07人型の陰(かげ)
第3章 知的生物
07人型の陰
1.人型の陰
重巡青葉がシュメール星に不時着してから、既に3か月が経過していた。会議室では、ある生物に関する報告がされていた。
「皆さん、こちらをご覧ください」と言って緑川は手で指示した。
会議室のパネルに、何枚かの映像が拡大して表示された。それは物陰からこちらを覗う、人の形をした陰の映像だった。これらは調査車や重巡青葉から撮影されたものだ。
「あれはサルか」と水谷開発長 (←砲術長、少尉) 。
「ゴリラか」と不破護衛長(←陸戦小隊長、少尉) 。
「いや、ヒトだ」と加藤隊長(大尉) 。
「身長は私たちと同じか、やや低い程度です」「体格は大分頑強そうで、横幅が人間の1.5倍程あります」と緑川は説明した。
「子供のような小さい影もありますね」と山本艦長が指摘した。
「はい、そうです」「次にこちらをご覧ください」
やや鮮明になった本体の画像が映し出された。
「小人?」と島影管理室長(中尉)。
「はい、身長100センチ以下で細い体型です」
「別種の生物ですか」と不破が尋ねた。
「そのようです」「それと大型生物の、ここを見てください」と指さした。
「これは武器だ。原始的な武器を持っている」と加藤隊長。
「多分これは石斧、投槍、こん棒、弓です」と緑川は指摘した。
「原始人ですね」と水谷。
「これは調べてみましょう。追跡して巣の場所を突き止めます」と不破が調査を買って出た。
「ここ、喋っているのか。言語を持っているのではないか。解析できるかな」と加藤隊長はパネルの動画を巻き戻して言った。
「緑川さん、これらの生物に名前を付けて」と山本艦長が言った。
「取り敢えず大型の生物を原始人、小型のものを小人と呼ぶことにしますか」
「良いでしょう。緑川さん、皆さんに協力してもらい、調査チームを作って慎重に調べてください」
緑川は人型生物の追跡チームと情報分析チームを作った。追跡チームは不破がリーダーになり追跡調査を開始した。
分析チームは緑川がリーダーになり、探査員や技師のほか保健医療室の職員を交えたチームで分析を始めた。
この頃、惑星の探査や資源開発をするために、多くのプロジェクトチームが立ち上げられていた。そして既存の組織よりもプロジェクトチームを中心に、業務が進められていた。
調査チームは数日後には、原始人たちの住処を見つけ出した。山の中腹の湧き水や谷川などの水源の近くで、原始人の集落を数か所発見した。それらの集落に付随するように、小人が住む洞窟があった。原始人は幾つかの部族があることも判明した。
そして、鉱物の採集を行っていた調査隊が人型生物に襲われた。
2異星原始人
調査隊が下車して鉱石の採集をしていた時だった。
「対人レーダーに反応あり。囲まれています」と護衛車両から警報が発せられた。二十数人の原始人に取り囲まれていた。
「撤収する」直ぐに調査隊リーダーは命じた。
危険を察知した調査隊は急ぎ撤収したが、弓と投槍で攻撃された。幸い被害はなかった。
それ以降、調査隊や作業隊は隙をつかれて度々襲撃されるようになった。こちらはその都度、威嚇射撃をしたが効果がなかった。そして数人の原始人を射殺及び負傷させる事例が発生した。
緑川たちは艦長に報告した。
「今日も、作業隊が原始人に襲われました」と緑川。
「原始人は十数人でしたが1人射殺、2人を負傷させて撃退しました。こちらの被害はありません」と不破。
「負傷した原始人を保護しました。現在、蒲鉾型兵舎で治療中です」
「生命に別状はないそうです」と作業隊リーダーが報告した。
「原始人には知性や文化があるようです。対応に余裕がある場合は原則として射殺せず、できるだけ麻酔銃などを使ってください」と山本艦長が命じた。
原始人たちの殺傷は原則的に禁止され、麻酔銃が用意された。そして調査隊は時々原始人や小人を捕獲した。
青葉台に建てられた蒲鉾型建物内では、分析チームが原始人たちを詳しく調べていた。生物学的あるいは医療的調査のほか、言語を解析するための、音声サンプルや習性などのデータがとられた。
体の細かい形状は人間とは異なっていた。異星人なので当然だ。むしろ人間に似ている方が驚きなのだ。
原始人は獣耳で目・鼻・口共に大きく、狂暴な顔つきをしていた。身長は170㎝前後で体重100キログラム超えだ。動物の毛皮を腰に巻いていたが、体毛が濃く色黒だった。よく大きな声で吠えた。
小人の方はキツネザルのような顔立ちで、従順で大人しい。身長100センチで体重12㎏程度と、ひ弱で痩せこけていた。体毛は少なく色白で、頭から動物の毛皮を被り顔だけ出していた。そして、短くて細い尾を持っていた。
