08亜人たち
(第3章 知的生物)
08亜人たち
1.意思疎通
田中隊員が勤務を終えて自室に戻ると、飼っている小人が飛び付いて出迎えてくれた。そして、激しく愛情表現をしてくる。飼い主の帰宅を待っていたペットにありがちなことだ。だがそれは、ペットには見えなかった。人間の子供のような姿と大きさなのだ。ウイッグ(付け毛)を付け、人形が着るような服を着ているのだ。少々異様だ。
元々小人は、毛皮や木の皮を材料にして作った服を、頭から被って顔だけ出しているというスタイルだった。それで田中は最初、フード付きのコートを与えた。試しに他の衣装も試着させると小人は大いに喜んだ。中でも、ゴスロリ風の服が一番気に入ったようだ。つい、田中はこの小人に色々な服を買い与えてしまった。
因みに、これらの服は小人をペットにした仲間内で製作されたものだ。デザインは看護師や保健婦たちの有志が行った。縫製は技術室の整備士などが機械操作に協力していた。
小人たちは艦内の居住区のみ滞在を許されている。
田中が飼う小人は初めの頃、彼から片時も離れようとはしなかった。しかし、彼の自室に住むようになると、ヒトの勤務時間について理解したようだ。聞き分け良く毎朝エレベータまで見送り、部屋で彼の帰りを待つ様になった。
小人も狩猟採集生活をしている。毎日出掛ける必要があることは分かるのだと田中は思った。そして、彼が飲食物を持ち帰ると小人は大いに喜んだ。やがて田中には、毎日何かしらの手土産を持ち帰ることが義務付けられた。
後で知ったことだが、小人は室内でPC端末機器や通信映像機器を弄って、色々な情報や画像データなどを検索・閲覧していた。また、単純なゲームを楽しんでいた。居住区の機械装置は、基本的に音声入力方式又は生体間接接続だが、既に小人の言語でAIと会話が出来るように設定されていた。
田中が飼っている小人は化粧品やネックレスなどの装飾品を情報ネットワークから検索した。そして、それらを欲しがったので彼は買い与えた。
田中は、この小人をマリーと名付けた。マリーは人間の食べ物に興味を示して何でも食べた。ペット用よりも人間と同じ食事を好んだ。
最近は食堂にマリーを連れて行くようにした。すると、たちまち同類が増えた。今日もマリーと共に食堂に行くと、小人連れの乗組員たち数組が既に食事をしていた。
やがて乗組員の勤務時間内には、居住区のサロンの一角を小人たちが占拠して、お茶を飲み菓子を食べながら駄弁っている姿が見掛られるようになった。立体映像のメニューが表示されるパネルを操作して、飲食物を注文することを覚えたのだ。
注文を出すとテーブルが開いて食べ物が出てきた。それは彼女たちに大いに受けた。給仕アンドロイドが料理を運んでくることもある。小人達はアンドロイドに興味津々だ。抱き着いて体を触っては色々と調べていた。
小人たちは自分の飼い主が帰るまでの時間を、そのように過ごしていた。そこは、彼女たちのお気に入りの場所になった。
乗組員はこれを小人会と呼んだが、彼女たちは行儀が良かったので、特にとがめられることはなかった。
やがて、翻訳機に小人の言語データが移植され、彼女たちと本格的に意思疎通を図ることが可能になった。
この時代の人間社会は、衣食住など生活に不可欠なものは実質的に無料だ。電子マネーが使用されているが、単なる計算上のポイントに過ぎない。
消費生活に関する膨大で詳細な規定に基づき、人の生活をAIが管理していた。AIが必要と認める消費は全て実現するが、AIの認めない消費は実現出来ないのだ。
趣味で何かを収集する場合、量産品の収集は一定量まで認められる。しかし、希少な物品の収集は一般的には認められない。例えば学術的な研究とかに必要だと認められなければ収集出来ないのだ。
