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31 系図の事

 「いつまで居るんですか?」

気温もすっかり暖かくなり、ラフなTシャツ姿の晋が朝から不満そうに立っていた。いつも通り両耳ピアスだらけで派手な見た目だが、伸ばしていた髪がなくなった事で首の傷がよく見え物騒さが増していた。

 「言ったろう?ずっとだ。私は御館様の命により、恭殿の手足となるべくわざわざ奥州からやって来たのだからな。故に帰らぬ。」

朝食を運びながら話す男は、昨夜突然やってきた、奥州藤原氏直系であり若くして名の通った武士でもある藤原(ふじわら)幸衡(ゆきひら)だった。幸衡は奥州藤原氏当主秀衡(ひでひら)の命によって、恭の力になるようにと送り込まれたという。

 「も〜晋ちゃんってば、やきもち焼かないの。(ゆき)ちゃんお料理も上手なのよ、頼りになるわ〜。」

 「恐縮です。医食同源は基本ですから、故に料理は得意です。」

唐突な来訪者だったと言うのに知将(ともまさ)は動じる事無く受け入れてしまった。知将の事なので貴也の了承済みという事だろうが、幸衡は十人が十人振り返る程の美貌の青年だったので、すんなり受け入れた理由はそちらという線もあった。昨日の今日でこうも順応されては、晋は内心穏やかではない。

 「恭の手足だったら、俺がいるじゃないですか。恭が望むなら何だってやります。着替えも食事もお風呂も何だって手伝います。」

 「晋、それは介護だ。」

一生懸命訴える晋に恭は呆れながら新聞をめくった。

 「だって…。」

 「晋くんが心配する必要はない。私は私、晋くんは晋くんだ。故に切磋琢磨しよう。」

機械のように淡白なもの言いで微笑む幸衡は、晋にとって正体不明の怪しい存在でしか無かった。

 「昨日の内に秀衡殿に問い合わせたが、幸衡殿の言っている事との照合は取れた。安心しろ。」

 「そういう意味じゃないよ。」

口を尖らせている晋を余所に、幸衡と知将が食卓についた。

 「晋ちゃんは幸ちゃんに自分のポジション取られちゃうのが不安なのよ。も〜、恭ちゃんったら乙女心が分からないんだから。静ちゃんに愛想尽かされても知らないわよ。」

 「勉強しよう。」

 「俺乙女じゃない!」

晋が抗議しようとした時だった。血相を変えた義将が慌てて走って来て言った。

 「僕の部屋に何かいる!」

自室を指さしながら必死に訴える義将(よしまさ)の足元を、まるまると太ったキジトラの猫が悠然と歩いて行き、幸衡の足に纏わり付いた。

 「おお、義経、姿が見えないと思ったら、義将くんと一緒にいたのか。」

幸衡が猫を抱き上げ肉球を揉みながら言った。

 「あら、可愛い猫ちゃん。義経くんって言うの?」

 「ええ、メスなのですが、何故か御館様が義経と名づけたのです。」

義将は自室を指さした体勢のままで固まっていると、猫を抱きながら知将が言った。

 「義くん、早くしないと遅刻するわよ。」

状況を飲み込めないままで不条理な表情をする義将と晋の目が合い、言葉は交わさなかったが同じような気持ちである事を確かめ合った。

 朝食を済ませると、義将は慌ただしく中学へ登校して行った。後片付けをしながら幸衡は洗濯物を干す知将を視界に入れつつ訊いた。

 「恭殿、大学は良いのですか?」

 「ええ。今日は行かなくて大丈夫です。」

義経が新聞の上に寝ようとするのをどかしながら恭が答えたが、幸衡は大学というものが良く分かっていないらしく生返事をした。恭の体調は段々回復しているとは言え、まだ全快とはいかず体が重く寝込む日も少なく無かった。大学の単位は昨年に大幅に取得してあったため、無理せず通う事が出来たし、晋が代わりに用を足したりしていたので別段不便な事は無かった。むしろ周囲が病人扱いをして恭の要望を何でも叶えてしまうので、殿様にでもなったようだった。おかげで心置きなく調べ物に没頭する毎日だった。

