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132 鉄線の事

 茉莉(まつり)が窓を開くと、鳥は迷いなく在仁(ありひと)の元へ飛んできた。

突然現れた鳥に皆の視線が注目した。茉莉と晋衡(くにひら)が在仁の様子を緊張しつつ見ると、在仁は言った。

 「辰砂(しんしゃ)でございます。」

その言葉に、場の空気が凍った。

晋衡が即座に反応して、携帯端末を見ながら訊いた。

 「鬼か?」

 「…養殖場かと。かなり大きなものと思われます。」

その言葉に皆が戦慄した。だが晋衡は冷静に確認した。

 「どこだ?」

 「…ここにいて感じられませんので、おそらく離れた場所かと…。」

在仁本人は何も感じないという。それを聞いた晋衡が義将(よしまさ)を見た。

 「義将、地図あるか?」

義将がすぐに持っていたタブレット端末を操作し、画面に地図を出して差し出した。晋衡がそれを在仁の目の前に出して見せると、受け取った在仁は鳥を肩に乗せて集中するように地図を見つめた。

 「おそらく…この辺り…かと。和田家の御領地ではございませんね、どなた様がお治めになられている土地でございましょうか?」

 「随分遠くまで飛んでたのね。」

茉莉がのぞき込むと、自身の携帯端末の画面と見比べた晋衡が呟いた。

 「地頭無しポイントだな。」

現在地頭システムの瘴気探知装置は抵抗するアンチ奥州勢の土地以外はすべて網羅している。そして蠣崎(かきざき)が残した養殖場で出入口が開いていたものはすべてがそういった土地だった。更に、それらの土地を治める者の多くが鴎音(おういん)に従う者だった。それを思えば、地頭の無い地域はとても臭いのだ。晋衡の呟きはそれらを背景にした複雑な感情がこもっていた。

それを感じながら、在仁と一緒に地図を見ていた義将が顔を歪めた。

 「この地域を治めているのは…工藤殿だ。」

一斉に工藤に視線が集中した。工藤は驚愕のあまり言葉がすぐに出てこない様子だった。しかし、妻は発狂するように叫んだ。

 「嘘よ!!」

身を乗り出して在仁に迫ろうとする妻を、隊員が何とか押さえ込んだが、妻は叫び続けた。

 「うちに鬼が出るはずがないわ!!あの方は、お約束くださったのよ!」

何を言い出したのかと皆が妻の顔を見ると、その額に何かが浮かび上がってきた。

 「東京で百鬼を作る手伝いをすれば、残ったものは工藤にくださると!この土地も、お役目も、すべて工藤家に転がり込んでくるはずだったのに!」

妻はまるで獣のような顔で叫んでいて、工藤親子はそれを信じられないものを見るように見ていた。

 「お前…何を言っている?」

 「何が清め人よ!何が奥州藤原氏よ!折角の和田を滅ぼすチャンスだったのに、何もかも無駄だったじゃない!」

在仁へ憎悪を向けて食らいついてくる妻に、在仁が戸惑うように顔を歪めた。空気を切り裂くような金切り声が在仁の頭痛を最大レベルにして、堪えられないように頭を押さえると、在仁の前に茉莉と紅葉(もみじ)が立った。足元では白蓮(びゃくれん)が威嚇していた。

 「うちに鬼が、まして養殖場なんて、ありえない!!あの方が、私を…。」

言い続ける妻の額に、徐々に丸い模様がはっきりと見えてきた。丸に、(かもめ)…それが何なのかを最後まで見届ける前に、在仁が叫んだ。

 「いけませんっ。それ以上は…。」

在仁の言葉と同時に晋衡が駆け出して妻を捕えていた隊員を妻から引き離した。

 その直後だった。

妻の頭部が爆発し、血肉が四散した。

飛び散った血を浴びた工藤親子が、頭部を失った妻の胴体が力なく床に倒れるのを呆然と見ていた。

 「…な…に…?」

工藤が呟いた。あまりの事に誰も言葉を失い、残酷な死体をただ見つめていた。同じように血を浴びた晋衡が茉莉に確認した。

 「見たか?」

 「見たわ。確かに、鴎紋だった。」

茉莉は爆死する前の妻の額に浮かんだ印は、鴎の紋だったのを確かに見た。在仁を守るように立っていた茉莉も紅葉も血を浴びた姿で、顔を歪めていた。

それが鴎紋だったというならば、答えはひとつだ。晋衡は憎らし気に答えを口にした。

 「つまり、鴎音の手の者だったって訳だ。」

そこへ、(すけ)(なが)が状況を整理するように言った。

 「去年の東京を襲った百鬼の案件は、俺達七曜隊の拠点をすべて的確に潰し、指令・連絡系統を混乱させ、まるで俺達の事をよく知っている者の仕業であるようだった。それは、工藤殿の細君が手引きをしたから。そういう事なのか?」

