03墜落
第2章 惑星
03墜落
1.再起動
緑川が目覚めると身体が少し宙に浮いていた。安全ベルトを締めているし、着ている防護服には2本の短い命綱が付いているので、遠くに飛ばされることはない。直ぐに重さが生じて、椅子の上にゆっくりと降ろされた。
艦内には警報が鳴り響き、AIが状況報告を繰り返していた。
『人工重力発生装置が再起動しました』
周囲を見渡すと、一人また一人と気が付いて起き上がろうとしている。
『警告、本艦は仮称・惑星M15702486349AZの引力に捕獲されています。急速接近中、衝突の可能性は100%です』
重巡青葉はコントロールを失い、回転しながら惑星に引き寄せられていく。
この惑星は未知の岩石型惑星で、メインパネルには仮称「惑星M15702486349AZ」と表示されていた。
『現在、全システムの点検及び再起動中』
生命維持システムなどの再起動状況がメインパネルに表示されていく。朱書きでバッテリー電源使用中との表示があった。
『現在の座標は不明です。観測可能星系と一致する星図データがありません』AIは妙な事を言っていた。
それは重巡青葉のコンピュータにある立体星図の情報と、周囲の星空は全く異なるものだった。
「通常エンジンのロック解除中」と島影航路長は報告した。
通常エンジンは全速航行の続行で損壊直前になったため、安全装置が働いてロックされていた。
「各部、状況報告せよ」と山本艦長は情報を求めた。
「地球時間の表示が異常です」と赤城探査員が報告した。
「本艦は未知の惑星に墜落します。衝突まで約13分です。軌道出します」と緑川探査長は緊張した面持ちで言った
立体スクリーンに未知の惑星が表示され、重巡青葉が惑星を2周したのち墜落することを示す軌道が描かれた。
「大気圏が厚い。衝突前に本艦は爆発して燃え尽きるかも」と加藤戦闘隊長は言う。
その時、機関室から報告があった。艦長と副長の机上に設置されている個人用パネルに、技術科長と機関長が表示された。
『縮退炉がロックされています』碇技術科長(技術大尉)は急いで艦長に報告してきた。これが平常運転していないと、エネルギー不足で操艦にも支障をきたす。
副長・技術科長・機関長の3人は直ちに安全装置のロック解除に取り掛かった。
引き続き機関室から報告が入る。
『縮退炉の再起動と調整に30分掛かります』
「8分だ、必ず8分以内に調整せよ」と山本艦長は命令した。
しかし8分では、とても無理だった。作業の殆どが自動化されているため、作業時間の殆どは待ち時間なのだ。
「自動化されていますので、所要時間を短縮できません。8分間ですと、補助電源の再起動は可能です」と碇技術科長は答えた
「直ぐに取り掛かって」
縮退炉とは縮退物質を利用してエネルギーを発生させる装置で、これを利用した推進機関は通称ブラックホールエンジンとも呼ばれている。全システムの完全な運用を行うためには、縮退炉の安定運転は不可欠だ。なお、艦船爆砕などで縮退炉の関連装置が損壊した場合には、安全装置が働いて縮退物質は不活性化される。
『緊急停止以外は、縮退炉が完全停止するまでに数日掛かるはずだが』と碇技術科長は疑問を抱きつつも再起動の作業を急いだ。
2.惑星
「惑星のデータを出します」と緑川は言った。
メインパネルに惑星データが表示された。地球型の岩石惑星で直径は地球の1.2倍、公転周期380日、自転周期23.5時間、重力は地球の1.1倍で、大気圧は2倍。酸素の割合は40%でこれも2倍。陸と海があり、その割合は、概ね2対8であった。海洋の成分は地球と酷似し、気温は少し高目だ。そして、二つの衛星がこの惑星を周回していた。
「なんだ、人が住めそうな惑星じゃないか。これは、すごい」と石井副長は感激していた。
「住めるのか。それなら、この惑星の名前はスメル星でいいかな」と加藤戦闘隊長が言った。
「その名前は、畏れ多いかも」と山本艦長が口をはさんだ。
「それならば、取り敢えず’シュメール’にしますか」と石井副長。
「それは古代文明の…」
「何なら、シメル星でもよいですよ」と加藤戦闘隊長は気楽に言った。
「シメルとか、縁起が良くないのでは」と緑川も口を出した。
