15 誤作動
15 誤作動
1.月の遺跡
大月と小月にある遺跡を調査するための準備が進められていた。
シュメール星周回軌道上の簡易な宇宙ステーションに強襲揚陸艇や輸送艇、連絡艇などの舟艇が集められ、そのうちの数隻には改装工事が施された。
強襲揚陸艇には大量の物資と小型輸送艇を積載した。さらに二隻の中型舟艇をドッキングした。
これは中型輸送艇を改造して衛星(月)に着陸可能な有人機や無人探査機を搭載したものだ。調査隊を支援するための中継基地として運用される。また、補給物資の保管庫としても利用される。中継基地は強襲揚陸艇で、それぞれ二つの衛星(月)まで運搬され、その周回軌道上に配備される。
調査対象となる遺跡は、それぞれ二つの月の巨大なクレーター内にあった。調査と分析には長期間を要するため、遺跡の近くに調査隊の基地を設置する方針だ。
「この調査は俺がやる」
最近、暇を持て余していた加藤隊長が初回調査を買って出た。
今回は中継基地の設置と調査基地づくりが主な目的だ。基地建設要員も加えられた。勿論、作業用ロボットと自律式建設機を持って行く。基地の建物はドーム状で、外壁は簡単に組み上げられるユニット式のものだ。
調査隊は加藤隊長以下12人で編成された。遺物調査担当の技術者を中心に、補給係(旧航路班)の操縦士や誘導管制小隊の係員の他、微生物調査のために保健班の係員も加わった。緑川が所管する資源探査係からは赤城隊員が参加した。
大月の遺跡は地上部分が崩れて瓦礫の山になっていた。しかし、地下部分は原型を保っている。遺跡の前で、数人の隊員たちが内部への侵入方法を検討していた。
「内部をスキャンしましたが、通路や階段、エレベーターなどはありません」
「各階への移動はどうしていたの」と赤城隊員は呟いた。
「ワープしていたのかな」
「シュメール星の遺跡と同じだな」などと周りの隊員たちが答えた。
「外縁部に工事用と思える竪穴があります」
「これには数か所、穴が開けられています。ここを利用しましょう」
「例の異星人が開けた穴かな」
「足場を組みます」
大月に基地を建設した調査隊は、次に小月へ向かった。
初回調査の結果、大月の遺跡内に亜空間転移装置と推定されるものが発見された。同様の装置は小月の遺跡にはなかった。
帰還した調査隊の隊員たちは状況を報告した。
「大月の遺跡にある亜空間移転装置も稼働しています。こちらは、シュメール星の遺跡内にある装置よりも良好な状態でした」
「大月には大気がなく、地殻活動もありません。シュメール星よりも浸食を受けないので、自動修復システムが長持ちしたのでしょう」
「惑星と衛星にある二つの装置を比較すれば、解析がかなり進むことでしょう」
にわかに期待が高まった。
次に小月の調査結果を報告した。
「小月の遺跡は、完全に廃墟と化していました」
「放射性物質やタキオン粒子を大量に使用した痕跡を多数発見しました」
「遺物の分析から、ここは星系の防衛拠点だったものと思われます」
「シュメール星遺跡の壁画に刻まれた文字を解読した結果、小月に亜空間転移装置の探査機器を置いていたことが判明しています」
「残念ながら探査機器の残骸は発見できませんでした」
「遺跡の地上部分は壁の一部が残っているだけで、他の物は全て朽ち果てていました」
「地下部分も一部崩落しており、老朽化に伴う落盤の危険性が高いため有人調査は出来ませんでした。地下の空洞から小型探査機を内部に入れて調査しました」
次回からは大月の遺跡調査を優先して実施することに決まった。小月の次回調査は未定とされた。
2.惑星周回旅行
月面遺跡調査の進行に伴い、シュメール星周辺の宇宙開発が大いに進展していた。まだ、西大陸の詳細な調査も行われていないのに、期せずして宇宙開発を手掛けることになっていた。
緑川はバーチャル会議の後に技術部員からこう言われた。
「惑星周回用のシャトルが完成しました。不破さんとお二人で利用してください」
「何のことですか」
「ハハハ、どうぞ最初の旅客になってください」
と言って彼はログアウトした。
数日後、緑川は所用で青葉マーケットを訪れていた。そこで喫茶店にいる秋元を見つけた。目が合うと彼女に呼び止められた。
「緑川さん、一休みしていかない」
「何を飲んでいるのですか」
「コーヒーフロートよ」
「コーヒーフロート?」
