色の瞳を見開いて、美知を見透かしたように言った。
「なる…ほど。」
美知は射抜かれたように感じて、何も言えなかったが、茉莉が何かを察して言った。
「もしかして、エスパー?」
エスパー?美知の疑問に、在仁は苦笑した。
「いやいや。エスパーじゃないって。ただ、美知様のお考えが分かっただけ。」
「それがエスパーなんだって。で?何なの?」
茉莉が説明を求めた態度は、エンタメを鑑賞する程度の気楽さがあって、美知との温度差が激しかった。美知は清廉で美しい在仁の居住まいを見て、場違いさを自覚しながらも、何も言えなかった。もう、美知のターンは終わっていると、本能的に思っていた。
「美知様は、勝様の失態を御利用なさり、御縁談を解消なさりたいのでございましょう。ついでにそのまま長宗我部家を廃し、御生家を後釜に据えたいとお考えなのでございます。」
ドンピシャリ、と言い当てられた美知は、罰が悪くて顔を上げられなかった。
「うっそ。そういう事?なかなか良い度胸だね。在仁の怒りを利用して、自分の都合の良い結果を得ようなんて。」
茉莉はびっくりして言った。美知はそれが責めているように聞こえた。
「ええ。とても、良い度胸と存じます。美知様は大した策士、でございますね。」
冷静に言う在仁が、まさか本当に褒めているはずがない。情夫を差し出された事で不快な思いをしたのは事実なのに、更にそれを家門政争に利用されそうになったなんて、失礼どころの事態ではない。
「も…申し訳、ございません。」
美知は震えて、それしか言えなかった。もう、死ぬしかない。勝の犯した失態は酷い名誉棄損だが、悪意のない行為。それに対して美知はすべてを理解した上の行動である。事態の規模も質も、美知の方が罪が重いのは明白だ。こうなったら、美知の首だけで収めて貰えるように、全力で嘆願する以外にない。
そう思っていると、在仁は別の事を言った。
「美知様の本当のお望みは、勝様への復讐でございますか?それとも御生家の四国統一でございますか?」
本当の望み。そう問われると、美知は言い淀んだ。これを好機と行動を起こした目的は、破談だ。わが身を優先したのだ。けれど、その結果として復興協定が失われる事は、望ましくない。四国復興は、終戦後の悲願であるから。
けれど、美知は今更と思った。本当の望みなど、口にする立場でもない。このような方法を選んだ地点で、理解されようはずもない。だから口を噤んだ。けれど、在仁はゆっくりと問うた。
「それとも、四国の復興、でございますか?」
その問いに、美知は顔を上げてしまった。美知の目の前には、在仁の穏やかながら鋭い闇色の瞳があった。清き光を湛えたその不思議な目が、美知の心を導くように思えた。
「復興?どゆこと?」
茉莉が問うと、在仁は優しく言った。
「美知様は復興協定のために、仕方なく勝様とのご婚約をお受入れになられました。なれど、勝様はああいう御方でございますから、見限られたのでございましょう。ただ、勝様との破談は、復興協定の破談でございます。折角の復興の足掛かりが失われてしまいますので、復興協定無しで四国を復興する必要がございます。そのためには、復興を妨げておりました家門政争を終わらせるしかございません。故に、長宗我部家には此度の責を負って退場して頂き、その後釜として美知様の御生家が収まる必要がございます。四国の大部分を手なさり最有力家門となられれば、今暫し他家を抑える事が出来ましょう。そうして初めて、復興に集中できますものと、お考えなのでございます。つまり、美知様の目的は、四国復興なのでございます。」
「その通りでございます。女の浅はかな考えにて、お恥ずかしく存じます。この愚策は、私一人がたった今しがた考えました事でございます。故に、私の生家の意思はひとかけらたりとも入っておりません。どうか、罰は私一人にお与えください。」
深く礼をとると、在仁は態度を変えずに言った。
「浅はかだなどと、とんでもない。美知様は四国を思いやられるご立派な姫にございます。俺は、美知様がご自身を犠牲になさり、勝様に嫁がれる事を、良いとは思いません。美知様がお嫌なのでございますれば、破談となさるのが最善でございましょう。」
美知が顔を上げると、在仁の目の中の清き光が、まっすぐに入ってきた。
「なれど、美知様の奇策では、多くの被害が避けられません。少なくとも、勝様は処され、長宗我部家はお取り潰しでございます。長宗我部家にお勤めの多くの方々は路頭に迷われ、罪なき命が失われましょう。美知様の御生家とて、長宗我部家のご領地をまるごと手になさった後、すべてを復興なさるだけの財や人手がございますとは、思われません。他家とてそれを思いましょうから、簡単に引き下がらぬかも、知れません。大なり小なり戦が続く事で、本来復興すべき地がさらに乱れる事は必定でございます。ですから、美知様の切なる願いに反して、犠牲が多すぎると、思うのでございます。」
そうと言われると、美知はその通りと思った。この策を決断した時、やはり戦による犠牲の最小限たるを望んだ。だからこそ、出来るだけ迅速に動くしかないと思った。それしかないと、思った。
だが、そんなのは脆弱過ぎる策だ。犠牲を厭うならば、戦は避けて然るべき。四国にとって最善であるのは、美知が勝に嫁ぐ事だ。
美知は死を思った。ここで処される事と、勝に嫁ぐ事ならば、ここで処される方が幾分マシだ。少なくとも、己の大義のために死ぬのだから。
