06調査隊
(第2章 惑星)
06話 調査隊
1防護柵
緑川が目覚めると朝7時過ぎだった。今日は休暇の日だが、休んではいられない。珈琲を準備しながら、10時のコアタイムには指令室へ行こうと思った。
戦闘艦の勤務は3交代の変則勤務だ。ただし、ほとんどの者は日勤なのだ。遅番と夜勤は若干名の配置がされている。これらは見張り要員として勤務するだけだ。
日勤の場合は、出退時間を事前に各自が設定してAIが計算上の承認をする。その後、上官の決済を得る方式だ。食事休み1時間、休憩15分2回込みで原則1日8時間拘束だが、半日勤務などに分割することもできる。例えば、10時~12時と16時~22時の勤務が可能だ。1日の勤務時間も月間合計時間で調整できるのだ。もっとも、戦闘時には休暇も何もかも全て消し飛んでしまう。
なお、士官のみ10時から2時間のコアタイムが設定されている。
「おはようございます」と緑川は指令室に入ると皆に声を掛けた。
「おはようございます」と皆が返す。
「お休みなのに、ご苦労様」と山本艦長がねぎらいの言葉を掛けた。
休暇日・時間の修正は管理AIが状況を確認して自動的に行う。
指令室では外にいる陸戦隊の無線を傍受していた。その通信の音声が放送されている。
「現在、本艦の周辺にいる恐竜を排除中です」と水谷砲術長が緑川に教えた。
「加藤戦闘隊長と不破小隊長が外で指揮を取っているよ」と島影航路長が付け加えた。
地上では、その二人が陸戦隊員と保安員を指揮して、十数匹の恐竜に威嚇射撃を繰り返していた。
やがて陸戦隊の歩兵戦闘車と無人戦車が恐竜を追い払った。それらの恐竜は二足歩行で、体は羽毛に包まれていた。
『巨大なダチョウだな、これは』と不破小隊長。
『掃除が済んだら丘の周りに柵でも作るか』と加藤戦闘隊長は言った。
『そうですね。取り敢えずピアノ線と簡単な柵を設置して高圧電流をかけておきます』
『柵を設置する、工作車を用意しろ』不破小隊長は部下に命じた。
2調査隊
数日後、調査隊が編成されて出発していった。
調査車に護衛の戦闘車と自走兵器が同行する。先頭が無人自走兵器で次が有人の歩兵戦闘車、そして調査用車両や物資輸送用車両が続き、最後尾は無人対空自走砲という編成だ。
外には最大で体長40メートル体重100トン近い恐竜が徘徊しているのだ。長さ十数メートルの調査車も、簡単に踏み潰されてしまう。戦闘車両にはレーザー機銃と小型ミサイルが装備されている。これで調査車両を守るほかない。
調査隊は毎日繰り出されて、各種の調査を実施した。地上での調査だけではなく、空からもドローンを使って地形の調査や資源探査を行った。だが、探査艇などの燃料備蓄量が限られているため、有人での航空調査や人員を空輸する調査は制限されていた。有人の航空調査を実施する場合は慎重に必要性が検討された。
先ず地上での調査は地形と地質の確認、植物や鉱物の採集、水源等の探索を行う。調査隊員が車両から降りて標本採集などの調査活動をしている間、陸戦隊員やアンドロイド兵は小銃を手に輪形陣を組んで周囲を警戒した。
調査隊のメンバーは調査目的により異なるが、概ね動植物や鉱物等の専門知識のある者、サンプル採取などの作業をする者、警護をする陸戦隊員などから編成された。技師や整備士・医師・看護師・栄養士なども参加した。
高度な知識や技能を要求される宇宙戦闘艦の乗組員には様々な職種がある。戦闘員の他に技術者や医師など、多彩な技能や資格を持つ準戦闘員・非戦闘員が多数乗り込んでいるのだ。
このことは、未知の惑星に不時着した重巡青葉の乗組員にとって、幸運であったことは言うまでもない。
