374 情夫の事
週末香川旅行も明日で帰宅という夜。
茉莉は連夜のお楽しみを想定してムフフ。やはり温泉旅行には、こういう情緒がなければね。むしろ下心があるから温泉好きなのだ。
とは言え、茉莉はこんなに在仁に求められると思わず、最高の気分だ。
元はと言えば、部隊で出世するとあらぬ醜聞が立つと言う事を漏らしたのが始まりだった。茉莉がたくさんの武士たちを愛人としてかこっているのだろうという噂は、一部界隈では以前からあった。だがそれは、男性武士たちがそうしているのだから、女性武士だって出世したら同じ事してるんじゃね?的な考えであって、在仁が感じたほど嫌らしい邪推では無かった。
だから茉莉は放置していたし、茉莉にとって在仁が一番でそれしかないのだから、どうでも良かった。もし、特定の男性武士が茉莉の愛人だと噂されたりしたら、相手にも失礼だし行動したかも知れないが、そういうんでも無かったし。だからこそ、ただの噂というか、妄想に過ぎなかった。
普段の在仁ならば、冷静に世情を読み、一蹴する程度の詮無き事だったはず。なのに、思わぬ大きなリアクションで、体を鍛えると言い出したのは、茉莉も驚いた。もしかして妬いているのか?と思って、わざとらしく誘ってみたら、この通りだ。
馬鹿な噂だと思っていたが、随分と良い仕事をしてくれるではないか。茉莉は返って御礼を言いたいくらいだ。
在仁はなかなか嫉妬とかしてくれないので、こういうレアなケースは思い切り楽しまねば。茉莉はこのチャンスを逃すまいと、前のめりになっていた。けれど、その行く手を阻むように訪ねて来た者があった。
長宗我部家の御用聞きだ。そも「御用聞き」って何だ。接待役という事なのだろうが、別に用事がないのでいらない要員だ。
何故か美知が今夜訪ねるので御用聞きを使ってくれとした。茉莉は在仁にも話して、夜食でも頼もうと言っていたが、もう十一時だし夜食の気分でもない。はっきりと断って帰ってもらうか。
良い所を邪魔されて大変不機嫌な茉莉は、扉を乱暴に開いた。
そこに立っていたのは、昨日までの御用聞きとは違う男だった。昨日の男よりも少し痩身で、やはり顔面偏差値高めの男だ。
茉莉は想定していた人物でなかったため、少し戸惑って、出遅れた。その間に、男が言った。
「長宗我部勝様の命にて参じました。本日の夜伽のお相手を務めさせていただきます。」
「は?」
なんだって?茉莉がびっくりしてぽかんとしていると、男は言った。
「勝様が、茉莉様は見目の良い男が好みと。それで自分が参りました。ご安心ください。必ずや、茉莉様を満足させて見せます。」
「何いってんの?頭おかしいの?」
茉莉はこれから在仁と良い所だったので、浴衣が乱れている。胸元は谷間が丸見えのだらしない姿だが、その胸元にこれでもかとキスマークがあるのは、在仁の独占欲の表れだ。これを見て、何故夫以外の相手に誘われないといけないのか。茉莉は意味が分からない。
「茉莉様は多くの男性をかこっていらっしゃると伺いました。勝様は、此度の接待に死角をつくってはならぬとして、複数の者を選びました。もし長宗我部の男を気に入って頂ければ、今後も茉莉様の情夫として頂けるのではと。」
丁寧に礼をとる男は礼儀正しいが、言っている事がめちゃくちゃだ。
「情夫…。マジできもいんだけど。どういう事よ。」
不愉快そうに問う茉莉に、男も流石に話がかみ合わないなと思い始めている様子だ。
「えっと。勝様は、茉莉様が此度多くの愛人を同行させ、宿ではその愛人たちをかこってお楽しみだとおっしゃっておりました。旅先ですから、普段の愛人とは違った者を入れて楽しまれるのも一興だろうと。お喜び頂けるようにと、厳命を受けて参りました。」
「ばっかじゃないの?これはれっきとした夫婦旅行ですけど?なんで愛人連れて来るのよ。だいたい愛人なんていないし。」
意味不明発言をする男に、茉莉が声を荒げると、男は困ってしまった。男は勝から厳命を仰せつかってきているので、簡単に引き下がれないのだ。
「いえ、勝様が…。」
