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09交易

(第3章 知的生物)

09交易

1.装飾品

 乗組員の中には芸術的な才能を持った人や美的センスの良い人たちがいる。最初、彼らは手が空いた時に、趣味的に装飾品を作っていた。PC端末機を使ってデザインをして、AI制御の工作機械で装飾品を製作するのだ。デザインが決まり材料が揃えば、彼らは簡単に装飾品を制作できた。技術部の技師たちも協力した。

 最近は鉱山から金銀・宝石類が採掘されている。これらの多くは、工業用として実用的な用途で使われている。しかし、次第に装飾用の需要が高まって来た。


(巡青葉艦内の技術部の一室)

「こんにちは、出来ていますか」と佐藤看護師がドアを空けた。

釘貫(くぎぬき)技術少尉は「出来ているわよ」と答えた。

 小さな会議室の中には、テーブルの上一杯に装飾品が並んでいる。釘貫は、飼っている小人4人と共に皆が集まるのを待っていたのだ。

「うんうん、上出来、上出来」と佐藤看護師は、展示物を見ながら微笑んだ。

彼女は、艦内最年少の一人で20歳だ。釘貫は彼女を妹扱いしていた。


「どうかな」と言いながら、碇技術部長が室内に入って来た。10人ほどの小人たちと一緒だ。小人たちは装飾品に群がり「キュー」と歓声を上げた。そして品物を手に取ると、碇におねだりを始めた。新作の装飾品は好評だった。

「まだ駄目だよ。後で、後で」と碇は小人たちを、たしなめた。

「モテモテですね」と釘貫がからかった。

「言うな」彼は照れながら言った。

 連れてきた小人たちの大半は碇が飼っているのだ。彼女たちは体中にアクセサリーを付けていた。


 最近の碇は、積極的に装飾品製作に関与している。佐藤看護師のデザインを基に、彼がA1に指示を出して試作品のほとんどを製作した。ただし、メッキ・塗装などの仕上げは釘貫が担当している。なお、装飾品のデザインをする者は佐藤の他にも数人いる。

 今日は新作の披露と、その中から量産する品を決めるための打ち合わせ会なのだ。

「ウン、なかなか良い仕上がりだ」

 装飾品を手に取り、精密検査用ルーペ(拡大鏡)で作品を見ながら釘貫を褒めた。

「いや、流石は部長です。いつもながら、見事な出来栄えですよ」とお互いを褒めたたえた。

「ありがとうございました。」「また、新しいデザインを描いていますので、近いうちにデータを送ります」と佐藤看護師は言った。


 初めは作成した装飾品を希望者に配付した。その後は抽選で譲り渡していた。今は、艦内の情報ネットワークを通じて販売している。装飾品は小人を飼っている乗組員からの需要が多い。小人が装飾品を欲しがるからだ。

 人間が作った装飾品は亜人たちの間で人気が高く、売り手に有利な交換比率で取引されているようだ。

 製作データが段々と溜まってきたので、人気のあるデザインを標準化して量産すれば、交易の際に役立ちそうだ。既に、洒落たデザインのボタンやガラス製の色付きビーズなどが、交易用として大量に生産されていた。

 亜人たちも金銀や宝石に対しては、人間と似たような価値観を持っていることが分かった。そして、ネックレスや指輪・腕輪のサイズなど、小人から要望や注文が多数出されていた。

 近いうちに、交易用の製品を作るための部会が設置される予定だ。鍋釜や食器などの日用品の他に、装飾品や工芸品なども大量生産することになりそうだ。


2.マーケット

 小人やオークとの交易のためにマーケットを開設した。青葉台の西側、防護柵の側溝に隣接する空き地に、楕円形のドームを建設した。そして小人やオークたちに出店するように呼び掛けた。

 最初は日にちを決めて、フリーマーケットを開催することにした。彼らにカレンダーを渡して、毎月10日に市場を開くことにした。その場所を十日市場と名付けた。だが、この名前は使われなかった。


 市場は大変繁盛した。市の開催日は直ぐに十日毎になり、週1回になり、月水金の週3日開催になった。さらに小人たちから、毎日開いてほしいと多数の要望が寄せられた。

 そして楕円形のドーム内に多数の店舗が建てられた。この市場は青葉マーケットと呼ばれるようになり、今は週5日営業している。


 予想外の来客があった。巨人までもが現れたのだ。急いで、巨人の待機場所が設定された。巨人の言語が解析されて翻訳機に移植されている。ヒトも亜人たちも意思疎通が図れるようになっていた。


 その後、巨人も参加できるようにと市場が整備された。人間と小人とオークの店舗は中央通路の両側に軒を連ねている。中央通路を挟んで2列に並ぶ店の外側に、巨人用の通路が設けられた。

