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12 龍脈の事

 新緑の若々しい芽吹きが、初夏を感じさせていた。

 大学生活も早四ヶ月近くが経ち、試験を終えれば長い夏休みを迎える。入学は所謂裏口入学と言うやつで楽をしたが、そこからは全くの実力で単位を取得していかなければならず、恭も晋も大学のカリキュラムに追われ、人生で最も勉学に励んでいた。晋に至ってはレポートとは何かと言い、同じ学部の者達の手を借りて何とか凌いでいる状態だった。「俺は武闘派なのに。」と奥歯を噛みしめる顔は、今まで見た事のない新鮮な表情だったので恭は笑ったものだ。

 そんな夏休みを目前に控えた日中でも、恭が通いつめている教授の研究室は、教授の人柄かいつも学生が集まっていた。教授はまだ五十代だと言うのに、総白髪で顔に深い皺を持つ如何にも優しげな初老の男性の見た目をしていた。年期物の金縁の眼鏡と、草臥れたシャツが貧相な教授の見た目を更に上乗せしていた。

恭は教授に紙の束を差し出した。

 「教授、これを見てください。」

 「ほう、また珍しいものだね。これはどこで?」

 「実家の書庫にあったものの写しです。」

 「ほう、こんなものが…ますます君の実家に興味が湧くね。」

教授は言いながら眼鏡の奥の目を細めた。

 「龍脈(りゅうみゃく)か…。」

 「はい。日本には龍脈と呼ばれる場所がいくつかあると書かれています。地図も。」

 「龍ね。君の研究テーマか。来なさい。」

教授は研究室の奥にある木製の古い棚から緑色の分厚い本を出してくると、パラパラとめくり、あるページを開いて恭に見せた。

 「君の持って来た資料はおそらく風水的な意味ではない龍脈を指している。それに似た記述がある。これを。」

恭がその本に目を通していると、教授は続けた。

 「この日本は龍の体の上だと言うんだ。興味深いだろう?龍脈とは龍の体の霊的な力が宿る部分なのかも知れないね。」

本を返すと教授は穏やかに微笑んだ。どこまで本気なのだろうか、恭は戸惑った。そこへゼミ生がやってきて言った。

 「教授は学生の研究を否定したりしないよ。どんな馬鹿げた研究にも常にいくつかの可能性を示してくれる。要は変わり者だね。」

 「それは褒めていないんじゃないかい?」

派手に声をあげて笑う教授を、恭は結構大物だと思っていた。

 「ところで恭くん、我がゼミと民俗学サークルとで夏休みに研究旅行へ行くという企画があるんだが、君も来るかい?丁度今年は妖怪をテーマに岩手まで行くんだ。現地で別れて、その龍脈の地図の場所へ行って来たらどうかな。」

 「え…良いんですか?俺、サークル員でもゼミ生でもないのに。それに研究旅行なのに別行動なんて…。」

 「構わないよ。何事にも口実は必要だろう?」

教授はいつもの優しい微笑みで恭を見たが、どこまでも人を見透かしている気もした。

 「口実…。」

 「実家厳しいんでしょう?何なら私が話してあげようか?」

 「ああ、そういう意味ですか。大丈夫です。それなら自分で…。」

何を警戒していたのだろうか、恭は汗を拭った。大学は結界の中、地龍と関わりのあるものは何もないのに。

大学は地図上の龍脈の上にあった。つまり、霊的に特別な場所、龍脈とは大学のように『夜』の干渉を受けない場所なのだろうか。恭は行きたい、行かなくてはと思った。

 「それ良いね!恭くんが来れば皆喜ぶよ。別行動って言っても夜は合流するでしょう?何なら晋くんも一緒で…。」

 「こらこら、いくらなんでも他の学部の子は不味いよ。」

教授が窘めたが、研究旅行に恭が同行することは決定事項として盛り上がってしまっていた。

 「恭くん、無理にじゃない。君の研究に役立つだろうと思って言っただけだ。旅行まではまだ日がある。考えておきなさい。」

 「いえ、ありがとうございます。是非ご一緒させてください。」

恭は開いた地図を見た。龍脈の場所は岩手は奥州(おうしゅう)平泉(ひらいずみ)