「馬鹿がなんだって?」
「ですから、馬鹿、いえ、勝様が…お二人には子がおりませんので、虚弱の紫微星様が不能なのだろうとおっしゃり…。だから茉莉様が愛人を持つ事を許しておられるのだろうと。茉莉様を男として満足させるのは、紫微星様には出来ぬ事なので、他の男に任せる他ないのだろうと。」
もごもごと気まずそうに言う男は、全部勝が言った事だと分かって欲しそうにしていた。だが、茉莉にはそんな事は関係ない。
「…はぁ?不能じゃありませんけど!マジで殺すよ!」
またそれか。
思えば、九州旅行でも夫婦不仲説などという根も葉もない噂に振り回された。あの噂の元も、子どもがいないからだった。地龍は地龍としての役割を果たしていくために、種を絶やす訳に行かない。そのために、地龍の夫婦は子をもうけなければならない。政略結婚が多いのは家格政争のためだが、中でも子どもを生む事は重要なのだ。だから一夫多妻制が如く、側室・妾・愛人などが許容されている社会だ。
だが、そんな事は知った事か。茉莉はいい加減、その理由で馬鹿なでっちあげストーリーを信じて迷惑をかけるのを、やめて貰いたい。
嘆息すると、あの勝の不躾な謎の視線が何だったのか分かった。
あれは、茉莉と一緒にいる北辰隊武士たちを、勝手に茉莉の愛人だと思ったのだ。正直、北辰隊武士たちだって有名人だし、そんな馬鹿なと思う。だが、茉莉が紫紺小隊で男を食いまくっているという噂を思うと、相手は何だって良いのだ。むしろ強くて立場のある武士の方が、信憑性はあるのか。
茉莉は勝に遣わされたこの情夫候補の股間をぶっ潰して二度と使い物にならないようにしてやろうかと思った。
その時だ。
茉莉の背後からすっと細長い手が伸びて、後ろから抱きしめられていた。
「俺の妻に何の御用でございますか?」
部屋で待っていたはずの在仁だ。茉莉がびっくりすると、在仁は男に言った。
「茉莉は俺のものでございます。他の男には一切、触れさせる事、罷りなりません。俺に茉莉を満足させる事が出来ない?随分と見くびられたものでございますね。」
怒っている。茉莉は珍しい感情表現を見たいと思って、在仁を見上げた。すると、在仁はその茉莉の唇に口付けた。驚いていると、そのまま舌を口の中に侵入させて、ディープなやつ。茉莉はそれだけで力が抜ける。在仁は茉莉を抱きしめたまま、唇を離すと、男を見た。
「俺が、不能?」
完全にキレている紫微星様に気付いて、男はまずいと察したのか、真っ青な顔になった。
在仁の浴衣は茉莉が脱がせようとしたままに乱れているので、首筋の噛み痕も、キスマークも良く見える。白い肌に良く映える傑作だ。それを見た男は、驚愕の表情になった。
「も、申し訳ございません。全くの誤解でございます。」
「どうしてそのような根も葉もない誤解が生まれるのでございますか?」
責める声に怒気が含まれていて、茉莉を抱き寄せる手に力がこもった。茉莉は在仁を見上げると、怒った顔。凛々しいこの顔は珍しくて、ドキドキする。場違いにときめいている茉莉は、男の事などどうでも良いが、在仁は許せないようだ。
「いえ、勝様が…その、英雄は色を好むものなので、その…。はい。茉莉様を男性武士と同等の接待をせよと、されたので、そうすべきなのだと…おっしゃって。」
これまで、在仁狙いのハニトラはあったが、こんなド直球の茉莉狙いは初めてだ。茉莉はイケメンを献上してくる事が、長宗我部家の最上級接待なのだなと思うと、古典的で馬鹿らしく思った。
偉い御殿様とかが来たら、美女を派遣して、夜のお供にさせるなんて、時代劇とかの物語ならありそうな話。特に不思議とも思わないが、こうして対象を茉莉に置き換えられてみるとものすごく変だ。茉莉がイケメンを献上されて、喜んで食べちゃうと思われているなんて、あんまりな誤解。
しかも、それを在仁が許容しているというのだ。在仁が性的に不能であるという謎の前提により、茉莉に愛人を持つ事を許容しているなんて、滅茶苦茶過ぎるストーリー。在仁と茉莉がラブラブな夫婦である事は、地龍中の周知と思っていたのに。茉莉はまだまだ周知が足りないようだなと思った。
