16 聖夜の事
「風邪か?」
恭が晋の顔を見るなり言った。
「いや、気味かな。そんなに分かる?」
晋が上着の前を寄せながら訊くと、恭は晋から目を反らした。
「『波形』が歪んで見えたから訊いただけだ。」
「顔じゃなかったのかよ。」
いつもの如くピントのずれた恭の天然発言にソフトなツッコミを入れていると、義将が厚着でだるまのようになって現れた。
「義将、もういいのか?」
「うん。今日から学校行くよ。」
結局、義将のくしゃみは風邪の前兆で、あれから数日間寝込んだ。その間の知将ときたら、心配症が行くところまで行ったという感じで、二人は正直かなり引いた。
「そら良かった。」
「晋兄ちゃんも風邪?大丈夫?」
「大丈夫だよ。俺は義将と違って風邪ひいてもほったらかしにされて育ったから、放っとけば治るよ。」
「馬鹿な事言ってないで寝てろ。」
恭が呆れ顔で言うと、晋は大学の講義に出席しないと単位を落としそうだと言って抵抗した。確かに晋は仕事に忙殺されて大学へ行かない日も多かった。恭は少し考えてから、「俺がなんとかする。」の一言を残して出て行った。
「どうすんのかね〜。」
晋が他人事のように呟くと、洗濯籠を抱えた知将が通りかかった。
「義くん、学校遅刻するわよ。あら晋ちゃん。恭ちゃん今大学行ったわよ。置いて行かれたの?」
「知さん、俺体調悪いんで寝ます。」
完全に義将にうつされたと言いたい所だったが、無理が祟ったような気もしたので自己管理不足として反省しておく事にした。
慌てて知将が持ってきた薬を飲んで眠ると、気が付いた時には夕方になっていた。
「久々にすげー寝たわ。風邪薬恐っ睡眠薬かっ!」
時計を見ながらツッコミを入れると知将がリビングから声をかけた。
「気がついた?晋ちゃんたら薬飲んだことないの?効き過ぎたみたいで、死んだみたいに眠ってたわよ。」
「俺がビックリしましたよ。」
言いながら恭の部屋へ歩いて行き、軽くノックをすると返事を待たずに扉を開けた。
「恭、おかえり。」
「ただいま。今日お前の取っている講義の講師を回って交渉してきた。」
恭がプリントの束を晋の胸に押し付けた。
「え、何これ?」
「出席代わりにレポートを提出すれば単位をくれるそうだ。」
「え、マジで?どうやってそんな交渉取り付けて来たんだよ?」
「お前は苦学生で働きながら大学へ通っているので、出席出来ない場合があると言った。あながち間違ってないだろ。」
「間違ってないけど…。」
そんな理由で講師たちが譲歩するように思われなかったが、そこは恭の交渉術があるのだろうと思い、詳しく訊くのはやめて感謝しておいた。
「ありがと。」
「…まだ顔色が良くないな。もう少し休め。」
恭が晋を促そうとすると、リビングの方から知将の大きな声がした。
「ごめんね!」
恭と晋が知将の元へ行くと知将が義将に謝っていた。知将は二人に気が付くと二人にも頭を下げた。
「ごめん。今仕事が入って、行かなくちゃいけなくなって。」
テーブルの上にはクリスマスパーティー用の御馳走が並んでいた。そう、その日は約束していたクリスマスの日だった。約束してからすぐに義将が風邪をこじらせバタバタしたため、すっかり頓挫したと思われていたイベントだった。
「俺達は構わない。行ってください。それに、義将殿はもう立派な武士です。理解しているはずですから。」
「うん。僕は大丈夫だから早く行って。」
義将は誇らしげに恭を見上げたので、恭はその頭を撫でた。
ごめんね〜と言いながら知将は支度を始めた。晋は知将に向かって訊いた。
「知さん平気?俺も行こうか?」
「何かね、暴走してる武士の集団がいるらしくって。嫌ね、こんな日に。別の部隊が向かってるって話だから、とりあえず私だけで良いわ。何かあったら連絡するから、休んでて。」