転生組、藤原(ふじわら)秀衡(ひでひら)が守る地だ。



 暑い夏休みが始まり、晋が居間でアイスキャンディーを齧りながらクーラーの風の前を陣取りだらしなく足を放り出していると、隣で義将(よしまさ)が夏休みの宿題と思われる絵日記を描いていた。

横目で見ると、そこには大きな槍を振りまわす知将(ともまさ)の姿と思われるものが描かれていた。

 「それ、学校に出して不味くないの?」

 「何が不味いの?」

 「だって…。」

 「地龍のこと?『昼』の人が知る訳ないから大丈夫だよ。話したって信じないでしょ?」

 「だったら尚更、変な奴だと思われたら浮くじゃん。」

 「皆は授業参観で父さんを見てるもん。」

義将は知将のいない時はママではなく父さんと呼んでいた。

 「あ〜…。」

晋は遠い目をした。

あの知将を知られている相手の前で、どんなネタを披露しても霞むだろう事は考えるまでもないことだった。

 「でも、確かに僕の日記こんなのばっかり。もっと普通のネタが要るね。」

 「海に行ったとか、花火を見た、とか?」

 「そう。でもそんな夏休み過ごした事無いよ。」

 「俺も。」

 「でも今年は晋兄ちゃんがいるから特別楽しいよ。」

晋は義将が夏休みに入ると、毎朝一緒にラジオ体操に行き、学校の解放プールの引率などをしていた。義将は晋を親せきの兄だと説明したが、晋のパンクな見た目は一見悪い若者だったので少し敬遠されていた。それも三日目には子供たちの人気者になっていたのだが。義将にとってそれは凄く誇らしい事だった。破壊力抜群の知将ではない、自慢の身内という存在が。

義将の笑顔を見ていたら、晋も胸がくすぐったい気持になった。素直に慕われる事が、嬉しかった。

 「じゃあさ、一緒に海、行こうか。」

 「え?本当?」

 「知さんが良いって言ったら行こう。二人で、『昼』みたいな夏休みしようぜ。」

 「恭兄ちゃんばっかり旅行行ってズルイもんね。」

 「な〜。」

 「僕いっぱいやりたいことあるよ。海に行って泳いだり、スイカ割りしたり、お祭り行ったり、花火見たり、あとね、えっとね…。」

 「いいね、楽しそうだ。全部やろうぜ。義将、書き出して。」

晋と義将は紙にやってみたい事を箇条書きにしていった。

恭が所属していないゼミとサークルの研究旅行へ行くと言い出した事も、晋を連れて行かない事も、知将が快諾した事も、全部が晋と義将にとって解せないことこの上なかった。この際二人で夏休みを満喫して恭を見返してやるしかない気分だった。



 茹だる様な暑さから逃れるように訪れた奥州の地は思ったより涼しくなかった。

 「避暑地じゃないね、こりゃ。」

教授が恭の肩を叩いた。

恭は地図が入っていると言って背負っていた筒型の長いケースの中に黒烏(くろう)を隠して持ってきた。誰の護衛も無しに遠方へ赴くのは初めてだった。少し緊張したその肩を、教授が汗ばんだ手で叩いたのだ。

 「私たちはこれから柳田国男の文献を頼りに散策するつもりだよ。今夜泊まる宿の場所は分かっているかな?」

 「はい。ありがとうございます。俺は親せきの所へ行ってみます。龍脈の場所に住んでるはずなので。」

 「変な人に付いて行かないようにね。何かあれば連絡するんだよ。」

子供のような心配のされ方には身に覚えがあった。

出掛けに、知将と晋に散々言われてきたせいだ。

 「はい、ありがとうございます。」

正直不本意な対応だったが、一応お礼を言った。教授は先を行く学生たちに急かされて、手を振りながら去って行った。

恭は一人になった。とりあえず、ケースから黒烏を取り出し腰にさげると、地図を開いた。

遠野で別れて平泉まで行くのには少し距離があった。電車の時間を確認しようとすると、近くで、いや距離の測れぬ不思議な声がした。

 「黒烏とな。では貴方様は地龍殿の御弟君、恭殿か。」

周囲には誰もいなかった。

蝉の声が狂おしいまでに響いている。脳の血管が切れそうな程にけたたましく。蝉に脳はないのか。

 「こちらだ。」

声のする方を見ると、美しい女性が立っていた。


 恭は平泉(ひらいずみ)()経堂(けいどう)に来ていた。高館(たかだち)から眺める平泉を、時代を越えてなお神聖さを失わない(れい)()だと感じた。

 「成程、龍脈について知りたいと。」

隣で訊く女性は、都会のキャリアウーマンのような白いスーツにハイヒールを履いた、いかにも出来る女だった。後ろにスリットの入った膝下丈のスカートは、細い腰から尻腿への扇情的な曲線をなぞるように艶めかしい。茶色に染めた髪を巻き、爪を真っ赤に塗った派手なその人は、自らを藤原(ふじわら)秀衡(ひでひら)と名乗った。

