371 打上の事
十月某日。武闘大会主催者慰労会と銘打って、地龍様、三大筆頭家門当主、在仁が集まって食事会が行われた。
在仁はこの面子に顔を並べる事自体が恐縮の極みなのだが、主催者に相違ないので回避不可能だ。もっと沢山人数のいる主催者打ち上げパーティーとかなら一人バックレても良いだろうが、五人しかいないので緊張回避のための欠席は出来なかった。
「途中の中断などの大きなトラブルや、都度起こる小さな問題は多々あったが、皆の尽力のお陰で何とか終了出来た事、嬉しく思う。今後の事もあろうが、まずは此度の成功を祝そうではないか。」
恭がきさくに杯を掲げて、皆で静かに乾杯した。
当主陣が口にしているのは酒だが、在仁が持っているのは温かいお茶が入った湯呑だ。いい加減、ひよこ対応が周知されつつある事実に、感謝だ。よく行く場所のスタッフが完全に紫微星様対応を習得してしまったので、在仁はつい慣れて気を抜いてしまう。だが、たまに別の場所に行くと、こういう対応が普通ではないのだと思い知って、改めて感謝する。本当に、普段から感謝を忘れてはならない。
お茶の温かさにほっとしてから、皆で武闘大会のあれこれを話しながら食事を始めた。
この武闘大会は、今回は初回。恭は今後定期開催を目指すとしている。武士・部隊の士気低下・弱体化防止のために、こうした催しは良い役割を果たすだろうが、ここまで大がかりな催しを毎年というのは現実的ではない。では何年周期にするのか。今回の開催を細かく精査しながら、そういう事をこれから詰めていくのだろう。
「次回開催の際にも、葛葉には主催として協力して欲しいと思う。」
「ええ。俺の条件は変わりません。どうぞ、よしなに。」
在仁は出来るだけ堂々とした態度を心がけて言った。在仁は、武闘大会をより神聖化させる役割として主催に名を連ねて欲しいと誘われたが、その際条件を出した。誰でも参加できる事と、公平公正である事、そして死人を出さない事。この条件が破られたら、主催を降りると言ったのだ。条件をつきつける立場であるから、へりくだってはいけない。居心地が悪いが、在仁は紫微星様然として微笑んだ。
その態度に、恭は満足そうに頷いた。在仁は庶民根性が抜けないので基本的に腰が低いが、清め人なのだから普段からこの態度で良いのだ。恭は望ましい態度に納得したが、在仁は気付かなかった。
在仁はそれよりも、宗季と頼優の態度が気になる。やはりいつもより大人しいのだ。チラっと顔色を伺うと、何だか気まずそうだ。
そこに、幸衡が静かながらはっきりとした口調で言った。
「して、この武闘大会の成績は、今後の家格順にどの程度の査定影響があるのだろうか?」
その言葉に、宗季と頼優の肩がはねた。在仁はそれを見て、二人の大人しい理由が分かった。
武闘大会の結果を家門分けで成績を付けると、完全に奥州一強状態になる。その後に、源氏、平家と続くが、源平にそう大きな差はないと聞く。現在の家格順では奥州が不動の一位であるから、この結果を踏まえても一位が一位なだけだ。この他の追随を許さない最強家門のマウントに、幸衡がとっても大満足しているのは良く分かる。嫌味なんか言ってやる価値もない程に、源平を下に見ているのだ。
武闘大会の結果で何とか家格を上げたいと藻掻く源平は、奥州に大敗を期してメンタルずたぼろなのだ。しかも元々僅差の家格順であるので、武闘大会の結果も僅差となると、どんぐりのなんとやら。これがどう転ぶのか考えるとハラハラしてしまう。本当はバチバチにバトりたい所だが、幸衡の前でそんな事をするメンタルはない。絶対王者の前で源平の睨み合いなんて、みっともない弱者の小競り合いだ。そんな醜態を晒せはしないのだ。
「さてな。終戦後、戦果という大きな評価は無くなったが、だからとしてその分をまるごと武闘大会の結果とするつもりもない。武力のみを評価するのでは、葛葉の清き願いからは離れてしまおう。正しき義を持った強さが無ければ。」
恭はさらっと言って杯を呷った。
