372 歓迎の事
長宗我部歓迎団の超ちやほやした歓待は、ある意味で気持ちの良いヨイショなのではないだろうか。
在仁は逆に有りなのか?とよく分からない気持ちで、観光をしていた。
茉莉は完全に田舎武士たちに取られた。茉莉と一緒に北辰隊男性陣も捕まってしまって、強さに対する羨望を浴びまくっていた。
在仁はそれを遠巻きに見ていると、隣で真面目に護衛をしているのは紅葉と夜鷹。長宗我部歓迎団の女性たちもいる。多分当主の妻と、勝の嫁と、その他侍女とかだろう。なんだか女性陣だけハブられたみたいだな。と思った。
もちろん女性陣は女性陣で紫微星様に頬を染めてちやほやしてくれるが、武士たちの熱苦しいやつとは趣が違う。やはり女性は気遣いが出来るので、紫微星様に優しいし。
「茉莉様を取られてしまいましたね。呼んできますか?」
紅葉が問うと、在仁はやんわりと首を振った。
「武士たちの羨望は、茉莉が実力で勝ち得たもののひとつでございます。たまには、こうしてそうした熱を向けられるのも、良いかと。折角の機会でございますし。」
「まぁ、武闘大会が終わったばっかりですから、余計に熱量があるんでしょう。あんな連中にちやほやされても、茉莉様は嬉しくないと思いますけど。」
紅葉がどうでも良さそうに言うと、夜鷹が呆れた。
「これを許容するのって、田舎武士たちへのサービスでしょ。どっちが接待する立場か分からない。」
「言えてますね。これって本当にお詫びとか御礼とか、そういうやつですかね?」
そう問われると、確かにこっちがサービスする立場みたいになっているな。在仁はちらっと惟継の様子を見ると、茉莉の後ろで不機嫌そうにしていた。在仁が許容しているから文句を我慢しているのだろうか。ううむ、そっとしておこう。
「お二人は俺と一緒におられて良いのでございますか?」
一応ちやほやされたいかなと思って問うと、二人は本気で嫌そうに睨んで来た。あんな連中に絡まれたくないとよく分かる。在仁は余計な事を言ったなと思って、話を変えた。
「えっと、紅葉様は南木様にお土産など買われませんか?ほら、地酒とか。」
「まぁ、良い案だと思いますが、今は仕事中なので、後で良いです。」
南木に地酒の土産を買うのはやぶさかではないが、真面目な紅葉は護衛中。
そこへ、長宗我部歓迎団の中にいた、勝の嫁っぽい女性がひょこっと混ざってきた。
「地酒でしたら宿の売店にも沢山扱っています。チェックイン後にご覧になっては如何でしょうか。」
「そうですね。チェックイン後は一応、交代なんで、見てみます。」
宿に入ってしまえば、在仁と茉莉は部屋でのんびりの予定なので、護衛たちは何かあるまで交代で待機だ。
「折角でございますから、皆さまも温泉や観光など、楽しんでくださいませ。」
交代制ならば、自由時間は旅行を楽しむべき。在仁が紅葉と夜鷹に勧めると、二人はまんざらでもなさそうに頷いた。やっぱり温泉の魅力には勝てない。
お土産屋さんの立ち並ぶ通りを歩いていると、茉莉たちは完全に武士たちの中に埋もれて見えなくなった。在仁は放置して、のんびりと工芸品など手にとって見れば、女性陣があれこれと勧めてくれた。こうして女性の中で美しいものを愛でている方が性に合っていると自覚すると、やはり少々女々しいなと思うが、今は楽しもう。そう思うも、茉莉が楽しめているのか気にはなったりして。チラチラと様子を見ていると、軍団の後ろに勝が監督して偉そうな態度で歩いていた。何だか妙な視線で茉莉の方を見ているような気がしたのは、気の所為だろうか。
変と言っても茉莉に惚れたとかそういうんではない。もっと、無粋な感じだ。その意味を探るように見ていると、勝は先程の勝の嫁っぽい人を呼び、何かこそこそと命じた。嫁っぽい人は勝にへりくだった態度で何度か頷くと、そっと離れて在仁たちの元に戻ってきた。その時、不意に目が合った。
「失礼でございますが、勝様の、奥方様でございますか?」
まだ名前も聞いていなかったので、何となく訪ねてみると、女性は首を振った。