知将は早口で言うとあっと言い間に出て行った。
恭と義将は二人で夕飯にし、食欲のわかなかった晋は再び眠りについた。
夜も十時を回った頃だった。晋が枕元に置いておいた携帯電話が鳴った。すっかり深い眠りの中にいた晋が半覚醒の頭で電話に出ると、嫌に緊迫した声の知将だった。
「晋ちゃん、ごめん。今すぐ出られるかしら?」
「どうしたの?」
「こっち片付けるのに時間かかっちゃって。今別の場所で暴れてる武士がいるって連絡が入って…。」
「すぐ向かう。場所メールして。」
「ありがとう。こっち手間取った所為で転移出来る余力がない上に、場所が遠いのよ。とにかくできるだけ早く向かうから、先に行って時間を稼いでいて。いい、晋ちゃん相手の様子がおかしいのよ、手加減しないでいいから斬りなさい。こっちがやられるわよ。」
知将の警告は何時になく真面目な声だった。晋は電話を切ると、適当に着替えて部屋を飛び出した。そこへ、恭がキッチンから珈琲を持って出てきた。
恭は晋の顔を見るなりカップをテーブルへ置くと、知将が置いて行った地図を広げた。
「送ろう。場所は?」
「助かる。」
晋は携帯端末で送られてきた住所を表示して恭に渡すと、慌てて靴をはいて来た。
「悪いけど、後で床拭いといて。」
無言で頷くと、恭は慣れた様子で座標を固定すると、晋に言った。
「ど真ん中へ飛ばしていいのか?」
恭の言葉に、晋は刀を抜き身を屈めた。
「いい。手加減抜きでぶっ殺せって指令が出てるから様子を窺う必要はない。ど真ん中へ頼む。」
晋が言い終わると同時に、恭の術が発動し、現場へ転移された。
晋が飛ばされた場所は、港の倉庫脇だった。まず始めに『昼』の人間に目撃されない場所でよかったと思った。
周りを見回すと、およそ三十人くらいはいただろうか、刀を握った地龍の武士たちの中に立っていた。晋の姿を見るや一斉に襲い掛かってきた。
「本当に一も二もないのかよっ。」
晋が愛刀・刃霞を振り迫りくるおよそ三十本の刃を受け流しながら見ると、相手の目は完全に茫然自失と言った様子だった。意識のない、自我のない目をした集団が、晋を完璧に敵と認識し淘汰しようと襲ってくる。迷いのない、殺そうとする太刀筋だった。晋はその目を見て唾を呑んだ。
「斬らなきゃ、こっちがやられる。ね。」
晋は刃霞を逆手に持ち変えた。月明かりを反射し蒼く光る刃霞は、長身の晋が持つと普通に見えるが、他のそれより刀身が長い。晋がそれを、高速で振り切ると、周囲にいた敵が取っていた間合いを優に越えて肉を斬った。
『昼』の人間を相手にするのとは全く違う、戦っているという感じがした。相手は真剣を持って向かってくるのだ。晋は相手の刀を避け、その足を、腕を狙い斬り裂いて行くと、敵はまるで痛みを感じないゾンビのように起き上がり向かって来た。
晋は戦闘力を削いだそれの胸に刀を突き刺し、そして次の相手へと刀を振った。
半分くらいは斬ったろうか。少し息が上がってきていた。晋は肩で息をすると、目に入りそうになる汗を拭った。これだけ動いているのに、やけに寒気がして関節が痛い。
「やばい、風邪が悪化したかも。」
自覚すると急激に熱が上がる気がした。
その時だった。今までとは違う、刀の真を受ける良い音が響いた。晋が相手を見ると、見たことのある顔だった。
「あんた…。」
昔会った事のある男だった。名前は知らないが、随分と厭味を言われた事だけはよく覚えていた。当時あれだけ斬り殺してやりたいと思っていたのだが、今は顔見知りだけに躊躇した。刀を受けながら顔を近づけたが、相手は晋の顔が目に入っていない様子だった。かつてはそこそこの強さといった所だったが、いつのまにか随分と成長していたらしく、戦闘不能にして生かすなどという余裕は持てなかった。晋は舌打ちをすると相手の刀を往なし、脇腹めがけて突き刺した。