一度も会ったことが無かった恭も、さすがに疑いの眼差しを向けたが、秀衡の持つ刀・()(くさ)(とう)が間違いのない身分証明となっていた。

突然現れた秀衡は、恭を連れて行きたい場所があると言い、強引に転移してきたのが高館義経堂だったのだ。

 「はい。何か御存知の事があれば、教えてください。」

秀衡はこの地を守るシステムを司る存在だった。恭が来たことはすぐに分かり、様子を見に出向いたらしかった。警備は万全のようだ。

 「…この地も随分変わった。あれを見てごらんなさい。(たば)稲山(しねやま)だ。かつては桜でいっぱいだった。けれど今は…。時は流れ移ろいゆき古きは失われてきた。」

西行が桜山とうたった山も今では桜などない。隆盛を誇った時代のなれの果て。

 「けれど秀衡殿は転生者であられる。」

 「如何にも。」

秀衡は恭の黒烏を見ながら話し始めた。

 「…龍の心臓は九つあるという話を御存じで?龍はその心臓を交代に使い長い時を生きるのだとか。そしてそのひとつを人にやってしまった。」

 「それが最初の地龍当主…ですか?」

 「どうだろうな。この平泉は龍の心臓が眠る場所だと言われている。故に霊的に特別な力がある土地だと。」

 「それが龍脈ですか?」

 「すべての心臓を手にすれば、膨大な力になる。それが故に頼朝殿はこの地を攻められた。」

 「龍脈をめぐる戦だったのですか?では平家が追われたのは…。」

 「平泉、東京、鎌倉、木曽、京都、福原、厳島、太宰府、そして地龍当主、九つの心臓が龍そのものと言われている。」

多くが大昔に平清盛という男が手を付けた地だった。平泉には奥州藤原氏、東京・鎌倉には頼朝、木曽には義仲がいた故に手を出せなかったのだろうか。清盛が求めたのは龍脈の攻略だったのだろうか。

 「では、龍の卵とは何なのですか?」

はじまりの契約は、龍から力を授かる代わりに卵を守る約束のはずだ。

 「…恭殿、この地は古くから龍脈として守られてきた。その歴史を保管した古い書庫があってな。」

 「それを、見せて頂けるのですか?」

恭が期待の眼差しで見ると、秀衡はわざとにっこりと微笑んだ。嘘くさい、美しい大人の女の笑顔だった。

 「あれは私が死に、泰衡(やすひら)が頼朝からの攻撃に観念せざると得ないという時だったらしい。書庫の存在諸共隠さなければと思い、元々地下だった書庫を土に埋め、鍵を悪鬼(あっき)に渡してしまったらしくてな。」

 「…は?」

 「書庫は掘り返したんだが、鍵が無くては開かぬ。」

 「平安時代からずっと開けてないって事ですよね?大丈夫なんですか?」

 「中身は無事ななずだ。泰衡が密かに管理を任せた者がおってな、劣化せぬよう術をかけていたらしい。」

 「その、らしいって言うのイマイチ信用できないんですけど。」

 「何せ私の知らぬこと故な。」

 「では書庫を見る事は叶わぬのですか?」

 「そうでもない。恭殿が悪鬼より鍵を取り返してくれれば、思う存分に見せてやろう。」

 「…条件ですか。」

 「悪鬼とこの地は因縁があってな。昔からこの地の力を欲している鬼で、はっきり言ってメチャメチャ強い。この地には結界がある故立ち入れぬが、あの鬼に鍵をくれてしまえば誰も手が出せぬと言うのは泰衡もよく考えたものだ。未だに鬼は心臓を手に入れようと周囲をうろつき暴れている。全く手を焼いていてな。奴を葬り去って鍵を取り返して欲しい。」

