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「もしも心に形があるのなら、どうしますか?」
ある晴れた日の午後。私はお茶をカップに注ぎながら、そんなことを訊ねました。
「それは⋯⋯見てみたいですねぇ」
その人はカップをゆっくりと持ち上げ、しみじみと言いました。
「僕に向けられる心というものがどんな形をしているのか⋯⋯見てみたいです」
私は、その答えが不思議でなりませんでした。
その人は、名前をクラウス・オールドマンと言いました。三年前のある日、町外れの食堂だった荒屋に、突然住み着いたお医者様です。
私をはじめ、町の人達は、最初は怪しく思っていました。
けれど、確かな腕と、気さくな態度。急患とあらば、真夜中だろうと嫌な顔ひとつせず駆けつけるような優しさ。困っている人は放っておけず、いつでも手を貸してくださります。
また、荒屋を自分で直したり、庭をこまめに手入れして、多種多様な薬草を育てるなど、器用な面もありました。
さらに、ご自宅を開放して、町の子供たちを集めては、読み書きを教えたり、リュートの弾き語りをしています。
こんな風に、とても親切なお医者様ですので、町の人達と打ち解けるのに、時間はかかりませんでした。
今では『先生』と呼ばれ、誰からも慕われています。
そんな先生に向けられる心は、きっと素晴らしい形をしているに違いありません。
しかし先生は、表情ひとつ変えずにこう言いました。
「恐ろしく鋭い刃物の形をしているかもしれないが」
ガチャン、と私の手から、ティースプーンが滑り落ちました。カップにミルクを入れて混ぜていた物ですが、それを取り落とすくらい、私は驚いたのです。
私は顔がこわばりました。けれども先生は、穏やかな微笑みを浮かべたまま、お茶をひと口飲みました。
「⋯⋯ありえないわ、ありえません、そんなこと」
私はようやく声を絞り出せました。
「そうでしょうか」
「そうです。町の人達が先生をどれほど尊敬しているのか、お忘れですか?」
「忘れるはずがありませんよ、メリッサ。毎日のように子供たちは遊びに来てくれて、私の話なんかを真剣に聞いてくれる。大人にしてもそうだ、診察のお礼と言って、食べ物を分けてくれたりもする。自慢じゃないが、僕はこの町の人には愛されている方だと思います」
「えぇ、そうですとも」
私は頷きました。
「先生を傷つけようとする者が、この町にあるはずがありません」
私はそう言ってから、はっと気が付きました。
この町の住人は、みな先生を慕っています。
しかし、この町以外の人はどうでしょう?
どこから、どうして、この町に来たのか⋯⋯先生の過去は、誰も知りません。
私は、先生を傷つける者が現れないことを、心の中で祈りました。そして、この心の形が、願わくば先生を守れるような、盾の姿であることを願いました。
2020/11/30
全9話です、今年中には完結します。