「俺が分からなくなっても、脇が甘いのは相変わらずか。」
熱のせいか頭に膜がかかっている感じがした。
相手から、ぼんやりとした日向のような匂いがした気がした。
嫌いな匂いだと思った。他人を羨むばかりの幼少期を象徴するような甘い匂いに反吐が出そうな程嫌悪感を抱いた。
「いかんいかん。」
晋は次の敵へ刀を伸ばすと、倒れたはずの相手が振った刀が後ろから晋の背をかすめた。振り返ると、相手は既に絶命していた。最後の力を振り絞っての攻撃だったのだ。晋は、斬られた事でようやくはっきりとしてきた頭を左右に二度振ると、ゆっくり瞬きをした。
「や〜ばい。楽しくなってきたね。」
舌舐めずりをすると、勢いに任せ刀を振るった。鍛え抜かれた武士との真剣勝負、しかも多勢に無勢とは、何とも燃えるシチュエーション。晋は口角が上がるのを堪え切れずに、ひたすら笑った。スレスレの刃が晋の命を狙ってくる。晋はその太刀を受け、その肉体を両断する。久々の感覚だった。肉を、骨を断つ時の手応え、吹き出す血の熱さ。
ああ、生き返る
理性が吹っ飛びそうになるのをぎりぎりの所で押えながら、ゾンビのようにただ晋に向かって来る敵を斬り続けた。自身の防御を忘れて、ただ敵の急所を狙って刀を振りまわし続けた。
知将が部隊を引き連れて駆け付けた時には、すべてが終わっていた。
「嘘だろ…これだけの人数を一人で…。」
誰かが呟いた。
全員が糸の切れた人形のように地面に落ちていた。その中に晋が佇んでいた。
「笑ってる…。」
別の誰かが震える声で言うと、晋がゆっくりと振り返った。
知将が駆け寄ると、ふらふらとした足取りで抜き身の刀を引きずりながら歩いて来た。
「遅かったね。待ちくたびれたよ。」
知将は晋のどこか子供っぽい言い方に違和感を覚えた。
血を浴びた晋の体に、無数の切り傷があるのが分かった。まだ熱い血が、外気に触れて湯気が立っていた。
「怪我してるじゃない。私が遅くなったから、ごめんなさい。」
知将が触ると、晋の体がやけに熱かった。
「晋ちゃん、熱が。やっぱり風邪が…。」
知将の言葉を遮ったのは晋の笑顔だった。
「俺、全員殺したよ。褒めてくれるよね。父さん。」
目が、完全に知将を見ていなかった。
「晋ちゃん…?」
知将が訊き返そうとすると、晋はそのまま知将の方に倒れ込んでしまった。知将が抱き抱えると、晋は気を失っていた。
気が付くと晋の額に冷たい手が乗っていた。
「まだ熱があるね。」
白くて細長い指の冷たさの心地よさに再び目を閉じた。
「幽霊みたい。」
ふっと笑う吐息が聞こえて、今度ははっきりと目を開けた。
「瞳さん?」
目の前に瞳がいた。見まわすと、見た事のない和室だった。
「そんなに経ってないわ。今運ばれて来た所。兄さんは事後処理に行った。終わったら迎えに来るって。」
「瞳さんの家?」
「そう。今日は兄さんが先に行ってた現場で負傷者が大勢出てね、医者が足りないんだって。私結婚する前は医療系術者だったの。助手だけど。それで兄さんがここへ。大丈夫よ、ここは離れだから。」
出戻りの瞳を和田家当主は離れに住まわせていたらしく、そこは夜の静寂に包まれていた。
瞳が晋に服を脱ぐよう促して、晋は血だらけの服を脱いだ。無自覚だった切傷がいくつもあったが、一番大きいのは背を掠めたあの刀傷だった。
「これは縫わなきゃダメね。でも此処には薬が何もないわ。」
「良いよ。痛いのは慣れてるから。」
瞳が止血の術をかけて汚れた体を拭きとると、晋の古傷だらけの体が現れた。慣れてる、確かに頷ける体だった。
「どうしたらこんな…。」
「俺は碌な訓練も受けずにひたすら前線に出されてきた。相手を殺さなければ生き残れない状況で自分の防御なんて考えてられなくて、それでも…。」
瞳が縫合の用意をしながら聴いていた。晋は自嘲気味に続けた。