曖昧に言われると生殺しだ。だが家格競争において、何が何点なんて採点方法は採用されていない。全部地龍様の御心次第だ。地龍様が独裁者であれば好きな家門順にだって出来る。だが、恭は地龍当主独裁運営を避けるために公的独立機関を設立した人だ。そういう評価が無い事だけは間違いない。だからこそ、家格順には恭の想いがある。その評価は沈黙の中で義を問うものなのだ。
この武闘大会の結果がどう評価されるのか、というのは、今後の定期開催を見据えても重要な事。源平の緊張感が滲んでいた。
それを良い酒の肴だな、という満足げな顔の幸衡が、在仁を見遣った。
「どうした。今日は食が進むな。空腹だったのか?」
幸衡が在仁の膳を見て、やけに減っているなと思って言った。その問いに、全員が在仁の膳を見た。皆のイメージでは、在仁の膳というものは何度見てもなかなか減らないものだ。小鳥のように小食なので、紫微星様は霞を食べて生きているのだろうと思っていたくらいだ。けれど、今日はそれなりに食べ進めている。確かに珍しい。
「いえ。鍛えねばと思いまして、なるべく食事も多く食べるように心がけております。」
皆に見られると恥ずかしいが、武士は大食いなのが常識だ。沢山食べてこそ格好良い。だからいつもより食べているというのは、ちょっと嬉しい評価。頬を染めてふふっと笑うと、皆は不思議そうにした。
「まぁ、少しでも丈夫になられるべきでしょうが、敢えて鍛えるというのは、またどうしてです?」
虚弱なので健康にならん、というのは大賛成だ。けれど、鍛えるという表現は当たらない気がする。宗季が問うと、在仁は気まずそうに俯いて言った。
「…その、少しでも、妻に相応しき男となりたいのでございます。」
「え?紫微星様と茉莉様は全人類が認めるお似合いの夫婦ですよ。どうして今更そのような事を?」
ぽかんとした頼優が思ったままに零した。在仁と茉莉はそれぞれが功績を持つ有名人であり、その容姿からモデルまでやっている。互いに全国にファンを持つ人気者で、ファン同士も夫婦を推す。誰もが認め憧れる夫婦であるのに、今更どうして「妻に相応しき男」などと言い出すのか謎だ。
確かに虚弱でひ弱な在仁だが、それだって仕方が無かった結果であるから、在仁自身それなりに受け入れていたと理解していた。それなのに急にそうした事を言われると、何かきっかけがあったと察するのは当然の事だ。
「誰かに何かを言われたのか?」
まさか紫微星様に失礼な事を言う者があるとは思わないが、もしそんな奴がいたら消すか。幸衡が恐い顔で在仁を見ると、在仁はしゅんとした犬のような態度で言った。
「いいえ。茉莉は此度の武闘大会での活躍にて、その実力を証明するに至りました。戦う茉莉の麗しい事、さぞ地龍中を魅了した事でしょう。今後、重大隊も世代交代となって参ります中、茉莉は今までよりも重責を担い地龍武士業界を牽引する女性武士となりましょう。」
これまでも茉莉の美貌も功績も公のものだった。だが、茉莉が本当に地龍最強部隊で戦う武士であるという事実が、イマイチしっくりと来ていなかった者も多かった。そりゃあそうだ。あんなに可愛くて綺麗なのに、強い武士だなんて、嘘みたいだ。けれど、武闘大会は全国配信で多くが見ていた。戦う茉莉が本物だと全国に知らしめてしまった。これで茉莉ファンが急増化したのは言うまでもない。
今後の世代交代では茉莉の立場は盤石となり、地龍武士に茉莉ありと認知されるだろう。誰もが知る美貌の女性武士、その不動の花に、多くの興味関心が集まるのは必然だ。
「そうした中、男社会でございます部隊の花でございます茉莉に、不埒な邪推をなさる方々がおられるのだそうでございます。茉莉が複数の強き武士の方々と関係を持っておられると…。」
そう言った瞬間。幸衡から冷気が漏れた。幸衡からしたら茉莉は愛娘も同然だ。生まれてからこれまで大切に可愛がってきた娘に、そんな不埒な事を言われるなど、許せるはずがない。
だが、客観的立場である宗季と頼優は複雑な気持ちになって黙った。
茉莉は絶世の美貌だ。男を惑わせる、のは間違いない。多くの男が遊びでも良いから一夜でもお相手願いたいと集まって来る方が自然だ。強くて地位の高いモテモテ武士たちを手玉にとって、とっかえひっかえしたって、全然おかしくない立場だと思った。