 晋が食後のお茶を飲みながらその様子を眺めていると、ベランダで洗濯物を干し終えた知将が何やら閃いた顔をして戻って来た。

 「ねぇ、家族も増えた事だし、おそろいのお箸おろしましょうよ。確か色違いの箸が、しまってあったのよ。皆何色がいい?」

戸棚の中を探し始めた知将を見ながら晋が疲れた声を出した。

 「知さん何でそんなに嬉しそうなんですか?」

 「あら、だって賑やかな方が楽しいじゃない。」

 「一番賑やかなのは知将殿のようですが。」

指摘しながら幸衡が知将の探し物を手伝い始めた。恭は未だ義経と新聞の取り合いをしながら言った。

 「幸衡殿、俺達は体調も万全ではないし謹慎中の身です。嫌でなければ知将殿の手伝いをして貰えませんか?本来晋がやっていたのですが、元々この東京エリアは揺らぎが多く、知将殿も人手を欲しておいでなので。その方が、家事手伝いより相応しいでしょう?」

唐突にやってきて雑用を買って出た幸衡に対し、恭も執事の真似事をさせる訳にはいかないと考えていたようだった。それでも、揺らぎ討伐のピンチヒッターなどは奥州藤原氏直系のサラブレッドには申し訳ない仕事なのだが。

 「それが恭殿のご命令とあらば喜んで。ただ、私を気遣っておいでなのでしたら無用です。私の仕事は貴方様の手足となる事ですので。あ、知将殿、これではありませんか?」

答えながら棚の奥から箸の箱を取り出す幸衡に、恭は黙って頷くしかなかった。

 「ああ、これよ。探し物まで上手なのね。ありがとう。」

知将はテーブルに箸を並べながら話した。恭は仕方なく義経を抱き上げた。

 「晋ちゃんは本当によく働く子でね、助かってたのよ。だから幸ちゃんが手伝ってくれると、本当に嬉しいわ。でも、出来る時だけで良いのよ。」

 「…居候ですので、相応の働きはさせて頂きます。」

幸衡が了承すると、知将は手を叩いて話の終了を示した。

 「おっけー、じゃあこの件はこれで終わりよ。いいわね、晋ちゃん。さ、選んで。何色のお箸にする?ちゃんと全員分覚えておくのよ、今日から使うんだから。」

料理は完全に知将まかせとは言え、恭も晋も箸くらい並べるので全員の色を記憶する必要があった。赤・青・黄・緑・紫があったが、どれも濃い色をしていて、色の見えない晋には判別がつかなかった。晋がじっと箸を見つめていると、幸衡はその様子をしばらく眺めてから言った。

 「名前を書きましょう。」

 「え?あ、ちょっと、幸ちゃん。」

戸惑う知将をしりめに幸衡は、マジックを持ってきて勝手に箸に名前を書き始めた。

 「それじゃあ学校に持ってく子供の箸みたいじゃない。」

 「間違えてはいけません。故に最善策です。」

誰もまだ色を言っていなかったが幸衡が勝手に端から名前を書いてしまい、知将はしぶしぶ引き下がり、洗濯籠を持って去って行った。事態に区切りがついたようなので恭も部屋へ戻って行った。

晋はただ茫然と幸衡を眺めていた。すると、すべての箸を片付けた幸衡が口を開いた。

 「いつからだ?」

 「え?」

 「目。」

晋の顔を見る事無く訊く幸衡に、晋は動揺しながら答えた。

 「…物心ついた時には、もう。」

幸衡は晋の目の事に気が付いていて、わざと箸に名前を書いたのだった。知将に気付かれぬように、助け舟を出したのだろうか。それとも何か思惑があっての事か。晋は幸衡の底知れぬ審美眼に警戒した。