 「何故俺が。」

 「私はか弱い乙女だぞ?」

 「…。」

 「その目はやめろ。その刀だ。黒烏。(あけ)()と黒烏は龍の牙とも呼ばれ、特別な破魔の力がある。その刀ででもなければ太古の鬼は斬れぬ。」

秀衡が恭の黒烏を指さすと、恭は黙ったままで頷いた。



 東京は夜になり、いつもの時間に恭がいない夕食を食べ始めた。

晋は義将と夏休みの予定を立てた事を知将に話すと、知将は教育ママの口調で訊いた。

 「義くん、夏休みの宿題と、塾にはちゃんと行くのよ?」

 「うん。分かったよ、ママ。」

知将は恭が旅行に行くようには快諾しなかった。

実の所、義将の夏休みの生活は、普段の学校へ行く日々より遥かに規律に縛られていた。朝は早起きしてラジオ体操、食事の片付けや家の掃除などの手伝い、学校の宿題に、塾、義将のある意味での英才教育の隙間をぬって遊ぶのは少し難しそうだった。

 「ねえ、知さん、義将って塾にまでいく必要あるの?」

 「え?」

 「だって、地龍なのに。」

晋が言うと、ようやく質問の意図を理解したようだった。

 「馬鹿ね。学習塾じゃないわよ。実家の道場に通わせてるの。それを塾って呼んでるのよ。」

 「ああ、義将に武士としての教育の影がないんで、考えなかった。」

確かに普段から塾という所へいく時間は大きな枠を占めていた。ようやく地龍の子供らしい部分が見えて、晋はどこかで安心した。

 「ねえ、晋兄ちゃん、塾に一緒に来てみる?」

 「え?俺が?」

 「うん。だって、一緒に行けば、一緒に帰れるから、遊べるでしょ?」

 「時間短縮ね。効率的。でも俺は行けないよ。」

 「どうして?」

 「俺は矢集(やつめ)だ。神聖な道場に入れて貰える訳ない。迷惑になる。」

晋が諭すように義将に言うと、知将は事も無げに口を出した。

 「あら、そんな事ないわ。うちの道場は実力主義よ、貴方の強さは士気を高める。きっと皆受け入れるわ。」

 「知さん。それはいくらなんでも…。」

 「大丈夫よ。義くんを強くしてくれるなら、このリストに口を出さないわ。」

知将は晋と義将を見た。二人が知将の言っている事の意味を理解するのに少し時間がかかったが、しばらくすると義将はキラキラした瞳で晋を見つめていた。希望と期待の眼差しだ。

 「それって、俺も一緒に行って、義将を鍛えろって事?それが条件?」

 「強く、するのよ。」

念を押すように言う知将の目が思ったより真剣だったので晋は唾を飲んだ。

うんうんと頷きながら晋を見る義将は、イエスと言ってくれと祈るようだ。

 「義将、お前他人事みたいな顔してるけど意味分かってんのか?俺が強くするんじゃない、お前が強くなるんだぜ?」

 「分かってるよ。いいでしょ?どうせ暇なんだし。」

 「お前が俺の予定を掌握すんなよ。」

晋は和田親子の強引な話運びに流されて、結局頷くしかなかった。流された事への言い訳は、自分の中で大家の断れない頼み事として正当化してみた。



 翌日はいつものようにラジオ体操へ行き、朝食を済ませると、義将は晋の手を引っ張るようにして塾へ向かった。和田は地龍では一流の武家だ。嫡子である知将が実家の道場と言っただけあってそこは大きな道場だった。門下生の数も相当なもので、ますます晋にとって敷居が高い気がした。中に入ると、歳若い義将には雑用があるらしく晋は一人になってしまった。

 そこへ大きな筋骨隆々のいかつい中年男性が現れた。

 「君が矢集晋か。兄から話は聞いている。来たまえ。」

不動明王のような顔面をしたこの男は明らかに知将と同じDNAだった。和田(わだ)忠将(ただまさ)、道場の副師範で知将の弟だ。

 「聞いていると思うが、ここは実力主義でね。君が訳有りなのは知っているが、重要なのはその腕前だ。和田家嫡流を鍛えるに値するか、試させてもらう。」

忠将は言うなり唐突に木刀を投げてよこした。晋のリアクションは関係ないという風に道場の真ん中まで行くと、勝手に構えてしまった。

晋は、仕方なく木刀を握り、正面に立った。

 「木刀ね。」

 「真剣に握りが近いだろう?」

慣れない道場という場所で、忠将を前にすると、意外と心拍数が上がった。道場の礼儀とか作法などというものは何も知らない。晋はとりあえず見よう見真似で構えた。左を軸に正眼の構えをしてしまったのはただの緊張だった。忠将を鏡にして真似た所為だ。でも構えなどどうでも良かった。試されている。心地よい緊張だった。

