第9話【ガルイード王国】
「ちょっと!」
その時、一人の老婆が二人に声をかけた。
「エイ婆……」
エイ婆はゆっくりと二人に近づいて来た。
「カツさん、これ(風邪薬)はいくら?」
「え? に、二百ギットだけど……?」
エイ婆は金額を聞くと、カツに二百ギットを渡した。
「これでいいでしょ? その手を離してあげて」
「え? あ、ああ」
カツがテツの腕を離すと、エイ婆はテツの前にしゃがみこんだ。
「アンジさんと言っていたけど、君の大事な人?」
「うん、風邪ひいて熱があるんだ」
「それは大変ねぇ……食事はちゃんと取ってるの? 暖かくしてる?」
「食事はリヴの船で食べて、それからは食べてない、今は毛布に包まってるよ」
「そう、風邪をひいたらちゃんと栄養のあるものを食べないと駄目よ、今アンジさんて方はどこにいるの?」
「んとね、あっちの方……今、川の横で寝てる」
「川? あっちの方の川って言ったら……ミラージュ川!? まあ、そんなところからここまで歩いて来たの?」
「ううん、走って来た!」
「そう、それは大変だったでしょう、坊や名前はなんて言うの?」
「テツ! アンジが付けてくれたんだよ!」
「そうなの? じゃあアンジさんはテツくんのお父さん?」
「ううん! お父さんじゃないって言ってた!」
「?? そうなの? 私はエイ、皆からはエイ婆って呼ばれてるわ、エイ婆って呼んでちょうだい、それと、テツくんさえよければ婆やの家に遊びに来ない? 長旅で疲れたでしょう、ご飯をご馳走するわ」
「でも、アンジに薬持って行ってあげなきゃ……ぐうぅぅぅ……」
「フフフ……そのアンジさんにもお弁当を作ってあげる、その間に食べていれば良いわ」
「そっか! わかった! じゃあ食べる!」
「決まりね! さあ行きましょ!」
それを聞いていたカツは毒づいた。
「けっ! めちゃくちゃな話じゃねえか、どうせ嘘にきまってらぁ!」
しかしエイは気にも留めず、二人は町の隅にあるエイ婆の家へと向かった。
――――
「さあ出来たわよ!」
「わあー! 美味しそう! 食べて良い?」
「ええ! もちろん! いっぱいあるから沢山食べて」
「うん! 頂きまーす!」
テツは口いっぱいに頬張った。
「うまーい!」
「うふふ、お口に合ったかしら?」
「エイ婆ご飯作るのうまいね! アンジが作るのと全然違うや!」
「うふふ、そう? ありがとう」
エイ婆はそう言うとテツの目をじっと覗き込んだ。
「な、なに?」
「テツくん……よく見ると変わった瞳の色をしているのねえ?」
「ああ、赤いの? アンジも言ってた……変?」
「んんん! いいえ、とってもよく似合っているわよ」
「ありがと! エイ婆はここで一人で暮らしてるの?」
「ええ……数年前に夫を事故で亡くしてしまってね……息子もいるんだけど、ガルイード王国って言う大っきな王国に働きに出てしまって、今じゃ婆や一人きりよ」
「ふーん、そういうのって寂しいって言うんじゃないの?」
「そうねぇ……寂しくないって言えば嘘になるわ、でも、町の人達も良くしてくれるし、こうしてテツくんみたいな可愛らしい子が遊びに来てくれれば、婆やは楽しいわよ」
「そっか! 楽しいなら良かったね!」
「そうね、それに、息子もやっと来年になったら仕事を独立出来るらしくてね、あと半年もすれば帰ってこれるって、それもお嫁さんを連れてね」
「へー! じゃあもう寂しくないね!」
「ええ! だから婆やもそれまで元気でいないと! 寂しいって落ち込んでいる場合じゃないわ!」
「そっかー!」
「ええ、ふふふ」
テツはエイ婆の作った料理をお腹いっぱい食べた。
「ぷわー! お腹いっぱいだ!」
「ふふふ、それはよかった、アンジさんのお弁当も出来上がったわよ」
「本当? ありがとう! あ……でも、そういえば僕お金持ってないよ……」
「お金は良いのよ、とっても楽しい時間を過ごせたわ、それだけで十分よ」
「いいの? ありがとう!」
「ええ! ところでテツくんとアンジさんはこの先どこへ行くの?」
「アンジの国! アンジ怪我しちゃって、食料もなくなっちゃったから国に帰るって! んで僕も一緒に行くの!」
「へー、テツくんはアンジさんが大好きみたいね!」
「うん! アンジはいろんな事を教えてくれるんだ! アンジといると楽しいよ!」
「そう、それはなによりね!」
「あ! そうだ! アンジに早く薬持って行ってあげなきゃ! エイ婆、僕もう行くね!」
「そう、薬はちゃんと持った?」
「うん!」
「じゃあこれ、お弁当も、途中で落とさないようにね」
「うん! 気を付ける!」
「じゃ、じゃあ気を付けて行くんだよ……」
「わかった! エイ婆も元気でね!」
テツはドアを開いた。
「テ、テツくん……」
「ん? なに?」
「また……また遊びに来てくれるかい?」
「いいよ! アンジの国でアンジの傷が治ったらまた島に行くから、その時にアンジと一緒に来るよ!」
「ありがとう……その時はまた腕に寄りを掛けてご馳走作るわ!」
「わかった! 楽しみにしてる! じゃあまたね!」
「ええ、じゃあまた……」
テツはエイ婆の家を去って行った。エイ婆は、テツの姿が見えなくなるまで、いつまでも見送っていた。
――――
テツは町中を走り回っていた。
(あれー? どっから入って来たっけ? んー)
テツは家の屋根の上へと飛び上がり、辺りを見回して出口をさがした。
(えーと……あ、あっちだ!)
