14痕跡
第5章 遺産
14痕跡
1.ジーオス討伐
惑星の開発は順調に進んでいた。亜人たちの間に広めた貨幣経済も順調に浸透していた。
その様なときに巨大な飛竜が現れた。亜人たちはこれを『ジーオス』と呼んで恐れた。この惑星で最強の生物だと彼らは言う。そして、新参のヒトとジーオスのどちらが強いのか、しきりに議論していた。
何と、どちらが勝つか賭けの対象にされていた。亜人たちが賭け事をすることをヒトは初めて知った。彼らに聞くと、以前は賭け事をしていないと答えた。賭け事をはじめたのは最近の事だという。彼らに貨幣経済が浸透して、物質的に豊かになったことが賭け事を始める誘因となったのだろうか。
小人の話ではジーオスは各種の生物を襲い、瞬く間にその生物の個体数を減少させる。しかし、いつも途中で攻撃を止めるのだ。その後は、その生物を襲はなくなる。その様子は、数が増えた生物の個体数を調整しているかの様だという。
遂にジーオスは、ヒトが作った施設への攻撃を開始した。最初に南部鉱山地帯の資源採掘施設がジーオスに襲われた。その後、次々と各施設が攻撃を受けた。
施設に配備されている自動防衛システムでは、この飛竜に全く歯が立たなかった。20ミリ対空機関砲弾は、はじき返されていることが判明した。また、旧式レーザー機銃は有効射程距離を増加させる必要が出てきた。
ジーオスは空中から地上の目標物に対して何らかの攻撃を加えているものと推定される。彼らが飛来すると間もなく、無人自律兵器は次々と機能停止したからだ。
そして飛竜は地上に舞い降りて、作業用ロボットを蹴散らし車両を踏み潰した。
地上を徘徊する動物と比べれば、飛竜は元々大きさの割には体重が軽い。空中を飛翔するためには仕方のない事なのだ。
これまでに知られているこの惑星の飛竜で、翼を広げたときの長さ(翼長)が十メートル以上もある大物でも体重は100キログラムを超えるものはいない。
中世代の地球に現存した各種翼竜の体重は15~70キログラム程度だとされている。体重の軽い翼竜は空を舞い、体重の重い翼竜は滑空していたと考えられている。
ジーオスは鳥のように空を飛んでいるが、他の翼竜を遥かに超えた重い体重を持つと推定された。
現場の被害状況を見た水谷は『遠隔操縦されている車両やロボットなどの移動する機械を、生物だと誤認して攻撃した』と推測した。固定設備の損害は極めて少ない。明らかに狙われたのは移動する機械だ。
そして、小手調べに攻撃してきたのではないのかと思った。周囲には同様の設備が多数点在している。しかし、襲われたのは比較的に大規模な施設だけだった。
それとも、これが小人たちの言う、ジーオスによる生物個体数の調整的な削減なのだろうか。水谷は疑問をいだいた。
ともかく、ジーオスの攻撃目標は施設ではない。正確には、自律的に移動する機械や車両を狙っていたのだ。
やがて青葉台上空にもジーオスが飛来するようになった。しかし、何故か攻撃をしてこなかった。
生物が一緒にいると目標を攻撃しないのだと水谷は考えた。これまでに攻撃されたのは無人施設ばかりだからだ。水谷は当初の推測を修正した。
彼らは生物と機械を区別して認識している。幾つかの例を調べて水谷は確信した。彼らは移動する機械を容認しないのだと思った。
上空など遠隔地からジーオスの攻撃を受けたと思われる機械は、電子部品が焼かれていた。敵は一種の電磁波攻撃を仕掛けてきたのか。作業用ロボットは電磁波防護対策が施されているが、無効化されたようだ。電磁波ではないが、距離測定のための超音波を発していることは確認されている。
因みに電磁波には光と電波と放射線が含まれる。光には赤外線・可視光線・紫外線などがあり、電波は低周波から高周波まで多数分類されている。放射線にはα(アルファ)線・β(ベータ)線・γ(ガンマ)線・X線などがあるが、その中でγ(ガンマ)線・X線が電磁波に含まれる。電磁波はそのエネルギー量により分類が変わることもある。
久しぶりに現実会議を開いていた。
「超音波の他にも各種の電磁波を出しているものと推定されます」と水谷は報告した。