 「鬼神と呼ばれた矢集(やつめ)(ひろむ)の息子は獰猛な獣だと聴いていたが、私が見た所、少し子供っぽい位で何の変哲も無い青年だった。」

幸衡を見ながら聴いていると、突然至近距離まで顔を寄せられた。晋は息がかかる程の距離で晋の目を覗き込む幸衡に、何と言っていいかも分からずじっとしていた。

 「けれどそんな目をしていたとは。やはり君は興味深い。晋くんは野性味溢れる猫だな。」

嬉しそうに笑う幸衡は勝手に納得して顔を離した。

 「何ですか、それ?」

 「よく言うだろう?犬派か猫派か、と。人も分類されると思ってな。晋くんは猫だな。」

 「俺は多分犬ですよ。」

晋の反論も聞かずに幸衡は続けた。

 「恭殿は孤高の黒猫と言った所か。」

 「あの…。」

 「義将くんはまだ子猫のようだ。」

 「じゃあ知さんは?」

深刻な顔で思案してから幸衡は呟くように言った。

 「…ゴリラ。」

 「っぶ!あはははは!猫じゃないですよソレ!」

 「彼は猫ではない。」

大笑いする晋に、幸衡は肩をすくめて微笑んだ。

 「お〜い、晋、午後大学行くって言ったよな。教授の所へ寄って本を借りて来てくれ。」

恭が自室から大きな声で言った。その声に呼ばれるように、晋と幸衡は恭の部屋に入った。部屋は相変わらず書類や本で雑然としており、晋は慣れた手つきで足元の本を拾いながら進んで行った。だがそれを初めて見る幸衡は唖然として扉の前で立ち尽くしていた。

 「呆れました。そんな几帳面そうな顔をして、何なんですかこの部屋は。」

肩を震わせながら言う幸衡を、恭は面倒くさそうに一瞥した。

 「顔は関係ないだろ。」

 「恭、何の本借りてくるの?」

晋が部屋を手際よく片付けながら訊くと、恭が答えようと振り返った。その瞬間だった。幸衡が口を開いた。

 「何ですか、これ。龍脈についての文献?こっちは地龍本家の家系図?恭殿、貴方一体何を調べておいでなのです?」

 「龍種だ。」

恭の瞳が幸衡を射ぬいた。


恭は開いていた本を置き、幸衡へ向き直った。

 「おじさんは矢集を八つ目と言った。八つ目とは何かと考えた時、一つだけ思い出した事がある。これは奥州で鬼退治の礼に拝借してきた本だが、ここには龍脈について書かれている。龍には九つの心臓がある事、龍の体は日本列島である事、九つの心臓は龍脈と呼ばれ守られている事、龍脈には通番がある事。本の通りならば…。」

矢集裕の言う「八つ目」の示す意味が、そもそも「やるべき事」と直結しているように思われてならなかった。

恭の問いに、幸衡は左側に流した長い前髪の先を指先でつまみながら思案し、静かに言った。

 「一つ目は鎌倉ですね。地龍様は五つ目。因みに八つ目は木曽です。」

 「御存知でしたか。」

 「仮にも龍脈の守護の家系ですので。」

奥州直系の自尊心を示すような目で恭を睨んだ。

その視線を阻むように晋が疑問を口にした。

 「八つ目は木曽なんだったら、父さんの言った八つ目とは違うって事でしょ?」

 「だが、木曽の龍脈には疑問がある。」

恭が持っていたペンを空中で回しながら言った。幸衡は聞き捨てならならぬとばかりに食い付いた。

 「疑問とおっしゃいますと?」

 「祥子さんを匿うために佐々(ささき)高綱(たかつな)殿の手を借りていたと言う。佐々木高綱殿は木曽の龍脈の守護者であったという話だ。だが、祥子さんが呪を受けた際、鎌倉へ同行し、そのまま弁天さんの後任を引き受けたと言う。確かに弁天さんが亡くなってポストが空いてしまった事は問題だったし、実力ある者を後任に据えたいのは解る。だが、龍脈の守護は重要な任務だ。そのような形で放棄するのはおかしい。急な人事だった事を思えば、守護の後任が入るまでの時間、龍脈の守護は手薄になってしまう。」

