恋はするものじゃない、されるものだ。(空回りヒーローver.)
恋はするものじゃない、されるものだ。
しかも、びっくりするくらいに迷惑な形で。
玄関を出たら、目の前に予想通りの人物を発見して、私はげんなりとしてため息をつく。
「な……っ、おい、莉子、無視すんな」
スルーして歩き出そうとしたら、腕を掴まれた。なんでこの人、朝からスーツ着てるんだろう。どうみても就活用ではない華やかさに、眩しくて頭痛すらしてきた。今日の講義にドレスコードなんてあったかな。
「離してもらえますか。講義に遅れちゃう」
「送ってやるから乗れよ」
ふふんと得意げに指差すのは、巨大なリムジン。朝の忙しい時間帯なのに、こんな細い道に停めたら渋滞を招くじゃない。
「いらないです。大学、すぐそこだし」
冷たく言い捨てて、私はまた歩き始める。徒歩五分の大学は、ここからだってよく見える。
「ちょ、待てって、じゃあこれ持ってけよ」
必死に差し出されたのは、綺麗にラッピングされた薔薇の花。この前巨大な花束だったのにドン引きしたのを覚えていたのか、今回は小さな花束だ。それでも、今から大学に行くのに必要ないけれど。
「え、いらない……」
花に罪はないけれど、一度受け取ったらエスカレートするのは目に見えているので、私はそのまま彼を無視して歩き出した。
うしろから呼び止める声が聞こえたけれど、リムジンが邪魔だとクラクションを鳴らされていたから、きっと追ってこないだろう。
何故か私につきまとうあの男は、大学では知らない人はいないほどの有名人。某有名企業の社長の息子で、キラキラとしたアイドル顔負けの美貌を持つ。
何もかもを手にした人生勝ち組であるはずなのに、唯一の欠点は頭が残念なことか。
平凡を絵に描いたような私に、何故かつきまとう彼の行動は、ありえないほどにベタだ。
リムジンで登場して、薔薇の花束を持って、オシャレなレストランを貸し切りにして。
無難に平和に生きていきたい私にとっては、迷惑以外の何物でもない。
人生で関わりたくない人リストの最上位に位置する彼は、何度断っても、どれほど邪険に扱っても一向にめげない。
平穏な学生生活を祈りながら、私は足早に大学を目指す。急がないと、リムジンで先回りされてしまう。大学内で捕まったら、お昼はきっとそのままどこかのレストランに拉致されてしまう。私は、ナイフとフォークで食べるお高いフレンチよりも、学食のラーメンを愛している。
「莉子、王子が探してたよ」
「諦めて相手してあげなよ」
すれ違う友人が、笑いながらそんなことを言う。外面完璧な彼は、王子というあだ名が嫌味なほど似合っている。
薄々分かっている、彼から逃げることは不可能かもしれないと。だけど、僅かな可能性に賭けて、私はひたすら彼から逃げ続ける。
私だって、追われるより追う恋がしたいから。