 そして小人の仲介により巨人も出店した。その店舗は商店街の列の片端に、巨人用の通路に接続して設置された。かなり広いスペースを専有した。


3.交易品

 こうして、亜人たちとの交易が益々活発になった。

 巨人は交易品として、獲物の中型草食恐竜や大型哺乳類、採集した木材や鉄鉱石などを出品した。それらは極めて多量だった。巨人との交易がもっと盛んになれば、マーケットで流通する該当品目の大部分を巨人が占めることになるだろう。


 小人は、人間の使うものならば何でも欲しがった。そして日用品や工具のサイズ、使い勝手について多くの要望が出された。程なく彼らに最適な商品が供給されるようになった。


 出店者をみてみると、既に小人たちは商人となっていた。彼らは、ヒトや他の亜人たちが持ち込む全ての商品を取り扱った。

 一般客の小人たちが持ち込むものは、獲物の小動物と採集した果物や芋類、薬草などが中心だ。他にはオーク用に制作した弓や槍などの武器、日用品の土器や黒曜石のナイフ、それと各種の装飾品を持ち込んでいた。


 彼女たちが欲しがる物は、小型ソーラー発電機と照明機器や懐中電灯・簡易翻訳機・携帯通信機などの機械類、食器や鍋釜などの雑貨、布地、装飾品、化粧品、薬、穀物、燻製肉、缶詰やレトルト食品だ。特に化粧品と装飾品は大好のようだ。


 しかし、客の小人たちが持ち込むものと購入する物にはかなりの価格差がある。とても持ち込んだ獲物などで交換できるものではない。差額はヒトから得た布地や装飾品などで支払っていた。

 先日、亜人たちはヒトと各種の条約を結び、見返りに莫大な報酬を得たのだ。各部族の構成員はその配分に預かり、にわかに金持ちになっていた。貨幣ではないが、それを代用する物品を大量に所有していたのだ。


 オークは主に鉱石などを対価として、ヒトから食料品や採掘用工具、木工用工具、農具、鉄板や鉄棒、鍋釜、装飾品などを得ていた。それらの品は高値で転売されているようだ。勿論、全て物々交換だが。


 人間は小人やオーク用に制作した食器やガラス製品、各種工具などを中心に販売している。また、野菜や肉食恐竜の肉を売り出した。野菜は青葉台で栽培したものを試験的に販売している。

 恐竜の肉はとてもよく売れた。オークは強力なあごと歯をもっている。煮ても焼いても堅い肉を、平気で咀嚼できるのだ。小人たちはひき肉やハンバーグなどに加工したものを買い求めた。肉食恐竜の肉とその加工品は、このマーケット最大の目玉商品となった。


4.支払い手段

 そして、始めは物品の交換比率について逐一交渉が行われていたが、次第に一定の値ごろ感が出来て、交換比率の相場が形成されるようになった。しかし、物々交換ではやはり不便だった。


 鉱石などは、マーケットとは別に売りにやって来る者もいる。先日も行商人になった小人が数人のオークを伴って、石炭を売りに青葉台にやって来た。小人から対価として要求されたものは、布地・飾りボタン・容器・装飾用のガラス玉などだ。


 亜人たちは市場にやってくると、小動物などの獲物を他の食料品や日用品と交換することが多い。これは買い物の代金を獲物で支払ったといえる。

 だが、獲物以外のもので支払い(交換)をする場合には、特定の物が使われることが多い。

 高額な工具や農具を買うときには、毛皮や布地で支払う(交換する)ことが多い。食料や日用品を求めるときには、紐や飾りボタン・ガラスのビーズで支払い(交換)をする例が目立った。

 彼らの買い物を注意深く観察すると、毛皮や布地・紐・飾りボタン・ガラス玉が貨幣の役割を果たしているようだ。



5.小人の雄

 小人の雄が見つかった。これまでに確認した小人の住処には雌しか住んでいなかった。雄の小人を重巡青葉の乗組員たちは見たことがなかった。

 ひとつの小人の部族は、幾つかのオークの集落に付随した住処に分かれて暮らしている。

 しかし、北西部山岳部族の住処の近くに、1か所だけ小人たちが出入りする不審な隠れ家を調査隊が発見した。その洞窟に隣接するオークの集落はなく、小人単独の住処だった。

 時々周辺の集落から、雌がその隠れ家に移り住むのだが、暫くすると元の集落へ戻って来た。そして交代するように、別の集落から別の雌が、隠れ家に移り住むのだ。注目すべき点は、集落へ戻った雌が、やがて出産することだ。


 このことを緑川が、北西部山岳部族の長老に問い合わせると『もう、あなた方に隠す必要はないでしょう』と言って、事情を説明してくれた。

 実は、部族ごとに1か所だけ秘密の住処があり、ここに少数の雄を中心とした集団が隠れ住んでいるのだ。

 後日、小人たちに案内された調査隊が、無人観測機を洞窟に入れて確認したところ、その隠れ家で12人の雄を発見した。4人は子供、6人が成人、2人は老人だった。しかし、雄の顔や体格は雌と同様で、人間には見分けがつかない。年齢差もよく分からないのだ。