テツは屋根から屋根へと飛び移り、町の出入り口へと急いだ。そして町の出入り口に辿り着くと、またもの凄い速さで林の中を駆け抜けて行った。
(お弁当落とさないようにしなきゃ)
テツはエイ婆からもらったお弁当を胸にギュッと抱きしめ、アンジの元へと急いだ。
「アンジー!」
町から三十分程でアンジの元へと辿り着いた。
「アンジ! 薬もらってきたよ! あとお弁当も!」
「うーん……うーん……スンスン……クンクン……!!」
アンジはお弁当の匂いに気付き、勢い良く起き上がった。
「はいこれお弁当!」
お弁当を受け取ると全力で頬張った。
「ガツガツ、モグモグ……!? テツの分は?」
「僕食べて来たから平気だよ!」
「そ、そうか……?」
アンジはしばらく無心で弁当を食べ続けた。
「ぷはーあ!」
弁当を全て食べ終えたアンジは、またその場に倒れ込んだ。
「アンジ! あと薬もあるから飲んで!」
そういうとテツは寝転がるアンジに薬を飲ませた。
「うぅーん」
「これで良くなるかな?」
テツは横になってるアンジに毛布を掛け直し、アンジの回復を待った
――翌日
「う、うーん」
アンジは起き上がり、辺りを見回した。
(テツは……?)
「テツー!」
林の中からテツが現れた。
「あ、アンジ! 身体良くなったの?」
「ああ! おかげさまで元気になったよ! テツ、ありがとう!」
「へへ、良いよ! なんかいろいろ楽しかったし!」
(楽しいって……)
「ところで、あの薬とお弁当はどうしたんだ? 誰か通りすがりの人にでも頂いたのか?」
「ううん、あっちの方に町があってね、そこでエイ婆って人が薬もくれたし、弁当も作ってくれた!」
「そ、そうか? ずいぶん奇特な人もいるもんだな……」
(あっちに町? そんな近くに町なんてあったのか?)
「なんて町だい? 近くならお礼を言いに行かなくちゃ」
「んー、町の名前は知らない、近いのかな? アンジじゃ時間掛かるかも、でもまたアンジの傷が治ったら一緒に行くって行ったから、そん時行こうよ!」
「そ、そうか、それもそうだな、こんな状況で行ってもまた御迷惑をかけるだけだしな、まずはガルイード王国に帰る事を優先しよう」
(しかしテツにとって僕はすっかり軟弱な印象なんだなぁ……)
「ん? 今なんて?」
「ん? ああ、僕の国だよ、ガルイード王国って言うんだ」
「ふーん……」
(なんかどっかで聞いたような……? ま、いっか)
「どうした?」
「ううん、アンジ、身体よくなったんなら早速行こうよ!」
「ああ、そうだな、では! 遅れを取り戻す為にも! 急ぐぞテツ!」
「えー、遅れたのアンジのせいだし、またすぐ疲れないでよねー」
ズルッ……。
二人は再び歩き出し、ガルイード王国へ向けて歩き出した。数時間でゴサマに辿り着き、町を抜けると幾つもの山を越え、およそ三日後……。
「はぁはぁはぁ……」
二人はある山の頂上へと辿り着いた。
「み、見えた! テツ! ガルイード王国だ!」
「え! どれ? どれ? あ! あった! わー! 大っきなお城―!」
それは、大きな山々に囲まれた、とても大きな王国であった。
「さあ、行こうテツ!」
「うん!」
次回第10話【訃報】