大昔から、地龍の強くて地位の高いモテモテ武士たちは、未婚既婚に関わらず、モテるままに女性を侍らせて、あちこちで関係を持っているのが普通であった。男性武士たちがモテたがるのは、こうした価値観があるから、というのもある。男の武士がこうであるから、女に同じ事を当てはめて考える事に、何の不思議があろうか。女だって、未婚既婚に関わらず、夫の他に愛人や情夫をかこっていても良いのだ。もちろん、配偶者との価値観や関係性が前提にあるが。
「茉莉はそれだけの魅力がございます。茉莉が望めば、素敵な男性たちと数多くの恋を楽しみ、人生を謳歌する事が出来ましょう。」
茉莉は最強の武士であるから、普通男性に当てはめるアレコレをまるごと茉莉に当てはめて考える事が可能だ。男は正妻の他に側室だの妾だのを多く持つ甲斐性があってこそとされる価値観がある。だったら、茉莉だって在仁の他に、いくらでも男と関係を持っても良いし、むしろ箔って事だろうか。
「まさか、有り得ない。茉莉は純粋で一途な子だ。その貞淑さを汚す者は、万死に値する。」
幸衡が冷たく言い放ったのは、結構なマジおこ…。在仁はその術力圧に怯んで、胸を押さえた。
「けほ…けほ。ええ、俺も、茉莉の一途な心を疑われる事はまこと、許せないのでございますが、それもこれも、俺が男として不甲斐ない故の邪推でございます。」
貞淑?貞淑さについては言及を控えておこうか。夜の茉莉のけだものを知るのは在仁の特権なので。
とにかく、こんな事を言われて不愉快なのは在仁も同じだ。ただ、そう言われるのは茉莉が最高の女性だからだけではない。夫が、虚弱でひ弱な聖人だからだ。こんなひょろっとした男だか女だかわからなんようなモヤシみたいな奴が、茉莉を性的に満足させられる訳がないという考えが、この邪推の根底にある気がした。もし茉莉の夫が蘇芳みたいな強くてムキムキな武士だったら、そういう事は言われないのではないだろうか。紫微星様は素敵だが、性的な意味で男としてはどやろか、という全く下世話な考えが、そういう想像をさせたのではないか。
「ですから、俺は少しでも鍛え、男としての価値を上げ、こうしたお考えを払拭せねばと。」
基本的に寛容な在仁だが、茉莉の事になると盲目だ。
「そういう問題か?」
幸衡が何だかピントがずれているような気がして首を傾げると、在仁は目を伏せた。
「だって、男として、俺よりも他の武士の方が茉莉を満足させられると決めつけられているのでございますよ。全く失礼で余計なお世話でございますよ。なれど、そうと言われますと、自信が無くなってまいります。俺とて茉莉に甘えてばかりではまいりません。茉莉のために少しでも頑張らねば、バチがあたりましょう。」
茉莉はこんな貧弱な在仁を疑いも無く愛してくれるが、それにあぐらをかいてはいけない。こうして温かいお茶ひとつとったって、当たり前ではないのだ。どんな事にだって感謝して、自分を律して生きねば。
在仁が少しでも茉莉への愛を示さんとして、体を鍛えようとする理由は分かった。
だが、この話、全部閨事なのだ。ややもすると下ネタってやつだ。まさかこんな場所でする話でも無かった。こういう話って、結局想像しない事が難しいので、更に下世話で気まずくなる。皆がつい、在仁と茉莉を想像してしまうので、気まず過ぎてゴホンゴホンと咳払いをした。
「茉莉様の紫微星様への愛情には疑うべくもありません。武闘大会においても、紫微星様の御心を励まさんとして、我らに発破をかけたのですから。」
頼優が何とか話を軌道修正して在仁を慰めようと思った。
在仁はその言葉でたいへん重要な事を思い出した。
「わぁ!さようでございました。茉莉が俺のためにお二人を恐喝するような事をしたようで…何も存ぜず申し訳ございません。たいへん失礼を致しました。」
在仁が蜻蛉に削られて心をぽっきりやられた時、出家したいなんて泣いたもんだから、茉莉が行動を起こした。茉莉は源平に、紫微星様の出家を思いとどまらせたければ、武闘大会での戦いで武士の強さを証明し、信頼を取り戻せとした。その時、ちょいと失礼な恫喝をしたとかしないとか。在仁はその失礼のお詫びを、すっかり忘れていた。取って付けたみたいなお詫びになって、本当に申し訳ないが、心から悪いと思っている。丁寧に頭を下げると、宗季も頼優も首を振っていた。