アイスコーヒーのグラスの上に数種類のアイスクリームが山盛りに乗せられていた。これは確か違う名前の飲み物だと緑川は思った。
「いらっしゃいませ。賢者様」と声を掛けられた。見ると小人のマリーが笑顔を向けていた。
「妹さんたちは元気にしているわよ」
「ありがとうございます」
「ヒトの歴史を調べました。このような飲み物のうち、コーヒーフロートと言う名称は初期のものです。その頃はアイスコーヒーにひとかけらのアイスクリームを浮かべていたそうです」
「今はこの名前は廃れてしまいました。これはアイスクリームの量を増やした復刻版です」
「そうなの。良く調べているのね」
「マリーちゃんは凄いのよ」
「そこのアイスクリームコーナーも大繁盛しているでしょ。この店はマリーちゃんが経営しているのよ」と秋元が教えてくれた。
「凄いのね」と緑川は頷いた。
「お褒めに預かり光栄です」
この喫茶店にはアイスクリームや飲み物を店頭販売するカウンターが併設されていた。コーンの上にソフトクリームやアイスクリームを乗せて実演販売しているのだ。そこには亜人たちが行列を成していた。
「私も秋元さんと同じ物を頂くわ」
「コーヒーフロートですね。少々お待ちください」と言って彼女は厨房へ下がった。
「5番のお客様、コーヒーフロートひとつ」
調理用ロボットが緑色の表示灯を点滅してオーダーに答えた。
「以前、緑川さんに中央公園に行くように言ったことがあったわね」
「はい、お陰様でマリーさんの妹たちと同居することになりました」
「あれね、マリーちゃんに頼まれたのよ」
「えっ、そうだったのですか。マリーさん恐るべし」
秋元は緑川に頼み事をしてきた。
「あのね、ちょっと頼みごとがあるの。シャトルを使ってこの惑星を周回しても良いかしら」
「実質的な惑星周回時間は34時間程ですね」
腕のパネルを見ながら言った。そこには秋元から送られてきたデータが表示されている。
「個人的に使いたいのですか」
「そうなのよ。でへへ」秋元は変な照れ笑いをしていた。いつもと様子が違う。まるで別人だ。
「具体的な使用目的は何ですか」
「へへ、内緒なの」
「え、秘密ですか」
「あの、実は私...」
「はい」
「てへっ、あの、ハネムーンなのよ。えへへへへ」
「ハァ?」
「相手は誰?」
意外な人物の名前があがった。加藤隊長のことは放棄したようだ。
今は燃料の備蓄も資材の在庫も満杯だ。資源を保管するための倉庫やタンクの建設が続いている。シャトルを私用で使うことは特に反対しないと緑川は答えた。
別の日に緑川が基地の食堂に行くと、隅の方にある大テーブルに6人の女性たちが座っていた。何やら訳ありな様子で、一人は天井を見上げて頭を抱えている。テーブルに顔を伏せているのが約3名、腕組みしながらぼやいている者が1名、泣き声で何か言っている者もいた。暗く悲しい雰囲気だ。
通りすがりに緑川は尋ねた。
「どうしたのですか」
「横取りされました」
「秋元さんが、いきなり乱入して略奪していったのです」
「えーと、まさかあの事?」
「そうです」
「私たちが牽制し合っている隙を突かれました」
「城田さんの事ですね」
城田技師は重巡青葉随一のイケメンとして知られている。取り巻きと言われている女性たちがいた。
次に秋元に会った時に、緑川は言った。
「秋元さんがそんなに面食いだとは知りませんでした」
「へへ、意外と面食いなのよ」
「彼は子供の頃にあこがれていた、サイボーグ・zメンの主役に似ているのよね。えへへ」
「青葉乗組員一のイケメンですものね」
「そうよ、彼はその点ずば抜けているわ」
「確かに、甘いマスクに高身長、頭も良いし」
「でしょ。ダハハ」
「皆さん、いきなり乱入されたと言って怒っていましたよ」
「いえ、その前から内緒でアタックしていたのよ」
「でも一部の人たちの恨みを買いました」
「そうね。でも」「文句があるなら、かかって来なさい。アハハ!」
「将来、私たちの代表者を決める選挙が実施されるときに、秋元さんが艦長の対立候補になるはずでしたが、これでその線はなくなりました」と、わざと大げさなことを言った。
「そんなことは望んでいないから、いい男をゲットした者の勝」
「大勝利ですね」と言って緑川は、ほほ笑んだ。
「そうよ」と満足げに秋元は答えた。
「惑星周回ハネムーンの件は、決裁者全員の内諾を得たわ」
