18 復帰
18 復帰
1 披露宴
緑川と不破は披露宴の招待状を持って山本総司令官を訪ねた。
部屋に入ると、そこには島影も同席していた。
「おめでとう」
「ありがとうございます」
「色々とありまして、皆様をご招待する時期が遅れてしまいました」
この二人は半年前から一緒に暮らしている。移民団が来訪するなどの事件が重なり、行事の日程が遅れてしまっていたのだ。ただし、披露宴を行うのは任意なのだが。
「事情は承知しているわ」
「私たちも同じよ。近々、招待状を送るわね」
「え」
「おめでとうございます」
すかさず不破は祝辞を述べた。
帰り道で緑川は不破に言った。
「艦長…いえ、総司令官は島影さんと暮らすのね」
「最近、二人がいつも一緒にいるので怪しいとは思っていたけど」
「優秀な人が、こういうことには気付かないとは…」
不破はニヤリと笑いながらいった。
「もっと前からです」
「シュメール星にハードランディングしたとき、山本艦長の傍にいたのは」
「アー、島影さん」
「そう。島影航路長ただ一人。着陸に失敗しても死んでもろとも。二人一緒ならば…」
不破は変な節を付けて歌いだして茶化した。
重巡青葉の乗組員がシュメール星に降り立ってから、既に4年が経過している。
先日の軍人事異動で島影が2佐に、水谷が3佐に昇格した。また、秋元が2佐に昇格して除隊し、政庁の官房長官に就任した。元々高級官僚だった彼女は、山本総司令官の右腕となり政務に辣腕を振るっている。
なお、これまでに重巡青葉の乗組員127人中、死亡者5人、負傷者(重症)十数人を出している。
軍の除隊者は15人で、そのうち4人が入院中、別の3人が引きこもり状態になっていた。そして新たに移民船団の護衛艦等から、90人がシュメール星の軍に加わった。
2 復職
移民船団がシュメール星に到来してから半年後のこと。ある病室を数人の高官と白衣を着た者たちが訪れた。
白衣の者たちは移民団の科学者だった。一人は管理職風の男性で、もう一人は教員か研究職といった風情の女性だ。二人は入院患者に何やら説明をしていた。
説明が終わると、その入院患者は涙を流しながら嬉しそうに言った。
「本当ですか。私には事故の責任がなかったのですね」
「そうです。破損したAIが勝手にやったことです」
「あなたは船団を発見して、広域モードから標準モードに切り替える操作を2度試みました」
「操作側の要求を装置が受け付けた様に見えましたが、実はAIが自主的にモードを切り替えたのです。あなたが2度目の操作をした直後に…」
「当時あなた達は、遺跡の空間移転装置を操作しているつもりでしたが、操作側のコマンドは受付られていません」
「実際にはAIだけが装置を支配していました」
「AIを修理してログを解読したので、確認出来ました」
「調べてくれてありがとう」
「ありがとう、ありがとう」
患者は何度もお礼の言葉を繰り返した。
「ゆっくりと養生してください」と緑川が優しく言葉をかけた。
「健康が回復したら、復職を希望する人は受け入れますよ」と山本総司令官は静かに告げた。
翌日、青葉台の住宅地に山本総司令官と緑川3佐たちの姿があった。一行は、とある住宅を訪れた。
「そうですか。よかった」
小川は、ほっとした表情でポッリと言った。
「と言う訳だから、早めに復帰してね」
と言って、山本総司令官は2佐(技術)の階級章を机の上に置いた。
小川は除隊時に予備役技術大尉の位を贈られている。今回の軍再編成により復帰する場合は3佐への任用が妥当だ。戦闘員と技術職の格付けは異なる。統合軍技術職は邦国軍よりも1階級上位とされているに過ぎない。だから2佐で再任用するのは特別優遇措置なのだ。
「小川さんがいないので、皆さん困ってますよ」
と緑川は言った。
「便利屋みたいに言われても」
小川は苦笑いした。
空間移転装置の操作事故は、関与した技術者たちに大きな影響を与えた。小川も短期間だが入院した。部下数人が精神を病んだことに責任を感じた。移民船団の人々に合わせる顔がなかった。入院した部下同様、彼は軍を除隊した。以後自宅に引き籠っている。