「それが、紫微星様の愛なのだと…。」
目を逸らして言った男の顔は、自分自身そんな話を信じていないように見えた。勝が言ったから、従っているだけと。
在仁が茉莉を愛するが故に、愛人を認めるなんて、そんな愛情あるかい。NTR性癖かよ。マジでヤバいぞ。茉莉は反論しようと思って身じろいだが、在仁が離さなかった。
「この世に、茉莉の体を知る男は、俺以外にいてはなりません。絶対に。御引取を。」
あまりに静かな口調が、返って怒りを感じさせた。男が震えていると、在仁がもう一度言った。
「御引取ください。」
とっとと帰れ、としか聞こえない怒りに、男は慌てて直角のお辞儀をすると逃げるように去って行った。
追い払った事で納得したものと思った茉莉が、在仁の腕の中から脱出しようとすると、在仁はそのまま扉を閉めると、茉莉を壁に追い詰めて再び口づけした。
「俺が、茉莉を満足させられていないから、ああいうヤツがくるの?」
「ちが…んぐ…。」
「俺が不甲斐ないから、侮られるの?」
「あり、ひ…と。」
「茉莉。」
激しく求められて、茉莉は脱力した。在仁はそのまま茉莉を抱きかかえて、部屋に戻った。
「俺だけだって、証明したい。」
「いいよ。証明して。」
結局、今夜も長くなりそうだ。
在仁には悪いが、茉莉はさっきの男にも胸の中でお礼を言っておいた。
◆
夜も更ける旅館のロビーに座っていた美知は、勝の指示で茉莉に情夫を献上した事を、とても不愉快に思っていた。
男は一人で多くの女性と関係を持つ事があるが、女性はその限りではないと思っていた。けれど、勝は茉莉は最強の武士であるから、一流の男性武士と同じなのだと言い張った。
最初は懐疑的だった美知だが、そうだと思って見ていると、茉莉は同伴した武士たちとの距離が近い。既婚者としても、淑女としても、あるべき距離感を保たない事は不節操に見えた。まるで男の武士と同じように振舞う茉莉は、誰が見ても最上級の美人であるから、この世の何もかもが恣だろう。金も権力も男も。
勝は、多くの武士が高みを目指すのは、それらすべてを手にしたいという欲望のためだと言う。多くの女性を囲い、侍らせるのは、男にとって当たり前の欲望なのだと。そうして誇示できるプライドの在り処など、美知には分からない。汚らわしいと思うだけだ。
世の中は女性に貞淑さを求めながら、男性にはそういう甲斐性を求めるのか。あまりに歪んでいるではないか。強ければ何を望み、何をしても良いのか。それが世のあり方なのか。だから茉莉もそうするのか。
昨夜用意した御用聞きは、茉莉のタイプではなかったのか、お召にならなかった。けれど御用聞きは朝、茉莉の部屋の前で東を見たと言う。昨夜のお相手は連れて来た愛人だったのだろう。当の紫微星様は昼前まで起きて来ず、遅い朝食を食べる痩せた体を見た時、やはり虚弱と思われた。いくら茉莉を愛しているからとして、自分の代わりに愛人を許容するなんて、歪んでいる。
美知はいつの間にか、真偽不明な勝の意見に飲まれていた。どちらにしろ、美知が信じようが信じまいが、勝の言いなりなので関係ない。
今回の紫微星様の御旅行の接待は、長宗我部家にとってとても重要な仕事だ。勝は張り切っていて、美知にあれこれと命じる。美知だって普通の接待であれば、頑張って尽くしたが、勝が命じたのは情夫の手配だ。こんな惨めで嫌な仕事があろうか。これが嫁の仕事だろうか。
何度も、勝に反論しようと思った。けれど、勝はいつも美知には分かるまいとして、口を挟ませない。女に男の事が分かる訳がないという決めつけで、下に見ている。武家の女が身に付けるのは家政であるから、武士の社会の事など知るはずがない。だからって、見下される理由にはならないはずだ。
「今頃、お楽しみなのかしら。」
嘆息した美知は時計を見た。事が終わるまでここで待つべきか、帰るべきか。夜更けのロビーの静寂に、美知の溜息がよく聞こえた。
そもそも美知は、勝が大嫌いだ。だから勝の一挙手一投足が生理的に無理だ。