それでも収入と支出には個人差があり、人によってはかなりの貯蓄が出来るので、相当な無駄遣いが可能な場合もあり得る。だが昔の大富豪の様な生活をすることは認められていない。
元々収入の個人差が小さい社会であり、相続制度も廃止されていた。動産も不動産も全ての個人財産は国庫に戻るのだ。特定のファミリーが莫大な私有財産を蓄積することは、ほぼ無いと言ってよい状況だ。
金がなくても、必要な消費は保証されている。金のない人が飲食した場合、その料金はマイナスの数字としてコンピュータに記録されるだけなのだ。借金とは異なり、利払いはない。収入があった時に数字が相殺されるのだ。収入や資産の状況に関わらず、必要な支出だとAIが認めれば支出できるのだ。
ただし、宇宙船は補給を受けなくては艦内の物資は枯渇してしまう。補給の状況によっては、消費が制限されることはあり得る。
健康上の理由での制限等がない限り、普通の飲食は規制されない。小人にもその制度が適用されて、事実上自由に飲食できた。小人は体が小さいので、人間基準のメニューでは分量が多すぎる。それで、1人前を数人で分け合って食べていた。勿論、飲食物の量を指定して注文することができる。だがそれは小人達にはまだ無理な事だった。
ところで、重巡青葉の乗組員にはコンピュータと簡単な情報を送受信できる、生体端末機が移植されている。生体移植コンピュータと言う通信装置だ。生物の体を構成している物質と同じ成分または体に無害な物質のみを使用して、これは作られている。極超小型なので注射器で簡単に人体へ移植できた。
これは簡単な画像データを、脳の視床下部に直接送り込むものだ。立体画像も画像パネルも不要になる技術だ。ただし、大量のデータ送受信は人体に悪影響が出るため、データ量が規制されている。
そのため、乗組員たちに移植されている生体端末機器は、適度な少量の情報処理しか行えない。
だが、これを用いて亜人との意思疎通が出来そうだ。亜人にも、生体端末機を移植するのだ。そうすれば、生体端末機とコンピュータを通じて情報交換ができる。亜人と人が会話できるのだ。
しかし、中継器の通信圏外では翻訳機に頼るしかない。人間と亜人は、お互いの言語の聞き取りと発音が出来ないのだから。
2.小人との会見
重巡青葉の乗組員がシュメール星で生活するようになって間もなく半年が過ぎる。
青葉台の蒲鉾型建物の会議室で、緑川は近隣に住む小人の代表団と初めて会見した。近隣の小人4部族から、それぞれ4人一組の代表団がやって来た。
小人のひとつの部族は、大体3~4か所の住処に分かれて暮らしている。その人数は1か所に100~120人程度だ。部族全体で400人~500人程になる。
住処の場所は原始人の集落に隣接する洞窟内にある。小人は原始人の集落に付随して暮らしているのだ。今回来たのは小人の代表団だ。原始人とは、また別に交渉する必要がある。
会議室のテーブルを挟んで、緑川の前には4人の小人たちが座っていた。それぞれの部族の代表だ。年齢は35歳前後だが、仲間からは長老という意味の称号で呼ばれていた。この4人の後ろに、あと4人が控えているが、同席するだけで発言はしないそうだ。残りの者達は別室で待機していた。この小人たちも全員雌だ。
「初めまして。私は緑川と言います」
続いて、同席している緑川の部下2名と管理室の係員が名乗った。次に小人たちが次々と名乗り、あいさつをした。
小人たちの名前は、人間には聞き慣れない音や、発音が難しい音が含まれていた。『にーにー』とか『ニャー』『ヒュー』などの音しか聞き取れなかった。会議室ではタブレット型の翻訳機を使用しているが、固有名詞は時々一部記号で表示された。
人間が聞き取れる音の周波数は約20ヘルツから2万ヘルツ程度だ。しかし、小人たちの言語は、人間が聞き取れない3万ヘルッまでの高音が含まれていた。そして、事情は小人たちも同じだった。人間と同じようには発音できないのだ。