餌は、両者共に肉を好んだが基本的に雑食で、原始人は果物をよく食べていた。小人の方は植物の葉や種も食べた。
3亜人連合
ある日の深夜に、原始人たちを収容している建物が何者かに襲撃された。
青葉台の防護柵を蹴り破って侵入してきたのは、身長5メートル近い巨人たちだった。幸い夜間のため、蒲鉾型建物には隊員が一人もいなかった。
警備のアンドロイド兵やロボット兵数体が応戦したので、巨人は慌てて逃げ帰った。しかし、幾つかの建物が破壊され、捕獲していた原始人の大多数が逃がされた。アンドロイド兵に撃たれて倒れた巨人は、仲間が担いで連れ帰った。アンドロイド兵は、逃げる相手には発砲しなかった。そして、何故か小人は逃げなかった。
その後、一時的に保護した原始人たちは、治療と検査が済むと捕獲した場所や集落の近くで解放した。しかし小人は住処に戻ろうとしなかった。そのため、青葉台に連れ帰ることが多かった。
原始人と小人を同じ部屋に入れておくと、小人は原始人の世話をしている様に見えた。巨人を含めて、彼らは共生関係にあるものと推定された。
小人は檻部屋から出しても逃げる様子がないので、建物の内外で放し飼いにされた。
(原始人を収容している蒲鉾型建物内)
「原始人を保護した時に、小人2人が付いてきたので一緒に保護しました」と調査隊リーダーが報告して来た。
「この小人も雌ね。今まで、小人の検体は全部雌ばかり。今度は雄を連れてきてネ」と秋元保健長は要望した。
最近は調査中にいつも、小人が現れるようになった。集積した鉱石や植物などを投げ散らかして悪戯するので追い払う。すると、また戻って来るが、もう悪戯をしなくなった。小人は聞き分けが良かった。
4.小人
(調査隊の現場)
「田中3曹、小人の雄を一匹捕獲してくれ。秋元保健長に頼まれている」と調査隊リーダーが言った。
「えーと、どれが雄やら雌やら」「ここを見るしかないか」
田中隊員が一匹の小人を捕まえて股間を確認すると、それは雌だった。
「なに」と田中隊員。
その小人は田中隊員に抱き着いて離れなくなった。
「おい、離れろ。いい加減にしろ」
「だいぶ好かれたようだな」と調査隊リーダーが笑いながら言った。
「全部、雌です。雄はいません」と他の隊員たちが報告した。
結局、調査隊周辺の小人たちに雄はいなかった。田中は結局、一匹の雌を連れ帰った。
ある日、司令部では業務報告をする保安員の姿がパネルに写っていた。
「本日15時に作業車が帰還しましたので、柵のゲートを開けて空堀の上に移動橋を架けたところ、近くに潜んでいた小人が多数、橋を渡ってゲート内に侵入しました」と保安員が報告した。
「で、今、そいつらは何をしている」と加藤隊長は尋ねた。
「小人の半数は病棟に向かいました。残りは、原始人の収容施設に向かいました。今、そちらで与えられた餌を食べています」
「これは、餌目的か」
「小人は逃がしても、仲間を連れてまた戻って来ますネ」と緑川は言った。
「餌やりするな」
「可愛いから、余り邪険にできないです」と緑川。
「騒がれると仕事の邪魔になるから、餌をやらない訳にはいかないわよ」とパネル画面内の秋元保健長(技能少尉)が口を出した。
「そいつらの餌も、俺たちが確保するのか」
「小人が食べる量は、大した量じゃないから」「頑張るしかないわね」と秋元保健長は冷たく言い放った。
「ア~アッ」と加藤隊長は大げさに頭を抱えて嘆いた。
パネル画面に、濃紺の医師制服を着た矢部軍医(保健医療室長・医療中尉)が写った。 彼女は、通称「病棟」と呼ばれている蒲鉾型兵舎にいる。
「最近は泊りがけで病気の治療に来ている子が多いの」「入院している子を邪険にしたら可哀想よ」と矢部軍医は言った。
「”入院している子”て、小人のことか」
「それはそうと、原始人は雄・雌とも調べたけれども、小人の雄が見当たらないわね」「誰か、探して来てくれないかな」と秋元保健長は言った。まだ雄を探していたのだ。
「そんなに、雄が欲しいかい」
「そりゃあ欲しいわよ」
緑川も、小人の雄が何故見つからないのか疑問に思った。
その翌日
「田中、なんだその小人は」「亜人を艦内に持ち込むとは…」と不破は不審そうな表情だ。
「検疫を済ませて、司令部の許可を取りました」
「外の保健衛生室で、自動洗浄もしてもらいました」
「ペットかよ」
「こいつが私から離れないので仕方なく。昨日は外の蒲鉾兵舎に泊まりました」
「ご苦労さん。しかし、艦内に持ち込んでも大丈夫なのか」
「知能はゴリラより上だそうです。大人しくて聞き分けが良いので大丈夫だと思います」
そして数日後には、小人をペット代わりにする乗組員たちが何人も現れた。やがて艦内居住区では、乗組員たちの部屋を小人たちが普通に出入りするようになった。
