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私は、軍人さんの用が気になったので、中に入ることにしました。表向きの用としては、茶葉を台所に置くためです。
庭には、台所へ続く勝手口があります。私は子供たちの話し声を背後に、そっと回って中に入りました。
台所は、食堂とカウンターで隔てられています。食堂は一等広いので、いつも授業に使われていました。
私はカウンターの下に潜って、見つからないように様子を伺いました。
食堂には、確かに先生と軍人さんがいました。軍人さんは軍服姿で、胸元にたくさんの勲章をつけていました。
「本当に、戻ってくる気はないのだな?」
軍人さんは見た目通りの厳しい声で訊ねました。
戻る、とは聞き逃せない言葉でした。
戻る⋯⋯どこに?
軍人さんの⋯⋯軍に?
先生は、軍の人だった?
私は動揺しました。けれど、どこかではやっぱり、と納得してもいました。
先生は少しも動じることなく答えました。こうなってくると、堂々とした立ち居振る舞いも、軍人らしさがあるように見えました。この一点においても、単なる医者とは思えませんでした。
「はい、戻りません。戻るはずがない」
「ふん、汚名返上の機会を与えてやろうというのに⋯⋯もういい」
軍人さんは鼻を鳴らしました。
途中から盗み聞きした私には、会話の意味がわかりません。けれど、先生がなにか悪いことをしたのだと察せられました。
そして軍人さんの次の言葉は、私を混乱させるものでした。
「この、父親殺しの出来損ないが」
吐き捨て、軍人さんは先生に背中を向けると、大股で玄関から帰っていきました。私は、玄関から入らなくてよかったなと少しほっとしていました。
軍人さんの最後の罵倒を、少しでも頭で考えたくなかったのもありました。
玄関から扉が開いて閉まる音が聞こえました。
私はこらえていた息を深く吸って吐きました。強ばった肺が柔らかく戻るのを感じました。
それがまた強ばるのは、すぐのことです。
先生がなにを思ったのか、台所へやってきたのです。カウンターの下に潜っていただけの私は、他に逃げる場所もなく、あっさり見つかってしまいました。
先生はわずかに目を瞠りましたが、咎めはしませんでした。
「⋯⋯見ていましたか?」
「⋯⋯少しだけ⋯⋯」
私は白状しました。先生ほ困ったように笑いました。子供たちが悪戯を仕掛けたのを見つけたときのような笑顔でした。それはなによりも私を安心させるものでした。
けれど、先生の言葉は、私に恐ろしい予感を与えました。
「いつかこんな日が来るのではと思っていました」
「え⋯⋯?」
「メリッサ、君に話しておかなければなりません」
2020/12/04