特に固有名詞については人間も小人も、それぞれが発音可能な疑似名称を設定する必要があった。
小人たちは各部族の長老だ。
長老A「先ずは仲間の病気、治してくれたこと感謝する」
病気の治療のために、青葉台には毎日たくさんの小人たちがやって来る。かなり遠方からも来ているようだ。
議題に入る。
長老B「あなた方は何という種族か」
「私たちは、自分たちのことを”ヒト”と呼んでいます」
小人達は『ヒュー』『ヒィー』などと何度か繰り返していた。
長老C「我らは”ニー&*””という種族だ」「我々という意味だ」
長老D「ヒトは、どこから来たか」
「何しに、ここに来たか」
「遥かに遠い、星の世界から来ました。自らの意志で、ここに来た訳ではありません」と緑川は答えた。
「確かに、ヒトは空から落ちてきた。そのとき尋常な様子ではなかった」
「あなた方のことを、”天界を追放された魔法使い”と皆が呼んでいる」
「私たちは、あなた方との無用な争いは避けたいのです」
「それは、我らも同じ」
「私たちは、あなた方と友好関係を結びたい」と申し入れた。
「ヒトは強力な魔法を使う。我らもヒトと友好関係を結びたい」
「しかし、ヒトは我らの領域に入り込んでくる」
「私たちには、資源が必要です。資源の探査と採集をしています」
「ヒトの暮らしぶりを見た。色々な物が沢山必要なのだろう」
「あなた方のテリトリーを、犯すつもりはありません」「あなた方の領域を教えてくれれば、侵入しません」
「それならば、我らがオーグ#*<との仲介をしよう」
「我らは、独自の領域を持っていない。オーグ#*<に依存して、オーグ#*<の領域で暮らしている」
「オーグ?」「オークと呼んでいいですか」と緑川が言った。
「それでよい」
係員が翻訳機を操作すると『シュメール星原始人』が『オーク』に変更された。
「オークと我々、言葉違う。でも意思通じる」
「それでしたら、オークとの仲介をお願いします」
「お互いの餌場と水場を荒らさない。取り決めしたい」
「オークと我々は食べ物と硬い木・力を持つ石・役に立つ土を採取する。競合しなければ、我らの領域にヒトが入り込んでもよい。ヒトは我らに代償の物渡す」
「分かりました。細部は改めて詰めましょう」と緑川は言った。
「了解した」と長老は答えた。
「それで、あなた方と巨人はどの様な関係ですか」
パネルに巨人の映像が映し出された。
「会話できない。でも古くから暗黙の合意ある。お互いに助け合って来た」
「彼らは、オー<”*+という。彼らは強力なので、形式的に敬ってきた」
「これを巨人に設定して」と緑川は指示した。
係員が翻訳機を操作して、『オー<”*+』=巨人に設定し直した。
「我らと共に行けば巨人に会える」
「ヒトは巨人に贈り物を渡すとよい」
「巨人はヒトが使役するアンデッドを恐れている」
「巨人が返しの物(返礼品)を寄越せば友好の証となる」
「アンデッド?」「アンドロイド兵のことかしら」
緑川はアンドロイドについて簡単に説明した。
「なんと、鉱石や土くれから作り上げたのか」
「元々、生き物ではないのか」
「ヒトの魔法は凄い」
「土くれに魂を吹き込んだのか。余計驚くわ」
長老たちの後ろに控えている、小人たちがヒソヒソと話していた。翻訳機が作動して、その話の内容を立体画像の文字で空間に表示した。(立体画像で、そのように見えるのだ)
『ヒトに殺されると、魂を抜き取られる』『その魂は、土くれに吹き込まれてヒトに使役される』『それでは死後、楽園に行けなくなる』『肉も魂も全て奪われるのか』小人たちは戦慄した。
「我らを殺して食べないと誓ってくれるか」
「我ら、小さくて痩せている。肉少ない」
「大丈夫です。あなた達を食べたりしません」