因みに、この時代の教育制度は完全単位制の半ば通信制になっている。同時に複数の教育機関で学ぶことができるし、働きながらでも資格取得が容易だ。そのため、一人で複数分野の様々な資格を持つことは普通のことだった。宇宙戦闘艦の乗組員の中には高度な資格を持つ者も珍しくはなかった。
調査車の足回りはキャタピラ式だが、陸戦隊の戦闘車両は重力制御で地上を浮遊して走行する。これは陸戦用の戦車なのだ。このような浮遊式の高価な車両は通常、宇宙船には搭載されていない。
重巡青葉は遊撃戦の必要上、特別に陸戦隊を同乗させていたのだ。今となっては、陸戦隊が搭乗していたことは幸いとなった。船には同様の戦力として保安員が常備されてはいるが、地上戦闘はあまり想定されていない。やはり、地上戦については陸戦隊がよく訓練されており経験も豊富なのだ。人員は僅かに12人だがアンドロイド兵やロボット兵、無人車両その他の武器など充実した装備を保有している。実に心強い味方となった。
人が埋もれてしまう程、背丈の高い草が生い茂る草原。高さ百数十メートルの巨大なシダ植物の原生林。その中に湖や沼地が隠されていた。底なし沼もある。
見上げれば、標高数千メートル級の山脈の上空を飛竜が飛び回っていた。まさに恐竜が闊歩するのに相応しい原始的な世界だ。湿度も気温も高く、昼間は常に摂氏40度を超えていた。
恐竜だけではなく、毒を持つ生物への対策も必要だった。時には、それらに襲われて隊員の生命が危険に晒されることがある。
昆虫のような小さな生き物にも注意する必要がある。とにかくここは人跡未踏の原野で何が起こるか分からないのだ。虫に刺されると、そこに卵が産み付けられたりするのだ。乗組員には簡易な防護服の着用が義務付けられていた。
ティラノサウルスによく似た、二足歩行の肉食恐竜が時々調査隊を襲ってきた。しかし、これを全て返り討ちにして、その肉を持ち帰った。
恐竜の肉は硬くて、煮ても焼いても食べられるしろものではなかった。だが、ミンチにすれば美味しく頂くことが出来た。
ステゴサウルスに似た剣竜類や、特徴的な飾りを持つトリケラトプスに似た草食恐竜をよく見かけた。草食の恐竜は、こちらが脅かさない限り攻撃してくることはなかった。
危険なのは、肉食恐竜が獲物を追った時だ。巨大な草食恐竜の群れが一斉に逃げ出す。そして周りの動物たちを巻き込んで、大逃亡劇が実演されるのだ。そんな時の調査隊は彼らに踏み潰されないように、群れを回避して全速力で脱出した。
しかし、その日は間に合わなかった。
「恐竜の暴走です。距離約1キロメートル」
「作業中止。全員乗車、急げ」
「現在の暴走範囲は幅約4キロメートル更に拡大中。我々は群れの進行方向のど真ん中にいます」
稀なことではあるが、平原を幅数キロメートルにわたり全速力で駆ける、巨大生物の群れに調査隊は出くわした。逃げ場はなかった。
「全速で離脱」調査隊リーダーが叫んだ。
暴走する、恐竜の群れが迫る。
「間に合いません」
アルゼンチノサウルスに似た、全長40メートル級の巨大な草食恐竜が調査隊の車列に突っ込んで来る。
「撃て〜」
先頭の戦車と後続の戦闘車や対空自走砲が一斉に巨大恐竜を攻撃した。恐竜はどっと倒れたが、加速しているので巨大な体が滑走して迫って来る。
「回避」調査隊リーダーは叫んだ。
調査隊の各車は必死に巨体から逃げた。幸い皆無事だった。
その後は、その躯を盾にして他の恐竜の暴走から自らを守った。ただし小型恐竜を数匹撃ち殺した。
時には、隊員たちは気付かないまま恐竜に接近しすぎて、驚かせてしまうことがある。また、知らずに卵のある巣へ近づいてしまい、恐竜を怒らせてしまうことがあった。
隊員たちは、やむを得ず草食恐竜を撃ち殺した。彼らは何度か同様の体験を繰り返した。そのため、レーダー探査を常時完璧に行うように全員に訓令が下された。
