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04新世界

第2章 惑星

04新世界


1.救援

 緑川の脱出ポッドは高い岩場の上に着陸していた。そこは塔のように切り立った多数の岩が林立している。長年の風雨による浸食作用により形作られたものなのだろうか。それらの岩の頂上は平らで、直径50~100メートル程の広さがあった。

 直ぐに重巡青葉のAIとクルーから連絡が入った。

「脱出ポッドF387435の位置を確認しました」「危険ですので緑川少尉は外へ出ないでください。ポッド内部で待機してください」とAIは告げた。

 外の大気成分や気温は何も問題なかった。強い風が吹きそうな場所だが、今は風が吹いていない。

この惑星には生物があふれている。危険な大型生物はこの岩山を登れないだろう。だが、細菌などの存在は不明だ。細菌汚染を防ぐために、出来ればポッドの外へ出ない方が良いのだ。

「緑川さん、救出は2時間後位になりそうです。お疲れでしょう、待ち時間は少し寝て休んでいてください」と通信機から陸戦隊小隊長の声が聞こえた。

「不破さん、よろしくお願いします」

 緑川はAIに30分後に睡眠をとると告げた。時間になるとAIが緑川を眠らせてくれるのだ。それまでの間に彼女は通信装置を使って、自分の職務に関するデータ処理を行った。しかし脱出ポットからでは、やはり出来ることは限られていた。10分ほど時間が余った。

 通信して来た不破少尉を思い浮かべた。そして、今回の戦いを思い出していた。

…. … …

緑川が気付くと、そこは医務室で、彼女はベッドに寝ていた。看護用アンドロイドは患者が覚醒したことを無線で管理センターに報告した。直ぐに看護師がやってきて声を掛けた

「目が覚めましたね。気分はどうですか」

 薬で眠らされていたのだ。既に着陸から2時間が経過していた。

 緑川の脱出ポッドは、AIが操縦する無人作業機が飛来して回収されたのだ。

「大丈夫です。皆さんは、どうしましたか」

「無事に戻りました。軽症者が数人いただけです」「あと、故障で遠くに不時着した輸送艇を、陸戦隊の人たちが迎えに行っています」


2.飛龍

 緑川は急いで医務室を後にすると指令室へ急いだ。

 指令室では、加藤戦闘隊長が砲戦の指揮を執っていた。

「どうしましたか」と緑川は聞いた。

 メインスクリーンには、巨大な爬虫類と思しき形態の飛行生物、飛竜が数匹映し出されていた。丁度今、艦砲の40mmレーザー機銃で1匹を撃ち落としたところだ。

「ア、もう大丈夫かい。無理しないでね」加藤戦闘隊長(大尉)が緑川に気付いて労いの言葉を掛けた。

「はい、皆さんもご無事で何よりです」

「あれネ、威嚇射撃をしても全然言うことを聞かないから仕方なく」

 重巡青葉が墜落するまでの間に集めた観測データで、この惑星の陸地には巨大なシダ系の植物が生い茂り、多様な恐竜が生息していることが判明している。

「船体上部に沢山止まって来て、こちらの舟艇を攻撃するので、追い払っているところだよ」「調査艇で青葉に戻って来た時も、あの鳥が邪魔してくれたよ」

「艦長はどうされましたか」

 水谷砲術長が答えた「先程、医務室から戻られましたが今は休息のため自室へ帰られました」「副長は、お食事中です」

 いつもならば、個人用の情報パネルで乗組員の勤務状況は分かるのだが、今はデータの更新がされていなかった。


3.重力の束縛

 島影航路長(中尉)は渋い顔をしていた。

「大気圏内用姿勢制御システム損壊のため、本艦は発進不能です。修理の目途が立ちません」「申し訳ありませんでした」

 粒子噴出推進方式の電磁姿勢制御システムのうち、メイン噴出口や下部噴出口などが使用不能になり発進できなくなった。宇宙空間用の推進システムは無事なので、宇宙空間にさえ出られれば航行できるのだが、惑星の重力に捕らわれた身ではどうにもならなかった。しかし、島影航路長の働きがなければ、船は粉微塵になっていたところだ。

