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 □■□■


 のんべんだらりと過ごしていれば、正午を告げる鐘の音が聞こえてくる。

 午前中にしたことといえば食事といちゃいちゃくらいのものだ。つまり実質的には徹頭徹尾いちゃいちゃだけしていたようなものだが、大きな仕事を終えた直後なのでのんびりしていてもいいだけの余裕がある。


「もうお昼だねぇ」

「早いわねえ。そういえばお腹が空いているかもしれないわ」

「あはは、私もおなかペコペコだよ。きょうはなに食べたい?」

「そうねぇ……」

 セブンスが問いかければ、スクラップブックから顔を上げたマリーはしばし考えこむ。それから彼女はパタンと本を閉じて笑みを浮かべる。

「そういえばなにかの記事に書いてあったような気がするわ。近くに新しいカフェができたそうよ。お昼はそこに行きましょう?」

 なにせ目当ての記事を求めて大量の雑誌や新聞に目を通すマリーなので、自然にそういった情報は脳の片隅に残っていた。情報通と呼ぶにはうろ覚えなことが多いが、お散歩デートと思えば多少ぶらつくのも悪くはない。

 セブンスはもちろん笑顔でそれにうなずき、ふたりは街に繰り出すことにした。




 ふたりの住まうアパートは、時限の魔王が治める国にある。

 絢爛(けんらん)とは違ってあまり名のある魔王ではないが、堅実な手腕と実直な国家経営に定評のある中堅どころだ。

 そんな魔王の治める国は、都会と田舎の中間ほどにある比較的治安のいいところだ。領土は都市と大きな駅ひとつ分程度で、他国とのジャンクション的立ち位置のため人口はそこそこ多い。

 起きる事件といえばちゃちなひったくりくらいのもの。不良少年が徒党を組んでサボっていたり、タクシー運転手が路駐してコーヒ片手にドーナツ食べながら警官に気さくに挨拶する、そんな光景がありふれたゆるい街だ。

 縦長のアパートが並ぶストリートはこの時間帯になると車通りも人通りも多い。昼食の時間をたっぷりと用意するという時限の魔王の方針のせいだが、きょうはなにやら普段よりも騒がしいようだった。耳を澄ませばサイレンの音までも遠くから聞こえてくる。

「なにかあったのかしら」

「どうかな。気になる?」

「そうね。だけど夕刊でも読めばいいわ。いまはお腹が空いてるの」

 軽くお腹をさすってみせるマリーにセブンスは笑う。

「そうだね。どの辺にあるの? カフェ」

「どこだったかしら」

 マリーもやはり詳しくは覚えていないらしくきょろきょろと周囲を見回す。そんなことをしても特に目印は見つからなかったが、ふと思い出したことがあってポンと手をたたいた。

「そういえばこのあいだ閉じちゃったレストランが向こうにあったわよね」

「ああ、あのスパイシー料理の? けっこう美味しかったところだね」

 通りをしばらく進んだところにあった、スパイシーな料理がウリのレストラン。常連だったそこが店主の個人的な理由とかでなくなってしまったのはついひと月ほど前のことだった。

「店主さんがマゾヒストの恋人とよろしくやってるんですって。次はスイーツの専門店でも開くに違いないわね」

「それともカフェかも。行ってみようか」

 どこから仕入れたのか定かでない噂話を披露するマリーにセブンスはうなずく。

 レストランが潰れても店舗自体がなくなるわけではない。時期的にもそこが新しいカフェになっていてもおかしなことはないだろうと、とりあえずそこを目指してみることにするふたり。


 散歩デートというだけあって、ふたりは仲睦まじく腕を組んで歩いた。ささやかな会話を交わすだけで触れあうほどに顔が近く―――なんなら勢い余って触れてしまうこともたびたび。付き合ってそろそろ二年にもなるカップルだが、いまだに付き合いたてくらいの空気感でいる。

 明らかにカップルと分かる上に、片方は黒髪赤目という珍しい色彩の持ち主だ。そのおかげで目を引いて下品にはやし立てられたりするが、そんなものは日常茶飯事だった。

 むしろマリーなんかは、素敵な恋人をもっと見せつけるようにノリノリで密着する。そうするともちろんセブンスは応えていちゃいちゃして、はやし立てる方は歓声を上げるか虚しくなってとぼとぼ去っていく。


 ここいらでは、ふたりはそこそこ知られた―――バカップル、だった。


 しばらく歩いて。

 果たしてたどり着いてみればそこには小洒落たカフェがあって、くしゃみが出そうになるスパイシーさはどこへやら、コーヒーのほろ苦い香りが漂ってくる。

「あら、ほんとにカフェになってるわ」

「へえ。オススメはスパイスコーヒーだってさ。よろしくやってるっていうのはガセだったんじゃない?」

「そうかも。この前なんて白無垢はゴーストに違いないだなんて言ってたのよあの子ったら」

 さっそく入ってみようとするところで。

「……?」

 ふとセブンスが振り向く。

 道路を挟んだ向こうがわ、アパートメントの非常階段。

 視線をやると、切羽詰まった様子で階段を駆け上がる少女がいる。


 ―――その少女が屋上から飛び降りて、そして自分の上に降ってきた。


「っ、」

 とっさに身構えるセブンスだが、その光景は白昼夢のようにすでに消えている。

 そもそも仮に飛び降りたところで道路ひとつ分の距離を挟んだ自分のところへは届かない。真下にでもいれば別だが、どうしてわざわざそんなことをする必要があるのか。

(いまのは……?)

 困惑するセブンスを、きょとんとした瞳がのぞき込む。

「セブンス? どうしたの」

「……ううん。どうでもよかった」

「あらそう」

 うなずきながらもマリーは同じく視線を向けて、駆け上がる少女に気がつく。

 とっくにセブンスは興味を失っていたが、マリーはとたんに目を輝かせた。

「そんなことよりお腹すいちゃったよ」

「そうね。でもなんだか面白そうよあの子」

 マリーが楽しげに笑って腕を引くので、セブンスは苦笑してそれに付き合う。

 興味があるとすぐに近くで野次馬したくなる好奇心旺盛なところがマリーにはあるのだ。

「ご飯はおあずけかな」

「いいじゃない。きっとすぐよ」

 セブンスは呆れたようにため息を吐くが、それと同時に頬をゆるめていた。マリーに付き合うのはもちろん楽しい。

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