七曜隊を始め、その場の全ての人が工藤を責めるように見た。だが工藤は、怯えと戸惑いの表情でただ首を振っていた。娘も、母の残酷な死に直面し言葉も無く泣きながら震えているばかりで、何も口にしなかった。本当に妻一人がした事だとしても、工藤親子を無関係として赦せる程、和田家門は優しくはない。このまま詰め寄って、全員で吊るし上げて殺してしまいそうな程に、憎悪が膨れ上がっていくのが分かった。

 「決定的ですね。工藤家はテロリストであると。」

黒服が自身に飛んだ血をハンカチで拭いながら吐き捨てるように言った。それにより茉莉は、本来小悪党を嵌めていたはずの茶番だったものが、本当になってしまったと気付いた。まさか本物のテロリストが炙り出されてしまうとはと思いつつ見れば、工藤親子は膨れ上がる憎悪に押しつぶされそうに身を縮めていた。

 その時、在仁の声が憎悪の渦を貫いた。

 「工藤様、何をなさっておられるのですか。」

声は先ほどまでの弱った様子ではなく、強く責めるような圧を含んでいた。工藤が在仁を見上げたので、茉莉と紅葉は在仁の両脇に退いた。

 「今、貴方様が守るべき土地に鬼が現れ、守るべき民を苦しめているのですよ。統治者であられる貴方様は、今ここで何をなさっておられるのですか。」

語尾が強められたのを感じた茉莉が在仁を見ると、在仁の闇色の瞳が強く工藤を見据えていた。そしてゆっくりと立ち上がると、工藤に一歩近付いて続けた。

 「貴方様は土地を治める責任を担っておられる事をお忘れでございますか?貴方様がお望みになられた地位も権力も全てが、大きな責任を伴うものでございます。仮にも統治者でございますれば、貴方様は今何をすべきか、お分かりになりませんか?」

 「だが…俺には…。」

工藤の領地は小さく、家門も力を持たない。所有する部隊も精々一般的な地方部隊で、自領に出現した養殖場を討伐する事など出来ようもない。責められたとて工藤にはどうする事も出来ないのだ。それは誰もが分かっていた。だが、その工藤を見下ろした在仁が怒鳴った。

 「最後の責任くらい果たせ!!!」

在仁の怒号が響き渡ると、その場に充満していた憎悪が止んで静寂が残った。在仁の怒りを見た茉莉や晋衡が驚いて目を丸くしていた。在仁は眉間にしわを寄せたまま、肩で息をして立っていた。

水を打ったような静寂の中、工藤がゆっくりと頭を下げた。

 「助けて…ください。民を、救ってください。」

無様に土下座をした工藤を見て、娘がはっとして続いた。工藤親子は在仁に頭を下げてから、和田家門の方へ向き直り頭を下げた。

その様子を見た全員が、複雑な表情で息を殺していた。

そこへ在仁がふらつく足取りでやってきたかと思うと、工藤の隣に正座をし、美しい所作で和田家門一同へ頭を下げた。

 「工藤様が犯された罪は、とても重いものでございます。和田家門の皆様にとって、とてもお赦しになる事の出来ぬ、憎い仇でございましょう。しかし、それも民には関係の無き事でございます。どうか、鬼を駆逐し、民を守るために、俺にお力をお貸しください。」