「いえ、お陰様で助かりました。島影さんが操縦しなかったら、完全に墜落していたところです。ありがとうございました。お疲れさまです」

「着陸については艦長さんも、よくやったと誉めていたのだから、もう船体破損のことは気にしなくてもいいよ」と加藤戦闘隊長も声を掛けた。

「縮退炉は無事でしたね、良かった。不便しなくて済みます」

 電源を失うと全ての装置が使用不能になるのだ。その場合は予備電源の燃料確保に奔走させられることになる。


「しかし地上で使うと40mmレーザー機銃は、さすがに強力過ぎますね」と水谷砲術長が呟くように言った。

「最小出力でも、周りの森を火の海にしかねません」

 モニターを見ると、船体の周囲には多数の恐竜が集まって来ていた。

「しかし、周りの恐竜どもを何とかしないと、安心して外へ出られない」と不破小隊長は言った。

「戦闘車を出しますか」

「そうだね、いずれにしても調査隊を出すことになるから、その時は護衛として行ってもらうよ」と加藤戦闘隊長が答えた。

「その前に、もっとサンプルを取りますので、待って下さいね」

 緑川はマニュアルの通り大気や土・水などのサンプルを取り、微生物について調査するように部下に命じた。人間の大敵になるような細菌がいないとも限らないのだ。やたらに出歩くことは危険だった。ロボットが採ったサンプルのほとんどを探査班で分析するが、一部は医療検査室に送って分析を依頼した。


4.帰還

 そして、遠方に不時着した輸送艇の乗員を迎えに行った小型揚陸艇が戻って来た。艦内格納庫の映像が指令室に送られて、状況報告がされた。

『輸送艇の乗員を救出しました』と陸戦隊員が報告した。

『輸送艇は修理可能です、明日、修理チームを送ります』と技術少尉が言った。

「田中、何だ、それは」不破小隊長が部下の映像を見据えながら言った。

「ウ、恥ずかしい人…」と緑川は思わずつぶやいた。

 画面の隅に映る田中三曹と表示された陸戦隊員が、妙齢の女性の手を繋いで立っていた。周りの者達が武骨な宇宙服を着ているのに、その子の服装はへそ出しでピンク色のタンクトップに超ミニスカートという軽装だ。

 田中陸戦隊員(三曹)が答えた『エート、P子ちゃんですけど。ご存知のはずですが…』

「何で一緒にいるのだ」

「お前、保健室の奥にいたのかよ。よくそれを連れて逃げる暇があったな」加藤戦闘隊長は呆れ顔で言った。

 田中隊員は『大切ですから』にこりと笑いながら答えた。

 周りから「気持ちは分かる」「よくやった」と声が掛けられた。

「第一種緊急配備の後は、退艦命令だったはず」

 緑川は田中隊員を睨みつけながら強い語調で言った。

『その時、保健室の人に荷物の運搬を頼まれたので、ついでに…てへっ』

「まあまあ」と水谷砲術長がとりなした。

 緑川は横を向いていた。

 重巡青葉の保健室には『保健室の奥』と呼ばれる場所があり、そこには何体かの特殊用途アンドロイドが配置されているのだ。勿論、女性用もある。


5.新世界

 翌日は、情報分析をする会議が開かれた。緑川はこれまでに収集したデータを基に現状報告した。

 山本艦長は皆に話した。

「緑川さんの報告通り、私たちの現在位置は不明です。この星系を含む島宇宙は私たちの銀河系ではありません。周囲の銀河も、既知のものは一つも見当たりません。地球から遥かに離れた場所なのか、それとも別の世界なのか、それすら分かりません」

「光速世界の壁、事象の地平線を越えてしまったのか。タキオン粒子の観測で地球の位置が分かりませんか」と島影航路長が尋ねた。

「それが分かるほどの観測設備は、ありません」と緑川は答えた。

「俺たち生きていますよね」と水谷砲術長「痛い」

 島影航路長が彼の頬をつねった「やはり、あの世ではないようだ」

「救難信号を出しても無駄か」と加藤戦闘隊長が呟いた。


「青葉の修理状況はどうですか」と山本艦長が尋ねた。

「青葉の破損状況は御覧の通りです」

 会議室のパネルと各個人用のパネルにデータが表示された。碇技術科長(大尉)が、このことについて詳しく説明した。

「現在のところ、青葉が発進できる目途が立ちません」

「この惑星で自活するとしますか」と言いながら加藤戦闘隊長はテーブルに顔を伏せた。


 次に石井副長が発言した「現在、食料は通常通り消費しても後6か月は大丈夫です。それ以降は次第に欠乏する食品が増えていきます」「生活用品も8か月は持ちます」


 秋元保健長(技能少尉)は挙手してから話始めた「穀物等の種子サンプルを促成栽培して種子を増やすプロジェクトを始めました。糧秣班と共同で、食品簡易生産室に担当チームを立ち上げます」