「何があっても我らの魂を抜き取らないでほしい」
「分かりました。魂を取りません」
… …
「それでは後日、巨人と会見するときには、あなた方に道案内をお願いします」
「承知した」
「我らはヒトとの友好の証に、輝く石を差し出す」
輝く石とは、ダイヤモンドのことであった。
「我らとの友好の証として、ヒトの武器をくれないか」
「武器が不足しています。私たちの武器は分け与えられませんが、あなた達の武器をより強力なものに変えることは出来ます」
「友好の証は、装飾品など別の物を考えます」
「返しの品(返礼品)を貰えるのならば、我らとヒトは対等の関係となる」
「それならば、我々とオークそれに巨人はヒトに協力する」
「この世界について、私たちは何も知りません。あなた方の知識を提供してください」「例えば、特殊な地形、鉱物や動植物のこと、毒や病気のこと、季節や気候の変化、嵐や地震とか何でも」と緑川は言った。
「分かった。何でも答えよう」
「他に、何か要望はありますか」
「この部屋と同じ明るさ欲しい」
「ヒトが乗っている、動く物が欲しい」
「ヒトが料理した食べ物、ヒトの服の生地欲しい」
「見返りに、何を渡せば良いか」
「交易したいのですか。交易するには、対価か交易品が必要になりますよ」「いずれにしても、車両は不足しているので無理です」「照明器具とソーラー発電機は提供できるか検討します。食べ物や布地は、少量ならば提供出来ます。」
「お願いする」と長老Aは答えた。
すると「ヒトの持っている物、全部欲しい」と長老Dが叫んだ。
小人達は、どっと笑った。
「食べ物や布地の交易については、別の会合を設けて詳細を詰めることにしましょう」と緑川は言った。
「了解した」
「この会議を、あなた方と私たちの連絡会として、定期的に開催します」
「了解した」
長老Cが質問した「ヒト、強力な魔法を使う。恐竜も簡単に倒す。とても強い。でも、ジー#オ”ス倒せるか」
「ジーオス?」緑川が初めて聞く名前だった。
3. 引っ越し
重巡青葉は巨大な宇宙船だが、乗組員は僅か120人程度しかいない。しかし、乗組員の居住室はさほど広くはなかった。乗組員は船全体に散らばって活動している訳ではない。艦内各所には、機械設備の整備や修理のためのロボットが張り付いている。
乗組員は、居住区画と勤務区画が主な活動範囲だ。勤務区画は仕事場である司令室や艦載機等の格納庫、整備作業室や各種生産区画などだ。各区画は、それぞれカプセル状の構造物の中にあり、緊急時には乗組員の救命のため船外へ射出できる。十数本のカプセル内に居住区画や勤務区画は全て納まっている。カプセルの大きさは直径20㍍、全長120㍍程だ。乗組員の居住室は一人に1室が与えられているが、この制約のために狭いのだ。
この度、艦内の居住区のうち予備の船室が解放された。小人と暮らす十数人の乗組員は、そちらのカプセルへ引っ越すことになった。予備の船室は客員や難民収容などのため用意されていたものだ。
最近、小人を飼う乗組員たちの居住室では、いつの間にか小人の人数が増えていた。最初に飼った小人が、姉妹などの身内を引き入れて一緒に暮らすようになるので増えてしまうのだ。
乗組員一人用の船室が手狭になったので、より広い船室に移ることになった。
田中隊員も例外ではなく、現在4人の小人と暮らしている。引っ越しして居住室の広さは倍になったので、スペース上の問題はなくなった。だが、多数の小人との同居生活は、以前の一人暮らしとは全く異なる生活環境になっていた。
最近、小人たちは部屋のPC端末機を操作して、おしゃれな服や装飾品、化粧品などを勝手に注文するようになった。今は普通に、アイラインを描きマスカラを付けて厚化粧している。体が小さいので、少女が悪戯して化粧しているようにも見えるが、皆、可愛かった。