調査隊は自分たちに近寄る動物を狩った。恐竜の他にも色々な見たことのない動物にも出くわした。
また、馬や牛、豚や鹿に似た動物も多数見かけた。そして、これらを捕獲した。航空調査により、サーベルタイガーやマンモスに似た動物も極地で発見されている。地球では別々の時代に生息した動植物によく似た生物が、この惑星では同時期に生息していた。
不時着地周辺の地質調査が進められ、やがて多数の動植物のサンプルが採集された。
2.青葉台
「惑星シュメールには、二つの大陸があります。我々がいる大陸を東大陸と命名します。もう一つの大陸を西大陸とします」
地名の命名と地形データの保管、地図の作成を島影航路長が担当している。本日の会議では惑星シュメールの地図について説明していた。
「重巡青葉が不時着した丘を、青葉台と呼ぶことにします」
重巡青葉が不時着した場所は東大陸の東側の外れだ。緯度35度40分52秒、経度139度46分1秒で、概ね赤道と北極の中間より約10度北に位置している。
そこは、東側の海岸線より約20キロメートル内陸の小高い丘の上だ。東側から見ると半円形、否、円の4分の3が張り出した丘だ。高さは20㍍程ある。丘の左右は、尾根が緩やかに続き約千メートルの高さの山頂に至る。
丘の上から見れば東側は低地で、南北には山脈が続く。そして西側には広大な平原が広がる地形だ。
「仮設ですが、防護柵と空堀が完成しました」と不破小隊長が報告した。
丘の上は防護柵で円形に囲まれた。西側は高低差がないので柵の外側には空堀が掘られ、可動式の橋が設置された。
「青葉台で、野菜のハウス栽培を始めました」
糧秣班は柵の内側にハウス栽培の畑を作った。ここで、試験的に野菜の栽培を始めた。
宇宙戦闘艦では食事のメニューを多彩にするため、備蓄された保存食料以外にも生鮮食料品など多くの食材が使用されていた。生食用野菜の促成栽培をはじめとして、野菜や肉の細胞培養によるバイオ生産も行われている。しかし畑で収穫した食物が、やはり一番美味しくて栄養があり体に良いのだ。
「先日、蒲鉾型兵舎が完成しました」と小川技術中尉が報告した。
「鉱物資源の分析に使っています」と緑川。秋元保健長は「食品検査室や調理実験室として使っています。助かります」
「あ、私も動植物の分類と分析場所として使っています」と矢部軍医が答えた。
重巡青葉が鎮座する場所から少し離れたところに、蒲鉾型2階建ての簡易な築物を幾つか建てた。その中に設けられた検査室には、動植物や岩石のサンプルが持ち込まれて分析がすすめられていた。
また、食品検査室には毎日様々な食材候補が運び込まれている。隣の調理実験室では、係員が調理研究を行っていた。この惑星の動植物で食用にできるものも多数見つかった。将来これらの動植物を栽培し、家畜化することになるだろう。
細胞増殖方式による肉の生産も可能だか、その分野の専門家がここにはいない。機械設備も十分ではない。良質な肉の生産は少々難しい。ハンバーク用の肉は供給できたが、美味しいステーキ肉は供給できなかった。やはり畜産が必要になっていた。
蒲鉾型兵舎を建てたのは防疫上の理由からだ。重巡青葉艦内を、細菌などで汚染させないためなのだ。
3.装備の見直し
緑川は惑星探査の責任者として、随時編成される調査隊に指示を出して調査活動を指揮していた。そんなある日、緑川は艦長室へ呼ばれた。
「青葉台周辺の探査や各種の分析も、大体終わったようですね。ご苦労様でした」
「はい。でも、これからが調査活動の本番です」
「今後は遠方での調査や作業が多くなりますね。日帰りではなく、現地宿泊を伴う長期間の調査も必要になるでしょう」
「そうですね。燃料の備蓄が少ないので空輸には頼れません。安全な現地宿泊方法について至急検討します」
