第14話【説教】
「テツくんにサガネと防具を!」
「防具はいらないよ、どうせ当たらないから」
「こらテツ!」
「まあまあ、どのみちテツくんに合ったサイズの防具もないか……当たらないと言うか当てないんで大丈夫ですよ」
メダイがそう言うも、アンジは不安そうな表情を浮かべる。
「んー……大丈夫かなぁ……」
そして不安がるアンジを余所に、テツとサルバは刀を持ち、中央へ寄った。
「では、始め!」
……シーン……
開始早々にテツはサルバにつぶやいた。
「どうしたの? 打って来て良いよ」
「え? あ、ああ」
(いや、むしろ打ってきてくれるの待ってたんだけど……んじゃまあ、軽く……)
サルバはゆっくりテツへと刀を降ろすと、テツは軽く刀を避けた。
その後、サルバは何度かゆっくりとテツに刀を伸ばすも、テツはことごとく刀を避けた。
「なにやってんの?」
「いや、流石に言うだけあって上手いもんだね」
「いや、だって当てる気ないでしょ?」
「……」
サルバは流れる様な動きでテツの右側に廻り込んだ。
(少し速く行くぞ……)
サルバはさっきより少し早く刀を降ろした。
が、テツは刀も見ずに避けた。
「!! なに !? 偶然か……?」
サルバはゆっくりと構え直しすと、また流れる様な動きで円を書き、今度は左後ろまで廻り込んだ。
(これならどうだ?)
サルバはもう一度テツへと刀を振り降ろした。
が、またしても振り向きもせずに刀を避けた。
「くっ!」
すかさず何度か刀をテツに向けるが、またことごとくテツはサルバの刀を避けた。
「な?! に?!」
サルバは咄嗟に距離を取った。
道場がざわつく。
「この子は……」
「おじさん、そろそろ本気でやったら?」
「……」
サルバは目の色を変えた。
(テ、テツ……)
会話の聞こえないアンジは心配そうに見ている。
「はあ!」
サルバはテツに向かい鋭く踏み込み、そして目にも止まらぬ速さの剣速で三連を見舞った、が、テツはそれすらも難なくかわした。
「な!! よ、避けただと!?」
「おじさんそれで全力?」
「ぐっ、きえぇぇ!!」
サルバは立て続けにテツに剣撃を放つが、サルバの刀はテツには全くかすりもしない。
「そろそろ僕も打って良いかな?」
「打てるものなら打ってみろ!! どうせかわすのでやっとだろう!!」
サルバが勢いよく刀を振り降ろした瞬間、テツはサルバの視界から消えた。
「な!!?? 消えた!!」
テツはサルバの後ろに廻り込んでいた。
「ど、どこだ!?」
テツは刀でツンツンとサルバの背中をつついた。
「!!??」
サルバが後ろを振り返った瞬間、テツはサルバの頭上高くへ飛んだ。
「なっ!」
そして落ちる勢いでそのままサルバの頭に刀を振り落とした。
「ぐわぁ!!」
防具が割れ、サルバは頭から血を流している、それを見る全員は、あまりの事に呆然としていた。
「…………」
頭を抱え苦しんでいるサルバをジッと見ていたテツは、不敵な笑みを浮かべ、サルバの右腕へと刀を振り下ろした。
バキッン!!
「うがあ!!」
サルバはうめき声を上げ、ゴロゴロと転げた。テツはそれを見ると、さらに近付き、今度は左足めがけて刀を振り下ろした。
バキッン!