「いいえ。茉莉様の愛情がよく伝わりました。あれがあって、武闘大会は素晴らしいものになったと確信しております。むしろ、こちらがお礼を伝えさせて頂くべきと。」
「紫微星様の御心が少しでも慰められたならば、我らも本望です。」
二人は在仁の謝罪に礼を返したが、幸衡は源平を冷ややかに見ていた。あれで全力とか、うけるんですけど…。と言う目だ。
うぐ…。結果がすべてなので、幸衡の嫌味攻撃に何も返す権利はない。敗者が受けるべき当然の辛酸をなめろ。二人はまた苦々しい顔で押し黙った。
「皆様の奮闘を拝見いたしまして、俺も落ち込んではおれないと思いました。まことに、ありがとうございました。」
本当に武闘大会のお陰で元気が出た。
あの感動の閉会式で、金霞にヒビが入った。金霞はあのままで、生まれる気配はないが、とんでもない進歩だ。在仁に何かが足りないから金霞が生まれないと言われていたのに、まさかヒビが入るなんて。それもこれも美しき星影たちのお陰だ。在仁は少し希望を見た。
「ま、何にせよ、一人で頑張り過ぎない事だ。一番重要なのは、葛葉の健やかなる事だからな。」
恭が総括して言うと、在仁は微笑んで頷いた。
その清廉はいつもの在仁で、皆は少しほっとした。出家しなくて、本当に良かったな、と。
◆
週末、在仁と茉莉は香川へ小旅行に行く事になった。
先日、長宗我部本家からの誘いで、温泉旅行をプレゼントして貰える事になったからだ。急な話だったので、これまでのように一週間以上の旅程は組めず、土日に一日足して二泊三日だ。これでも十分に良いリフレッシュになるだろう。
これまでの旅行は旅行に行くための綿密な準備期間があったが、今回は結構な弾丸だ。スケジュールは強引に空けたが、病み上がりの在仁を茉莉と二人にするのはどうしても心配で、護衛付きだ。
これまでの旅行が二人きりでオッケーだったのは、紫微星様と奥州のプリンセスを迎えるに相応しい、きちんとした対応を要求しても大丈夫な家門を厳選していたからだ。結城家も北海道支局も大きな権力を持つ分、しっかりとビップ対応をしてくれた。そういう根回しがあった上で安心して過ごせたのだ。
だが、今回は長宗我部?ビップの対応に慣れていない田舎の武家に任せて大丈夫か?という不安が満載だ。何かあった時の緊急対応も心許ないし、粗相をしては長宗我部家を擁する平家の恥だ。結局、色々と心配し過ぎて惟継も出動。
長宗我部本家の申し出は紫微星様への御礼とお詫びという名目だったはずだが、在仁に付随する人数が多すぎる。これではとても夫婦二人旅行とは呼べず、何なら職場の慰安旅行的な感じだ。
やっぱり田舎家門には紫微星様対応は荷が重いのだろうし、大人数になってしまった事で、在仁は返って長宗我部本家に悪かったなと思った。
とは言えだ。田舎田舎って所詮武家としての格とかそういうのを揶揄しているだけで、土地はそりゃあ素敵に決まっているのだ。有名温泉地だってあるし、観光名所も多いし、旅行するのに不満なんてあるはずが無い。
もう来てしまったのだから、余計な事は考えずに楽しませて貰うのが、こちらの礼儀というものではなかろうか。
てな具合に、在仁は開き直った。
惟継が案内役を買って、約束の場所へ行くと、そこで待っていたのは在仁たちよりも大人数だった。
「わお。大歓迎でございますね。」
旗でも振りそうなはしゃぎようで待ち構えていたのは、長宗我部本家当主と子息・勝。奥さんとお嫁さんだろうか。そして本家の武士の皆さん。女性もちらほら。有名人の来訪を大歓迎する分かりやすいお出迎えは、こう言っては何だか、やはり田舎臭い。惟継はその出迎えを見て顔を顰めた。
「品が無いな。」
一言で全てを表現した愚痴に、在仁はあはは、と苦笑。茉莉は隣で圧倒されていた。
まぁ、これが大家門であれば、人を集めるならば整列して家門の品格を見せつける。精鋭武士を呼んだなら微動だにせぬ整列で出迎え、擁する部隊の誇りを示さんとするし、わざわざ当主一家が出迎えるならば待ち合わせではなく、迎えを寄越すだろう。色々と雑な対応を田舎クオリティーと言いたくなるのは決して田舎を馬鹿にしているのではない。不慣れに対する諦めだ。