「それで、緑川さんには新たにお願いしたいことがあります」「技術科と協力して、資源開発に必要な機材や恐竜を追い払う武器を作ってください」
「機材や武器の制作ですか」
「勿論、機材や武器は技術科の技師さん達が作ります。緑川さんは発注元になってください。」「各部署の要望を取りまとめて、必要な機材を技術科に発注するのです」
重巡青葉のデータバンクには、惑星開発に必要な機材の作成データがある。技術者はAIと相談する形で設計し、AIが工作ロボットを使って機材を作成する。
「今は狩猟用の武器が不足しています」
「先日、航路士や砲術員の人たちに今後は調査や資源開発に尽力するように訓示しました」
「しかし、彼らには光線銃 しかありません。恐竜などの難敵を倒す武器が必要です」
「武装した護衛用車両などの兵器や隊員が携帯する武器の作成を緑川さんが技術科に要請するのです」
「先ずは武器ですね。それと調査隊の護衛用車両、あと宿泊設備をどうするかですね」
「どのような武器を作るのか、緑川さんが考えてくださいね」
「資材とか、いろいろと制約があるけど、よろしくネ」
こうして緑川の探査班が、今後必要になる機材や武器・弾薬を作成する窓口になった。
自室の書斎でコーヒーを飲みながら緑川は考えた。
『強力な個人用のレーザー機銃を作るには、心臓部ともいえる部品が不足しているので数を揃えられない』
最先端の部品はさすがに一戦闘艦内の設備では作成できないのだ。艦内の技術も知識も限度があり、最先端の現代的な兵器は作れない。原材料の制約もあるのだ。
『レールガンは作れるけれど射程が長すぎる』
長すぎる射程距離が心配だった。流れ弾の被害と恐怖は馬鹿にならないのだ。因みにレールガンは砲弾を電磁誘導により打ち出す兵器で、最大射程は千キロメートル以上にもなる。
『恐竜相手だから、昔使われていた火薬を用いた砲弾やロケット弾で十分のはず。昔の銃砲で良い』と思った。
『火砲ならば、最大射程は30~40㎞程度のはず。もつと射程を短く出来る』
『だけど、原材料の確保をどうしよう』
その程度の原材料は、この惑星で調達出来そうだ。だが、資源開発するとなれば大事になりそうだ。
4.前時代の兵器
緑川は釘貫技術少尉に相談してみた。彼女は28歳で緑川より年上だが友達付き合いをしていた。
実は緑川と釘貫は歴女で、共通する趣味を持っていた。特に古い時代の戦史や武器について、興味の分野が一致していた。
「恐竜対策の武器は中世末期の武器で十分だと思います」「ステルス兵器でなくてもよいのですから」
それは、20世紀又は21世紀の兵器のことだ。
宇宙世紀と呼ばれるこの時代には、有人宇宙船が火星を初探査するまでが中世とされている。地球以外の惑星に人類が降り立った時が近代の始まりなのだ。その後、数百年に渡り人類は太陽系の各惑星や衛星の探査と開発を続けてきた。
やがて人類は『第一の大いなる発見』をした。その後、僅か十数年のうちに人類は超光速航法をも入手して他の恒星系に到達した。そして、さらに遠方の恒星系を次々と探査して開発して来たのだ。
因みに現代とは、人類が超光速航行を実現してからを言う。そして現代となってから、まだ100年を経過していなかった。
そして『第二の大いなる発見』により、地球から7千光年も離れた球状星団へ進出することが可能になった。それは超光速航法を遥かに凌ぐ短い日時で、球状星団へ飛来することが出来るのだ。
「私が趣味で持っている兵器のデータを見てみましょう」と釘貫技術少尉が言った。
中世末期の20~21世紀の武器データを検索した。緑川は昔の兵器のデザインを基にして、幾つかの兵器を製作したいと考えていた。
「まずは地上での恐竜対策として、短距離砲を備えた無人戦車と有人用の戦闘車を作らないと」と緑川は言った。