「父さんに褒められると嬉しかった。本当、子供って愚かだよ。」
瞳の細い指先が髪の間から晋の首に侵入し、今も痛々しい傷をなぞった。
「殺す事だけが、唯一父さんが褒めてくれる事だったんだ。今でも殺す時は胸が躍るんだ。ああ、これでまた褒めて貰えるって…。笑いが止まらなくなる。」
晋は後ろから首筋を触る瞳の手を握った。本当に細くて、簡単に折れてしまいそうだと思った。
「本当くだらない条件反射。嫌になる。」
瞳は無言で晋の熱い体を抱き締めた。
「でも恭は違う。違うんだ。」
「そう…。」
「恭の側にいたいんだ。」
痛切に希うような擦れた吐息まじりの声が、体ごしに振動して瞳の胸のすぐ近くで響いた。
熱にうかされるように言う晋に、曖昧に返事をしながら、瞳は治療を始めた。
「瞳さん、俺、亡霊の夢を見るんだ。」
「え?」
「じっと俺を見てるんだ。何を言いたいのか分からないけど、じっと、俺を見つめてる。」
「ただ、見てるだけなの?」
「そう。でもすごく恐いんだ。汗が出て、足が動かなくて、手が震えて、叫びたいけど、叫ぶ言葉が浮かばない。あの目を俺はどこかで知っている気がするけど、解らない。」
「眠れないの?」
「もうずっと、眠れてなかった。でも、今日はよく寝た。夢も見なかった。知さんがくれた風邪薬のおかげで…。」
「痛い?」
「痛い。でも大丈夫。」
晋が黙ると、今度は瞳がぽつりと言った。
「私も眠れないの。」
「え?」
「夫が死んでからずっと、よく眠れない。食欲もなくて、随分痩せたって、父さんも兄さんも心配して…再婚しろって言うのよ。」
「でもまだ…。」
「そう、夫が死んだばかり。でも夫とは生きてる内に離婚したから大丈夫だって。」
晋は瞳に顔を見られなくて良かったと思った。とても上手く表情を取り繕える気がしなかった。
「そうなんだ。…そうだね、瞳さんはまだ若いんだし、すぐに良い人が見つかるよ。優しくて、綺麗で、お茶が美味しいし、手当も出来る。今度こそ幸せになれるよ。」
「晋くんが思う程良い奥さんじゃないよ。でも、ありがとう。優しいね、頑張り屋で、我慢強くて、本当に良い子。どうして君が…。」
瞳が呟きかけた言葉は夜の静寂に消え入るように姿を消してしまい、晋は追及するのを止めた。何か、聞いてはいけない事のような気がした。
背中に、瞳の細くて冷たい指先の感覚だけが、いつまでも残っていた。
迎えに来た知将におぶられながら晋はまどろみつつ笑った。
「何笑ってるのよ。」
「だって、大の男がおんぶって…。うける。」
「うけないわよ!本当に無茶して。時間を稼げって言ったでしょ。無理に全部倒す事なかったのよ。」
「だって斬らなきゃやられるって言ったの知さんでしょ。」
「限度があるでしょ。熱があるなら言ってくれれば無理にかりだしたりしなかったのに。」
「俺が行かなきゃ誰もいなかったんでしょ。良いじゃない。上手く行ったんだから。」
「晋ちゃんが怪我したのに、上手く行ったなんて言いません。」
「武士たる者、戦いで怪我するなんて日常茶飯事でしょ。本当に知さんは甘いんだから。胸やけするよ。」
「結構よ。」
ふんっと荒い息を吐いた知将の肩に頭を預けて目を閉じた。
去年の冬に、川崎ひとみと歩いた鎌倉の坂道を思い出した。おぶった川崎の冷たい鼻が晋の首に触れたあの、穏やかな日暮れの胸の痛み。晋には手の届かない『昼』の少女のあの笑顔がやけに懐かしかった。晋が揺らぎを斬り続ける事が、間接的にあの笑顔を守ることになると思い離したあの手が、やけに愛しい。晋を守ろうとするあの手の優しさが。
「知さん、瞳さん再婚するって。」
「…それ。」
「さっき瞳さんに聴いた。」
「まだ決まった訳じゃないわよ。」
「…ついてない。泣きっ面に蜂ってこういう事言うのかな。」