「生物なのだろう」
「生物でも電気を出すやつがいたな」と加藤隊長。
「電気ウナギは高電圧の電気ショックで獲物を攻撃します」
「獲物の電気インパルスを探知する動物もいます。カモノハシとか」
「イルカとかは超音波で獲物を攻撃しますね」
「コウモリは音波で物を見ていますよ」
「凄いですね」などと皆が話し出した。
「驚くことはない。人間も音波を出す。通信目的だが威嚇にも使える」と加藤隊長も応じた。
「ウッウン」「話がそれました」緑川が咳払いをして話を元に戻した。
「威嚇された」両手で顔を防御する姿勢で加藤隊長が言った。緑川は無視して横を向いた。
「お蔵入りの戦闘車両を出してください」と不破中尉が要望した。
「おう、陸戦隊の対空砲ならば奴らを撃墜できるだろう」
「あと、青葉のレーザー機銃は使えないかな」と加藤隊長が尋ねた。
「大気圏内なのでレーザーが減衰しますが、威力は十分にあります」
「ただし惑星の重力圏内のため、空間歪曲射撃が出来ません。直接照準が可能な位置へ標的をおびき寄せる必要があります」と水谷少尉が説明した。
「ドローンを使って、敵をおびき寄せますか」と不破中尉が提案した。
「その方向で加藤隊長、作戦を立ててください」と山本総司令官(艦長)が指示した。
「任せてください」と加藤隊長はガッツポーズで答えた。
数日後、南部鉱山地帯から百数十キロメートル南西で、ジーオスの巣がある可能性が高い地域の上空に数機のドローンを囮として飛行させた。すると間もなく数羽のジーオスが姿を現してドローンを追ってきた。
「6号機システム異常。制御不能」
「3号機速力低下。レーダー故障」
「5号機航行システム不調」
「6号機誘導システムダウン。自律航行に移行しました」
ドローンを遠隔操縦している旧誘導戦闘班の係員たちが報告した。
近くに待機していた陸戦隊の自走式対空砲2両が迎撃を開始した。20ミリパルスレーザー機関砲を使用している。レーザー光は何も見えない。発砲した音もしない。ただし、発砲していることを示すために砲口付近を断続的に赤く発光することが出来る。ツ~という小さな音も敢えて出すことが出来る。
ドローンを追っていたジーオスは次々と撃ち落とされた。残りは損傷したのが逃げ去った。しかし別の場所から数羽のジーオスが飛び立ち、今度は自走対空砲のあろ方向へ向かってきた。更に次々とジーオスが集まって来る。
「レーダー波、低周波感知。X線感知」
自走対空砲を遠隔操作している隊員が報告した。ジーオスは電磁波を発して敵を探索しているようだ。
陸戦隊の自走対空砲は電磁ステルス仕様だ。装甲には透明な電磁波吸収材が張られている。吸収しきれない電磁波は拡散して反射する仕組みだ。また、光学ステルス機能もあり、背景と同じ映像を投射できる。車体を背景に溶け込まして見えなくするのだ。しかし、発砲すると敵に位置が探知されるので、原則的に発砲後は直ちに移動して敵の攻撃を回避する。或いは移動しながら発砲するのだ。
この光学ステルス機能は有人の歩兵戦闘車にも備えられている。
数分間の戦闘で自走対空砲は奮戦して、新たに4羽のジーオスを撃ち落とした。しかし味方の1台がシステム異常で戦闘不能となり、もう一台もレーダーが機能停止して、情報リンクで何とかカバーする状況に陥った。そのため、後方に待機していた歩兵戦闘車から短距離対空ミサイルを打ち出した。ミサイルがジーオスを追尾している隙に、2両の対空自走砲は撤退した。
なお、ミサイルの四分の三は途中で目標を追尾できなくなり自爆した。ジーオスの攻撃を受けたものと推定される。
幸いなことに、損傷を受けた自走対空砲の射撃システムなどは直ぐに修理された。
その後も、ジーオス対ドローンの空中戦や陸戦隊の戦闘車との戦いは何度も繰り返された。
その日、珍しく青葉台ドームの天井が開いていた。更に、重巡青葉を隠していた巨大な蒲鉾型建物の屋根も解放されていた。重巡青葉はその姿を現していた。久しぶりにその雄姿を見た隊員の何人かは歓声を上げて喜んだ。敬礼しながら感涙する者もいた。
