16未確認船団
(第5章 遺産)
16話 未確認船団
1.量子もつれ
最近、マリーは小人学園のカリキュラムを一生懸命に勉強していた。そして田中は連日、マリーから質問責めにされていた。今日は量子もつれについて聞かれた。
「タキオン通信やタキオンレーダーは量子もつれに似た現象を利用しているのよね」
「そうだよ」
「光速よりも早く探知できるのよね」
「そう。タイムラグなしだ」
「量子もつれは、もつれ状態の量子の一方の回転方向が決まると、もう一方の量子は必ず逆回転するとか...」
「この二つの量子がどんなに離れていても、同時に回転方向が決まるとか...」
「そうだよ。この場合、光速の拘束はない。なんちゃって」
「通常空間では光より早く進むことは出来ないのでしょう」
「ふふん、速度とは別物なのだよ」
「どうして光速よりも早く伝わるのか教えて」
「俺も分からない」と答えたがマリーは引き下がらない。
「ヒトなのに分からないの」
「俺、理系じゃないから」
「文系なの」
「違う、体育会系だ」
「… …」
『馬鹿なの』とマリーは思った。
それを察したのか「身体、体力優先なのだ」と田中は弁明した。
「最近は文系とか理系とか、そうゆう分類の仕方はしないけれどね」
「とにかく説明してみてよ。私が何と無くでも分かった様な気分になれるように」
「それなら、正しくはないだろうけど話してみるね」
田中は次元の話をした。
「分かった。低次元の世界の住人には高次元のものは一部しか認識できないのね」
「そうゆう設定にするね。それでは、ここに棒又は紐がある。この紐に点Aと点Bを書く」
「低次元の世界の住人には、点AとBしか見えない。紐は見えないとする」
「次にこの点Aを引っ張り、少し動かす。すると点Bも同時に移動する」
「我々には紐が見えるので点AとBが同時に移動しても不思議には思わない」
「でも、低次元の世界の住人には、点AとBは離れているのに同時に動いて見えるので不思議に思う」
「こんな感じかな」
「なるほど」
「もう一度、別の例で考えてみようか」
「細長い箱の中に粒子が一列に並んで入っている。その列の両端をAとBとする」
「片端Aに新たに粒子を1粒押し込むと、もう一方の片端Bの粒子が1粒押し出される」
「1粒入れると反対側から1粒出てくるのね」
「そう。特殊な粒子なので、両端の距離がどんなに離れていても、この現象は同時に起こる」
「例え1光年離れていても」
「入れると同時に出てくるのね。そういう現象なのね。分かった」
納得したようだ。
「でも、その粒子が物質の場合は縮み現象が起きて、そうはならないわよね」
「そうだね。距離が長いと詰まるだけだ」
「タキオンは物質と物質以外の形態のエネルギーとの中間に位置する存在らしい」
「どういうことなの」
「我々の住む物質世界には物質の他に電磁波などのエネルギーがある」
「物質もエネルギーの一種だけどね」
「でも、物質とは互いに影響しあわない別形態のエネルギーがあるかも知れない」
「それらは互いに影響せず感知できないのだから、ないのと同じだけどね」
「時々感知できる幽霊は存在を知られる。これがタキオンだ」
「対して真空は物質がない空間だけど、電子が飛び出してくることがある」
「物質があるから空間があるとか読んだことが...」
「エネルギーがあるから空間ができるのだね」
「宇宙空間は真空で、我々の宇宙には物質が少ししかないけれど、実は宇宙空間は物質とは影響しあわない別形態のエネルギーで満たされているのかも知れない」
「なるほど。そういえば、エーテルとかダークマターとか読んだわ」
「念のため言っておくけど、俺の説明は正しくないよ。専門の人が聞いたら色々と突っ込まれる」
「でも、専門家の言うことも正しくないけどね」
「エネルギーの正体と全貌を知ることができれば、宇宙の謎を解明して我々の世界の構造を明らかにすることができる」