項垂れる晋の頭に、知将は軽く自分の頭をぶつけた。
「頑張れ若者。」
「…ん。」
聖夜の星空が冴え渡り、無数の未来への希望を映しだした。
知将は晋を励ましながら家に着くと、例の風邪薬を飲ませて寝かせた。
晋はそのまま泥のように眠り続け、気が付いたのは翌日の夕方だった。晋は知将の風邪薬が間違いなくただの風邪薬ではないと確信した。きっと強力な眠り薬か何かなのだと訴えたが、知将は口を割らなかった。怪しげな薬には懐疑的だったが、それでも夢も見ずにぐっすり眠れた事には心の底から感謝した。
気が付くと、クリスマスは過ぎ、世の中は年越しモードに切り替わっていた。
「静、年末の仕事の…静、聞いていますか?」
弁天が覗き込むと、静は驚いて後退りした。
「な、何?」
「何はこちらの台詞です。どうしたんです?ぼんやりして。」
「あれ。」
静は少しだけ開けた襖から、本家の透廊を行く貴也を指さした。
「貴也さん、様子がおかしいと思わない?」
「貴也がおかしいのは元々…と言いたい所ですが同感ですね。しかしそれを言うなら隊長の様子もおかしいです。」
そこへ春家が入って来た。
「隊長がおかしいのはいつもの事だろって言いてぇとこだけど、確かにおかしいよな。」
春家が同意しながら座ると、後を続くように宗季・能通・兼虎・実親・直嗣が入って来た。
全員が和室の真ん中に円になって座った。
「それは、どうも地下迷宮絡みだとか。」
宗季が眼鏡のフレームを上げながら言うと、実親が首を傾げた。
「地下迷宮?何ですかそれ?」
すると兼虎が答えた。
「確か、東京の地下に魔物が住んでいるとか。その地下が迷宮並の複雑さ故にその名が付いたとか。」
能通が付け足した。
「私も聞いた事があります。とんでもなく強い魔物で、見た者で生き残った者はいないんですよね?」
「それって、都市伝説じゃないんですか?」
直嗣が上目使いに言うと、春家は首を振った。
「それが本当にあるらしい。」
「根拠があるのかしら?」
静が腕を組んで春家を睨むと、弁天が話した。
「隊長が、地下迷宮の魔物に殺された過去があるらしく。昔から地下迷宮攻略は隊長の悲願のようなものでした。」
「子供の頃から今生でリベンジするって息巻いてたんだよな。」
「え?何それ、それってつまり、生まれ変わる前の人生での話って事?」
「確かに生き残りは居なくても、生まれ変りは居るってことね。」
「で隊長が目の色変えたって訳か。」
「それで?地下迷宮絡みってどういう事だ?」
全員が宗季を見た。
「地下迷宮から亡霊が出てきて、追跡隊が全滅したらしいです。」
「らしい?」
「噂です。それから、最近武士の暴走が多発しているとか。いずれも東京エリアの話です。」
「繋がりがあると?」
「可能性はゼロじゃない。けれど今の所不明です。」
「ふ〜ん。暴走って集団放棄的な?」
「いや、操られているとか。」
「誰かが意図的にやってるって事ですか?」
「集団を意のままにする術があるとすれば、相当な使い手だろうな。」
「今の所それを解く方法も見つかっていない。どうも本来より強くなるらしく、生かして捕えるのは相当困難らしい。でだ。」
宗季が全員の目を見回した。
「俺達がいくつかの小隊を組んで見回る事になった。いつもの警備のローテーションと並行して行われることになるから、少しハードになるが。」
全員が深く頷いた。
そう、その日は隊長から指揮を任された宗季の指示で今後の作戦の会議が開かれたのだ。本家の一室を借り、全員を呼びだした宗季だったが、全員が揃うのは本当に久々の事だった。仕事でランダムにペアを組まされているメンバーとは言え、特に実親と直嗣は一か月以上会っていないはずだ。
これで本当に一つの部隊と言えるのか?宗季の胸中によぎる不安は、口に出さないまでも全員の共通のものだった。