「美知様。もし美知様に、御命を御懸けになられる御覚悟がございますならば、ひとつ、俺の案をお聞きくださいませんか。」
紫微星の光が、美知に未来を指し示す。美知はその光を見上げた。
「俺は此度の咎を、長宗我部家に厳しく追及いたします。此度の失態は、飽くまで民事レベルの事案でございます。俺の機嫌を損ねたという事が問題なのでございますから、司法局などの出る幕はございません。ですから、正式に責任を追及いたしますならば、名誉棄損による損害賠償金の請求が妥当でございましょう。まぁ、茉莉の分と、あとは茉莉の愛人と誤認されておりました護衛たちの分も入れておきましょうか。それだけあれば、賠償金額だけで長宗我部家を破産させられます。なれど俺は長宗我部家が廃される事は望みません。ですから、その賠償金額相当の代替えとして、復興を要求いたしましょう。もちろん、お支払い能力のございません架空のお金を、復興に充てる事は不可能でございます。ですから、長宗我部家を擁する上位家門でございます平家に、責任を請け負っていただきましょう。長宗我部家の復興に関わる全権利を、平家に委譲なさる事を、要求いたします。そういたしますれば、平家は実質的に長宗我部家運営権全部を掌握なさり、支配権を手にする事となります。復興全権は平家のものでございますので、当然復興協定は無くなります。この沙汰でございますれば、長宗我部家は家名を残され、一族郎党のお命は守られ、さらに平家主導による復興が約束されます。これで長宗我部家は良いでしょうが、その他の土地はその限りでございません。ですから、此度の事案の連帯責任として、美知様の責任も追及いたしましょう。美知様の御生家にも、長宗我部家と同じ沙汰を求め、平家支配下に入って頂きます。そう致しますと、四国の大半が平家の支配地となります。残された他家は孤立し、復興のための能力もございませんまま、平家にじわじわと圧力をかけられれば存続を危ぶまれます。それを危惧なさったならば、他家は自ら平家支配を望まれましょう。それしか、生き残る手立てはございませんから。これにて、戦は回避し、どなた様の血も流れる事なく、絶対に約束された復興が、手に入ります。」
長々と話した在仁に、美知はぽかんとした。
そこに、茉莉が訊いた。
「平家の植民地になってんだけど、いいの?」
「いいえ。平家は必ず、復興後に運営権を各家門にお返しになられます。その後の健全な運営をお約束なさり、四国を発展させた上で、各家門運営を再開させ、支配ではなく傘下に戻すのでございます。」
「何で言い切れるの?四国のめんどくさいアレコレ考えたら、そのまま支配してた方が良いじゃん。それに、マジで復興して返すだけだったら、平家は損してない?それが分かってて、こんな沙汰受け入れる訳?」
「受け入れざるを得ないはずでございます。何せ、俺の要求でございますので。」
「…わお。」
紫微星様への恩返しは、いつでも、どんな事でも。そういう約束だ。
茉莉が理解してあんぐり。だが美知はまだ分からず、戸惑ったので、茉莉が解説した。
「在仁は地龍存続の大恩人だから、皆が恩返しを強要してくるわけ。もちろん平家もね。だから在仁は、何でも言う事をきかせる権利を持ってるの。在仁が言えば、平家は従うしかない。どんな無茶苦茶な事でもね。」
「…まさか。なれど、これは四国の問題でございます。紫微星様に身をお切り頂く謂われはございません…。」
美知の狼狽に、在仁は一応訂正した。
「俺の横暴のような見た目となりますが、実際の所は平家にも大きな利がございます。このまま四国を扱いあぐねておりますと、平家の統治能力を疑われ、折角上げた筆頭第二位の家格順をあっさりと手放す事となります。終戦後の源平の争いは熾烈でございますから、四国復興は平家にとって重要案件でございます。此度の口実にて、平家主導で事が運びます事は、平家にとって棚ぼた的な事でございますよ。きっと俺はまた感謝されてしまい、この事はご恩返しとはお認めになられないでしょう。」
貴重な何でも券は使わずに、更に恩を積み重ねてやったぜ。という得意げな言い方は、在仁の本心ではなく、美知を安心させようという意図にしか見えなかった。
「なれど、この策を実行なさった場合。美知様は失態の実行犯でございますから、御生家にお戻りになられましても、御立場は良いものではございませんでしょう。それに、少し情勢に明るい御方がご覧になれば、全てお分かりになりましょうから、美知様を四国を売った売国奴と思われる御方も、おられるかも知れません。美知様が負われる謗りは、避けられぬものと存じます。」
これは美知の望みが叶い全てが丸く収まる最上の案ではない。在仁がデメリットを教えると、美知は首を振った。
「構いません。確実な復興のため、四国のためでございますれば、私への中傷など、喜んで受け入れましょう。」
堂々とした覚悟は、武士のようだ。武士に二言はない、と見えた。
「結構。なれば、詳細をご相談致しましょう。美知様には御迅速に動いて頂かねばなりませんから。」
そう言ってから、在仁は綿密に作戦を立てた。美知はそれを聞いてすぐに生家に帰り、その後の事は在仁が平家に話を通して今に至る。
◆
回想を終えた美知は、惟継に言った。
「私ならば、勝さまの首を刎ねております。」
「なるほど。ならばやはり在仁殿の策か。」
惟継が頷くと、美知は深く礼をとって去って行った。その背はまるで四国を背負っているように頼もしかった。