小人の食費などの基本的な生活費は無料だが、一部の嗜好品や贅沢品は飼い主の負担になる。まあ、大した出費ではないし、今や乗組員は貨幣経済など関係ないので、さほどの問題ではなかった。
最初、田中の船室にマリーの妹が1人で遊びに来た。
「妹、遊びに来た。今夜、泊めて」とマリー(小人)は言っていたが、その妹はそのまま住み着いた。
次に2人の妹たちが何回か、姉たちを訪ねて遊びに来るようになった。そして気が付くといつの間にか、この2人も同居していた。
小人は艦内を出入りする度に検疫の対象になる。遊びに来ても、検疫を理由に、滞在日数が長期化する傾向があった。
そして、事情がよく分からないのだが、彼女たちはもう自分たちの住処には帰れないと言ってきた。それで田中は同居を認めた。すると同居を認めた証を要求された。
「同居を許されていることの、証になるものが欲しい」
「ペット許可書のカードがあるでしょ」
小人達は何故か、このカードを進んで使おうとはしなかった。
「保安部の人に度々、許可証を見せろと言われるの」
「許可書は常時携帯していないといけないね」「顔認証とか簡単にできるのだから、小人の個人認証システムを充実してもらおう」
「装飾品のようなもので、一見しただけで同居許可が分かるものを私たちにください」とマリーは要望した。
それで田中は彼女たちに、恐竜革製の洒落たデザインの飾り付き腕輪を与えた。それは艦内のネットワークに出品されていたものだ。それは、小人の個人情報を入力すると立体画像で表示出来る。時刻表示があり、電話や音声入力のメール的な簡単な通信もできる。
これは直ぐに広まり、数日後には他の隊員たちが飼っている小人たちにも、同様の腕輪が付けられた。小人達は嬉しそうにその腕輪を操作していた。
そして田中が新たに広い船室に引っ越すと直ぐに、マリーの別の妹が新らたに2人遊びに来て泊まった。
「部屋が広くなったから、他の妹たちを呼んだの」とマリーが言った。
「何」と田中は聞き返した。
「ウッ、他の妹たちも遊びに来たがっていたの」
「遊びに来ただけ。暫らくしたら帰るから泊めてね」
「遊びに来たのなら構わない」と田中は答えたが、
『他の3人も、いつの間にか住み着いた。大丈夫か』と思った。
その後も2人の妹は何度か泊りがけで遊びに来た。
そしてある日、
「妹たちの住処に毒虫が出たの」「お願い、ここに泊めてあげて」とマリーに頼まれた。
「構わないけど、害虫駆除をしてやろうか」と田中が言うと。
「ヒトに来られても…。入口が狭い。ヒトは入れない」と、その話には乗ってこなかった。毒虫の駆除は小人の部族の者がやるという。だが、妹たちは暫く帰れないそうだ。
「私たちの住処は危険がいっぱい」「少しの間だけ、妹たちを置いてあげて。あなたが頼りなの」
「おおっ、まあ、暫くなら構わないさ」と彼は答えた。
しかし『果たして本当に帰ってくれるのか。そのまま、ここに住み着くのか』密かに心配した。
『まさか、小人6人と同居とかないよね』
広くなったとは言え軍艦の中だ。新しい船室も2DKにすぎないのだ。それに広い方の、約14㎡の部屋は妹たちに取られている。田中は狭い方の約10㎡の部屋をベッドルームとして、マリーと一緒に使っているのだ。
小人の住処では、約10㎡の部屋に十数人の小人達が一緒に暮らしている。彼女たちにとって『ここは十分に広いのだ』と田中は思った。
冷静になって思い出してみた。元々マリーも押しかけて来たのだ。キツネザルの様な顔つきで、最初は完全にペットだった。しかし、翻訳機を使って会話が出来るようになると、やたらと田中の世話をやいた。気付くと嫁のような存在になっていた。最近は彼女の顔つきも以前とは変わって見える。何故か可愛く思えるようになった。今は髪の毛を植毛してマスカラを付けているので、見た目は人間の女の子の顔になっていた。