「この時代の銃砲は、火薬を用いた火砲なのよ」と釘貫技術少尉は説明した。
「この銃砲の最大射程はかなり短いけど、恐竜用にはもっと短くしないと」
「無人戦車は、M1A2エイブラムスを原型にしたらどうかしら」と釘貫技術少尉が提案した。
車体の素材や機械装置等は全く別物になるが、デザインの原型にしたいのだ。
「有人の戦闘車はM2 ブラッドレー歩兵戦闘車をモデルにする?」「窮屈そうだから一回り大きくしたいわね」
「飛竜対策として無人の対空自走砲が必要です」
「モデルはゲーパルト対空自走砲か、2K22 ツングースカにするか」
「20ミリ又は30ミリ機関砲を装備すると良いのだけど、火薬を使う銃砲は、もうロストテクノロジーかな」
「宿泊をどうしますか」「キャンプでは、恐竜の他にも、害虫とかの危険があるからダメですね。キャンプ地をシートで包んでも万全じゃないし。寝台車で車中泊にするかな」と緑川が言った。
「それだと寝台車のほかに、風呂専用車と給水車が必要ね」「食堂車も作る?」
「旅行じゃないから…」
「補給とか…そうだ、何かあった時の救援はどうするの」
「救援に駆け付ける機動力を考えると、航空機も欲しいですね」
「飛竜を相手にドッグファイト。地上の恐竜をロケット弾で攻撃とかね」
「無人のレシプロ機(プロペラ機)でもよいのですが、やはり無人ジェット戦闘機がほしいです」
「でも残念、初期の無人機には、有名な機体がないわ」
「そうですね。それに玩具のような形状のものばかり」
緑川は気に入らなかった。カッコいい機体は、やはり有人機だった。
「恐竜相手だからステルス能力はいらない。反重力装置は青葉では作れないから、例えば垂直離着陸機のハリアーはどう」「F-15イーグルなどを原型機にして、可変ノズルを付けて垂直離陸能力を付加するとか」「あら、ユーロファイタータイフーンもカッコいいな」
「F-22ラプターもかっこいいですね。可変ノズルも付いているし」「いづれにしても垂直離着陸能力は必要ですね」
「兵装はロケット弾と20ミリか、30ミリのバルカン砲があればよいでしょう」「あと、ロングアパッチを参考にして、無人戦闘ヘリコプターを作るかな」
「輸送用の大型ヘリもあれば便利ですね」
「そうね。反重力装置は作れないから、回転翼で行くかな」
二人は昔の兵器の復活について語り、大いに楽しんだ。
しかし、実際に無人兵器を作ることになれば、有人車両や有人機とは別の形状になることは十分に承知していた。
個人携帯用の武器として、火薬を用いた自動小銃や携行ミサイルを提案しようかと緑川は考えていた。
5.調査隊用の武器
この日、緑川は各班の要望を取りまとめるため会議を開いた。
「無人戦車の誘導装置を、調査車と一般車両合わせて8台に搭載した。これで、それぞれの調査隊に無人戦車が同伴できる」「整備や故障の予備も必要だろうから多めに整備した」と碇技術科長が報告した。
「ありがとうございます」「これで、同時に幾つかの調査隊や作業隊を出せます」と緑川は礼を言った。
「この車両に武器を搭載したい。特に対空砲を搭載した護衛車両が、あと数台欲しい」と加藤戦闘隊長が要望した。
「分かった。検討しよう」
地上を徘徊する恐竜対策には、戦闘車両と自走砲が計8両あるので十分だ。しかし飛竜対策には対空自走砲が2両しかない。戦闘車には機銃が装備されているが、防空能力は不十分だ。調査隊を複数運用すると、飛竜対策が不十分になる。そもそも車両の整備等で使用できないこともあるのだ。対空自走砲が2両だけでは、ローテーションに穴が開く。
「擲弾の補給を受けたいのですが、主計係の在庫もないそうです。技術部で製作してもらえませんか」と不破小隊長。