2週間後、秋元と彼氏は披露宴を済ますと、宇宙ステーションからシャトルに乗ってシュメール星の周回軌道を回った。二人の他にはメイド用アンドロイドしか乗っていない。両人は惑星とふたつの月、満天の星を眺めながら2伯3日間の惑星周回旅行を楽しんだ。
既にハネムーンは廃れていたが、シュメール星では復活した。以後、次々とカップルがこのコースの旅行を申し込んだ。
3.ヒトと亜人たちの将来
本日のバーチャル会議は未来戦略会議という名称だ。そこでは小川技術中尉が講演していた。テーマは『歴史に学ぶ公営事業の民間払い下げ』だ。主に日本の明治以降に行われた公営事業の売却や民営化について解説していた。
既に島影管理室長から、各種事業の独立法人化を促す提案が出されている。鉱山や油田、農場、漁業、運輸その他諸々の産業の各種事業を公社化するものだ。
そして今回は民間払い下げの話なのだ。この場合、民間として想定しているのはヒトと小人を中心とした亜人たちだ。
今後は各事業を公社が担うことになる。その後で事業を民間に払い下げて民間企業を育成するのだ。少人数の重巡青葉乗組員が出来ることは限られている。亜人たちに任せられる事業は彼らに払い下げて、ヒトは更に別の産業を立ち上げなくてはならない。やることはまだ沢山あるのだ。
技術部からも「青葉のコンピューターなどに保存されている技術情報を学習して研究したい」「もう一息で成立させられる技術項目が沢山ある」などの意見が出されていた。
既に、青葉技術部ではロストテクノロジーとなっていた火砲を制作した実績がある。特に古い時代に使われていた技術は亜人たちに提供可能なものが多い。それらは亜人対策にはとても有効なのだ。
技術部は保有する技術で作れる物を作るだけの状況から、今は新たな技術の習得へと軸足を移しつつあった。
この部会は、重巡青葉乗組員のシュメール星における将来の理想的な姿を模索する会議なのだ。ヒトと亜人たちを交えた将来の社会構造を考えるものだ。
近いうち自分たちは現在の体制を解体して、全く別な新体制に移行するのだと緑川は予測している。軍は現在の護衛小隊と防衛小隊を中心にしたものに縮小され、大多数の者たちは軍籍を離脱して民間人になるのだろうと。
この日、未来戦略会議は管理室が提出した事業関連法などを一括して可決した。これは商業法規や会社法、所得税法、法人税法などに相当するものだ。これらは事業の払い下げを受ける民間事業者としてのヒトと亜人及び法人に適用される。
会議が終わって、緑川は一休みしようと基地の喫茶室に入った。そこには赤城たちがお茶を飲んでいた。「室長どうぞ」と赤城が声を掛けてきた。彼女は隣の開いているテーブルの椅子に腰掛けた。
「何を話していたの」と話題を聞いた。
「亜人相手の施策では失敗が多い。沢山やらかしたという話をしていました」
と赤城が答えた。他の者たちは、
「上手く彼らを導こうとしたのですが、駄目でした」
「言うことを聞いてくれない。付いて来てくれない」
「亜人たちは勝手な事ばかりしている」
「奴らは、すぐに飽きてしまう」
「見込み違いが多かった」
「それ本当、私が彼らの事情を理解していなかったことも反省点です」
「私たちでは、室長さんみたいに完璧にはいかないですね」
などと、ため息混じりに愚痴を言った。
「私も結構失敗していますよ」「ポイントの発行とか」
「でも、やはり室長さんは別格ですよ。私は考えが浅かったことが...」と赤城が言った。
「赤城さんは成功例が多いけど、私には挙げられる成功例がないです」
「私は駄目な企画ばかりでした。室長さんや皆さんに手直しをして頂いて助かりました」
などと各自の状況を述べた。
「亜人対策は試行錯誤を繰り返す必要があります」
「対象を完璧に解析することは出来ません。正解が分からない場合には可能性のあるものを一つ一つ消していくしか方法がありません」
「その意味では、失敗例もノウハウのひとつです。失敗しても気落ちしないでください」
と話して緑川は彼女たちを励ました。
しかし、取り返しのつかない失敗はしてはならない。何としても阻止しなくてはいけない。彼女たちには言わなかったが...緑川は心の中で呟いた。
『この世界は果てしなく広大なもの。矮小な人間の頭で考えたことが、いつも通用すとは限らない。全てが思い通りになるはずがない』と緑川は思った。