 「ねぇ、兄さんじゃなくて、姉さんでしょ?」

晋が肩の力を抜くために言った言葉は、意外と忠将の地雷だったらしく始めの掛け声もなく猛スピードで木刀を向けてきた。

突きだった。矢のように走るような剣筋をギリギリでかわしたが、当たっていたら脳天に穴が空いていたかも知れなかった。

晋は舌舐めずりをすると木刀を投げ、右の逆手持ちに変えると重心を低く構えた。目の色が変わっていた。忠将がぞっとする程に静かな殺気だった。

晋が踏み込もうと体重を移動させようとした、その瞬間だった。

 「分かった。もういい。」

忠将は言って構えを解いた。晋も構えを解き、木刀を肩に乗せた。いつの間にか二人の周りには多くの門下生が集まっていた。どうやら師匠の手合わせを見学したかったらしい。しかし、決着を待たずして事は済んでしまった。

 「義将を頼む。」

忠将は言うなり、通常の業務へ戻って行ってしまった。


二人が道場を後にしたのは、すっかり日も暮れた頃だった。

その日は予め知将に了承を得て、帰りに近くの花火大会へ寄っていく事にしていた。二人のリストの中の最初の達成項目となる。花火大会には屋台や出店が多く、夏祭に行きたいという項目も実質的には達成される、一石二鳥のカウントだった。

会場となる河原までの道中の義将の足取りは思ったより浮かれていなかった。

 「晋兄ちゃん厳しすぎ!」

人に稽古をつけた事のない晋が扱き過ぎたせいだった。忠将との手合わせを見ていた門下生の何人かが恐いもの見たさで晋に近付き、指導を請うような場面もあり、知将の言う実力主義もまんざら嘘じゃないようだった。義将は晋が評価されることが誇らしかった。

 「義将が意外と根情あるからだよ。」

その晋に評価される事はひとしおだ。

 「僕もうへとへとだよ。」

 「まあまあ、元気出せよ、花火大会行くんだろ?屋台で何か食べようぜ。俺のおごりだ。」

 「やった!」


 花火大会の会場に着くと、思ったより多くの屋台と観客がいて、二人は人ゴミに圧倒された。手近な屋台で食糧を調達して、土手に座ると、花火が上がるまでには時間があることが判明し、しばらく食事の時間となった。

 「ねぇ、忠将おじさんとの試合、勝ったの?負けたの?」

やきそばを頬張りながら訊く義将に、晋はテキトーな相槌をうった。

 「さぁねぇ。」

 「晋兄ちゃん強いから、びっくりしたんだよね。あれは。きっと勝ったんだよ。おじさんのあんな顔初めて見たもん。僕、晋兄ちゃんに鍛えて貰えるなんて嬉しいな。」

 「俺のは人殺しの剣だよ。和田家嫡流なんだから、もっと良い師匠をつけたいって思うのが普通の考えだと思うんだけどね。」

 「良い師匠って?」

 「名のある妖怪を倒したとか、一流の武士を育てあげた実績があるとか、そういう箔のある人だよ。何も俺みたいな曰く付きに頼まなくてもさ。」

 「僕も曰く付きだから。」

晋の言葉に、義将が俯いて言った。

 「僕のお母さん、『昼』の人だったんだ。」

 「え?」

 「僕が小さい時に病気で死んじゃったんだ。父さん、母さんと結婚するのにカケオチ?したんだって。その時の名残で今もまだ本家に入れて貰えないんだ。」

 「だからマンション暮らしなのか。」

知将は和田家の次期当主という立場のはずなのに、マンションで息子と二人で暮らし、その暮らしも『昼』に近いものだ。郷に入ってはと思い、疑問を口にしないようにしている内に疑問そのものを忘却していたが、やはり原因というものはあるものだ。