「だが、シュメル星とかスルメ星ではおかしいだろう」
「古代文明のシュメールは我国だけの用語です。本来はスメルですね。スメルが恐れ多いのでシュメールにしました」と緑川は解説した。
「やはりシュメールかな」と石井副長。
「まあ、いいかしら」と山本艦長は承認した。
『承認しました』とAIが答えた。
パネルの表示がシュメール星に変わった。
「本艦の現在座標不明、通信途絶しています。司令部の応答がありません」緑川は現状報告した
「通信機器に異常なし。しかし、何も受信出来ません」
「どういうことだ。まさか異世界に飛ばされたとか」と島影航路長が不思議そうな表情で言った。
「推進システムの再起動が間に合いません。どうしますか」石井副長は艦長に相談した。
直ちに、艦長・副長と戦闘隊長の3人が協議した。
「緊急事態対応E30号の配備要員以外は、一時避難させます。至急退艦させるように」と山本艦長は命じた。
「本艦の着陸をAIに任せて、一時全員で避難しませんか」と石井副長が意見具申した。
しかし「AI任せでは墜落を回避できません」と山本艦長はこれを却下した。
「救命艇で脱出して、宇宙を浮遊していても座標不明では救援の可能性はないでしょう。干からびてしまう」と加藤戦闘隊長が言った。
救命艇では、この規模の惑星重力に抗って着陸する能力がないのだ。艇内には酸素や水・食料等が常備されているが、宇宙空間を放浪しているだけでは長くはもたない。
「救援が望めない現状では、重巡青葉の積載物資や装備は、乗組員の生存に不可欠です」
山本艦長は重巡青葉に少数の乗員を残して、危険覚悟のうえで惑星へのソフトランディング(軟着陸)を試みることを決定した。
最大の緊急事態では、人のいる区画を射出して船体をパージすることが出来る。司令部などの作業区画、居住区、艦載機などの格納庫を射出できるのだが、一度射出したら自力では元に戻せない。今、重巡青葉を失うことは避けたいのだ。
「あの惑星に着陸可能な揚陸艇などで、上陸するしかない」と加藤戦闘隊長はキッパリと言った。
調査艇や輸送艇、小型揚陸艇などは惑星に着陸可能だ。積載している酸素量こそわずかだが、この惑星には酸素があるのだ。
3.上陸
「緊急事態対応E30号を発令する」「指定された乗員は、本艦を退艦して惑星シュメールへ上陸せよ」山本艦長は命令した。
石井副長は直ぐにパネルを操作して、大型の強襲揚陸艇と中型の調査艇・輸送艇それに小型揚陸艇を起動した。そして事前に準備されている避難パターンを選択して、乗組員を各舟艇に割り振った。
「強襲揚陸は酸素の常備量が多いので、乗れるだけ詰め込みます」
各員の腕に装着されたパネルに情報が表示される。
直ちに乗組員たちは、高速のエレベーターや緊急移動用の透明パイプの中に飛び込む。パイプ内は重力が調整されていて、飛び込むと高速で移動できる。そして安全に着地出来るのだ。
乗組員は分散して設置されている舟艇格納庫に向かう。取り敢えず、わずかな酸素と水や食糧を持って調査艇などに乗り込んだ。
乗組員には技術部員や保健医療員などの専門職員と戦闘員の陸戦隊・砲術員・探査員など多くの職種がある。これらの職種で混成部隊となるように各艇に人員が分配された。
大型の強襲揚陸艇には、64人が、他の中型・小型の5舟艇に48人が分乗した。
(強襲揚陸艇内)
「準備はどうか」
不破小隊長は強襲揚陸艇の席に着くと、隣の操縦席にいる陸戦隊員に聞いた。
「準備できました。この人数だと酸素が7日分しかありません」
「十分だ、酸素はあの惑星にある」
勿論、二酸化炭素を分解して空気は循環して使用している。だから酸素発生装置への電力供給が続く限りは大丈夫なのだ。7日分は酸素の保有量のことだ。
「小隊長さん、良かったですね。また出番ですよ」
以前、小隊長はなかなか出番がないことを愚痴っていたのだ。
「よろしくお願いします」と整備士や看護師などの乗り合わせた者達から声が掛かる。
(指令室)
「緑川さんも脱出して」と山本艦長
「いえ、まだ居させてもらいます」と首を振りながら固く断る。
緑川は最後まで船の探査装置を操り、惑星環境のデータを収集するつもりだ。それは、惑星に上陸した乗員の生存に役立つ、非常に貴重な情報になるからだ。それとエリートとしてのプライドと責任感なのか、逃げたくはなかった。