水谷は久しぶりに重巡青葉の砲術長に戻って砲術班を指揮した。砲術員も昔の顔ぶれが揃った。
「対空戦闘用意」
「第一次目標AからGまで」
「撃て」と水谷少尉は号令した。
重巡青葉のレーザー機銃が斉射された。
囮のドローンを多数のジーオスが追ってきていた。これを待ち伏せて撃ち落とすのだ。
「標的AからGまで撃墜」と砲術員。
「各個迎撃」
「目標h及びj撃墜」「目標k撃墜」
次々に標的を撃ち落とした。残り数匹のジーオスは逃げ去った。
「ジーオスの巣の位置を捕捉しました」
「人工衛星の画像を出します」と赤城探査員が報告した。
ジーオスの飛翔地点が特定され、巣の位置が確認された。
「何故今まで見つからなかったのだ」
幾つかの巣には数匹のジーオスが確認された。
「BGM109発射用意」
「発射用意よし」
「打ち方はじめ」
重巡青葉から巡航ミサイルが次々に発射されてジーオスの巣を攻撃した。
「目標全て破壊しました」と赤城探査員が報告した。
巣を潰されたジーオスは数匹が遠方の山中に向けて飛び去った。
ジーオスの無力化に成功した。
「確認のため、偵察用ドローンを派遣します」
「これは…」
十数分後、緑川たちはドローンから送られてくる映像を食い入るように見つめていた。ジーオスの残骸の映像だ。驚くべき新事実が明らかになった。
「こちらの映像を見てください」と赤城探査員。
そこには、見たこともない文様が刻まれた古い建造物が映し出されていた。それは破壊されたジーオスの巣なのだが、格納庫と言うべきものであった。
ジーオスの残骸を調べてみると、それは極めて精巧に生物に似せて作られた人工物であることが判明した。
数日後、ジーオスの巣の近辺で巨大な古い建造物が発見された。半分以上が土に埋もれ、シダ植物のジャングルに隠された遺跡だ。それは超古代文明が残した遺跡だと推定された。
「遺跡に調査隊を送りましょう」と緑川は言った。
2.異星人の古代遺跡
この古代遺跡は高度な文明を築いた異星人が残したものだ。遺跡の建設年代は100万年前と推定された。
遺跡に残された記録から様々な事実が判明した。異星人は太古の昔に様々な星系に生息する各種の生物をこの惑星に集めていた。
数千万種類の動植物がシュメール星に持ち込まれ、100万年或いは数十万年も保存されてきたのだ。この惑星で野生化してから進化した動植物もある。勿論、絶滅した種も数多い。恐竜も哺乳動物も他の星系から移植されたものだった。亜人たちもそれぞれ異なる星系を故郷としていた。
このことを、遺跡調査隊に同行した技術者たちが次々に報告した。
「…以上の通り判明しました」
「遺跡はいつごろまで使われていたのか」
「古代異星人が遺跡を使用していたのは建設から約5千年後までです。彼らはその後消息不明です」
「遺跡は自動修復システムにより維持されていました」
「そのシステムは約10万年間稼動していたようです」
そして遺跡調査隊長の水谷少尉が報告した。
「実は、既に遺跡には何者かが入り込んでいました」
「人跡未踏ではなかったというのか」
「はい。人ではありませんが、知性のある生物です」
異形の生物の骨の痕跡がパネルに表示された。そこは石の欠片と、土・ほこりが積もった床だが、探査器が残留する骨などの成分を基に、復元して可視化した画像だ。頭部には金属製のヘルメット状のものを被っている。
「遺骨の痕跡が数十体分、遺跡内で発見されました。」
「これは異星人と呼ぶべき高等生物です」
「未知の異星人が遺跡を調査した形跡があるということだな」
「はい、遺跡の一部を破壊して中に入り込んでいました」
パネルの画像が切り替わった。
「遺跡の近くで、同じ生物の遺骨を千数百体ほど発見しました」
「葬られた形跡がないまま、遺体が放置されていたようです」
「金属製物品の破片も多数採集しています。なかには未知の合金製の物があります」
「これらは全て同年代のものです」
画像が切り替わった。
「近くには彼らの墳墓と推定されるものを多数発見しています」
「彼らも遺体を葬る習慣はあったようです」