「いいえ。婚約者の美知と申します。」
「ご婚約者様…。」
まだ結婚していなかったのか。それにしてはもう嫁のように扱っているなと思って勝の後ろ姿を見た。元々身勝手で横暴な若様であるから、美知は苦労するだろうな。在仁は美知の将来を案じる気持ちで微笑むと、美知は何だか気まずそうに言った。
「紫微星様は、ご寛容なのでございますね。奥方様が、他の男性とご一緒におられますのに、不快ではございませんか?」
「え?」
「いえ。その、奥方様は部隊勤めでございますので、普段から多くの男性と生活しております。美しく御強い奥方様でございますから、さぞご心配でございましょうと…。」
何だか言いたくない事を言っているような気まずい態度をする美知に、在仁は何と言えば良いだろうと迷った。美知が言いたいのは、要するに、茉莉が男社会で生きているので、浮気されたりしないか心配ではないかと言う事だろうか。確かに今も茉莉は男たちに囲まれてしまっている。だが、あの男たちは長宗我部歓迎団なので、一応歓迎接待行為なのだ。それを悪く言う事は失礼だろう。在仁はなるべく言葉を選んで答えた。
「妻は誰より美しく、そして強いです。本来ならば、全てを手にする事のできる御方でございます。俺は妻が望むもの全てを手にして欲しいと望みます。俺と結婚した事で、妻の足枷になるような事は、したくございません。妻の自由な生き方を、俺は最大限に尊重させて頂く所存でございます。」
男社会で生きる茉莉に、いちいち嫉妬していたらきりがない。在仁の余計な嫉妬で茉莉を縛る気はないのだ。茉莉を愛しているから、茉莉の意思を尊重していきたい。そういう事で良いかな。
在仁は何をどう答えたら良いか分からないながら、曖昧かつ穏やかに伝えた。すると、美知は複雑な表情で俯いてしまった。
「あの、何か?」
「そ、そんなの、不純です。」
「は?」
え、何?在仁が聞き返そうと思ったが、美知は控えめに下がってしまった。一体何だったのだろうか。
「何です?今の?」
聞いていた紅葉も夜鷹も意味が分からず首を傾げた。在仁は何か盛大に誤解を招いた可能性を察したが、敢えて追いかけて問い質す必要性も無く、曖昧に首を傾げて放置したのだった。
◆
茉莉は田舎武士たちに囲まれてたいへんご立腹だ。
「マジで何これ。接待じゃなくて拷問でしょ。」
茉莉様にお触り厳禁とばかりに、北辰隊男性陣が茉莉と歓迎団の間に入っていたのは、茉莉の護衛のようだ。いや、茉莉の親衛隊みたいか。
「在仁とはぐれたし。東さん、在仁見えます?」
「え?あ~…うん。紅葉と夜鷹が一緒にいるから大丈夫。」
長身の東が在仁の無事を確認したので、ひとまずはほっとした。だが、茉莉は夫婦旅行のつもりだったので、この状況に納得がいくはずがない。
「全員蹴散らしたろか。」
チラっと睨むと、佐長が苦笑した。
「どうどう。これも最強の宿命だろう。多めに見てやってください。」
「そっすよ。旅行中に血を見るとか、紫微星様は望まないと思います。」
昴が知ったような事を言うのを憎らし気に見ると、その隣の稔元はサービススマイルで周囲をあしらっていた。おぬし、できるな。
「私がサービスしてどうすんのよ。これ本当に貰う方の立場?納得いかないけど。」
これまでの旅行では、過干渉はご法度とばかりに静かに過ごせるようにセッティングされていた。それと比較して長宗我部のやり方は真逆だ。こんなのはプライベートにファンサし続ける拷問でしかない。空気読め。
「武闘大会直後というのがまた、タイミングが悪かったな。在仁殿に問題が無さそうなのは、最低限許せるが。」
惟継がそろそろマジで怒ろうかと思うものの、在仁が女性陣の中で穏やかに過ごしているのを見て、あまり波風立てるのもなと思った。
「蘇芳殿のお陰もあろうか。」