小川は思い出すように語り始めた。
「私たちはメンタルが常人よりも強いはずなのに、こんなことになって情けない」
宇宙船の乗組員は人並外れた忍耐力を持っている。船の外は真空の空間だ。宇宙船という閉鎖空間で長期間の生活を送るのだ。地球でいえば、潜水艦の乗組員と同じだ。よって、彼らには特別な資質が要求されている。
「あの頃は皆さん過労で、ハードな職務を遂行するのに精一杯でしたから、精神的にも余裕がなかったのでしょう」
「本当にあの当時は、皆に負担を掛け過ぎました。私も反省しています」
「いえ、私たちが空間転移装置の分析に没頭し過ぎたのがまずかったのです」
『当初は、この惑星で生存するために仕事を一生懸命にやっていた。それは必要なことだった。だが遺跡の空間転移装置の分析は、急ぐ必要がなかった』と思い、小川は反省していた。
「皆さん、未知の装置に興味津々で、寝食を忘れて徹夜で作業していましたね」
「責任者としては、強く抑制すべきだった」
「皆さん自主的に夢中になっていましたよ」
「過労で限界になっているときに、あの事故が起きてしまい、係員がメンタルをやられてしまった」
小川は部下たちの健康について心配はしていた。健康に留意するように、皆に常日頃から言っていた。だが、自主的に仕事に没頭する部下を見て、頼もしく感じた。何よりも小川自身が探求心に揺り動かされて、前のめりになっていた。危機感は全くなかった。その時は何の対策も施していないことに気付かなかった。
後に事故時のデータを詳しく見直したとき、彼はあることに気付いた。船団を自動追尾する装置の機能を解除しようと皆が悪戦苦闘していた時、一人の隊員が同じ操作を幾度も繰り返していたのだ。別の隊員も作業の途中から迷走を始めていた。疲労と焦りから、パニック状態に陥ったのだろう。
事故の責任を感じて精神的に崩れ落ちていく部下を見て、小川は後悔した。部下の健康管理について、病院関係者から批判も受けた。彼は事故の現場に居合わせなかったのだが、この件は彼の心に深い傷を残した。
小川自身も過労の日々が長期間続き、心身ともに限界状態だった。そしてある日、彼は自身の奇行に気付いた。
『俺は何をしているのだ…』
それで直ぐに軍を除隊した。
「指揮官としてはリソースを勘案して、部下に無理をさせないようにすべきでした。事故を回避するために」
「例え、それで成果を得られなくなったとしても…」
「そうです。手柄を立てることだけが指揮官の役割ではありません」
「私が言うと、普段のことの言い訳に聞こえますか」
山本が珍しく、いたずらっぽい目で言った。
「いえ、そんなことはありません」
緑川は否定して手を振りながら、取り繕うように言った。
山本はいつもの表情に戻ると、小川の目を見ながら話しを続けた。
「でも、小川さんは新しいことを手掛けて、成果を得られる人です」
「あまり消極的にはならないでね」
「はい」
「もう十分に休養したでしょ」
「そうですね」
「分かりました。復帰します」
「でも、出来れば研究職をやりたいのですが」
「なにを研究するのですか」と緑川が聞いた。
「遺跡の空間転移装置をもう一度調べて、異空間について研究したいのです」
「よろしいでしょう。移民団の人たちを中心に遺跡調査事業団を立ち上げました。あなたには軍派遣の研究職員として遺跡調査に参加してもらいます」
山本総司令官は命令口調で言った。
3 打ち出の小槌
「ねえ、これ承認して。これも、これも」
「はいよ」
田中はPC画面を操作して、マリーの要求に素直に応じていた。
「金銀や宝石は少ししか買えなかったわ。AIが必要ないと言って拒否するの」
「他の物もたくさん買おうとすると、AIが拒否する。何なの」
「何やっているんだ」
「買った品物を市場で売って、農園購入のための資金を作るのよ」
「それで、色々なものを買っていたのか。俺のポイントを使って」