それと毎日、出勤時と帰宅時には小人達が送迎してくれる。田中は非常に良い気分だった。朝はエレベータの前で、翻訳機の機械音声だが元気に『行ってらっしゃい』と送り出してくれる。帰宅した時は、全員でハグしてくるのだ。
以前は勤務が終わって自分の船室に帰っても、一人では寂しいので艦内のバーで酒を飲んで時間をつぶしていた。今は自室でも賑やかに過ごすことができるのだ。暗くて寒いイメージの自室が、明るく賑やかで温かいイメージに変わっていた。
心優しい田中は、嫁たちの期待を裏切るようなことは言えなくなっていた。
田中は休日の昼下がり、ダイニングルームの椅子に腰かけていた。お茶を飲みながら『マリーには一体、何人妹がいるのだ。沢山いるとか言っていたが…』と心の中で呟いた。
周囲を見渡すと、開け放たれたドアーから隣の部屋が見えた。マリーの妹たち5人が、猫のように一塊になって昼寝をしている。
キッチンから、マリーが戻って来た。ウイッグとマスカラを付け、アイシャドーを塗り化粧したマリーを見て『化粧が上手くなったな』と田中は思った。ほぼ、人間の女の顔になっていた。
そして、マリーは『ニーニー』と話しかけてきた。
「妹たちが起きたら、お出かけしましょう」「皆で食事して、それからショッピングしましょうか」
と言って、田中の膝の上に座った。
艦内には食堂のほかにも喫茶店やバー、ゲーム機などの遊戯施設や幾つかの売店がある。ショッピングなどを楽しめるのだ。
「暇そうね」「時間が少し早いけど、一緒にシャワーでも浴びる?」とマリーは言った。
人間と一緒に暮らすようになって、初めて彼女たちはシャワーや風呂を経験した。最初は嫌がっていたのだが、直ぐに気に入って毎日入浴をする習慣がついた。一日に複数回シャワーを浴びる者もいる。
以前とは異なり、彼女たちは狩猟採集の仕事が無くなったのだ。今は間食とダべリング、化粧と入浴、ゲームにショッピングで暇つぶしをしていた。いや、遊びまわっていた。
4.巨人との会見
巨人とヒトは対等の関係として会見することになった。小人たちから聞いたことだが、巨人の習わしでは、上位、対等、下位とそれぞれ会見の仕方が違うという。
ヒトと会見することを、どのようにして巨人に伝えたのかは不明だが、この度は巨人の部族間で対等とされる会見の仕方に準じて行うそうだ。
他の亜人も同様の風習を持っていた。最近オークは下位の者としてヒトとの会見を済ませた。それより先に小人は、ヒトと対等の者として会見を済ませていた。これは、後に判明したことだ。
そのことで、オークから度々苦言を呈されたが、小人は請け合わなかった。それまでは、オークは小人よりも上位の位置にいたのだ。
どうやら、ヒトとの関係を利用して、小人は成り上がったようだ。
亜人たちが人間と協力すれば、文明の進歩状況からみてヒトがリーダーシップを握ることが予想される。
やがてヒトの文化と科学力の影響をうまく利用した亜人は、他の亜人たちとの力関係を大きく変えていくのだろう。
今回の会見場所は、巨人の住むシダ植物の巨木が密集する森の中、湖のほとりにある広場だ。巨木が密集しているので、大型恐竜は入れないが、飛竜は警戒する必要がありそうだ。
湖を背に強襲揚陸艇が着陸すると、無人戦闘車2両が出てきて、前面に陣取った。そしてアンドロイド兵8体がその後ろに整列した。また強襲揚陸艇の後ろ、湖との間に対空自走砲2両が配置された。
間もなく輸送艇がやって来て強襲揚陸艇の横に着陸した。中から牽引車とトレーラーが出て来て、広場の中央近くにある巨本の切り株まで進んだ。高さ1.5㍍直径15㍍程の切り株だが、これが巨人との会見場所なのだ。湖側が人間、反対側が巨人の席になるようだ。