在仁の土下座を見た工藤親子が驚いてからはっとし、もう一度、より深く土下座をした。その双眸からは涙が流れていた。

じっと頭を下げ続ける在仁の隣に、茉莉と晋衡が来て起こそうとした時、七曜隊が在仁の前に出て整列した。先頭に立った佐長が、覚悟を決めた顔で在仁に向かって言った。

 「参りましょう!我ら、どこまでも、貴方様と共に。」

それを聞いて頭を上げた在仁が、感涙を堪えたように眉を下げて笑った。

 「ありがとうございます。」

その表情に佐長も僅かに笑ってから、すぐにきりっとした顔に戻った。

場が纏まった事が分かった晋衡が、冷静かつ迅速に指示を始めた。

 「では七曜隊は先に向かってくれ。俺は紫紺(しこん)を呼んでから追いかける。(とも)さん、後の事は任せます。義将(よしまさ)、行こう。」

言われた七曜隊は即座に動き出し部屋から出て行った。知将(ともまさ)は黒服と一緒にこの工藤の裁定の場を任され、義将は晋衡と共に現場へ向かうために動き出した。

 「お父さん。」

行こうとする晋衡を呼び止めた在仁が、何も言わずに見つめると、晋衡が茉莉と紅葉を見て訊いた。

 「茉莉、紅葉、在仁を守れるな?」

 「「もちろん」です。」

二人の断言を聞いた晋衡が頷いた。

 「よし。在仁、支度をして義将と一緒に後から来い。いいか、前に出過ぎるなよ。」

 「分かりました。」

了を確認した晋衡は足早に部屋を後にした。

残った人々は在仁を不安そうに見た。義将は当然この状況で前線へ行く事に懐疑的だ。

 「在仁、大丈夫なの?残っているべきじゃない?」

 「いいえ。皆様に御命を賭ける戦場へ赴く事をお願いさせていただいて、自分だけ安全な場所になどいられましょうか。俺にも負うべき責がございます。俺も戦います。」

その強い覚悟に、その場の誰もが圧倒されていた。


 ◆


 義将が在仁と茉莉と紅葉を連れて工藤の領地に着くと、そこは既に戦場だった。

在仁が探知し伝えた通り、大型の養殖場が開き大量の鬼が地上で暴れまわっていた。

見渡すと、そこかしこで戦闘音が響き、爆炎が上がった。義将がイヤホン型の通信端末で呼びかけると、佐長からの現状報告があった。

 「在仁、既に紫紺小隊が合流して養殖場内へ突入したらしい。地上は七曜隊が押さえている。」

振り返った義将が伝えると、在仁は真剣な表情で頷いた。

 「分かりました。では、参りましょう。」

戦闘に対応できる服も装備も持参していなかった在仁は、急遽義将から七曜隊の制服を借りた。臙脂(えんじ)と黒のシックな配色は新鮮だがよく似合った。それを見ながら茉莉が笑った。

 「オッケー。作戦ある?」

 「できるだけ鬼を減らして戦闘範囲を養殖場周辺に絞ろう。ある程度で囲んで、一気に浄化する。」

 「つまり、我々は養殖場の方へ向かうのでしょうか?」

弱った在仁を連れて激戦地へ向かって進むのかと、在仁を気遣うように問う紅葉に、在仁は強く頷いた。

 「ええ。援護致します、あの鳥を追って最短コースで進みましょう。」

指さす先には辰砂探知鳥。既に心を決めている在仁をどうこうする事は出来そうになかった。紅葉が意を決すると、義将も同じように覚悟を決めた。

 「茉莉、先陣よろしく。」

 「はいは〜い、皆遅れないで付いて来てよね。」

明るく言って刀を抜いて駆け出す茉莉は、在仁が付いて来られるペースで先頭を行った。

 しばらく進むと、周囲に鬼は増え、当然先頭の茉莉だけでは防ぎきれなくなってくる。紅葉と義将は在仁を守るように鬼を斬りながら進む。周囲に目を向けると、臙脂色の制服が戦闘中だ。どの武士も鬼相手に全く怯む様子はない。

 「七曜隊は皆鬼を斬る事が出来るのでございますか?」

在仁が問うと、義将が刀を振りつつ答えた。

 「そうだよ。元々殆どがそうだけど、去年の大敗から更に成長しているからね。皆鬼を斬る事ができるし、強くなったよ。」

見れば紅葉も当然のように鬼を相手にしている。和田家の部隊はさして有名では無かったが、東京全域を守る大きな部隊で全員が鬼を斬るとなれば、並みの実力ではない。見れば皆本当に実力者揃いで、重大隊でいう青や赤部隊に引けを取らないように見えた。これで取り立てた功績もなく地味に存在しているなど詐欺のような気がした。その考えを読んだように義将が笑った。