5.巨人
「巨人の住処が見つかりました」と緑川が報告した。
会議室の中央に置かれた、立体パネルに地形が表示されている。
巨人の住処は、巨大なシダ植物が密生した森林の中にあった。シダ植物の背の高さは百数十㍍もあり、幹の太さは数十㍍もあった。巨人はシダの巨木の枝に葉を集めてベッドを作り、そこを巣にしていた。
「数日おきに移動して、巣を更新しているようです」と不破が補足説明した。
「この辺りには巨木が密集しているので、大型恐竜は入れないのでしょう」と緑川。
「十数頭から五十頭程の群れを、幾つか確認しました」と不破が報告した。
「見たところ、知能はゴリラ程度かな」と加藤隊長が質問した。
「原始人は人間の乳幼児程度の知能です。小人は人間の8歳児程度の知能があります」と矢部軍医は答えた。
「知能が、そんなに高いのか、」
「ただし文化程度は低くて、原始人は旧石器時代初期で、小人が新石器時代後期ですね。」
「原始人の集落の建物は、小人が原始人を使って建設しています」と緑川が説明した。
「原始人が持つ弓も、小人が指示して作ったものです」
「食料は原始人が小人に分け与えていました」と不破が報告した。
「これらの亜人たちは、全くの別種の生物です。遺伝子を見ると、進化系統上の繋がりは、全くありません」と矢部軍医が意外な事を言った。DNAの分析結果では、進化の系統上全く別の生命体であることが判明していた。
「哺乳類になる前の、爬虫類のときに分かれたとか、両生類のとき別れたとか」と加藤隊長。
「断言はできませんが、多分最初から別物です」と矢部軍医は答えた。
6.共生
「これをご覧ください」と緑川は皆に言った。
会議室正面のパネルに、動画が映し出された。
「小人が原始人を使って巨大な槍を作らせました。非常に材質が硬い木を切り出して、先端を尖らせたものです」「同じように、祭壇のような建築物を作り、そこに沢山の槍を供えました」
槍の太さは直径20センチ程で、長さは4メートルもある。
その後、数人の巨人が現れて、山のように積まれた巨大槍を持ち去った。
「なるほど。あの槍は、おそらく恐竜用の武器だな。竹槍と言ったところか」と碇技術科長が言った。
「そうか、共生関係が分かった。小人と原始人は武器と食料を交換して助け合っている。そして両者は共同で作った武器を巨人に献上して、守ってもらうのだ」
「そうです」「次にこちらをご覧ください」と緑川は言った。
再び正面パネルの動画を皆が注目した。それは小人の住処の洞穴内部を撮影した動画だった。陸戦隊が保有している偵察用の飛翔型昆虫ロボットが撮影したものだ。
洞窟の入り口は、高さ110㎝程だ。洞窟の中には谷川の湧き水が流れている。石畳の道の先に天井が高くて広い空間があり、そこに高床式で方形の木造建築物が建っていた。建物の内部は10平方メートルほどの広さだろう。ここに十数人の小人が暮らしている。そして周囲の壁には、発光する苔の様な植物がビッシリと生えていた。天井の隅には空気穴と思える外部へ繫がる小さな曲がったトンネルがあり、煙突もあった。また、煮炊きするための、かまども用意されていた。
「勿論、火を使って煮炊きしています」「これは土器の鍋です」
「これは、思った以上の文化レベル」と加藤隊長は驚いた。
「こんなに高度なのか」と碇技術科長も呟いた。
「原始人は小人から、技術的・文化的な支援を受けています」と緑川。
「間もなく、彼らの言語が解析されますので、意思疎通が図れることでしょう」「既に小人の言語は解析されましたので、翻訳機に入力するデータの作成を技術科に依頼しました」と矢部軍医が告げた。
翻訳機は超小型で、腕輪タイプのものや服やベルトに張り付ける形式のものがある。長さと幅は1㎝程度で、厚さは数ミリ程だった。
「話が出来れば、無用な小競り合いを避けられるかも」と加藤隊長。
「特に、巨人は少々面倒なので争いが避けられれば、それに越したことはないです」と緑川もうなずいた。
「先日の襲撃事件のとき、保安班の貴重なアンドロイド兵1体が巨人に踏み潰されましたから」と不破が言った。
碇技術科長は「あれはもう修理不能だね」と言って首を振った。
緑川は考えた『恐竜から見れば、私たちは矮小で脆弱な生き物にすぎない。今は恐竜を圧倒しているけれど、重巡青葉の資材やエネルギーが尽きたら、戦闘車両もアンドロイド兵も動かなくなるわ』
『そうなれば私たちも原始人たちと同じ立場になる。早く資源を確保して、現在の戦力を維持しないといけない』
『原始人たちには知性があるのだから、彼らとの争いを避けて協力したい』と思った。
了