「俺を破産させようとしても無駄だぞ。AIが認証しないからな」
「ヒトはポイントがマイナスになっても困らないと聞いたから」
「でも、打ち出の小槌にはならないのね」
「残念でした」
「俺は基地に勤務する軍人扱いだから、AIの制限がきついのさ」
「民間人なら幾らでも買えるの」
「無理。それに民間人にはならないし」
「ポイント制は、どうなの。お金と比べて」
「今の亜人たちが使っているお金と変わらないと思うぞ。俺達のポイントにはAIの使用制限が付くけど」
「正しくは、AIが使用を制限している訳ではないな。AIは沢山の法令規則に基づいて認証しているだけだ」
「そうなの」
「規則を読んでみるかい。読み終わる頃には、おばあさんになっていると思うけど」
「貨幣経済の次の段階はAIが認証するポイント制なの」
「いや経済体制としてのポイント制は上手くいったとは言い難い」
「密閉空間で限られた資源しか利用できない宇宙ステーションや宇宙船の乗員とか、特殊な条件下では良いのだけどね」
「活力のある経済とは、マリーのような欲張りが欲に溺れて、世間をかき回す経済体制なのだ」
「そうなの」
「じゃ、今のままでよいのね」
「あのね」
「でも、近頃よく質問に答えてくれるようになったわね」
「以前は面倒くさいので逃げていたが、俺も立派な宇宙戦士。一通りの教育は受けているのだ」
「そうね、曹長になったし。立派になった」
「それは別のことだが」
「最近はマリーによく質問されるので、暇なときには資料を見て勉強し直しているのさ」
4 不審な通信
総司令部の会議室では軍の高官や移民団の代表、科学者たちが会議をしていた。主な議題は既に話が済んでいた。
「まとめますと、重巡青葉が亜空間に落ちてから4年後に、カビラとの戦いは終戦を迎えました。いまだに彼らと人類は意思疎通できませんが、彼らが球状星団から撤退したので戦いは終わりました」
「カビラは人類の勢力圏から20~50光年の距離を取っています」
「しかしながら、彼らも決して一枚岩ではないようです。ごく少数ながら一部の勢力が各地に残留していました。そのため遇戦が起こることが幾度かありました」
「それで、亜空間通路防衛のための植民が行われているのです」
「また、付近の空域を航行する船団には護衛艦が随伴しています」
「以上、これが、私たちの現状です」
そう言うと、発言者は椅子に腰かけた。
「あと、例の件も話して」
発言を終えた移民団の科学者に向かって、山本総司令官が要求した。
「はい」
「皆さまご承知の通り移民船団が亜空間に落ちる直前、不審な人工物を発見しました。船団側がそれを捜査しているとき、その物体から幾つかの通信と推測されるタキオンが発信されていました」
「その時には通信方式が分からず、放置されていました。ですが先日、そのうちの一つを解読しました」
「通信内容は次のとおりです」
パネルに縞模様の色彩映像が映り、たどたどしい言葉の機械音声が流れた。雑音で聞き取りにくかったが『ワレ シュウリ ヨウセイス』を繰り返している。そして一瞬、人型の映像が映って消えた。
「止めて」
「これは、緑川さん…」水谷3佐が呟いた。
「え、嘘」緑川も思わず叫んだ。
不鮮明な画像だが、緑川自身の映像の様に見えた。
一同は唖然とした。
「この通信は重巡青葉と同じ方式でした」
「え、そんなことが…」
「アッ、分かった」
緑川は言った。
「亜空間に落ちる直前に、本部宛てにデータを送信しました」
「その時の私の映像です」
科学者は応じた。
「なるほど。遺跡のAIがその通信を解析して、画像を借用したのでしょうか」
科学者は話を続けた。
「これは推測ですが、このAIは自己を修復してくれる者を探している可能性があります」
「亜空間開口部は彷徨っていた訳ではないのか」
「もしかしたら、一定以上の科学力がある者たちを探し出して、捕らえていたのか」
一つの謎が解明されると、また新たな疑問が生じた
了