武闘大会の閉会式で蘇芳が在仁に言った事を覚えているろうか。蘇芳は会場の観客と、配信の全国の民の前で、こう言った。「俺たちは、在仁に甘える気はない。在仁を困った時に都合よく助けてくれる便利な聖人だなんて、思っていない。何でも解決してくれる万能な神様だなんて、思っていない。俺たちは、在仁に完璧を求めていない。」と。この言葉、そのまんま在仁に伝えた本心だが、もう一つの意図があった。それは地龍全民に向けての釘刺し。武闘大会は、これを肯定する形で閉幕した。これによって、今しばらくこの記憶が薄れるまでは、紫微星様に過度な期待をする者は現れない予定だ。
惟継の目から見て、病み上がりが周知の在仁へのちやほやが優しいのも、紫微星様から与えて貰う立場では無く、尽くす立場であると理解しているからだと、信じたいところだ。
惟継が在仁に問題がないのを確認してから周囲を見ると、勝が最後尾から変な目で見ていた。
何を考えているか知らないが、問題児の勝にしてはやけに大人しい。惟継の警戒の目に気付いたのか、勝は目を逸らしてしまった。何か余計な事を企んでいないと良いが。そう思っていると、茉莉と東たちの会話が聞こえた。
「え~、これ効くのかな。」
「ちょっと、ジャスミンちゃん。これ精力剤よ。何考えてるのよ。」
「そりゃあ、今夜のアレコレを。むふふ。」
「このエロオヤジ。自重しなさいよ。」
お土産屋であれこれと話すレベルが男子なのが、茉莉がここにいる理由なのだろうか。惟継は呆れた。
◆
結局、歓迎団の歓待がウザすぎた茉莉の不機嫌を察して、惟継が早めのチェックインを強要したため、宿に入ったのは予定よりも早かった。
宿に入ってしまえば、それ以上は歓迎団もついて来ない。ここからの接待は宿にお勤めのプロの仕事だ。
「在仁殿。何かあればすぐに連絡をくれ。俺は一旦帰るが、護衛陣は近くの部屋に常駐している。」
惟継が在仁に大真面目に言うので、在仁は宿で何が起こると言うのかと笑った。
「ええ。俺は大人しくしておりますから、皆さまもご旅行をお楽しみくださいね。」
穏やかに伝えると、皆も少しほっとした様子だ。部屋まで一緒に来た長宗我部歓迎団の代表である当主と勝は、丁寧に頭を下げた。
「御用聞きを置いていきますので、何でも御申しつけください。」
「ありがとうございます。」
当主が言うと、随分とガタイの良い武士が一人やってきて頭を下げた。なかなかのイケメンだ。御用聞きと言っていたが、九州旅行の時の浩然のような立ち位置だろう。ずっと部屋の前で侍っていて、呼べばすぐにやってきて、何でもしてくれる、あの完璧ロボット執事みたいな。まぁ、浩然のレベルを求めてはいけない。あの人はいつ寝ていたのか全く不明過ぎて、恐かった。
在仁は御用聞きにも丁寧に頭を下げてから、茉莉と一緒に部屋に入った。
◆
在仁と茉莉が部屋に入ってしまうと、北辰隊も持ち場へ。長宗我部当主と勝は踵を返した。惟継はそれに同行する形で歩き出した。
「品の無い歓待だな。誰の観光か分かったものでは無い。相手の事を思いやらずして、何が接待か。」
惟継がやれやれと言わんばかりにぼやくと、当主は恐縮して頭を下げた。
「歓迎したつもりでしたが、喜んでいただけませんでしたか。」
「少なくとも、在仁殿は貴様らを喜ばせるために譲ったように見えたが。」
サービスする方が、サービスされてんじゃないよ。と言っても分からないのだろうな。惟継はとりあえず今とやかく言うのは避けた。問題はこれからだ。
「宿のサービスにぬかりはあるまいな?」
ここからはプロの仕事であるから、大丈夫とは思うが。惟継が一応問うと、当主と勝が頷いた。
「もちろんです。最上級の宿で、最上級の接待をさせて貰います。」
自信満々の二人に、惟継は嘆息した。
「在仁殿もそうだが、茉莉殿にも礼を欠くなよ。彼女は女性なれど、最強の武士だ。最上位の武士として、あるべき待遇をせよ。くれぐれも、男と遜色を付けるなよ。」
男尊女卑の観念は田舎の方が強いと見た。古い因習は田舎の方が残っているものだから、価値観も固定観念も古くて強い。