「ぎぁおらぁ!!」
サルバが甲高い声を上げる。
「はっ!!」
あまりの出来事に、呆然と見ていたアンジは我に返った。
「テ、テツー!!」
そのとき、テツはまた刀を振り上げていた。
「テツー!! やめろー!!」
「ピクッ!」
アンジの声に反応したのか、テツの動きが一瞬止まった。アンジはテツに飛びつきテツの動きを止めた。
「テツ! なんでこんな……!?」
アンジはサルバを見るテツの顔を見ると驚愕した、それは、テツが今までみた事のないような凶悪な笑みを浮かべていたからである。
「あ、アンジ、ほらね! 当てられたでしょ!」
テツは無垢な笑顔に戻り、アンジに微笑んだ。
「テ、テツ……」
シーン……。
道場は静まりかえっていた。
――医務室
「ええ、そうですか、わかりました、本当に申し訳ありませんでした」
扉を閉めたアンジにテツが駆け寄った。
「アンジ大丈夫? 怒られた? ごめんね……」
「とにかく……一度家に帰ろう…」
「うん……」
家に帰る最中アンジは一言も言葉を発さなかった、また、テツも黙ってアンジの後を歩いた。
「ただいま」
「おかえりなさい、どうだった? 魔法弾はうまくいった?」
「ああ、まあ、それなりにね……」
無理にはにかむアンジに、サオはただならぬ雰囲気を察知した。
「そう、ならよかった、今なにか冷たい飲み物用意するわね」
「ああ、すまない」
サオは台所へと向かった。
「……テツ」
「う、うん?」
「ちょっとそこへ座ってくれ」
「うん」
「……」
「副隊長のサルバさんな、腕と足にヒビが入り、頭部も七針塗って、しばらくは入院が必要だそうだ」
「うん……」
「現場には暫く戻れない、二週間後の島の調査にも参加できないだろう……」
「うん……でも」
「でもじゃない!!」
アンジは机を強く叩いた。
「アンジ! 落ち着いて……」
飲み物を持って来たサオがアンジをなだめた。
「テツ……組手の上での事だ、テツだって必死だったろうし、最初の一撃は仕方のない事だ、しかし、その時点で勝負はついていただろう? なぜ腕や足を叩く必要があったんだ? あきらかにやりずぎだ……」
「自分でもよくわからないんだけど……不思議な気持ちになって、叩いたらどうなるんだろうって……」
「テツ……」
アンジは一度目を瞑り、気を落ち着かせた。
「いいかいテツ、組手という特殊な状況だ、興奮状態になってしまうのも無理はない、やらなければやられるという恐怖だってあったろう」
「うーん、なんていうか気持ちは落ち着いてなかった、なんかこう、込み上げてくるものがあって」
「うん、それは誰にでもある事だ、しかしあくまで組手であり、訓練の一つであって、なにも殺し合いをしているわけではないんだ、そんな中でいたずらに人を傷付けてはいけない、今日テツがやってしまった事はあきらかにやり過ぎだ、その事をちゃんと理解してほしい」
「人を傷付けてはいけない……うん」
テツは深く頷いた。
「うん……もし仮に、相手に手を出して良いときがあるとすれば、それは大事な人、大切に想う人を守る時だけだ」
「大切な人……うん、分かった!」
「うん」
アンジは小さく微笑んだ。しかし、テツの言う不思議な気持ちや、込み上げてくるものというのが、底知れぬ悪意によるものだという事に、アンジも、またテツ自身もまだ気付いていなかった。
――病室
「サルバ、具合はどうだ?」
「ええ、痛みはありません、気分も少し落ち着きました」
「そうか、しかし凄い子だったな、お前ともあろうものを一方的に」
「ええ、まるで歯が立ちませんでした、むしろ、人間と組手をしているとは思えない程の相手でした」
「うむ……しかしあれだな、将来が楽しみな子だな、型はデタラメではあるがあの歳であの強さだ、きっと有能な兵士になる」
「……」
サルバは震えだした。
「サルバ……?」
「じ、自分は実際に相対したからわかります、あの子は……いや、あの生き物は有能な兵士になんてならない、あの生き物は脅威です、いつか、いつか人間を脅かす……」
サルバは自分をなぶるテツの、凶悪不敵な笑みと、赤黒く輝く瞳を思いだした。
「あああぁぁぁぁあああ!!」
「サルバ?! 大丈夫か!! しっかりしろ!!」
サルバは発狂すると布団に包まり震え続けた。
(サルバ…………確かに……今は良いかも知れないが、この先あの少年があの底知れぬ力を育て、悪意を持って使ったなら……)
メダイは組手の時のテツを思いだした。
「人間の、脅威か……」
次回第15話【トビ】