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 その瞬間、老人の砕けた頭からミミズのような虫が顔面目掛けて飛び出してくる。


 ―――もはやそれに思考と呼べるものはなかった。人間の脳という思考のための部品はすでに失われている。それでも本能にしたがって新たなる体を求めるだけだ。


 セブンスは二本の短剣の腹ですり潰すようにしてそれを始末した。

(虫の魔法使いか。珍しいな)

 そんなことを思いながら扉を蹴り開けば、その向こうには女がひとり。


 重厚な事務机の天板に腰かけて足を組んでいた女は、その尊大なふるまいとは裏腹に穏やかな笑みでセブンスを迎えた。

「ようこそいらっしゃいました。どうやら貴方様には私共のおもてなしではご満足いただけなかったようですね」

 その視線がセブンスの足元、カーペットを汚す物体を見てわずかに笑みが深まる。

「ずいぶんとやんちゃをなさるお方のようです」

「他のやつはどこにいる? あとふたつ残ってるのは知ってる」

「残念ですが彼女はご多忙の身でございます。すでにこの場にはおられません」

 あっさりとそう言って頭を下げる女。

(どのみち聞いて答える訳もないか)

 真偽はどうあれ彼女との問答に早々に見切りをつけたセブンスが手っ取り早く短剣を投じる。


 その短剣はあっさりと空中で消失した。

 かと思えば次の瞬間には女の傍らに出現し、ダンッ! と音を立てて突き立つ。


(魔法……物を出すとは聞いていたけど、消すこともできるのか)

 目の当たりにしても正体の掴めない魔法への警戒を滲ませるセブンスに。

「―――せっかちな方なのね」

 女は、手に取った短剣を眺めて何気なく呟いた。

「けれどワタクシも、ずっとあなたに焦がれていたのです」

 その瞬間セブンスの頬をかすめて風切り音が通過していった。

 弾丸だ。

 セブンスの眼には、それが正真正銘本物の弾丸であると捉えられていた。

 目の前に空間に突如として出現したそれが、まるで火器を用いて放ったそのままの速度でセブンスの顔面を狙ったのだ。

 たらりとこぼれる血液を見て、女は人差し指を立てる。

「あまり動かれると綺麗なお顔が傷ついてしまいますわよ」

 すぃ、と指が向けられた瞬間に生ずる無音の銃撃。

(出てきたとき一瞬だけ停止時間がある。それに私に触れるくらいの距離には出ないみたいだ)

 冷静に弾丸を弾き飛ばして突貫するセブンスに女はわずかに眉を弾ませ、次の瞬間セブンスの正面に現れる弾丸の壁。地を滑るように掻い潜り、それを待ち受ける弾丸の雨雲から跳び出す。

(一度に出せる体積にも限りがあるのか。即座に動けば逃げ出せるくらいの余裕はある)

 銃弾をかわしながらも淡々と魔法を解析していくセブンス。

 女の視線が細まり、ひらりとドレスが舞う。同時にピンの抜かれた手榴弾が空中に散らばり、安全レバーが弾け飛んでいく。

 セブンスは短剣を投擲しながら強引に転換、床を突き飛ばすように可能なかぎり距離を取る。

 そして爆発。

 射止められた手榴弾が壁もろともに調度品のツボや絵画なんかを破壊する中、わずかに破片をかすめながらもほぼ無傷で立ち上がる。

 それから机の裏に回るとそこには正方形の穴がぽっかりと開いていて、下のエントランスホールにまでつながっていた。

 見下ろした瞬間に打ちあがってきたロケットを短剣で迎撃し、爆風が止んだところでセブンスも穴に身を投じる。そして穴を通り過ぎるところで天上に短剣を突き刺して身体を投げ飛ばした。

「ずいぶんとたくましいお方ですこと」

 待ち受ける銃弾の群れが穴に吸い込まれるも、それで止むことなく続けざまにセブンスを狙って打ちあがっていく。

 天上を伝ってそれらを回避したセブンスは二階廊下に降り立ち、頭上に生じた手榴弾から逃れるために飛び降りる。そして廊下を蹴り飛ばして即座に血だまりの中に着地すると、悠々と立つ女へと突貫した。

「それにとてもお元気なのね」

 セブンスの足元の床が正方形に消失する。

 踏み外した一歩が一拍遅れてがくんと接地して、その隙に女が手にした長槍がぎゅるりと回転しながら差し込まれる。即座に身を捩りながら短剣を振るうも外れた瞬間にはすでにそこに槍はなく、女はとんっと軽やかにセブンスから距離を取る。