もやし・レタスなどの生鮮野菜やキノコ類などは、重巡青葉の食品簡易生産室で水耕促成栽培している。新たに穀物の栽培を開始した。

 秋元保健長は保健師だ。32歳の女で技能少尉だ。部下には栄養士やカウンセラーなどがいる。糧秣班は野菜の生産と炊事の担当だが、農業技術者も配置されていた。

「それでは、我々は畑を作りますか」と加藤戦闘隊長が応じた。

「収穫までは狩猟採集生活ですね」と緑川は冗談半分で言った。

「旨そうな獲物を探します」と不破小隊長が答えた。

「そうだ、原始時代には狩が男の仕事だったな」

 加藤戦闘隊長は調子に乗って「獲物を料理してくれる」と緑川に言った。緑川は横を向いて無視した。


 石井副長は話題を元に戻した「船に積載している物資は、1年も持ちません。ミサイルや弾薬・戦闘用の物資については概ね60~70%の残量です。補給をどうするのか検討する必要がある」

「技術科ではどの程度補充可能ですか」山本艦長が尋ねた。

 機関室と整備室を併せて技術科としている。

「原材料を確保していただけるという前提で、技術科で生産可能な物資のリストを作ります」と碇技術科長が答えた。

 彼は中太りで頭が禿げ上がった42歳の男で、外見は実年齢よりもかなり老けて見えた。

「碇さんは来月、地上勤務になる予定でしたのに大変なことになってしまいましたね。心中お察しいたします」山本艦長が気を使って言った。

「いえ、そんなことは。皆さんと同じ条件ですから」と答えて碇は首を振った。

 彼は、重巡青葉の技術科長を長く続けてきたが、近々宇宙戦闘艦勤務20年を迎えるのだ。本来ならば技術少佐に昇進して、地上勤務となるはずだった。しかし、今回の不運な出来事に心中穏やかではないはずなのだ。


「当面、補給の目途が立たないミサイル類は温存しますか」と加藤は艦長に伺った。

「そうですね。リストを作ってください」

「この惑星、シュメール星で必要な資源を採集しないといけませんね」と緑川は進言した。


 次に矢部軍医(医療中尉)が説明を始めた「今のところ、細菌類やウイルスで特段脅威になるものは発見されていません。動植物の毒素については、もっとサンプルを取り分析する必要があります」

矢部軍医は34歳の女だ。階級は医療中尉で、医療室長として医療技師と看護師のスタッフを抱えている。


「調査隊を出して、動植物のサンプルを集めましよう。地形を調べて地質調査を行い、水や食料、資源を確保したいと思います」と緑川は提案した。探査班には測量や地質調査の専門家が在籍しているのだ。

「技術科員にも、鉱物に詳しい者や金属の精錬に詳しい者がおりますので協力できます」と碇技術科長が申し出た。

 本格的に資源探査を行うことが決定した。


6.護衛

 加藤戦闘隊長が説明を始めた。

「青葉の艦砲以外の保有武器について説明します。強襲揚陸艇と有人戦闘車に搭載している7.7ミリ及び13.5ミリレーザー機銃が飛竜や恐竜に有効です。20ミリレーザー機銃は大型恐竜用ですね。強力過ぎるので慎重に使用するようにします。あと、無人自走兵器が有効ですが、破壊力が大きすぎる弾頭や長射程のミサイルなどの恐竜相手には使い勝手が悪い装備は外します」

「無人戦闘機は推進システムの関係で、大気中での使用は差し控えたい」「その他の各種飛行艇及び車両には武器を搭載していません」

 無人戦闘機の推進システムからは、有害な放射性同位元素が出て、惑星の環境に悪影響を及ぼす恐れがあった。大気圏内での飛行は、大気圏用姿勢制御システムを使うしかないが、これの燃料保有量は限られている。揚陸艇や調査艇も、大気圏内では同じ燃料を使用するのだ。

「あと、大型恐竜対策としては陸戦隊のアンドロイド兵が持つ携帯ミサイル、ロケット弾、電磁誘導砲(レールガン)やレーザー機関銃、レーザー自動小銃が有効です」

「保安員など乗組員が持つ、小銃や拳銃のレイガン(光線銃)では恐竜を倒せません。ですが、他にも脅威となる中小の動物がいるので、それには有効です」


「脅威となる動物のリストとその対策マニュアルを作成します」と不破小隊長が付け加えた。

「あと、調査隊の護衛ですが、陸戦隊の有人戦闘車は2両しかありません。整備などで、1両しか稼働できない日がありますので、ご承知おきください」

「その日は、護衛付きの調査隊を、一組しか出せないと言うことですね」と緑川は確認した。

「はい。無人自走兵器が6両ありますが、これらはセミオートで有人の戦闘車から誘導して使うのが良いと思います」「無人兵器のみをフルオートで調査隊に付けた場合、現状では経験不足で不安が残ります」