勝は長宗我部家の問題児。かつて勝には好いた女があったようだが、完全にフラれてしまったらしい。その後、自領にて多くの縁談が持ち上がったが、その度に女の方から逃げてしまったとか。最早自領には勝の相手はいないとなって、白羽の矢が立ったのが他領の武家の息女だった美知だ。四国の覇権を争う武家は複数あり、美知はその一つの武家の娘。田舎のお姫様だ。
長宗我部家は終戦後の復興のための力が無く、そこに四国覇権争いのいざこざの所為で、窮していた。だからとして、他家だってここで長宗我部家を潰しても、復興前の長宗我部家の領地を吸収しては負債を背負うだけだ。睨み合いながらも、動かず。そうこうしている内に時間だけが過ぎ、四国の復興は遅れて行った。
そんな中、平家からいい加減睨み合っていては一生復興どころでは無いと注意された事で、渋々一旦手を取り合う事が選択された。睨み合いがなくなれば、復興に専念できるはず。そのためあらゆる協議された。その中の長宗我部家の要求の一つに、勝の嫁があった。馬鹿な若様の事は四国中が知っていたので、美知は全力で拒否したが、これは大義のためであるとして押し付けられた。こんなの人身御供だ。復興のための犠牲として、売り飛ばされたのだ。全く納得していない美知だが、自分も領地を持つ武家の娘だと腹をくくった。
婚約者という立場の美知は、勝にとってもう誰も嫁に来手がない所へ選ばれた救世主であるはず。なのに、勝はまったく美知を大切にしない。この婚約には四国復興の重要な意味があるのを、知らないのだろうか。美知が逃げたら四国の復興は頓挫し、長宗我部家の信用も無くなり、四国勢力の均衡が崩れて戦になるかも知れないのに。
だから、これからの四国の未来は、美知の忍耐にかかっているのだ。
「あんまりよ。何もかも。」
世の中は不健全だ。紫微星様は清浄で正常を謳いながら、妻に愛人をあてがう変態野郎だし、婚約者は男尊女卑の馬鹿野郎だ。お先真っ暗だ。美知がそう思って途方に暮れた時だった。
廊下から血相を変えて駆けてきたのは、茉莉に情夫として差し出した男だ。
「美知様!」
「どうしたの?茉莉様のお気に召さなかった?」
真っ青な顔の男は、美知に縋るように言った。
「紫微星様は不能なんかじゃありません。昨夜の茉莉様のお相手は紫微星様でした。情夫を差し出した事を、紫微星様はお怒りです!」
早口で言った事はとんでもない事態だ。紫微星様がお怒りだなんて、超やらかし。エマージェンシーだ。
けれど、美知は思わず言った。
「そうよね!」
美知は勝の語る歪んだ世界など無かったのだと分かって、物凄く救われた気がしてしまったのだ。
茉莉が情夫をかこっているだなんて、あるはずがないのだから。
◆
勝手にむきになって暴走した事を、在仁は反省した。
「俺の馬鹿…。」
冷静になった在仁は、情夫として献上された男の前で、茉莉にキスしたり色々と言ったのを、不要の見せつけ行為だったと思った。しかもその後の行為は、完全に暴走だ。
部屋付き風呂に浸かって汗を流す在仁に、満足そうな茉莉はからからと笑っていた。事後にこの爽やかさとは御見それする。
「楽しかったから良いじゃん。私は気にしてないよ。」
「茉莉は寛大過ぎるよ。よく考えて見なよ。長宗我部家が用意した御用聞きって、茉莉の夜のお相手だったんだよ?夫婦旅行だって言ってるのに、そんな事ある?失礼にも程があるよ。」
反省したつもりが、思い出したらやっぱりムカついて来た。在仁が口を尖らせると、茉莉はへらっと笑った。
「英雄は色を好むんだってさ。ま、男の人は他家で接待されると、こういう事があるのかもねぇ。一応、一流の武士として扱われたって事かな?」
「方向性が意外過ぎるし、馬鹿過ぎるし、失礼過ぎるし、ゴミムシ過ぎる!どういう価値観してるんだよ!」
誰かが怒っていると、冷静になったりするのだろうか。憤慨する在仁を後目に、茉莉は優雅に風呂を泳ぐようにひらひらと足を動かした。在仁はそれを人魚みたいだなと思いながら見ていた。