「でも、そんなことは出来ない」
「元々、物質世界の者には普通では知るすべのない謎のエネルギーのことだから、専門家の説も想像の域を出ない」
「歴史を振り返っても、宇宙論は後の時代の人が聞いたら冷笑するようなモデルばかりだよ」
「そうね。古代人の考えた宇宙の構造とか」
「現代宇宙論のモデルもそれと同じ憂き目にあうよ」
「タキオンに起こる量子もつれに似た現象は?」
「その説明は俺には無理だな」
「似た現象ということで納得するしかないかしら」
「そうだね。専門の人から教えてもらえば」
「専門家の説明は難し過ぎて分からないのよ」
「そうだろうよ」
「それに、科目担当の先生が入院してしまったの」
「アーそうだったね」
田中には心当たりがあった。先日、遺跡にある空間転移装置で問題が発生した。操作をしくじった技術者が心労のため入院したという話を聞いている。
「代わりの先生はまだ決まって…」
田中がマリーを見ると、彼女はもう寝ていた。
2.救難信号
大月の古代遺跡内では技術者たちが話し合っていた。
「地球連邦の船団はどこに行ったのだろう」
「行方不明です」
「救難信号が発信されてないか確認してくれ」
「ありません」
「粘り強くタキオン探査機器で調べるほかない」
係員たちは懸命に船団を探したが、手掛かりはなかった。
「こちらから呼びかけてみましょう」
「司令部の承認を取ります」
しかし、シュメール星からの呼びかけに応ずる者はいなかった。
それから数週間後、一人の技術員が妙なことに気付いた。
「この装置は数十年後に開放されます。タイマーが自動的にセットされているようです」
「装置が解放されるとどうなる」と相方が聞いてきた。
「分からない」
二人には何が起こるのか分からなかった。それで詳しく装置を調べてみることにした。
そして数週間後、危険がない事を二人は確認した。彼らはタイマーを外すように、技術本部に申請することにした。
3.西大陸の調査
西大陸で大規模調査を実施することが決まった。最近はシュメール星の衛星である大月と小月の探査が進められているのに、未だ西大陸は手付かずの状態だった。それで地形や気候、動植物の調査だけでも早急に実施するべきだとの機運が高まったのだ。
西大陸の面積は東大陸よりも3割ほど広い。地形は東側が山地と湖で、中央から西側は平坦地が続いている。山岳地帯には亜人たちが棲んでいた。平坦地には密林と平原が広がっている。平原には多種類の恐竜たちが棲んでいる。北方は荒れ地が続く土地だ。シュメール星は温室効果で気温が高いため、寒冷地は南北両極地帯に限られる。東西両大陸の寒冷地は極一部だけだった。
第1回調査の対象地域は東側の山地だ。ここには亜人たちが棲んでいるので、最も重要な調査対象とされた。今回の調査期間は約1か月間で、西大陸調査計画全日程の大半の日数をかける予定だ。人員も概ね全体の八割が投入される。3交代なので各員10日間程度の参加となる。緑川と不破も調査隊に参加した。
4 遭難
緑川は山岳地帯に棲む亜人たちと交渉するため、調査隊のひとつを指揮して山間部に入ることになった。不破も数人の護衛兵を率いて同行した。
その日、調査隊は輸送用ジェットヘリに乗って、海岸付近の基地から数千キロ離れた山地の中腹にやって来た。標高約千メートルの高さにある台地に野営する予定だ。キャンプの準備は直ぐに完了して、ヘリは無事に帰っていった。
この土地は数日前に消毒薬が散布され、毒虫対策などが済んでいる。事前の探査で安全地帯だと判定されていた。
日没までまだ時間があるので、隊員たちは周囲を散策しに行った。緑川と不破も世間話をしながら一緒に近くを散歩した。念のため、アンドロイド兵とロボット兵各1体が二人に付き従い護衛している。やがて緑川は大きな岩の近くに座り休憩することにした。そして綺麗な麓の景色を眺めていた。不破は何か見つけたらしく、何か言いながら近くの大木に歩み寄って行った。
