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7/9

#7/9

 私はしばし黒く燃え尽きたご邸宅を見上げた後、拳をぐっと握りました。

 まず、庭の草むしりをしました。ひとしきり終えて、冬囲いを始めました。

 まもなくやってきた冬の間に、隣町の図書館へ通いました。医学書を読み、先生不在の間に勉強する目的もありましたが、建築技術について書かれた本を探して読みました。

 春になり、大工道具を父から借りて、先生の家を直し始めました。といっても、土台以外は焼け焦げ、雪の重みに歪み、ほとんどゼロからの建て直しでした。

 そんな私を、町の人達は冷ややかな目で見ました。けれど私は気にすることなく、山から木を切り出し、槌や鋸を振るい、汗と土埃にまみれながら作業を続けました。

 手の薄皮は擦り切れ、肉刺(まめ)はいくつも潰れ、筋肉痛も毎日起こります。それだけ作業をすれども、女の細腕では、蟻の歩みほどしか進みません。

 ある朝、先生のご邸宅へ行くと、大量のゴミが捨てられていました。またある日には、切り終えていた木材が盗まれていました。

 私の行動が気に食わない者の仕業でしょう。これには、心が挫けそうになりました。

 泣きそうになりながら、ゴミを片付け、山へ登って木を切りました。

 先生が犯人(あなた)になにをした?

 私が犯人(あなた)になにかした?

 それどころか、怪我や病を、治したかもしれないのに。先生に助けられた人も、たくさんいるはずなのに。先生が町の人達になにか危害を加えたわけでもないのに。

 それとも、私が悪事を働いているのでしょうか。

 自問自答する私を救ってくれたのは、意外にも子供たちでした。

「メリッサ姉ちゃん、俺たちも手伝うよ!」

「先生帰ってきてもさ、家なかったら困るでしょう?」

 子供たちは、先生を信じていました。

 大人の噂話に左右されず、自分の目や耳での経験を信じたのでしょう。先生を悪く思う子は、いませんでした。

 私はまたも泣きそうになりました。今度は感動による嬉し泣きです。

 こうして、思わぬ人手が足されました。とはいえ、私より年下の子供たちですから、蟻の歩みが鼠の歩みに進化した程度です。しかし、それでも、挫けそうだった私には強大で、有難いものでした。

 夏になると、父があるものを寄越しました。

 それは先生の家の土地の権利書でした。

 どうやら、元の権利書を焼失を理由に、町長として再発行したようなのです。

 権利者の名前こそクラウス・オールドマンになっていましたが、その代理として私の名前が記されていました。

「これで、あの土地への不法侵入や、不法投棄、窃盗に対して、お前が被害者として訴えを起こせるようになる」

 驚きました。

 父は今までなにも言いませんでしたが、私をずっと心配してくれていたのです。これまでの嫌がらせにただ耐えるだけの私を、泣き寝入りはさせまいと助けてくれたのです。

 町長として表立って先生を庇えない父の、心の形なのだと思います。

 私は権利書を大事に仕舞いました。

 秋の気配が近づく頃、私は相変わらず子供たちと大工の真似事を続けていました。土台を直し、柱を立て、外壁を打ち付け、漆喰を塗るところまで進んでいました。けれど完成の前に冬を迎え、中断することは、想像にかたくなかったです。

 それが、ある日いきなり裏切られました。

「そんなんじゃいつまで経っても終わらないぞ」

 現れたのは現職の大工でした。手伝ってくれる子供の父親でもありました。

 私はどうしても不信感が拭えませんでした。見向きもせず、知恵も口も出さなかった町の大人。私のことを陰から嗤っていたのかもしれない、嫌がらせの犯人かもしれないと思うと、態度が冷たくなるもの無理はありませんでした。

 ところが、大工は仲間を呼び、手を貸してくれたのです。それをきっかけに、先生の家の建築現場に、たくさんの人が集うようになりました。

 ある者は床板を張り、ある者は山出しへ行き、ある者は屋根瓦を敷き、またある者は差し入れに食事を作りました。

 そうして、初雪が降る前に、先生のご邸宅は落成したのです。

 私は信じられないものを見るような心持ちでした。

 騙されているのか、狐につままれたのか、はたまた夢でも見ているのか。

 元より美しく、機能的に出来上がった家を、建築の参加者が喜び、手を取り合って称える中、私は呆然としていました。

 思い切って、大工のひとりに訊ねました。

 何故、あれほど貶めていた先生のご邸宅の建て直しに協力したのか、と。全く金にならないタダ働きなのに、今度の目的はなんだ、と。

 思えば、最低な訊き方をしました。大工は真摯なまなざしを私と子供たちに向けてから、こう答えました。

「これだけ一生懸命なメリッサが信じてるんだ、先生が悪人だろうと善人だろうと、もう迷わずに信じる」

 集まった人達は、頷きあいました。それは厳かで、揺るがない確かなものであると感じさせました。私は、またも涙を流しました。

2020/12/14

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