「変なモテ方しちゃったな。強くて美しい私の罪だねぇ。」
その余裕を見ていたら、在仁は何でこんな事になったのだろうかと思って天井を仰いだ。
「四国は昔から小競り合いが絶えないんだよ。長宗我部家はその中でも優性だけど、絶対王者ではない。四国統一は四国家門の夢だ。勝様は、長宗我部家が敵対家門との戦で勝って手に入れた姫の御子だって話だよ。勝利して、敵国の姫を娶るなんて、古典的な戦国劇みたいだけど、実は今も地龍には普通にある。どこだって、いつ領地の境界線が変わってもおかしくないんだ。長宗我部家御当主には側室も多いし、御子も多い。勝様はその環境で育ったから、上に立つ者は多くの女性を娶るのが当然だと思っているのかも知れないな。強ければ勝ち、勝者は全てを手にする。その単純構造を妄信しているから、お馬鹿さんなんだなぁ。」
「奥さんの数が強さの証って事?女を馬鹿にしてるよ。」
「でも、女性だって、強い将の妻である事が誉れだ。そうなるのを望んでいるから、女性の世界でも政争は絶えない。茉莉みたいに自分の力で身を立てられる女性は少ないよ。」
そう言われると、女性にとってだって男性は自分を高くするための道具だ。互いに互いを飾る都合の良い装飾って事か。全く愛の無いつまらない世界だな、と茉莉は嘆息。
「在仁のつくる街はそんなの無い世界でしょ。」
在仁の街づくりは女性主体だ。女性が自分の力で生きて行くための街。茉莉が支持するように問うと、在仁は笑った。
「そういうのが好きな人もいるし、そうじゃない人もいるよ。ただ、それぞれが好きな生き方を選べたら良いなとは思うけど。」
自分で努力して身を立てたい女性もいるし、どこかに嫁入りしたい女性もいるし、権力者の妾になって楽して生きたい女性もいるし、色々だ。どの生き方も否定するつもりはないが、嫌な道を生きるのは辛い事であるから、出来ればあって欲しくない。在仁の街づくりはそんな理想の一つであって、他の女性を否定する目的ではない。それをやんわり言うと、茉莉は納得して頷いた。
「とにかく、私は愛人はいらないよ。」
「当たり前でしょ。そんなのいたら消すよ。」
消すって、殺すって事だろうか。驚いた茉莉が過激な在仁を見ると、拗ねたような可愛い顔だ。
「しびせいさま、こわ~い。」
「もう!」
揶揄った茉莉の肩を、在仁がやんわりと押した。
そんな感じで、紫微星様の激怒は収まったのだった。
◆
だから、在仁は「情夫事件」を不問に伏しておこうと思っていたのだが。
深夜にも関わらず訪ねて来た美知の所為で、そうもいかなくなってしまった。
「たいへん、申し訳ございませんでした!」
廊下で深々と土下座をする美知は一人だ。情夫を献上したのは勝の指示であるから、美知が一人で謝罪に来るのは間違っている。
在仁はここで美知を責めるのがお門違いである事が分かり切っていて、どうしたら良いのか困った。茉莉を見れば、茉莉は眠そうに欠伸をしていた。ううむ、興味すらないとは。
「えっと、もう結構でございますから、頭を上げて下さいませ。」
別に茉莉が襲われた訳でも無いし、価値観の相違だ。在仁が水に流そうとするが、何故か美知は納得せずに食らいついてくる。
「いいえ!まったく良くありません!こんなに失礼な事がありましょうか!絶対に見逃してはいけません!きちんとお怒りの分だけ相応の処罰を求めてください!それがあるべき姿ですから!」
必死に謝罪、というか、処罰を懇願してくる美知の目的は、どうやら恩赦ではない模様。
在仁は周囲を見回した。この騒動を聞きつけて北辰隊がやって来ると、事が大きくなってしまう。とりあえず美知は引き下がりそうもないので、廊下から部屋の中に移動して貰う事にした。いや、そうするしかなかった。
「とりあえず、中へどうぞ。お話は中で伺います。」
「え、あの…。」
戸惑って見上げる美知に、在仁は人差し指を口の前で立てた。
「深夜でございますから。」
静かに。
そう言われると、そうせざるを得ない。美知は常識を弁えたまっとうな女性であるから。