実際、未知の物質や現象などの発見例では、研究作業中に偶然発見されたものは多い。社会政策も失敗の積み重ねが経験値を上昇させ、次第により良い施策が出てくるのだろう。
4.亜空間転移装置
数か月後、亜空間転移装置について新たな事実が判明した。
本星にある装置の主要部分はシステム全体のコントロール装置と演算用のコンピューターだった。元々は小月に探査装置を置き、大月に亜空間を開く装置を配備していたのだ。
このシステムの建設は100万年前で全て塵芥と化していたが、5千年前に何者かが装置の再建を試みた。しかし、成功せずに放棄された。その模造品を2千年前に例の異星人が改造と修復を行ったのだ。
亜空間転移装置の探査機器があった小月の遺跡は完全な廃墟と化していたので、異星人は大月の遺跡に探査機器を追加配備したようだ。また、本星の遺跡内にある再建された装置の一部を改造した。
しかし、その直後異星人たちは何者かにより殲滅されてしまったのだ。
そして改造された装置は稼動し続けていたが、次第に損壊して今は誤作動している状況だ。本星の遺跡では演算装置が健在だが、コントロール装置は使い物にならない。大月の遺跡には亜空間を開く装置が稼動している。異星人が追加した探査装置も使用可能だ。亜空間の開閉と移動は大月の装置で操作可能なことが分かった。
以後、大月の遺跡に併設された探査基地には常時係員が張り付けられた。
5.北方農園
「それでは、小人と一緒に暮らしている乗組員を対象として、第一期分譲地の募集を開始します」
「第二期の募集は半年後とします。なお、第二期からは小人などの亜人も応募対象にします」緑川は会議出席者を前に決定事項を宣言した。
北方都市と隣接する農地の開発が終了している。一部の農地は住民全体のための公的農園として、ロボットなどの自動化機器を用いて農作物の生産をする予定だ。
住民全体とは重巡青葉の乗組員と、飼っている小人や関係する各部族の亜人たちを含む現在の生活共同体の住民のことだ。
そして、残りの大部分の農地は分譲することに決まった。隊員たちが各々農地の1区画を購入して、同居している小人達に農園を経営させるのだ。勿論農作業は主にロボットなどの機械や、雇われたオークなどが行う。
これは、小人やオークの人口爆発対策の一翼を担う重要な政策なのだ。亜人たちは近頃、ヒトの庇護や強力な武器の入手により、他の動物に襲われて落命することが少なくなった。また、ヒトの医療技術の恩恵により疾病対策が飛躍的に向上した。特に若年者の病死が激減したことは人口爆発を引き起こしている。そのため、水や食料・燃料、日用品などの需要が急激に増大しているのだ。食料増産は急務となった。
田中も周囲に勧められるまま、PC立体映像の画面で分譲農園の購入希望ありにチェックを入れて送信した。後日、分譲農園の1区画を選んで正式に購入申し込みをする予定だ。帰宅後、そのことをマリーに話すと、彼女は目を輝かせて色々と質問して来た。
「俺が所有者だけど、俺には任務があるし農業には興味がないから、マリー達に経営を任せるからね」
「私と妹たちで農園を経営するのね」
「上手くいったら、この農園はマリー達にあげるよ」
「嬉しい、任せて」
マリーは喜んだ。
「今年の夏はアイスクリームで大儲けしたから資金はあるわよ」
この夏、マリーが青葉台市場に出店したアイスクリームコーナー(売店)と喫茶店は大繁盛した。
ヒトの資料を見て立ち上げた事業だが、予想以上の大ヒットとなった。特にアイスクリームコーナーの店頭ではいつも長蛇の列ができていた。
現在も数人の小人を雇って営業を続けている。今は冬なので売店では石焼き芋とたい焼きを主力商品として販売していた。
「東部丘陵農園と石焼き芋販売事業もすごく順調だし、もう一つやってみますか」
と言いながら田中は内心『やれやれ』と思った。
以前マリー達と作った東部田園に隣接する丘の上の農園は「東部丘陵農園」と田中は名付けた。農園で採れたサツマイモは石焼き芋として青葉市場の店舗で直販している。他にも、亜人の行商人などに卸売りしている。
今、石焼き芋の販売事業は大ヒットしていた。商品はたちまち売り切れてしまうのだ。
もう一つの目玉商品の、たい焼きも中々の売れ行きだ。
マリーは大儲けしているので、最近は笑顔が絶えず上機嫌だ。ニッコニコで有頂天になっている。そして彼女は、自分で買い求めた貴金属を身に付けるようになった。 田中はそんな彼女を見て『やや!金ぴかになっている』と心の中で呟いた。田中は少し呆れていた。