「とりあえず、殺すしかないってことなのね?」
静が確認するように言うと、宗季は知る限りで説明をした。
「今はまだそれしか止める方法がない。ただ、生かして捕える事が出来れば何か分かるかもな。」
「じゃあ捕まえる?」
「出来れば。だが、対峙すれば分かるだろうが、その余裕はないだろうと言われている。」
宗季の説明に対し、実親が思案顔で言った。
「直の矢で戦闘不能にし、捕獲結界で捉えてはどうです?」
あれだけ直を目の敵にしてきた実親が直を作戦の要に持ってくるとは。全員が一瞬息を飲み、そして宗季が直を見た。
「遠隔的に捕えるか、駄目元でやってみるか。どうだ、直。」
直は何かを手の中で握り締めながら、顎を引いて宗季を直視した。
「…やります。」
控え目ながら、いままでには見えなかった意志を持った目だった。
直嗣も成長したということだろうか。
けれど宗季はどこか素直に喜べなかった。直嗣の握りしめた拳に違和感を覚えていたのだ。どこかがおかしい。けれど確信が持てなかった。
宗季がそわそわする心の整理がつかないままでいると、年末年始の仕事の予定組みと共に新たな作戦の割り振りを弁天が決め始めていた。気配りの出来る弁天が想定外にメンバーの予定や事情に精通していたおかげで早く話がまとまり、宗季は返って助かったと思った。
「弁天がいるおかげで何とかなっているな。」
解散後の部屋で宗季が言うと、残っていた弁天と静が振り向いた。
「弁天は私たちの良心だもの。このバラバラの部隊を辛うじて繋ぎとめているのは弁天だと思うわ。」
静が同意した。
「しかし驚いた。直のあの目。あれも弁天の導きあっての成果か?」
「いえ、違います。何か、秋口くらいでしょうか、急に明るくなって、今までみたいに無駄な肩の力が抜けたと言いますか。とにかく、私ではありませんよ。」
弁天が否定すると、静が眉をひそめた。
「そう、でも何か変な感じがしたわよね。良い事のはずなのに、ちょっと不穏な気配がしたって言うか。」
「静もか。俺もそう思った。それにしても、実親も随分変わったようだったな。」
「実親は隊長が話したみたいで、少しずつですがメンタルを持ち直して来たようです。」
「そう。少し大人になった感じがしたわね。元々捻くれてたんだから、ちょっとやそっとで直る訳ないけど、でもさすが隊長って感じね。」
「静が言うか。」
宗季が呆れながら静を見ると、弁天が困った顔で笑っていた。
「で?それは恭殿からの贈り物か?」
宗季が突然静の髪飾りを指さした。
それは赤い花の飾りだった。
「か…関係ないでしょ。宗季には…。」
「図星か。」
「ちょっと!」
「静は解り易いですからね。」
宗季と弁天が頷き合うと、静は立ち上がり怒鳴った。
「これは、綺麗だったから付けてるだけ。別に特別な意味なんか無いわ!」
クリスマスの晩に、恭の飛ばした紙鳥が運んできたのは、可憐な赤い花の髪飾りだった。
「クリスマスに贈り物とか、そんなのに私は騙されないんだから。本当に強い人でなきゃ、私には相応しくないんだから!」
訊かれてもいない事を暴露して出て行った静の後ろ姿を見送りながら、宗季は笑うしかなかった。
「可愛らしい人だ。」
「本当に。恭が惚れる訳ですね。」
少し開いた襖から年の瀬に差し掛かった冬空を見上げると、厚い曇天が広がっていた。
弁天が息を吐くと、白く靄のように広がってから消えた。
「祥子さんは元気でしょうか。」
つぶやいた言葉と一緒に白い息が現れ、そして一瞬で消えた。弁天の心配が儚く無意味であるように思えて、少し寂しくなった。
宗季は暫くの間その後ろ姿を見つめてから、そっと部屋から出て行った。
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