「なんか故郷に錦を飾った出世株の凱旋って感じ。」
茉莉が呟くと、在仁は「それだ!」と納得。確かに、有名人の帰郷を出迎える地元民の感じだ。全然縁故はないが。
「気さくで良いけどね。」
在仁はそんな仰々しい待遇を求めていないので構わない。むしろ気になるのは惟継の厳しい査定の目だ。もちろん他家の事なので放置だ。
「ようこそ!紫微星様、皆さま!此度はこのような申し出を受け入れ頂き、誠にうれしく存じます!精一杯のおもてなしをさせて頂きますので、どうぞ、ごゆっくりとお過ごしください!」
長宗我部本家当主のハイテンション笑顔は、旅行会社の重鎮みたいなお出迎え。一生懸命なのはよく分かる。造り笑顔に冷汗が見えるのは、やはり在仁を歓待する事よりも、惟継の睨みが恐いみたいに見える。これなら惟継がいない方が良いのでは…なんてね。
「まぁまぁ、お気持ちは本物でございます。それが一番大切な事でございますから。」
何故か在仁が惟継を嗜める謎。こそっと言うと、惟継は嘆息しながら、当主の隣を見遣った。
「そう寛容な事を言っていられる相手か?」
その視線の先には、例によって例の如く、困った若様の勝が立っていた。
勝の事を覚えていない?それは残念。長宗我部本家直系嫡男の勝は、恵に懸想して勝手に結婚すると豪語していた、ジャイアン的なおぼっちゃんだ。恵が稔元との結婚に苦労したのは、この勝の意向が働いた所為ではないかと思われる。そしてこの勝様、恵の事が諦めきれずに参宿隊にまで乗り込んで行ったが、見事に恵にフラれてハートブレイク。以降噂は聞かず、先日の山梔子家の一件にも名前すら聞かなかった。在仁は勝が元気だったのだなと思いながら挨拶をした。
「ご無沙汰しております。此度はどうぞよろしくお願いいたします。」
「おう。まかせておけ。俺が来たからには、大満足して貰う事は確定だからな!」
偉そうに笑う不遜さは、強者のそれではなく、世間知らずのボンという感じだ。何だ、変わっていないではないか。失恋を経験して少し大人になっていたかと想像して、損した。在仁は苦笑して、勝たちの観光案内について行った。
とりあえずの旅程は、本日は呑気に観光をしてから、用意された温泉宿に宿泊する流れだ。明日と明後日は旅館でのんびりすると言う事にしたのは、惟継が余計な接待を要求して問題を起こされるのを厭うたためと思われる。どこまでも信用されていないのは、惟継が求める水準が高いからだと、在仁は思う。
という感じでスタートした旅行だが、この人数なので団体ツアーみたいだ。『昼』の観光客に混ざって歩いていると、どこかの会社の社員旅行かしら、みたいな風に見られている気がする。
普段はどこへ行っても目立ってしまう在仁と茉莉だが、この賑やかな大所帯の中に揉まれていると意外や意外、まったく気付かれない。木を隠すには森、という感じで、人混みに紛れて見えないようだ。
確かに長宗我部歓迎団の中に囲まれていると、圧迫感がある。元々全く夫婦旅行の体を成していないと思っていたが、茉莉とは距離までもが離れてしまった。見遣れば、茉莉は長宗我部の武士たちに囲まれてちやほやされていた。
「そりゃそうか。」
茉莉は武闘大会で準決勝まで勝ち進んだ最強の中でも、有数の武士だ。厳密には地龍で三番目か四番目に強いという事だ。ここには東も惟継も昴もいるが、それよりも強いのだ。武士の社会に重要な上下関係は、やはり実力がものを言う。地龍イチである紫紺小隊副小隊長で、地龍で三番目か四番目に強いなんて、超憧れの的だ。もう男とか女とか、そんな領域にない。憧れの武士なのだ。
素直な感情表現をする田舎武士の皆さんが、茉莉をちやほやするのは当然で、在仁からすればそれは強さに付随する当然の称賛に見えた。
本来の在仁ならば、ド田舎の超弱小家門のひ弱な武士であったはず。きっと茉莉に憧れを抱くだけ烏滸がましいし、一生見る事も叶わないような雲の上の存在だっただろう。そう思うと、ちやほやする側の気持ちもよく分かる。
どうせ全く夫婦旅行じゃないし、今日くらいは田舎武士たちに譲ってやるか、と思って遠くから見守った。