勝なんか男至上主義者に相違ないのだから、茉莉を女性と見て侮ってかかりそうで、恐い。惟継は、茉莉のバックに奥州がついているのが分かっているので、何か失礼を働けば大量のアサシンが目覚めると想像する。下手をすると北条の二の舞となるが、北条は上位家門であるから今以てあの状態で踏みとどまっているのだ。あれを食らったら、長宗我部なんかひとたまりもない。
思い出しても、未だに結城家だって奥州に頭が上がらないのだ。絶対に敵に回してはならない相手だ。
「心得ております。」
流石に茉莉に何かしたら奥州が黙っていない事くらい分かるだろう。当主が真剣に頷いて、勝に言った。
「勝。いいか。必ずや満足して頂くのだ。」
「もちろんだ。父上。俺のリサーチは完璧だ!絶対に気に入ってもらって、また来たいって思って貰うぜ。任せろ!」
何でか自信満々の勝に、当主は満足げに笑った。
「大丈夫だろうな…。」
惟継は返って心配が深まった。
とは言え、武士の社会は上下関係が命だ。いくら馬鹿に定評のある若様でも、立場を弁えているはずと、信じたい。
見れば、宿の入り口に美知が待っていた。
勝は美知をまるで僕のように従えて、偉そうに何かを申し付けていた。その姿には、全く女性を敬う気持ちが見えず、惟継は何だかなと思いながら宿を後にしたのだった。
◆
さて、在仁と茉莉は、やっと二人きりだ。
与えられた部屋は、温泉付きの豪華なものだった。おそらく宿の最上級の部屋だ。だがこれでも結城家の例の部屋より劣るので、あの部屋やばいなと思う次第。とは言え折角の接待を他所と比較しては失礼だ。在仁がこの状況にも、きちんと感謝を思っていると、茉莉はいつも通り部屋を物色。
「わぁ、結構良い部屋だね!食事もここに持ってきてくれるって。お風呂もあるし、最高じゃん。」
茉莉の及第点が得られて、在仁も嬉しい。だが茉莉はどかっと座布団に座ると、置いてあったお菓子を手にとってから、不機嫌そうに言った。
「あの連中の暑苦しい観光案内、マジで意味不明。取り囲まれて何も見えないっつの。あれマジで歓迎?なんで私と在仁を引き離したのよ。本当に納得いかない。」
包みを破いて口に放り込んだのは饅頭だろうか。在仁はお茶を淹れて差し出すと、茉莉はそれを啜りながらまだ言った。
「あれって出かける度について来るのかな。だったらもう出かけたくない。在仁と一緒にずっとここにいる。」
「あはは。凄い凝りてる…。助ければ良かったね。」
一応、明日明後日も観光を希望すれば案内が付く事になっている。だが、案内ってあの歓迎団が派遣されてくるのか?茉莉が辟易として言うので、在仁は苦笑した。
「ほんとだよ。何で放置?生贄にされたの、私?」
「いや、折角の生茉莉を見られる機会なんか、もう無いかも知れないと思って。」
「何であっち目線だよ。旦那目線になりなさいよ。まったく。」
憮然とした茉莉がお茶を啜ると、在仁はその不機嫌な頬をつついた。
「まぁもう良いじゃない。終わった事だし。ここからは二人きりの時間だよ。二泊三日、のんびりしようよ。」
にっこりと誘うと、茉莉は簡単に笑顔になった。
「そうだね!なんか、前に惟継様の旅館に泊まった時みたいだね!あの時はずっと宿で、のんびりしたし。」
在仁はそう言えばそうだなと思った。あの時は、稔元と初めて出会ったのだった。ずっと宿で温泉に入ったりしてのんびりしていただけの時間は、今思えば結構得難い休息だったかも。あれは今では特別な思い出であるから、今回もそういう素敵な思い出が出来たら良いなと思った。
思い出して穏やかにお茶を飲む在仁に反して、茉莉は何を思ったのか立ち上がり移動。在仁の背後から乗っかるように抱き着いて来た。
「ねぇ~、お風呂入ろうよ~。」
「もう?まぁ、良いけど。」
温泉宿に来たら真っ先にお風呂、というのは分かる。在仁は甘えて来る茉莉をそのままおんぶして、部屋付きの温泉へ向かった。
二人でお湯につかると、ほっとするのが温泉の必然だ。じわぁっと体が温まるので、心地よい。
「うわぁ、きもち~。温泉最高~。」
「茉莉温泉大好きだもんね。」
そう言えば茉莉は、北海道支局長の所有する温泉施設を羨んでいた。もしかするとその内、自分の温泉施設を所有するかも知れない。今の茉莉の財力ならやれるのでは。そしたら部隊なんか辞めて、温泉三昧かもな。在仁は想像して笑った。