 「はは、和田家は今以上を望んでいないからね。余計な功は不要だって、父上が。でも、七曜隊は他家に引けをとらない猛者の集まりだよ。」

 「なるほど。」

功績を得て家格が上がれば、注目を浴び、余計なものを負う事になる。高みに昇ればそれだけ落ちるリスクも大きくなる事を思えば、現状維持という選択は当然あるものだろう。実はとんでもない爪を隠していた和田家を、在仁は侮れないなぁと愉快に思った。

そこへ、二体の鬼が同時に紅葉に立ちはだかった。在仁はすかさず銃を構え、浄化弾を放ちながら呼んだ。

 「白蓮。」

声と同時に白蓮が駆け出すと、鬼の足元で発火術を発動。瞬間火柱が上がり鬼が怯んだ隙に、紅葉が浄化弾で負傷した鬼を斬り斃した。

 「在仁、白蓮に力を与えたの?」

茉莉が驚いて問うと、在仁は周囲を警戒しつつ答えた。

 「一時的にね。俺が名を与えて使役してる関係上、一時的になら何とかなった。」

在仁が自身の力を分け与えられるのは、飽くまで辰砂が認めた者だけだ。白蓮は元が蠣崎(かきざき)(しきみ)である以上絶対に無理だと茉莉は思っていた。しかし、使役されている都合上、短時間であれば可能だと言われた。茉莉は、「断末魔を忘れてはならない」と言われた時の白蓮を思い出してから言った。

 「そか。じゃ白蓮、しっかり働いてよね!」

誘うように刀を振ると、白蓮は尻尾を振って駆け出した。

その躍動する後ろ姿を視界に入れながら、在仁が周囲の七曜隊を見渡した。鬼に引けを取らない猛者揃いなのは間違いないが、やはり耐久力は鬼に劣る。時間が経てばそれだけ不利になるばかりだ。短期討伐が何よりも理想だ。在仁がそれを気にしながら進むと、前方から派手な爆音と共に(はる)(おみ)が飛び出した。

 「やっほー!」

トランポリンでもしているかのように高く飛び跳ねながら、鬼を斬って吹っ飛ばしていく様は、戦闘ではなく遊んでいるようだ。無軌道で自由で何にも捉われない戦闘スタイル。

 「義将様!ご無事で何よりでっす!」

 「(おみ)くん、戦闘区域を養殖場周辺にまとめたい!」

 「りょーかいっす!おまかせあれ!」

言われて飛び跳ねる春臣に、複数の鬼が迫った。春臣は危なげなく斬って捨てていくが、在仁は一応援護のために弾を放った。弾は自由な春臣の戦闘スタイルの邪魔にならないように計算して軌道を調整した。それを見ながら鬼を斬った春臣は、楽しそうに笑った。

 「あはは!やっべー。葛葉(くずのは)サマ、清め人やらしといたら勿体ないですね!七曜隊ならいつでも大歓迎ですよっ!」

笑いながら去って行った春臣を見遣りながら、茉莉が義将に疑問を投げた。

 「褒めてます?」

 「うん、臣くん的には最大の賛辞かな。」

苦笑する義将をフォローするように紅葉が言った。

 「春臣様は春家(はるいえ)様に最も似ていると…言われています。あのように協調性がないのですが、義将様への忠だけは厚く、また最も強い事も事実ですので、単独戦闘を許されています。本来の実力でしたら七曜隊の隊長となるべきですが、北条出身で和田家門ではない事と、人を率いる(たち)でない事から、副隊長の立場にあります。礼を失する事が多いとは思いますが、悪い方ではないので、多めに見てください。」

 「いえいえ、春臣様は、そこが魅力なのでございましょう。憎めない、愉快なお人柄でござますね。」

和田家は明るくて楽しい家門だなと、在仁は好意的に受け止めた。戦闘をしつつ進んでいるので、互いの顔を見ていないが、在仁の声が気丈に聞こえて紅葉が気遣った。

 「葛葉様、お体は…。」

 「今だけ、無理をさせてくださいませ。」

平気と言わない在仁に少しの不安を抱きつつも、先頭を行く茉莉が何も言わないのを指針に信じる事にした。

言いながら進んで行くと、いよいよ養殖場が見えて来た。


 ◆


養殖場の出入口付近は無尽蔵に鬼が出て来るため最も危険な激戦地だ。在仁たちがそこへ辿り着くと、そこには佐長を始めとした七曜隊の面々が戦闘中だった。佐長は在仁を見つけると驚いて駆け付けた。