擲弾とは、グレネードランチャー(擲弾発射機)により発射する小型榴弾や手榴弾のことだ。
「爆弾などは電子信管などの原材料が限られているから、あと僅かな数しか生産出来ない」
「現在、保安班や陸戦隊の予備の武器を借りて使っています。できれば、自前の小銃が欲しい」と水谷砲術長は要望した。
「我々の武器を、もう一度見直した方が良いですね。恐竜とは言え動物相手では、レーザー機銃もロケット弾も射程が長過ぎる。手持ちの爆弾も威力が大き過ぎてオーバーキルになる」不破小隊長が提案した。
「対恐竜用の車載用機銃と、個人携行用の武器は作れますか」と緑川が言った。
「可能だと思う。小川技術中尉たちと話を詰めてくれ」と碇技術科長は答えた。
「至急、打ち合わせをします」
今日は、別の要件で小川技術中尉は不在だった。
「防護柵をもっと強化すべきではないですか。巨大恐竜から丘を守るには、現在の柵では心もとないです」と島影航路長が要望した。
「材料が足らない。資源の補給体制を確立はてもらう必要がある」と碇技術科長は答えた。
6.旧式兵器
緑川は数日を要して、各部署と打ち合わせを重ねた。資材や武器の作成に向けて、様々な要望を取りまとめた。そして、小川技術中尉(整備室長)と打ち合わせを行った。
小川は35歳の男だ。やせ型で、神経質そうな整った顔立ちをしている。実年齢よりも若そうに見えた。整備室長の下には、技術少尉1人と整備員が10人配属されている。重巡青葉搭載の舟艇や艦載機の整備を担当していた。
「恐竜対策の武器を製作する件ですが、まず、一般車両に搭載する武器を作成してください。それと、乗組員が携行する小銃の製作もお願いします」
「どのようなものを製作するのか。現代的な武器の製作は無理だよ」と小川技術中尉は言った。
「当面は、射程の短いレールガン方式の銃砲を製作してください」「あと、ロケット弾の生産状況はどうですか」
「レールガンは直ぐに制作できる」「ロケット弾や爆弾は、在庫の部品や原料が無くなれば現在使用しているものは生産できなくなる。炸薬を青葉では生産できない」
「炸薬として火薬を使いませんか。火薬を用いた昔の銃砲は生産できますよね」
「そんな昔の銃砲は青葉ではロストテクノロジーだ。火薬を使う武器は扱い慣れないので、かえって危険だ」「レールガンは我々技師が使い慣れた技術なので信頼性が高い」
不破小隊長は言った「恐竜相手なので、目視で戦います。レールガンは恐竜に対して有効ですが、射程距離が長すぎます。威力があるので流れ弾の被害が恐ろしい」「今も、青葉台を背にする恐竜は撃たないようにしています」
「保有しているレールガンの設計データで作ると、車載砲の射程は数百㎞~千㎞近い。携行用だと十㎞近い射程で狙撃用だね」
「射程の短い武器が必要です。出来れば有効射程数百㍍で、大型恐竜を倒す威力のある武器が必要です」
「どのくらいレールガンの射程を短くできますか」と緑川。
「大型恐竜を倒す威力を維持して、車載用の最大射程を数キロメートルにするには設計し直さないと」
「大昔のレーザー小銃とか、威力が低くて射程の短い兵器はどうですか」と不破小隊長が提案した。
「それなら、携行用の小銃は初期のレーザー銃を採用しよう。大気圏内ではレーザーは吸収拡散されて減退率が高い。焦点距離を短くして有効射程を短縮しやすいので、流れ弾の心配が軽減される」
「車両搭載用の短射程レーザーも設計出来るか検討しよう。レーザー掘削機や加工用レーザー機器が多数あるので、最適な技術を選択してみる。」「でも、レールガンの設計変更には、それほど時間は掛からないよ」
「それでは取り敢えず、車載用のレールガンを設計してください。それと、旧式レーザー小銃の製作をお願いします」と緑川は言った。