そして、巨人側の切り株の上に、トレーラーに積まれていた荷物が、付属のクレーンを使って下ろされた。それは、数十本のメイスだ。
巨人が使用する武器として制作したので、長さは2メートルもある。打撃部分の頭部に柄を付けた金属製の合成こん棒だ。これで巨人が恐竜を殴打すれば、かなり効果がありそうだ。
やがて6体の巨人が現れて、いよいよ会見が始まった。彼らは切り株に置かれたメイスを手に取り何やら調べていた。そして近くの岩をメイスで叩き壊すと奇声を上げた。数分後、今度は3体の巨人が現れて、運んできた籠をヒト側の切り株の上に置いた。
その籠は長径1㍍程の楕円形のもので、乾燥した巨大な植物の葉で幾重にも編み上げられたものだ。中には多数の皮の袋が入っていた。袋の中身は砂金だった。
ヒトが籠の中を確認するのを見届けると、3体の巨人は帰っていった。
切り株を挟んで、巨人と人間は向かい合った。小人とオークたちは、切り株の上にいた。巨人はあぐらをかいて座り人間たちを見ていた。人間側からは、副艦長と水谷少尉、不破護衛隊長など6人が出席している。
小人の話では、この巨人たちは群れのボスや幹部達だそうだ。巨人の言語はまだ解析されていないので、かれらと会話ができない。
通信機器を彼らに渡して、言語データを取る必要があった。通信機器は小人たちを通じて巨人に渡された。彼らとの会話が可能になった後には、水谷が巨人との交渉役になる予定だ。
そして間もなく、小人とオークに謝礼としてヒトから布地が贈られた。同様に巨人からも小人達に、何か謝礼の品が贈られた。
30分ほどで会見は終了して、巨人はメイスを持ち帰り、人間は砂金の入った袋を持ち帰った。
巨人が砂金を持って来たことは、生活文化の水準から言って意外なことだ。実は、巨人と小人は小規模ながら交易しており、小人の作る薬草を得るため、巨人は砂金を用意しているそうだ。小人は砂金を溶かして装飾品を作っているのだ。それで巨人は金の価値を知っていたのだ。
5.交流
その後も、巨人との会見が何度か行われた。その都度お互いの贈り物が交換された。巨人への贈り物は、原始的な武器や工具が中心だ。巨人からヒトへ砂金や宝石、砂鉄や鉄鉱石、石炭などが贈られた。石炭は巨人によって運ばれて、青葉台付近に山のように積み上げられた。ヒトは石炭を液化して利用した。
巨人は金属の精錬技術を持っていない。鉄鉱石などを掘るように巨人に指示したのは小人だ。十分に仲介の役目を果たしていた。小人には、報酬として各種の雑貨が贈られた。
巨人の言語解析が完了していないので、直接交渉は出来ないが、小人の仲介により順調に交流は進んだ。
一方、翻訳機を使用して直接会話が可能になった小人とオーク(原始人)に対する交渉は極めて順調に進み、間もなく条約を調印するところまでこぎつけた。
小人には緑川が、オークには不破が交渉窓口になっている。
交渉の結果、人間側は青葉台をオークから割譲してもらった。さらに、彼らの領域にある幾つかの鉱山を開発する権利を得た。また、水源の利用権と農業用地も幾つか取得した。対価として、武器用の金属棒や、錐やノミなどの工具、斧や鎌などの農具、鍋釜や布などの日用品や雑貨、装飾品や薬などが彼らに贈られた。これらの大半は交易用の品として、重巡青葉の技術科が製作したものだ。
重巡青葉がシュメール星に不時着してから半年が経過した。状況も落ち着いてきたので、簡単な式典が催された。
乗組員を労うため、多数の功労者が表彰された。緑川も表彰状と副賞を得た。新たな人事も発表された。
宇宙戦闘艦での勤務年数が20年に達した碇技術科長(技術大尉)が、地上勤務扱いとなり技術少佐に昇格した。勿論、地球との連絡が途絶えた現状では重巡青葉の独自措置だが、これは規則に則った措置なのだ。そして、技術科は技術部に格上げされて、碇技術科長が昇進して部長に就任した。
了