 「確かに、変ですね。」

そもそも木曽のみ龍脈の守護自体の配置人員が手薄という感はあった。

 「たしか、木曽義(よし)(たか)殿がすぐに人員を配置したってきいたけど、それだって間髪入れずって訳には行かないから、いくらかのタイムラグはあっただろうね。それに、祥子(しょうこ)(ねえ)を狙った奴は祥子姉が龍脈である木曽にいる事を分かってた訳でしょ?騒ぎに乗じて乗っ取る事も出来たって事になるよね。」

 「他にどんな思惑の者が動いているにせよ、少なくとも長老会は龍脈を掌握したいのだろう?なのにこの機を逃すとは。」

 「何がおっしゃいたいんです?」

含みのある恭の物言いに、幸衡は怪訝な顔をした。

 「木曽は龍脈ではないのではないかと。」

 「え?」

恭の仮説に部屋が静まりかえった時だった。部屋の入口に見慣れた顔が現れた。

 「あれ、いるじゃない。誰も出てこないから、出かけたのかと思ったわ。」

 「静。」

 「外で出掛ける知将殿と会ったから、入れて貰っちゃった。」

言いながらずかずかと部屋に入り、我がもの顔で恭のベッドに腰掛けて微笑む静に、幸衡は呆然としていた。

 「あ、これ、頼まれてたもの。」

静がバッグから巻物と本を取り出し恭に手渡した。恭は礼を言うとすぐにそれを開いた。

 「小鳥遊(たかなし)殿が、それ以上古いのって事になると手に入れるのは難しいって。どうしてもって言うなら一回京都に帰るって言ってたわよ。」

 「そうか…いや、これで十分だ。小鳥遊に礼を伝えてくれ。」

恭は内容を検めながら言うと、部屋の真ん中に配置したテーブルの上にあったものを豪快に床に落とし、受け取ったばかりの本と巻物を開いて置いた。元々テーブルにあった大量の本が無造作に落とされ大きな音がしたが気に留める様子は無かった。静が恭の隣に寄りテーブルを覗き込むと、晋も床に新たに散乱した本を手早く片付けながら頭を寄せた。

 「幸衡殿、これを。」

恭に促され仕方なく覗き込むと、そこには矢集の系図があった。

 「記録によれば矢集家が現れたのは、江戸中期です。ここに、唐突に現れた。」

系図は系図とは呼べない程にシンプルなものだった。ただの一本線で繋がれた血脈を示していた。配偶者の記載も兄弟の記載も一切ない、ただただ延々と続く一本線。それが唐突に出現しているのだ。矢集と名乗るその前の血筋の記録もなく、ある日突然現れたように見えた。

 「そして、こちらを見て下さい。」

恭が、本の山から別の巻物を引っ張り出し、矢集の系図の上に開いた。

 「矢集家が現れたのと同時期から、地龍本家の系図にも変化が表れています。」

恭が指し示す場所以前の系図はごく普通のそれだった。当主がいて、兄弟がいて、それぞれに配偶者と子がいて、ピラミッドが無尽蔵に広がりを見せている。しかし、恭が指したその場所から、形が変化していた。