 「葛葉様、何故このような危険な場所へ。」

戦いは自分たちに任せて欲しいと言う目をしていた。在仁はそれには敢えて答えずに、伝えた。

 「こちらを中心に結界を張り浄化いたします。結界外に漏れた鬼の討伐をお願いいたします。」

それを聞いた佐長が不安げに在仁を見た。透けそうな青白い肌はとても健康には見えない。唇の血色も悪く、表情も晴れない。先ほどまで介助を要して歩いていた人間が、この危険な戦場で戦うなど正気の沙汰ではない。無理矢理にでも連れ戻したい衝動にかられたが、在仁の強い意志の視線に気圧されて頷くより仕方なかった。

 「分かりました。」

不安を押し殺して去って行った佐長を見送ってから、在仁は自嘲気味に言った。

 「これで実は二日酔いですって言ったら恨まれそうだね。」

 「そう?私は返って安心されるような気がするけど。」

茉莉が笑った。それを聞いた在仁は、確かにそういう線もあるな、と思った。

それから在仁はその場に膝を付いた。

 「白蓮、俺の周りに防御結界を。皆様、今しばらくの間、俺をお守りください。」

言われた白蓮は在仁の膝の前にやって来ると、在仁を囲うように防壁結界を張った。そしてそれを守るように茉莉と紅葉と義将が囲んだ。

在仁が空を見上げると、多くの辰砂探知鳥たちが飛んでいた。茉莉は、在仁が酔っぱらって飛ばしまくっていたあの鳥たちだと思った。今こうして見れば、あれには意味があったのだと分かり、在仁には何かを感じられたという事なのではと思った。見ていると、鳥が周辺に散って行った。在仁はそれをマーカーにして結界を発動。

 「茉莉から貰った術力が有り余ってるから、特別サービスしちゃおうかな。」

場にそぐわない言葉を聞いた茉莉は少し在仁の方を見た。在仁は何かを企むように牙を舐めていた。


 ◆


 七曜隊の働きのおかげで、在仁の張った結界の外には鬼を逃がす事は無かった。七曜隊は昨年の大敗の後、非常時に指示系統が失われないように訓練を重ねてきた。その甲斐もあり、戦闘区域を限定するように動く指示もすぐに連携を取る事が出来、迅速に対応出来た。

いつ鬼が出ても問題なくするために鍛錬を積んで来ていて、今日はその成果を示す絶好の機会とばかりに、全員の気合が漲っていた。

殊今回は、清め人である在仁からの依頼とあって、いつも以上に熱が入った。

佐長は、結界外に逃がした鬼がいないか確認するために何班かを当て、自身は直ぐに中心激戦区へ戻った。途中で春臣に出会ったが、相変わらずの自由奔放ぶりだった。

 「臣、外郭はは別班に任せた。俺達は中心へ戻ろう。」

 「はいっは〜い。(すけ)、さっき俺、葛葉サマに戦闘援護してもらっちゃったんだけど、あの人やばいよ。めっちゃ強い。清め人って戦う人だっけ?」

走りながら話す春臣は、いつもよりも楽しそうだ。佐長はその顔を視界に入れながら言った。

 「清め人は普通は戦場に出ない。葛葉様は特別だ。」

先程までの裁定の場での様子を思い出しながら、佐長は答えた。

特別。そう、在仁は特別な人間なのだと佐長は思った。それは清め人という選ばれた力を持つという意味ではない。清く正しく、決して折れる事のない心根が、何よりも特別なのだと感じた。