指令室には艦長、航路長と操縦士、探査長が残った。それと機関部にいる技術科長ほか3人の技師など合わせて8人が居残っていた。
そして居残りの乗組員にも、適宜脱出ポッドを使用するように命令が伝達された。
加藤戦闘隊長から『上陸部隊、出発します』との報告が入った。
重巡青葉が惑星大気圏に突入する寸前に、強襲揚陸艇など有人6艇が船体から飛び出した。更に物資運搬用の無人舟艇数隻がそれに続いた。
4.ソフトランディング(軟着陸)
「通常推進システムは間もなく回復しますが、減速には間に合いません」島影航路長は報告した。
重巡青葉の通常推進システムは、船体前方の空間を圧縮させると同時に、後方の空間を膨張させながら航行している。
前方周囲の複数ポイントの空間を次々と圧縮して、スイングバイ効果と電磁誘導による微粒子噴出、つまりロケット推進で光速の3%超の速力を実現している。
この空間圧縮と膨張を行う推進方式は、やがて夢のワープドライブエンジンの実現につながるものとして期待されている。それは、通常空間を超光速の巡航速度で航行できるものなのだ。
宇宙船を泡のような異空間で包み込み、通常空間から分離する。その泡を物質に質量を付与するヒッグス場から解放すれば、タキオン粒子を利用して超光速航行が実現できると言われている。しかし残念ながら実現の目途は立っていない。ただし、これに必要なエネルギー源は、縮退炉で賄えると言われている。
姿勢制御システムにも、この空間圧縮・膨張方式と、微粒子を噴出する電磁加速方式を併用している。
メインパルネルの電源表示が、バッテリーから補助電源に変わった。
『補助電源が再起動しました』とAIが告げた。
『反重力装置の再起動が間に合いません』機関部から報告が入った。
反重力装置は、重巡青葉の重量を支える程度の出力しかない。通常の着陸ならば役に立つのだが、今は大きな効果は望めない。
その時、メインパネルには予想落下地点として大陸北部の山間部が示されていた。
「海に着水できないか」「陸ならば平野へ」と山本艦長は要望した。
「着陸可能な平野があります」と緑川は言った。
メインパネルに広大な平野が表示されたが、現在の速度ではたちまち飛び越えてしまいそうだ。
「島影さん以外は全員退去」「機関部、緑川少尉、鈴木操縦士。全員退去せよ、命令です。」
緑川たちは、急いで脱出ポッドに飛び込んだ。直後ポッドは船から射出された。
『本艦は大気圏に突入しました』とAIが告げる。
メインパネルでは、ハードランディング(硬着陸)まで残り数秒であることが示され、機械音声によるカウントダウンも終わりに近づいた。
『8』
『姿勢制御システム起動』『墜落回避操作実行中』とAIが告げた。
船体前部の噴出口群は青い炎を吐いた。姿勢制装置は全力で安定姿勢の確保と減速を始めたが、間に合うとは思えなかった。
重巡青葉は流星と化して、高速で大気圏を滑空している。
島影航路長が振り向いて艦長と目を合わせた。
「島影さん、手動でやって」
艦長は手動操縦を許可して、全てを島影航路長に委ねた。
『6』
「回頭します」
島影航路長は、ただちに船体を回して進行方向に船尾を向け、通常エンジンで逆進した。同時に姿勢制御装置の後部噴出口を全力でふかして逆噴射した。
『4』
船底の姿勢制御装置が全力噴射で頑張るが、直ぐに地表が目前に迫る。
『2』
「衝撃に備えー」と山本艦長は叫んだ。
ものすごい衝撃とともに船尾から着地した船体は、時速数百㎞の速度で大地を削り、唸りをあげて滑走する。巨大な車輪状の摩擦回避装置が1ダースほど付いた脚を、24本も出していたのだが、着地時の衝撃で全部消し飛んだ。外部装甲版を利用したスキー板の様な巨大な足も数十本出ていたが、間もなく全て摩擦ではじけ飛んだ。
やがて平野の外れで機体は停止した。その先は窪地が広がる地形のため、小高い丘の上の外れに止まった形になった。あと少しで崖下に転落するところだった。
胴体着陸はなんとか成功したが、機体は無残な有様になっていた。着陸の衝撃で乗組員はどうなったのか。
やがて土煙が晴れても、宇宙船に何の動きも見られなかった。
了