 「ここで当主が死に、まだ若かった長男が地龍当主となります。」

別の本を開きながら恭が説明した。

 「その長男も長くは生きず、若い息子が後を継いでいた。しかし、その息子には子がなかった。またも長く生きず死んだ当主の代わりに当主となったのは弟です。」

 「でも、その弟には子供が沢山いるじゃないですか。」

系図の先を見ながら言う幸衡に、静が指摘した。

 「止まってるわ。」

 「そう、末の子ども以外全員死んだ。それも全員が代わる代わる当主を継いでから、死んでいる。次に続くのは、末の子供の家系だけ。」

広がろうとする系図に何らかの抑止力が働くかの如く、悉く死んでいく。

 「これは…何かの呪いですか?」

幸衡は悪寒がした。何か目に見えないものの力が働いているように思われた。

 「記録によれば、当主となった者の死には矢集が関わっているとある。」

身の周りに散らかった本を片付けながら話を聞いていた晋が手を止めた。

 「当主殺しの矢集の名は伊達じゃなかったって事だね〜。火のない所に煙は立たない。何とも何とも。」

 晋が努めて明るく言うので、一層場の空気が悪くなった。

 「兄さんの話しでは、転生システムは膨大なエネルギーを使っているらしい。そのエネルギー源となっているのが、龍脈だとか。既に一番目の龍脈である鎌倉は風前の灯だ。その灯を繋ぐために、龍種は予定より早く芽吹かなくてはならなくなった。そのために器を苗床に養分を吸収し、急速に成長を早めようとしているらしい。これは誰かの作為ではなく、龍種の意志による自己判断らしい。つまり、龍が自らの生命活動を続けるために行っている事って事になる。」

 「それが起こり始めたのが、この江戸中期なのね?」

 「おそらく。この頃には転生システムの影響が龍脈に及んでいたんだろう。それに気が付いた龍がいずれ来る心臓である龍脈の枯渇に合わせて、新たなる心臓の元である龍種の成長を早める判断を下した。おそらく、矢集はそれと深い繋がりがある。」

恭は本を閉じた。晋は手を止めたまま動かなかった。

仮に恭の説が本当ならば、行く行くは貴也が死に恭が後を継ぎ、恭が死に恭の子が後を継ぐ事になる。そしてそれらの死には矢集が関わる、つまり殺すのだ。そのような最悪な未来を視野に入れず語れる仮説ではない。恭の無表情から感情を読み取る事は難しかったが、それでも執念のようなものを感じさせた。何が何でも自身の運命を掌握してみせるという、強い意志を。

 「大胆な仮説ですね。」

幸衡が乾いた笑いでようやく感想を述べた。

 「でも恭、これじゃあ、まだ…。」

 「ああ。部品が足りないな。これはまだ真相ではない。幸衡殿は、何か分かりませんか?」

恭が尋ねると、幸衡は困惑したように視線を散らしていたが、何とか言った。

 「貴也殿に尋ねてみては…?」

 「ばっかね。貴也さんが教えてくれるなら、恭がこんなに調べる必要ないでしょ。」

 「な、馬鹿とは無礼な。君は相変わらず人に対する口のきき方を知らぬようだな。」

 「あら、アンタこそ、相変わらず女を下に見てると、足元すくわれるわよ。」

突然喧嘩を始めた二人を晋は止めようともせず訊いた。

 「あれ、友達?」

晋の一言が火に油を注いだらしく、幸衡と静の言い争いは加速してしまった。

 「誰がこのような生意気な女と友になどなるか。この女程に傲慢で不遜な態度をとる無礼な者は他におらん。」

 「何ですって!アンタこそ、奥州嫡流が聴いて呆れるわよね、どれだけ野望を持とうとも奥州には転生組が二人もいるんですもの。所詮アンタは人の上に立つんじゃなくて、一生使われるだけなのよ。」

一触即発な二人を放置して、晋が恭に訊いた。

 「ま、結局貴也さんも(よし)(ひら)さんも訊いても教えてくれないし?秀衡(ひでひら)さんや泰衡(やすひら)さんも駄目だったんでしょ?」

 「ああ。他に頼れる人がいただろうか。」

恭が空中に放った言葉に、閃いたように幸衡が呟いた。

 「…小松殿…ならば、あるいは。」

 「え?」

 「そもそも御館様が私を恭殿の元へ差し向けたは、近く起ころうとしている戦の噂あっての事です。」

 「戦?」

 「左様。地龍殿、鎌倉殿、小松殿はかねてより内密に親交を深め、打倒長老会へと作戦を練って来たとか。その折、長老会と地龍当主との会談が開かれるとか開かれないとか言う話が持ち上がった御様子。これを地龍殿は頑なに逃げ回っているらしいのです。このまま拒否し続ければ長老会も何らかの手を打って来ようと。」

