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018

 女は車を渡り継ぎながら隙を伺う。

 もっともそんなものがあり得ると期待してはいない。

 そんな相手にこちらから仕掛けなければならないと思えば指先が震えた。

「ふっ」

(このワタシがためらうとはな。いやしかし、事実あの反応力を超えるのは至難か)

 思考とは裏腹に戦意は(たぎ)る。

 女は弾倉を開放し、たっぷりの血液に浸った銃弾を確認する。

 そしておのれの体内を循環する魔力を血液に流して銃弾へと。

(ならば反応できぬほどの火力で消し飛ばすまでよ)

 立ち上る血煙に頬をひしゃげる。

 女の血液により蒸着された鉄血の魔弾(アインブラッド)

 魔力と血液をふんだんに吸ったそれは、もはや形を成した魔術そのもの。

(都合六発……これ以上の魔力消費は魔法の効果が消失しかねん)

 どくどくと首から滴る血液を指でさらい、その戦いの熱でもって紅をさす。

 そっとすり合わせ、赤く濡れた唇が弧を描く。

「久方ぶりに挑戦者の気分を味わえるとはな―――カカッ。ああ、実に愉快だとも白無垢。キサマを殺し、至高の赤に染まるとしよう」

 女は銃口を標的へと向けた。

 恐らくそれを撃った瞬間に即応される。

 ひとつ吐息でためらいを逃し、吸い込む酸素は身体を脳を動かすためだけに肺に込め。

 その瞬間セブンスが跳び上がる。

 なにごとと見上げる上空から降り注ぐ星屑の煌きが、ガラスを人を鉄をアスファルトを車体を次々に切り裂いていく―――

(なんだ、なにが起きている、手当たり次第に攻撃を仕掛けているとでもいうのか?)

 混乱しながらも銃口を向ける女は、そのときはたと気がつく。

 集団を取り込む魔法を使っているからこその感覚。

 自分の魔法が、すでに集団を認識できていない―――ッ!

(ッ! 狂人めがッ!)

 明確におのれを見下ろすセブンスへと即座に引き金を引く。

 1発目。

 ほぼ同時に足元の車が電柱に激突し、いくつもの車が連鎖的に事故を引き起こしていく。

 しかし悲鳴のひとつも上がらない。

 そこにはもう―――悲鳴を上げられる者は残っていない。

(人間を全て殺して強引に集団を解除したッ! ひとときのためらいもなくだッ! これが白無垢ッ! 面白いッッッ!)

 あらゆる思考をぶっちぎり、事故の隙間で駆け出してくるセブンスに引き金を引く。

 2発目。

 セブンスが腕を振るっただけで火花が弾け、お返しの短剣が嵐のように叩きつけられる。

「恐るべき戦闘思考よッ! 賞賛するぞ白無垢ッ!」

 どこかで起きたガソリンの爆発に煽られながら首元に迫る短剣をナイフで受け止める。隠し刃で蹴り返そうとし、先んじた踏みつけが短剣で足を縫い留める。痛みにあえぐ間もなく押し付けた銃口はするりとすり抜け、強引に振り抜いた足が空を切った。

 即座に背後に迫る気配へと二連の銃撃を放つも、合いの手のように挟まれた金属音が結果を語る。3発目、4発目。

 振り向きざまに振るうナイフの真下から突き上げる短剣に鼻を縦に裂かれ、バックステップとともに放つ弾丸はなにげなく振り降ろす短剣に撃ち落とされた。5発目。

「カカッ! ここまで通用せんか、このワタシがッ!」

 向かってくるセブンスへと向ける銃口から6発目が放たれる。

 それを同じように弾き飛ばしたセブンスは、すでに弾切れを理解しこれまで以上の速度で女へと迫った。

 振るわれる短剣の乱舞をナイフと拳銃で強引に受け止め、その瞬間胴体に叩き込まれる蹴りに女は思い切り吹き飛んでいく。蹴りとともに捻じ込まれた刺し傷からの血液でアスファルトを染めながら街灯に激突し、血反吐と絶叫を吐き出した。

 《ッたばれ白無垢ッッッ!!!!》

 声に乗ってまき散らされる魔力の信号。

 それが弾丸に到達すれば、周囲の魔力を吸い込み一息に爆裂の魔術を起動する。多少歪みひしゃげていようとも、弾丸そのものが魔術の塊であるため支障はない。

 弾かれて散らばったそれらはストリートを消し飛ばすだろう。それでも吹き飛んだ女は生き残る可能性が若干高いかもしれないというだけのほぼ自爆攻撃。

「カカカッ!」

 それでもなお哄笑を上げる女。

 次の瞬間には死のうが生きようが、弾けた赤を雨のごとく浴びている。


 ―――はたして応えて爆ぜるのは、いまわの際の赤き太陽。


(な、に、?)

