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#6/9

 翌朝、町長である父の元に、町の住民が大挙して押し寄せました。

「先生はどうして連れて行かれたんだ?」

「先生と軍はどういう関係なんだ?」

「軍事機密漏洩ってなんのことだ?」

「先生は軍人だったのか?」

「先生はいつ戻ってくるんだ?」

 皆、先生のことを気にしていたのです。

 父もそうだろうと思い、可能な限り、情報を集めようとしたのですが、悲しいかな、田舎町では高が知れています。新聞を読んでも、この町から先生を、軍事機密漏洩容疑で逮捕、連行したという以上の情報がないのです。

 私は、父に代わり、知っている限りを答えました。もちろん皆、それで納得しきるはずがないのですが。

 父も先生を案じているので、王都に住む(ふる)い友人に、早馬で手紙を出しました。なにかわかれば返事が来るでしょうけども、早くて十日はくだらないでしょう。それも、町の人達に説明をしました。彼らは渋々、報せを待つと合意しました。

 町の大人よりも説明に難儀したのは、子供たちの方でした。

 彼らは親から聞いていることがバラバラで、集まって話すうちに混ざり、私の元へ尋ねに来たはいいものの、まず私がしなければならなかったのは、誤解を解くことです。

 不十分な情報と、子供特有の突飛な憶測とが混ざった誤解をひとつずつ解き、不完全だけど正確な事実のみを伝えました。

「先生を信じていてもいいの?」

 ひとりがそう問いました。

 私はしばし言葉に迷いました。

 信じてほしい――――そうすぐに言えなかったのです。

 信じてほしい、けれど、おおっぴらに先生を庇うと、この子達まであらぬ疑いをかけられるかもしれません。

 軍人は、しなくてもいい放火までしました。こんな田舎町の民を葬るなど、きっと躊躇いもないでしょう。

 信じたい。信じたいけれど、私の意志で、私の意地で、彼らを危険に遭わせるわけにはいきません。

 今の私では、彼らを守れません。

「信じても信じなくても、好きにするといいわ」

 そう答えるしかできませんでした。目を合わせることもできずに。



 そして半月後、父の旧友から手紙が届きました。父が読み進めながら表情を暗く険しくするそれを、私は奪い取るようにして読みました。

 手紙には、クラウス・オールドマンの裁判が終わったと書かれていました。

 そんなに早く結審するものか、と私は訝りましたが、判決を読んで納得しました。

 先生は、軍事機密漏洩容疑の被告人として有罪判決を受けたそうです。その償いに、懲役刑に処されたそうです。

 内容は、戦地での強制労働――――とどのつまり、軍医として連れ戻されてしまったのです。

 父の旧友は私見もしたためていました。恐らく、隣国への侵攻の為、軍医を補充する目的が大きいのだろう。その為に、罪状のでっち上げも厭わなかったものと見える、と。

 それを読んで愕然としたものの、納得はいきました。

 たぶん、先生は無実だと思います。町の人達も、無実だと信じているはずです。だって、町の誰もが、先生が軍と関わりがあると知らなかったのですから、機密漏洩もなにもありません。

 それに、軍事機密を漏洩する人間を、懲役刑とはいえ何故軍に入れるのでしょう。

 ですから、騙されたとか、嵌められたというのが、正しいのでしょう。

 それをお(かみ)に言ってどうなるのか、という話ではありますが。

 私は手紙を読み終えると、先生のご自宅へ向かいました。

 そこには、焼け果てた残骸が佇んでいました。木造の建物は、柱がわずかに残っているだけ。しかも黒く煤けておりました。

 それは誰からも見捨てられたお墓のようにもみえました。

 ここに、先生と子供たちの笑い声が溢れていたのが、遠い昔のことのよう。

 お庭に回ってみると、苹果(リンゴ)の樹は無事でしたが、薬草たちは枯れる寸前。冬も間近に控え、無理もないかと思われました。

 この家は死んでしまうのでしょうか。せっかく蘇ったというのに。

 そんな不安に駆られました。

 先生の帰る場所が無くなってしまう。町の皆で慕っていた先生の家なのに。

 実を言うと、半月の間に、先生の評価はだいぶ下がってしました。事実を知らぬまま、噂に尾鰭がつき、住民は好き勝手話していたのです。『家を燃やされるくらいの悪事を働いた』と、誰かが言い出し、それを支持し、先生の悪口を言う者が出てきたのです。

 もちろん、それを信じない者もいます。今日の手紙の件を父は公表するつもりですが、それで現状が良くなるとも限りません。有罪判決を受けたのは、覆せない事実なのですから。

 先生の話を、いつしか皆避けるようになっていました。ご自宅の前も、足早に逃げるように通り過ぎる者もいました。

 町中が、先生を忘れようとしているかのようでした。

 そして、それはいけないと思いました。

 それではいけないと、強く思いました。

2020/12/11

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