二人で足を延ばして肩までつかれる大きな湯舟は超豪華だ。自然と頭の中が空っぽになる。そして、のんびりとすると去来するのは今日のあれこれ。在仁の脳内には、勝と美知の謎多き行動と発言が思い出された。勝の態度は全く優しくなく、美知は縮こまって侍っている感じだった。婚約者と言っていたが、あまりいい関係ではないだろう。
「間違いなく政略だろうな。」
つい口に出すと、茉莉がきょとんとしていた。
「何が?」
「ああ、勝様と、美知様。婚約者なんだってさ。全然上手く行ってない感じだったから。」
「婚約者?そうなんだ。ま、政略って言ってもさ、長定様と美空様みたいに上手く行ってる人たちもいる訳でしょ。相性が悪いんじゃないの?」
地龍家門を背負った夫婦の殆どが政略結婚だろう。政略といっても、上手く行っている夫婦だって沢山いるのだ。だが、在仁はそれは双方の歩み寄りと努力の結果だと思う。長定と美空の場合は、美空の献身と想いがあってこそ。そういう意味では、勝と美知は完全にすれ違っている気がする。心がない。お互いに。あれは駄目だな、と偉そうに言う立場でもないが、あまり幸福な未来が見えない。
「勝様と相性の良い女性って、いるのかな。」
ゴーイングマイウェイな男の中でも結構駄目なタイプであるから、おそらく相性の良い女性はいない。在仁は勝手に決めつけた。
そこに、茉莉が在仁の薄い体に抱きついた。
「ねぇ、他人の事はどうでも良いでしょ。目の前に全裸の美女がいるのが、見えないの?」
何とも挑発的に笑っている茉莉に、在仁はびっくりした。
「いや、目の前の全裸美女しか見えません。すみません。」
反射で謝ると、茉莉は在仁の体を指先で撫でた。
「最近鍛えてるんでしょ?よく見せて貰おうではないか。」
「お代官様みたいなのやめてよ。恥ずかしいな。」
茉莉に相応しい男になりたい!なんて言ったって、ほんの数日頑張って筋トレした程度で、簡単にムキムキになりはしない。在仁は相変わらずの薄い体を恥ずかしそうに隠そうとした。茉莉はその恥じらいに、いやらしい笑みを向けた。
「ねぇ、やっと二人きりだね。」
「…もしかして、誘ってる?」
さっきまで皆で観光をしていて、二人きりになった途端だ。茉莉の甘える声に、在仁は理性と戦った。まだ夕食前だし、早すぎる。
けれど、茉莉の言葉でどうでもよくなった。
「何の為に鍛えてるんだっけ?」
何の為って、そんなのは茉莉に相応しい男になるためだ。そう、閨的な意味で。
「本気で挑発してるの?」
「してるよぉ~。旦那様の久々の本気が、見たいな~って、思ってぇ~。」
わざとらしく在仁の体を撫でまわしてくるいやらしい態度を、いつもはエロオヤジだと思ってしまうが、何だか今日は酷くそそられた。今日の茉莉を見ていて、実のところ在仁なりに嫉妬していたのかも知れない。茉莉は最強の武士で、男に囲まれて暮らしている。特に茉莉の過ごしている重大隊は最強部隊であるから、最上級の男たちがいるのだ。今更その環境に何か思うはずも無いが、今日みたいに初対面の男たちに囲まれていると、面白くない。彼らは純粋に茉莉を武士として尊敬していたのだから、嫌らしい意味など無いだろうが、茉莉にとってはゴミムシに類するのだろう。だから茉莉には何の罪も二心も無いのは分かっている。
だが在仁だって無心ではない。茉莉の夫は在仁一人だぞと。心のどこかでむきになっていた部分もあったかも知れない。でなければ、今更茉莉に相応しい男を目指して鍛えるなんて言い出さなかったはずだ。
頭の中に、美知の問いがよぎった。
―――紫微星様は、ご寛容なのでございますね。奥方様が、他の男性とご一緒におられますのに、不快ではございませんか。
そりゃあ、不快だ。本当は茉莉を独り占めしたいと思っている。
「茉莉。そんな事言って、知らないからね。」
いつにもなく積極的な在仁が、茉莉の唇を塞いだのを、茉莉は嬉しそうに受け入れた。