 「手って…。」

 「先の平景(たいらのかげ)(きよ)の謀略の如く、何らかの手段を用い大義名分を得た上で戦を仕掛けようという腹では、と。」

幸衡の説明に、晋は首をひねった。

 「でも長老会って貴族の集まりでしょ?平重盛(たいらのしげもり)殿が貴也さんの味方って事は平家の武力は見込めないじゃないですか。戦になんてなったら不利なのは長老会の方なんじゃないですか?」

 「そうとも言えないわよ。長老会は長い歴史の中で、あらゆる孤立した者達を吸収してきたわ。戦で、政で、何らかの罪で、位を落とされ居場所を失った多くの家系や転生組を取り込んで、今ではどれだけの武力を持っているか、全くの未知数よ。噂では、源頼政(みなもとのよりまさ)梶原景(かじわらかげ)(とき)一条(いちじょう)長成(ながなり)なんて名前も聴くわ。平将門(たいらのまさかど)の乱・藤原(ふじわらの)純友(すみとも)の乱から前九年・後三年、保元・平治の乱だけでも相当数の武家を取り込んだはずよ、これが時代を経てどれだけの兵力を増強したのか、考えるだけでも恐ろしいわ。」

歴史上姿を消した家系でも、現在の地龍において高い位に返り咲いている事は珍しくない。けれど、そのチャンスを得られないまま消えて行った者達が皆、長老会に懐柔されていたとしたらどうなるだろうか。

 「そんな…。」

 「ここで閉じ込められている貴方方には寝耳に水かも知れませんが、今の地龍の情勢は本当にぎりぎりの所です。故に、その渦中におられる転生組小松殿ならば、恭殿の疑問の答えを御持ちかも知れません。」

幸衡の案は確かに的を得てはいた。けれど全員が渋い顔をした。

 「平重盛殿か…。」

 「そんな事言ったって幸衡、恭はここから出られない上に、平家の当主と簡単にコンタクトなんか取れる訳ないし、もし取れたとしても答えてくれる訳が…。」

そう、恭は貴也の転移の手伝いはしていたが、直接平重盛との面識はない。重盛が恭をどう認識しているか分からないし、現状がそこまで戦を前に逼迫しているのならば、恭に会う余裕はないかも知れない。もしかすると、貴也から口止めされているかも知れない。あらゆるマイナス要素が懸念された。何か知っているかも知れないが、聞ける相手ではないかも知れない。沈黙の内に全員がそう結論付けようとしていた。しかし、恭があっけらかんとした口調で言った。

 「いや、どうぜ駄目元だ。やってみようか。」

恭の笑顔を見ながら、全員で訊き返した。

 「え?」

 「幸い、ひとつだけ手がある。」



 鎌倉では地下迷宮探索組の帰還の後、春家(はるいえ)主導による人員整理が行われた。この二年程のごたつきの中で失った人員の補給と、再配置だ。

 「春さん、すみません、無理言って。」

直嗣(なおつぐ)が恐縮して春家に頭を下げた。

 「良いって。丁度高綱(たかつな)も了承してくれたしな。」

言いながら春家がいくつかの書類を直嗣に手渡した。

 「ま、丁度人員整理しなきゃなんなかったしな、良いタイミングだったよ。ほら、これ亀ヶ(かめがやつ)の分。」

直嗣は人員整理の事を聞いて、思いきって春家に相談した事があった。それは、七口の守護を元の名越坂(なごえざか)から、元々弁天が守っていた亀ヶ谷に移してくれという事だった。直嗣は自分の責任で失った弁天の後を継ぎたいのだという意思を示した。弁天の後を任されていた佐々木高綱も快諾してくれた。

直嗣は一度は裏切り、結果として弁天を死なせてしまった以上復帰は出来ないと思っていたが、義平はあえて続ける事で贖うように説いた。直嗣にとってそれは公の刑罰が与えられる事よりはるかに厳しい事だった。