晋が義将の話に納得した所で、義将は言葉を続けた。

 「だから僕、混血でしょう?血が薄まってるから嫡流だけど弱いって皆言うんだ。」

一流の武家の血が『昼』とのハーフとなって薄まる。解らない話ではない。けれど晋は義将の腕前を見てそうは思わなかった。潜在的な能力は和田家嫡流に相応しいものだと窺えたし、槍の腕前など、まだ若いというのに知将の息子だと確信させるような力強さがあった。まだまだ伸びしろを感じ、晋自身も高揚感を覚えた。

 「そんな事ないよ。お前は強い。」

 「本当?父さんは僕に甘いから、親の欲目か、慰めかと思ってたけど、晋兄ちゃんが言うなら間違いないかも。」

義将の小さな体が晋に全幅の信頼を示していた。心地よい甘い匂いがした。

 「素養は薄まってないよ。修行すれば良い武士になるさ、知さんみたいな。」

 「そっか。良かった。僕、人より能力が低いのかと思ってた。頑張るよ。」

 「ま、訳有り同士、よろしくやろうぜ。師匠って呼んでくれても良いんだぜ。」

 「兄ちゃんがいいよ。」

義将の頭に手を乗せると、義将はくすぐったそうに身をよじったが、照れているのかも知れないと思うと益々可愛く思えた。

 「…ところで、母親を失ったお前のために知さんはああなったのか?父親と母親を兼ね備える的な?」

 「いや、あれは単なる趣旨変えでしょ。」

子供のくせにたまに大人の顔をする義将の冷ややかな一言を、晋は知将には秘密にしておくことにした。

 間もなく花火が上がり、夜空に色とりどりの光が散布されるお伽噺のような場面を、二人は食い入るように見上げた。

たかだか夏休みを楽しむためだけに、意外と前途多難だと判明したものの、それだけの労を惜しまない価値があると確信した夜だった。

帰れば知将はきっと感想を求めるし、義将は宿題の日記に書くだろうが、決してこの時感じたことを伝えきることは出来ないだろうと思われた。この時を共有した二人以外には、解ることの無い感動があったのだ。帰り道、二人は具体的に語り合ったりはしなかったが、腹の中に同じ熱を抱いていることは確認しなくても理解できた。目を見れば解ったのだ。

 眠る前に晋が言った。

 「義将、明日からも、頑張ろうな。」

 「うん。」

こうして二人のハードな夏休みは始まったのだった。



 恭の大学生初の夏休みが始まった頃、鎌倉でも暑い夏が訪れていた。

貴也は恭と晋の帰省を拒み、その代わりに恭の奥州行きを承諾したのだった。

 「恭が奥州に行くなんて。あんのタヌキババア、恭に何かしやがったら許さねぇ。」

秀衡は美しく頭は良いが性格は最悪の女性であり、貴也にとってとんでもなく危険人物だった。けれどいかに食えない秀衡とて、地龍当主の弟である恭に危害を加えないだろうと、義平が言うので仕方なく承諾したのだ。

 「今生の秀衡殿はおっそろしく美人だからなぁ、恭は食われちまうかもな。」

 「やめろ義平。気が狂いそうだ。」

 「恭に限ってありえねぇだろ。それより龍脈の事だ。恭は文献を解読して龍脈を見に行ったんだろ?」

 「わざわざ奥州に行く必要などない。恭は龍脈に住んでいるのだから。」

 「ま、そうだけど。知将殿はただの守護者。詳しくないんだろ。」

 「今の龍脈の守護者で、龍脈が何なのか本当に分かってる者がいるとすれば、俺・義平・重盛を除けば、秀衡のクソババアと、高綱(たかつな)くらいだろうな。」

 「結局転生組って事だろ。意味も分からず守り続ける守護者より、危険なのはむしろ長老会だろ。龍脈を手にいれようと虎視眈眈と狙ってる。」

 「龍の心臓を統べる事が出来れば、ある意味日本すべてを手に入れたも同然だからな。」

 「それってお前も数に入るって事だよな?」

義平が目を細めて訊くと、貴也が答えた。

 「そして俺は龍種の苗床だ。」

義平は長老会からの文書を開くと、丸めて庭の池に投げ込んでしまった。

それを見て貴也はその場に寝そべってしまった。

太陽の光が池の水面に反射して天井にキラキラとした模様をつくっていた。

その光を見上げながら貴也は溜息をついた。

 「目がくらむね。」

義平が言うと、貴也は目を閉じた。


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