 「確かに。まさか俺達に頭下げると思わないよね。清め人ってめちゃくちゃ偉くて、偉そうなんじゃなかったっけ?」

逢初(あいぞめ)御園(みその)も、他人に頭を下げさせる事はあっても自ら頭を下げる事などない。それを思えば清め人としても変わり者だ。

 「本来であれば、殿上人のようなお立場だろうな。だが、我らにも分け隔てなく接してくださる。」

和田家を窮地に追い込んだ百鬼の案件が、工藤の妻の手引きだったと知れた時、佐長はあまりのショックに言葉が出なかった。もしかしたら内通者がいるのではないかと思う事はあったが、ようやく立て直した今の状況で仲間を疑う事はしたくなかった。だが、まさかそんな所に犯人がいたとは。あまりの盲点に青天の霹靂すぎた。そして養殖場が出現したのが工藤の領地だと意識した時、このまま滅んでしまえば良いと思った。意図的に和田家を滅ぼうとしたのだから、当然の報いだと。それは皆同じ思いだったはずだ。部屋の中に佐長が抱いた憎悪と同じ色の波形が満ちていた。その色が工藤を飲み込んでいるのを見た時、このまま憎しみが(いざな)うままに殺してしまいたいという衝動に支配された。

しかし、そうさせなかったのは、在仁の怒号と土下座があったからだ。あの細い体を折りたたんで頼み込む姿を見て、佐長は冷静になった。工藤は殺したい程憎いが、そこに暮らす人々とは無関係だ。東京がそうであったように、民はいつも巻き込まれるだけだ。その苦しむ姿を、二度と見たくないと誓ったのではなかったのか。佐長ははっとした。在仁だけが、あの感情の渦やその場の空気に飲まれずに工藤に向き合った。そして、頭を下げてまで、誓いを思い出させてくれた。その姿に、胸を打たれなかった者はあの場にいないと確信していた。

 「あの方は、我ら七曜隊に光指し示す存在だ。」

揺ぎ無い心で、あるべき道を示す光であると。七曜隊が表す北斗七星にとっての、北極星であろうと。

 「ははっ。な〜るっ!」

春臣の同意の声と同時に、二人は在仁がいるエリアに戻った。二人が在仁を守るように立つ茉莉たちに合流しようとした時だった。

空からキラキラとした光の粒が降って来た。

その粒が鬼の体に触れると鬼の体は溶け出した。そして戦う武士たちの体に触れると、瘴気を浄化した。

佐長と春臣がその光を瞳に映しながら周囲を見渡すと、鬼たちはみるみる内に浄化されて行った。

 「これ…葛葉サマが?」

春臣が呟くと、佐長が在仁の方を見た。在仁は膝をついて集中するように動きを止めていた。

 「これが、清め人の力なのか…。」

鬼が蹂躙していた地獄絵図だったはずが、光降り注ぐ清らかな景色に一変してしまった事はまるで夢か幻のようだと、二人のみならず全員が感動していると、養殖場内へ行っていた紫紺小隊が戻って来た。

 「うわ!!光が降ってる!」

驚いた声がして見れば、晋衡と蘇芳(すおう)の手には辰砂が握られていた。佐長は、養殖場から出て来る残りの鬼を戻った紫紺小隊員たちが斬って捨てるのを眺めながら、これだけの短時間で養殖場を討伐してきたというのに、特に疲弊しきった者が見受けられない事に、これがトップの部隊かと慄いた。

そうして、養殖場討伐が完全に終了するまで降り注いだ光の粒は、まるで奇跡のように美しく、汚された大地ごと清めきった。


 ◆


 光が降り注ぐ中を見渡せば、既に討伐は終了していた。

茉莉は集中する在仁に声をかけた。

 「在仁、終わったよ。」

言われてゆっくりと目を開くと、白蓮が防御結界を解除して在仁にすり寄った。紅葉と義将が気遣うように近付くと、在仁はその場に座り込んだ。

 「…目が回る。」

 「大丈夫?」

茉莉が在仁の正面にしゃがんで様子を確認するが、在仁は焦点の合わない視線を宙に漂わせた。

 「駄目。ちょっと、倒れたら、また大事(おおごと)になる的な?」

 「う〜ん。でも、毒殺されかけた設定だし、いんじゃない?」

そう言えばそうだった、と在仁は機能しなくなってきた思考の隅で思った。

 「そか。じゃあごめん、ちょっと気絶さして。」

 「それ先に言う人初めて見たわ。良いよ。紅葉さんに運んでもらうから。」

 「はい、お任せください。」

二人に了承を貰ってから、在仁は意識を手放した。

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