 「何か若手の武士達に声かけて回ってるって聴いたぜ。自分の小隊編成する気なんだろ?」

 「ええ、今までは宛がわれた通りに、言われたままにやってきました。でも、これからは僕なりにやってみようと思って。春さんみたいな組織にはならないでしょうけど、僕らしい部隊になればって。」

七口守護の直属に位置する小隊は、本来は各守護が自由に采配できるが、未熟な直嗣は今まで義平任せにしていた。しかし、亀ヶ谷を守護するにあたり直嗣は自分の部隊を編成しようと決めていた。自分の意志を共有出来る、戦う目的を共に出来る仲間を作ろうと。弁天の意志の拡散。そして平和。それが直嗣の想いだった。

 「そりゃ弁天も喜ぶわ。ま〜、戦の噂がある今、俺達の戦力は超大事だからな。しっかりやってくれよ。」

 「そうですね。」

戦というワードに、途端顔を曇らせる直嗣に、後ろから現れた(さね)(ちか)が声をかけた。

 「直はオールラウンダ―だからな。案外他人に求めるものが多くて、俺達よりスパルタかもな。」

 「言えてる。かわいい顔して強いしな、優しいふりして厳しいかもな〜。」

同意する春家に、直嗣は頬をふくらませ黙った。

 「俺も、部隊を再編成しようと思って、申請に来たんだ。」

実親は機嫌を取るように直嗣の背中に触れながら話題を変えた。

 「え、親もかよ。仕事増やすなよな。」

面倒くさそうにボールペンで頭を掻く春家に、実親は肩をすくめた。

 「まあまあ、折角なんで、成り上がり部隊でも作ってみようかと思って。」

 「お、親らしいね〜。」

 「まあ。俺みたいな中流が出世して出来る事って、同じように出世を望む中流以下の奴等に道を作ってやる事じゃないかって思って。」

 「親さん、凄いです。」

 「凄くはないさ。直の方が凄い。」

目をきらきらさせて実親を見つめる直嗣に、実親は兄のような優しい微笑みで返した。

 「仲悪くても面倒だったけど、仲良くても気持ち悪いな、お前等。」

嫌そうに二人を見る春家を見て、二人はただただ苦笑いを浮かべた。



 その日は朝から一日雨が降っていた。

ようやく芽吹いた新緑達が雨粒の重みに首を垂れる姿を、傘の隙間から見るともなく見ながら歩く京都の径は、なんとも雅な気配が漂っていた。

 「これで和傘ならもっと良かったのにね。和傘で女の子誘ったらきっと上手くいく気がする。それで、その傘で殴ってもらうの。」

 「馬鹿言え変態業(なり)(ちか)。ビニール傘で十分だろ。それより誰か俺様のために何か甘いもの持ってね?」

 「おい(みつ)、さっきまで菓子食ってたろ。漢が甘いモンばっか食ってんじゃねぇよ。あ、てめ泥飛ばすなよ、殺すぞ。朝一時間かけて磨いて来た靴だぞ。」

 「(みつ)(たね)くん、もう食べ終わってしまったのですか?それ以上は一日のカロリー摂取量を越えてしまいます。おススメしませんね。それに(まさ)(のり)くん、時間をかけて磨いても靴はどうせ汚れます、それより健康のために行き過ぎた潔癖症を直すべきですね。」

 「じゃあ(これ)(たか)の過度な健康オタクも健康に良くないんじゃない?僕は何より大事なのは熱いハートだと思うな。あ、別に皆を否定してる訳じゃないよ。」

 「(ただ)(やす)、熱いハートなんて非科学的なものに頼るなんて愚かだぞ。それに君は熱い割に繊細だ。おい、そんな弱った潤んだ目で私を見るな。犯すぞ。」

 「(ため)(あき)、仮にも仲間を殺すだの犯すだの言うのは止せ。埋めるぞ。これから楽しい宴だと言うに、参加者が減っては興が冷める。駒は駒らしく従順に動け、カス共が。この師房(もろふさ)が策をして負ける事はありえぬとは言え、それはうぬらの戦力あっての策故な。」

七人は口ぐちに言いたい事を言いながら歩いていた。

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