 無人自走兵器は戦車及び自走砲と自走対空砲のことで、自律型兵器なのだ。

「恐竜が相手になりましたから、AI(人工知能)の危険度判断基準を設定し直す必要がありますね」と緑川が言った。

「それと、ハッキング対策をしてありますので、別の車両でこれをセミオートで使うには、新たに調整した誘導装置が必要です」

「誘導装置は直ぐに作れますか」緑川は尋ねた。

その質問には小川整備室長が答えた。

「機械は直ぐに作れますが、問題はソフト面です。陸戦師団の機密事項なので、命令コードとか我々には情報がない。陸戦隊が全面的に協力してくれるのならば解析してみます」

「不破さん、協力してくださいね」と山本艦長が言った。

「了解しました」


 

 不破小隊長は話を続けた。

「話を戻しますが、戦闘車以外の武装していない一般車両で調査隊を護衛した場合は、陸戦隊員やアンドロイド兵の手持ちの武器で護衛するしかありません」

 アンドロイド兵はAI搭載の人型ロボットで、大きさは身長2㍍と大体人並みだが、固定武器は搭載していない。人間同様に武器を手にして戦うのだ。

「武器装備のない車両で調査に行くと、大型恐竜に追われた場合は、下車して手持ち武器で戦うのか」と島影航路長が不安そうに言った。

「横から別の中型恐竜に、食われる姿が想像できる」と水谷砲術長が頭を抱えながら言う。

「一般車両に武器を搭載出来ませんか」と緑川は質問した。

「搭載する武器がないな。個人持ちの武器も十分に揃っていない状況だからね。必要な武器を作ってもらわないといけない」と加藤戦闘隊長が答えた。

「車の天井が開くように改装して、身を乗り出して射撃するか」と不破小隊長が言った。

「アッ、調査車両に無人自走兵器を載せるかな」と加藤戦闘隊長が茶化した。

「重くて車がひっくり返ります」「2台繋げるのも止めましょう」と、たしなめるように小川整備室長は言った。

 無人自走兵器は調査車よりもやや小さいが、重量は遥かに重いのだ。これらに搭載されている武器はエネルギー源が必要なため、簡単には転用できない。


 因みに、青葉の備砲である40mmレーザー機銃などは、装置全体では一般的な車両よりも遥かに大きい。また、主砲は砲塔の下に高さ100㍍の巨大なビルほどの大きさの本体が隠されている。縮退粒子砲に至っては、本体だけでも直径60㍍、長さ200㍍もあるのだ。

 青葉は宇宙戦闘艦なのだ、元々陸戦用や狩猟用の武器を十分に積んでいるはずもなかった。会議は続いた。


7.大月と小月

 翌日、緑川は一日がかりで惑星の資源探査計画を作成した。関係各所と情報交換を繰り返し、幾度も調整して計画を練り上げた。

 勤務が終わり、疲れた体を引きずるようにして自室へ戻ると、ホット溜息をついた。

 彼女の室は尉官用なので、下士官用よりかなり広い。リビングルームとベッドルームに小さな書斎。それにユニットバスが完備されていた。


 風呂から出るとベッドに伏せた。天井と向かいの壁には夜空が映し出されている。この惑星のリアルタイムの夜空だ。

 そこには大小二つの月とミルキーウェイ(天の川)の星々が輝いていた。月の名前は大月と小月だ。そのように名付けられた。

 大月は地球の月の八割程の大きさに見えた。小月はその半分程の大きさに見える。しかし、どちらも地球の月の四分の一程の質量を持つ衛星なのだ。ただ、本星との距離が異なるため、見かけの大きさはこのように違って見えた。


 その星空を眺めながら緑川は思った。『それにしても、私たちは幸運だった』地球同様の惑星に出会える確率は極めて低いのだ。正に奇跡だ。

『この惑星には水も酸素もある。重力も大気成分も地球とほとんど変わらない。直接呼吸ができる。恐竜がいるけれども、脅威となる細菌類は見つかっていない。食料も何とかなりそうだ』

『悲惨なことにはならない』と心の中でつぶやいた。明日は休日だった。緑川は安堵して眠りに落ちた。


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