 雄のほかに出産適齢期の雌6人と、それらの世話をする初老の雌8人が一緒に住んでいた。

 だが、この洞窟内には多数の住居があり、部族全員で生活できる規模の住処だ。倉庫には木材や青銅・鉱石・薬の材料など大量の物資を備蓄していた。


 小人の雄は極めて少なく、その出生割合は1%程度だ。極めて稀に雄が生まれると、直ぐにこの場所へ移されるのだ。雄はこの隠れ家を出ることなく、この地で一生を終える。この部族には雄が12人いるが、同年代で病死した者を含めると、40人の雄が出生していた。同時期に雌が4,000人程出生している。しかし、小人の生存率が低いので、現在この部族には、8歳以上の成人の雌が、100人程しかいない。毎年、子供が400人程生まれているそうだが、半数以上が乳幼児のうちに病死するのだ。


 小人は、食料の多くをオークに依存しているとはいえ、小動物の狩をしている。刃物の材料になる黒曜石、薬草や燃料用の草木の採集もしている。

 槍や弓矢などを制作してオークが保有する食料と交換しているが、それらの物品を製作するには、材料を採集しなければならないのだ。


 子供たちは6歳になると、見習いとして狩猟採集活動に参加する。そして、その多くは住処に帰ることが出来なくなるのだ。

 結局、8歳に達して成人するのは400人中20~30人程度だ。さらに成人しても、長寿を全うする者は少ない。寿命とされている35歳まで生き延びる者は稀であった。小人たちは極めて厳しい環境下で、生存競争をしているのだ。


 雌は出産適齢期になると、この場所へ移り住み、妊娠すると元の住処へ戻り出産するのだ。

 彼女らは多産で、1回に4~6人を出産する。約20年間にわたり出産出来るので、一年おきに出産したとしても一人が生涯に50人ほど産める計算だ。ただし、それだけ長く生き延びられた場合の話だが。


 雄のいる隠れ家は、周囲の集落から食料などの供給を受けて維持されていた。この場所は緊急時の部族全員の避難場所であり、部族の共有財産の隠匿場所でもあるのだ。


6.ヒトとの交流

 しかし、ヒトとの交易により亜人達の生活は一変した。その生存率も急速に向上した。亜人達が今まで見たこともない、武器や薬や工具など、驚くほど有用な物資をヒトは所有しているのだ。

 ヒトに飼われた小人は、概ね6~7歳の小人たちだった。彼女たちはヒトから、これらの有用な物資を大量に獲得して部族の者たちに渡していたのだ。

 この狩猟採集生活の見習いたちは、生存率が100㌫だった。小人の部族にとって彼女たちは大きな富をもたらす、非常に重要な役割を担う存在となった。

 因みに現在、青葉台周辺の4部族出身の小人約300人が、ヒトと同居していた。


7.小人の学校

 青葉台のドーム内には、亜人を対象にした病棟があり、今も多くの小人やオークが入院して治療を受けていた。また、青葉市場にある診療所にも連日、亜人達が押しかけて診察を受けている。特に小児科の受診者は増える一方だった。それで、病棟も診療所も増築してスペースを確保した。


 しかし、病院側の人員やロボットの増員は出来ないため、極端な人手不足に陥った。すると、病人の付き添いで来ていた小人たちは、積極的に病院の業務を手伝うようになった。

 やがて何人かの小人は、病院や診療所に雇用されて働きだした。彼女らには賃金として食料品や布地、針や糸、紐や毛糸、食器などを支給した。

 小人たちは一生懸命によく働いた。そして医療関係の知識を求めた。それで彼女たちに、看護に必要な知識を学ぶための講座を設けて受講させると、熱心に勉強して知識を吸収していった。

 そして遂に、小人の看護師を養成するための看護学校が開校された。


8.小人の人口爆発

 ヒトの医療を受けることが可能になり、乳幼児の生存率が著しく向上したため、小人の人口が爆発的に増加していた。この増加した人口を養うための食料の確保は主にヒトが担うことになるだろう。


 以前は亜人の食事回数は不定期だった。食べられないことも多かった。2~3日に1度か、食料が豊富にあるときでも食事は1日1食か2食だった。

 しかし、ヒトと交流するようになると、ヒトは1日3食又は4食であることを知った。そして、ヒトと交易して以前より豊富な食料を得られるようになると、亜人達の食事回数は増えて、1日3食に変化してきたのだ。特に小人は、元々やせ過ぎていたため、著しい体格の向上と体重増加が認められた。


                          了


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