その時、アンドロイド兵が警報を発した。岩影の洞穴から飛び出した中型爬虫類が、緑川に向かって突進して来た。彼女は直ぐに立ち上がり逃げた。しかし、行く手は断崖絶壁だった。暫しコモドドラゴンに似た爬虫類とにらみ合った。それはワニに似た体形の陸生爬虫類なのだ。
不破は銃を構えたが撃てなかった。射線の先には獣と緑川の姿があった。その状況はアンドロイド兵も同じだ。その位置関係ではレーザーが彼女に当たる可能性がある。不破は仕方なく全力で走り、獣に接近した。そして、緑川に飛び掛かる獣を銃で撃った。だが、彼女の体は既に宙に舞っていた。300メートルはある谷底へ吸い込まれていく。下には川が流れているが、この高さでは無事には済まないだろう。
「姿勢を水平に。手足を広げて」緑川は無線から流れる不破の声を聴いた。彼は緑川に空気抵抗を利用して落下速度が低減する姿勢を求めた。
落ちていく彼女の肩を誰かが掴んだ。振り向くと不破が飛びついて来ていた。緑川に追いついた彼は、直ぐに背中から布製の小さなグライダーを弾き出す。すると落下速度が若干弱まった。しかし小さな羽では二人の体重を支えきれない。彼は装備を投げ捨てた。銃とバックパック、腰のベルト。ベルトには小箱や機器が幾つも付いていた。
不破は言った
「君だけは助ける。俺の体をクッションにするのだ。」
「勝さん」緑川はヒシと不破に抱き着いた。
その時、背中から小型グライダーを出したアンドロイド兵が二人を抱えた。これで二人は浮力を得られたが、既に水面近くに達していた。どぽーん。
幸い川の水深は深く、二人は少しもがくと水面に浮かび上がられた。気付くと救命胴衣が自動的に膨らんでいた。
少しだけ羽を使ったが、10秒程のスカイダイビングとなった。シュメール星は地球よりも5パーセント近く重力が強い。しかし、大気濃度は倍近く濃い。距離も短かったので落下時間に違いは余りなかった。
やがて谷川を流されていく二人を、アンドロイド兵が川岸に引っ張り上げた。二人とも無事だ、かすり傷も無かった。
「ありがとう」
緑川は不破に助けてもらったお礼を言い、彼に最大限の賛辞を贈った。彼女は彼に惚れ直した。
間もなくロボット兵が不破の捨てた装備を拾って川から上がってきた。二人一安心して、体を寄せ合って川の岸辺で暫し休息した。
しかし谷川の流れは速かった。落下地点からは千メートル近く下流に流されている。高低差もあり、野営地に歩いて戻るのは困難だ。日没が近い。空は夕焼けで赤く染まっていた。
基地の本部に相談した。明日、ジェットヘリに拾ってもらうことになり、二人はこの場所で野営することにした。
調査隊と連絡を取ると、ドローンで宿泊用具や食料を送ってくれた。直ぐに外敵の獣に備えてセンサーと銃器を設置する。ロボット兵もいるので害獣の防御については大丈夫だろう。今夜はアンドロイド兵が用意してくれた密閉テント内のカプセルで就寝することにした。
円形のテントには壁面を透明にして窓にできる部分がある。夕食を済ますと二人は天井まで広がる窓の前に並んで座り、就寝時間まで会話をして過ごした。夕闇が迫り、一番星が輝くと直ぐにそれを追うように星々が瞬き始めた。漆黒の夜空に輝く星屑を見上げながら、二人は色々なことを話し合った。
その日の夜空には大月と小月が寄り添うように並んで輝いている。これは数年に一度起こる現象なのだ。その夜空を指さして不破は聞いた「あの星の世界へ戻りたいかい?」
「ええ、いつか必ず戻れると信じているわ」と緑川は答えた。
そして将来のことも話題になった。話をして、二人とも絆が深まった気がした。
「この探検が終わって青葉台に帰ったら、俺と一緒に暮らしてくれ」
「はい」彼女は小さく頷いた。
5.未確認船団