「ではこういった趣向はいかがかしら」

 セブンスの正面に生ずる引き金を引かれたショットガン4挺。

 とっさにひざを折り畳んで身体を逸らす真上を吹き飛んでいく散弾たち。続けて床に手を突きバク転することで、真上に生じたショットガンからふりそそぐ散弾の雨を回避する。

「ステップはお上手ね」

 軽やかな足取りで階段を登っていく女。

 次々に生じるショットガンの散弾や弾丸たちを回避しながらも短剣を投げつけるが、それらはやはり一瞬でどこかに消え去った。

 距離を詰めなければどうにもならなそうだと判断したセブンスは、弾丸を掻い潜りながら女めがけて駆け出す。

 その間も女の意識を逸らすために繰り返し短剣を投擲すると、それを片端から消す女もわずかに眉をひそめ、口元を扇子で覆った。

「お静かにお願いできるかしら」

 ふりそそぐ手榴弾に、セブンスは一息で刃を走らせ通過する。

「あらまあ。お上手なのね」

 信管もろとも切り裂かれた手榴弾が火薬に着火できず不発弾として階段を転がり落ちていく様に感心した女は、間近に迫るセブンスへと拳銃を向けた。

 引き金を引かれるよりも早く振るわれたセブンスの短剣が空を切る。

 背に触れる銃口。

 身を翻した瞬間に高らかに銃声が響き、背をかすめて銃弾が飛翔する。

 振り向きざまの一閃はまた空を切って、ホールの真ん中で女は笑う。

「やはり素敵なパートナーと踊るのは楽しいものですのね―――そうは思わない?」

 突き付けられる銃口に反応した瞬間には頭上から聴こえる銃声に弾丸を弾き飛ばし、ぬるりと首筋を這う殺気に背後を蹴り飛ばす。

 ひらりと階段の最上段に降り立った女は、幅広のナイフを手のなかで転がしてころころ笑う。


 そうかと思えば背後で回り、


 真上で踊り、

 階下に降り立ち、


 通路の奥に。


 見せつけるように次々と現れては消える女が、最後に天井から釣り下がるシャンデリアに腰かけてセブンスを見下ろす。

「ワタクシの『継ぎ接ぎ(パッチワークス)』はすこし複雑と思われてしまうようで、いっしょに踊ってくださるお相手もなかなかおりませんの」

 問答無用にセブンスが投擲した短剣がシャンデリアを吊るす鎖を切断する。

 その瞬間にまた階段の最上段に降り立った女は両手に拳銃を持ってセブンスへと向けた。

「―――ワタクシ、アナタともっと踊ってみたくなりましたわ」

 正面の拳銃と背後に生ずるショットガン。

 即座にショットガンを飛び越えていく頭上から叩き込まれる弾丸の雨を強引に弾き散らせば、着地点の階段部分が一段消失する。

 シャンデリアの落下音が凄絶に響く。

 そのとたん降り注ぐ手榴弾を振り上げた足で全て切断してみせ、シャンデリアの残骸に着地すれば顎を突き上げ心臓に突き付けられる銃口。

 後ろに倒れ込むと同時に残骸に手を突いて足を振り回すが、すでにそこに女はいない。

 体勢を立て直すと目の前で笑っている女の顔面に短剣を突き出せばそれはあっさりと空を切る。その瞬間女を捕捉するよりも早く短剣を振り回すと、硬質な手ごたえを捉え、そのままセブンスはひとり分の質量を弾き飛ばした。

「ワンパターンでは飽きられてしまいそうね」

 くすくすと笑いながらひらりと宙を舞う女。

 放たれる弾丸を掻い潜り接近していくと、次の瞬間には目前に着地している。

 振るう短剣は拳銃で受け止められ、蹴り上げる足をくるりと跳躍して回避された。

 空中で放つ銃撃を弾き追撃を仕掛けようとするも次々に取り囲む銃弾とショットガンがそれを許さず、距離を取った瞬間、女が消えるよりも一瞬早く背後に短剣を振り下ろす。

「まあ」

 わずかに目を見開いた女が拳銃で短剣を受け止め、突き出す銃口をセブンスは弾き飛ばす。返す一閃は空を切り、振り向きざまに投擲した短剣は階段の半ばに出現した女にまっすぐと飛来するが撃ち落される。

(連続で消えるためにはほんの少しディレイがある。だから攻撃を受け止める必要があった。あとはカンで攻撃を置けば殺せる)

 すぅと目を細めるセブンス。

 女の魔法の底をある程度見定めた彼女は、明確にそれを殺傷するイメージを有していた。

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