車両搭載用としてレールガン (電磁加速砲)と、個人携行用として旧式のレーザー小銃を作成することが決まった。これは22世紀初頭に使われていた良いモデルがあった。
「しかし、火薬は原料を調達すれば簡単に生産できる」「車載用と携行用のロケット弾も火薬があれば、生産できる。将来的には、火薬をつかうミサイルやロケット弾の生産も検討しておこう」「詳しいデータを誰かが趣味で持っているかも知れない」
「釘貫さんが詳しいかと思います」
「そうだ、その方面は彼女が詳しかったな」
「今後の課題になりますが、短距離砲を搭載した戦車や戦闘車を設計出来ますか」「イメージ的なモデルはこの通りです」画面に戦車などのデータを表示した。
「なるほど、検討しよう」
「次に航空機ですが、資料を見てください」
「ウーン、有人の航空機は作りたがる人が何人もいる。しかし、部品生産が大変なことになる」「資源を確保してもらわないと…」
「取り敢えず簡単なドローンを作ろう」緑川のコレクションを見ながら言った。航空機の製作は直ぐには無理なので、代わりに小型ドローン(無人機)を作ることになった。
「陸戦隊の高性能ドローンには敵わないが、それなりのものを作るよ」「回転翼機とジェット機のドローンを何種類か試作してみよう」
「よろしくお願いします」
「人員輸送用のジェット機は、今後の課題とさせてもらう」
7新体制
惑星開発を推進するため、重巡青葉の組織も見直された。操縦士や砲術員は、本来の主要な任務が無くなったことも理由のひとつだ。
これまで副長の下には、島影が航路長を務める操縦士などの航路班や緑川の探査係のほかに庶務係と主計係があった。これらを整理統合して新体制に移行した。
島影航路長(中尉)は新設された管理室の室長になった。全施設設備と人員の管理業務を行う管理係及び補給業務を行う補給係の統括責任者になった。
緑川にも、惑星開発計画の策定と進行管理の仕事が追加された。役職名は探査長兼開発計画長で、資源探査係と開発計画係の2係を任された。関係する各部署との連絡調整業務が増えることになる。
また、加藤戦闘隊長が指揮する部隊も再編成された。誘導管制小隊、開発小隊、護衛小隊、防衛小隊の4小隊で惑星開発隊(中隊)が編成された。
誘導管制小隊は本来の業務内容を生かして、無人輸送車両の誘導などの物流実務を担当する。また、探査班から依頼される偵察用ドローンによる地形調査や資源探査を実施する。
水谷砲術長以下の砲術要員は、開発小隊として陸上での各種調査と資源開発業務を担当することになった。主に現場での実務を担当するのだ。
不破が指揮する護衛小隊は元の陸戦隊であり、調査や開発などで作業中の部隊を護衛する。
また保安係を防衛小隊として施設防衛を主な任務にした。
島村と緑川が所管する管理、補給、探査、計画の4係以外の、残りの戦闘員を全て開発隊(中隊)に集約した。
今後、遠隔地に資源開発等の基地が建設された場合、自動防衛型の兵器を作成して配備することが決まった。施設防衛を担当する保安小隊の人員とアンドロイド兵は、重巡青葉周辺の防衛のため、この地に留まることになった。
技術部門では、機関室と整備室の技師や整備士たちは統合されて、施設整備、物品制作、分析研究などの各チームに振り分けられた。技術部門には、建築、土木工事、武器弾薬の生産、車両及び各種機械類を作成する任務が付け加えられた。
そして、あっという間に多忙な数週間が過ぎ去り、幾つかの武器が完成した。先ずは、乗組員やアンドロイド兵が携行するための旧式レーザー小銃が完成した。直ぐに量産を始める予定だ。
それに、調査用車両と数台の一般車両が改装されてレールガン方式の機銃を搭載した。これは、対地・対空兼用で使用できる。
これで、同時に複数の調査隊や作業隊を派遣することが可能になった。
了