そのころシュメール星の基地では、星系付近の宇宙空間からタキオンが放出されていることを感知した。これは何らかの通信と思われたが、解読できなかった。しかし、行方不明の地球連邦艦隊からの救難信号かもしれないと、にわかに期待が高まった。
司令部は対象に問いかける通信文を、送信し続けるように通信隊に指示した。
そこは見慣れない室内だった。見慣れない服装の人物たちが話をしていた。
「現在の座標は不明です」
「既知の星系はありません」
「どの基地とも連絡が取れません」
「近くの星系からタキオンが放射されていますが」
「通信か」
「いえ、自然現象かどうか不明です」
「呼びかけてみよう。念のため全通信帯でやってみよう」
しかし、反応はなかった。
ここは行方不明になった地球連邦の未確認船団の中だった。
やがて一人の乗員が何かに気付いた。
「これは、極めて初期のタキオン通信ではないですか」
「通信を解析しました」と係員が言った。
「音声のみ、文字起こしです」
「『ワレ しゅめーる セイ アテ チキュウ レンポウ カンタイ キ カンタイ ノ ショゾク ヲ トウ 』です」
「全文表示します」
「良かった。連絡が取れた」
皆、喜んで叫んだ。
「でも、シュメールという惑星名は聞いたことがないな」と一人の乗員が言った。
「データベースに該当星系はありません」係員が答えた。
もう一人、通信文の全文を読んだ乗員は呟いた。
「通信文の言い回しが古臭いな」
「とにかく、地球連邦の基地があるのだ。行ってみよう」
と責任者風の人物は言った。
6.キタレ
シュメール星の作戦室では
「地球連邦の船団と連絡が取れました」
「通信内容を表示します」
「移民船団ですか」と山本総司令官が呟いた。
「そうです。Z星域への移民船団だそうです」と基地司令官が答えた。
「Z星域というのは亜空間通路のM4球状星団側出入口を囲むX星域とY星域に接する星域です」
「亜空間通路施設防衛のための移民だな」と加藤隊長が口を挟んだ。
「幾つかの移民計画が軍司令本部や政府に提出されていることは聞いています」と山本総司令官が言った。
人類がワープ航法を実用化したのは約30年前だ。さそり座のM4球状星団は地球から約7200光年も離れている。
それは亜空間航行の効果が光速の100倍相当であっても、到達までに72年かかる計算となる。そのため初期のワープ航法技術では到底到達できない距離であった。にもかかわらず人類がそこに進出できたのには理由があった。
実は、ワープ航法の実用化後間もなく、太陽系から数十光年離れたある星系で太古の異星人が残した遺跡が発見されている。その遺跡は亜空間通路を形成することができた。
人類は、この亜空間通路を利用することにより、ワープ航法実用化から僅かな年数でこの球状星団へ到来することができたのだ。
そして人類は昆虫型異星人からの攻撃を受けるが、戦況が我に有利であったことから徹底抗戦の道を選択した。亜空間通路を確保して利用することの利益と将来性を考えた。また、遺跡を敵に奪われた場合の地球防衛を憂慮したのだ。
「しかし植民とは、いくら何でも時期尚早ではないか」
「まだ奴らとの戦いの決着がついていない。掃討も不十分だ」
皆が口を揃えた。
「しかし気になることがある」
「何だ」
「これを見ろ、ここに漂着して以来、この表示が異常なのだ」
「それは…」
一同は絶句した。
やがて、迷子の移民船団はシュメール星系の外縁部に辿り着いた。
そして通信文を打電した。
主な内容は『シュメール星への上陸許可を請う』である。
間もなく
「シュメール星から回答です」
パネルに入電内容が表示された
『ワレ しゅめーる セイ アテ(宛) チキュウ レンポウ センダン』
『ホンブン(本文) キタレ カンゲイ スル ジョウリク キョカ ノ ナイヨウ ハ ... ... 』
了