 衝撃波により、投擲されていた短剣が吹き飛ばされる。

 舞った土埃にひさしを作りながら、セブンスは女のもとへと駆けていた。

(ばか、な)

 爆発が―――空中に逃れた弾丸ひとつ分しか起きていない。

 その事実に呆然とする女の手元に、どこからか吹き飛ばされた硬質な感触が触れる。

 見下ろせばそこには、真ん中からキレイに半分になった血色を纏う鉄。

(―――切った、のか……?)

 銃口に刻まれたライフリングにより回転する、先細りした流線型の弾丸。

 それを切り裂くためには、仮に触れるだけで万物を切るような刃物を用意したとしても、回転の中心に寸分のズレもなく垂直の刃を当てなければならない。

(それを計5発、しかもこの実戦の場で、当然のように……ッ!)

 それだけではない。

 思い返せば彼女が弾丸を短剣で弾いた――正確には切り飛ばした――のは、魔術を弾丸に込めた後からだ。

 明らかに、魔術の存在を感知してから対応している。

 その事実に呼び起こされるのは、彼女が敬愛する魔王の死に様。

(そうだ、魔王陛下の寝室、部屋中に傷があったッ! つまりやつは、あの偏執なまでに仕込まれた魔術ッ! 白無垢ッ、コイツはあれを全て、全て発動前に潰していた―――ッ!)

 恐るべき魔術察知。そして対応力。

 あらゆる面で上回られたという圧倒的な事実が刃を魔臓にまで届かせようとする中。

「まだ、だ……ッ!」

 それでも一切の諦めを滲ませず銃弾をばらまく。

 飛来する短剣の暴風もろともに吹き飛ばす勢いで、突き出した手のひらの先から衝撃の魔術を弾けさせた。

(せめて四肢のひとつくらいはもらうぞッ!)

 爆ぜる銃声。

 衝撃の魔術によりいくつかの雷管が起動し四方八方に乱射する。

 指向性を持たせる余裕もなかった衝撃により腕が弾け飛び、強引な魔術のせいで魔力が急激に喪失する。四肢から力が失われていくのが分かる。

 それでも一矢報いるため、まき散らされた弾丸の一部が自分の身を襲う中で必死になって身を縮こまらせた。


 ―――そして女は生きて顔を上げた。


 視界に映るのは、抉れた道路と、至る所で起こる事故事故事故。

 そして盾にしていたドアを投げ捨てる―――ほぼ無傷のヤツ。

(ああそうだ、知っていたともッ!)

 女はすでに、最後に残った一発の弾丸を眼前に浮かせていた。

 ズタボロの全身から遺失していく魔力―――そのひと雫を、手中に死守したままにッ!

(正真正銘の最後だッ! 受け取れ白無垢ッ!)


 ―――キンッ!


 セブンスの投擲した回転する短剣がその柄で弾丸を地面にたたきつけ、そのまま女の胸に突き刺さる。

「ぐ、ぅうおぉおおおお―――ッ!!!!!」

 地面に弾み、くるくると回転する銃弾。

 女の震える手がその雷管を待ち受けて。

 見逃さぬようにとその弾丸に目を凝らす彼女の意識の外から。

「マジックショーにはもう飽きた」

 セブンスの蹴りが銃弾を眼球にねじ込んだ。

 ビクンッと弾んだ女が伸ばした手はセブンスには届かず。

 去り際に投げつけられた短剣の柄が雷管を叩き、脳から鼓膜を突き破る銃声を最後に女は死んだ。


(少し時間をかけすぎた)

 女の血液から立ち上るどことなくスパイシーな香りになんとなく食欲をそそられつつ、セブンスはその場を後にしようとする。

 夜とはいえ、道路を埋め尽くす大事故にすでに騒ぎが生まれていた。

 とりあえず自分を目撃した可能性のある人間全員には短剣をプレゼントしておくが、長居すればもっと厄介なことになるだろう。

(魔法を解除するためとはいえ少し考えなしだったかもしれない……マリーとシロが起きちゃうかも)

 そんなことを思いながらそそくさと去っていくセブンスは、ふと歩道に落ちている軍服に気がつく。それ自体というよりは、その懐から覗くものに目が惹かれた。

 近づいて拾い上げてみるとそれは警察手帳だった。はみ出していた写真が持ち上げた拍子に落ちて視界に映る。

 そこには自分とマリー、そして見覚えのある女が映っている。

 どうやらさきほどの女はこれを頼りにふたりの住処を見つけたらしい。

 セブンスはそれをバラバラに裂くと、ちょうど程よく炎上している衝突事故があったのでそこに投げ込んでおく。

(マリーが目を覚ましたら、急いで引っ越した方がいいかな。あんまり怖がらせないように説得しないと……)

 そうしてセブンスはふらりと路地に消えた。

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