「アイスクリームも石焼き芋の販売も、私たちの真似をする競争相手が沢山出てくるはず。来季からは厳しくなると思う」とマリーは語り始めた。
「別の事業を手掛けるには、丁度良い頃合いね」
「今度の農園は、東部丘陵農園の十倍以上の面積があるから大仕事になるよ」
「何の、任せなさい」
実は、この農園分譲の件はマリーや田中たちが深く関係していた。本人たちの知らない事だが。
彼女たちは東部田園付近の丘を開墾して農園を作った。そして農園経営は順調に進んでいる。このことを緑川たちは注目していた。
ヒトが農園を運営して食料を生産し、人口爆発する亜人たちを食べさせていたのでは彼らの自立の妨げとなる。彼ら全てをペット化するつもりはないのだ。勿論、小人の一部はペット化というか、隊員たちの家族と化してはいるが、それは一定数に制限している。原則的には自立が好ましいのだ。マリーたちの農園経営は、とても良い実例になった。この度の農地分譲は亜人たちの自立化を図る試金石となるものだ。緑川はこの事業に大いに期待していた。
「主に栽培する作物は何?」「収穫量はどの位あるの?」「水の確保は?」
「焼き畑はしないのね。肥料はどうするの」
マリーは次々と田中に質問を浴びせてきた。田中は、彼女の反応に押された。PCで農地分譲事業の詳細を彼女に見せたが、さらに細かい事を質問してくる。全部の質問には答えきれない。
「明日、もっと詳しく調べてみるね」
後日、彼女に回答することにした。しかし、農園経営の話にハマった彼女は夜遅くまで、その話を止めなかった。
「農業機械をワンセット購入しても、この計算ならば農繁期にはオークを十数人雇えるわね」
深夜になったがマリーの目は煌々と輝き、全く寝る気配がなかった。
睡魔に襲われながら田中は『この分譲事業はきっと上手くいくのだろう』と思いながら先に就寝した。
6.誤作動
その頃、大月にある超古代遺跡の中では、技術者たちが亜空間転移装置の解析を進めていた。今は亜空間の開口部を操縦している。
シュメール星の遺跡内で稼働している装置は亜空間を開く装置ではなかった。亜空間転移に関連する装置に過ぎなかった。大月の装置こそが亜空間を開くための装置だった。
この装置で開かれた亜空間の開口部は宇宙空間を彷徨している。それこそが重巡青葉を飲み込んだ亜空間開口部なのだ。
「この装置で開口部をコントロール出来ます」
「亜空間の開口部が移動しています」
「座標は分かるか」
「分かりません。座標を示す数値を解析できません」
「位置を特定できないのか...」
「周囲の星系をデータベースと照合中」
「広域探査モードで船団らしきものを探知しました」
「標準モードでないと詳しく分からないな」
「開口部を目標に接近させないと標準モードの探索範囲内に入りません」
「そちらに移動させますか」
「装置は正常に作動していない。大丈夫か」
「なに、少し近づけるだけです」
「これは」
「地球の船団か」
「対象の分析完了。地球連邦宇宙船の可能90パーセント」
どよめきが起こった。 皆、色めき立ち画面にかじりついた。
「司令本部に報告しろ」
「船団は超大型艦12隻、大型艦及び中型艦各6隻、小型艦8隻です」
「新たにステルス艦12隻を探知しました」
「これは船団の護衛艦隊と推定されます」
皆、固唾をのんで見守った。
「船団がコースを変更しました」
「加速しています」
「亜空間の開口部を船団に余り近づけない方が良いぞ」
「いえ、近付けていませんが」
「ん、これは。自動追尾していませんか」
「何!」
「船団を追尾しています」
「解除しろ」
係員は必死で手元の装置を駆使して解析を試みた。
「船団が再びコースを変更しました」
「自動追尾の解除方法が分かりません」
「何とかするのだ」
「亜空間を閉じられないか」
「まだ操作方法が解明されていません」
その後、技術者たちは数十分間悪戦苦闘したが、自動追尾の解除方法は見つからなかった。
「まだか」
「駄目です」
「アッ、船団がワープしました」
「良かった。助かった」皆、胸をなでおろした。
しかしそれも束の間、座標を示すと思われる表示が高速で回転していた。
「亜空間開口部が船団のワープアウト座標へ向かいます」
「何」
「アーッ」数人が悲鳴をあげた。
遂に、その船団は亜空間に飲み込まれた
了