「これらは全て2千年前のものです」
遺跡は人ではない何者かが既に入り込んで調査していた。それは2千年前のことだ。
「我々同様、遭難者なのか」
「そうかもしれません」
「彼らはどうなったのか」
「彼らはこの地で絶滅したのではないかと」
「状況から推測すると、彼らは何者かに殺害されたようです」
「それも、一度に多数が殺されています」
「ジーオスの仕業か?」
4.解析
そして数週間後、遺跡地下の深層部で作動中の巨大な装置が発見された。その装置は亜空間転移装置と推定された。ただし、正常に作動している訳ではなさそうだ。
技術者たちは色めき立ち、直ちに遺跡に集まると装置の解析に取り組んだ。そして、この装置は2千年前に修復されて再起動したことが判明した。
「異星人が修復したのか」と加藤隊長は呟いた。
「この装置の原型があったようです。既に朽ち果てていますが」
「どうゆうことだ」
「何者かが遺跡にあった資料を基に、亜空間転移装置の復元を試みて模造されたのがこの装置です。約5千年前のことです」
「しかし、完璧な復元は出来なかったようです。殆ど使用されずに放棄されています」
「調査したところ装置には後から一部改造された痕跡があります。2千年前のことです」
「例の白骨になった異星人がこの装置を修復して再起動したものと推定できます」
「そのまま装置は動き続けているという事か」
「その様です」「ただし、現在は相当壊れた状態で稼働しています」
遺跡に残された記録から、シュメール星の衛星である大月と小月にも古代遺跡があることが判明した。緑川は二つの月に調査隊を送りたいと思った。
本格的な調査は長期間に及ぶことだろう。とりあえず初回の調査隊だけでも近々に送り出したかった。しかし、重巡青葉が飛翔できない現状では使えるのは強襲揚陸艇だけだ。
この舟艇は大気圏の内外問わずに使える唯一の戦力だ。衛星への移動程度は問題なくこなせる。
初回調査はこの舟艇を頼りにするとしても、遺跡の探査に何度も使う訳にはいかない。惑星の大気圏内と宇宙を往還するには、大気の摩擦熱や地上の重力の数倍に匹敵する強い力を克服しなくてはならない。船体は過酷な条件にさらされるのだ。度々使えば舟艇の耐久度が大幅に減少し、整備が必要になる。
本格的な調査には、探査用の小型宇宙船を用意する必要がある。重巡青葉には天体への上陸用舟艇・物資や人員の輸送艇・連絡用舟艇など多数搭載している。これらを改造して探査用の舟艇を用意できる。緑川は直ちにこの件の検討チームを立ち上げた。
現在、宇宙ステーションがシュメール星の周回軌道を回っている。人員は常駐していないが。
これは中央に球形の建造物があり、パイプで小型舟艇4隻をドッキングさせた簡易なものだ。
さらに数隻接続できるので、ここを月探査の拠点にできる。先ずは母星から距離が近い大月を調査することになるだろう。小型舟艇を大月の周回軌道に乗せれば中継基地として利用出来ると緑川は考えた。
検討チームでは、本格的な月面遺跡調査を実施する場合について詰めた。
先ずは、一隻で全ての調査活動が出来る舟艇を用意する案と数隻の舟艇を用いてリレー方式で調査活動を支援する案が検討された。リレー方式は緑川が提唱した案だ。
一隻調査方式では、地上から出発して大気圏外へ出て大月まで航行し、着陸・調査して帰還する。これを上陸用舟艇を改造して実現することは、重巡青葉に残された限りある技術力では困難との結論が出された。
舟艇の航続距離と速力が大幅に不足している。元々近距離での運用を前提に建造されているので、当然の結果だ。宇宙空間なので慣性航行できるが、時間が掛かりすぎる。
エンジンとエネルギー炉を増設して調査に必要な探査機能などを付ける。それに乗組員が数日間必要な酸素や水素(水を合成する)のタンクを搭載すると、とても一隻の舟艇に収まり切れないのだ。
また、輸送艇を改造して使うのも無理があった。宇宙空間での速度はあるが、大気圏への出入りには向いていない。大気との摩擦熱に対する装甲の耐熱性が高くない。繰り返し使うのには無理がある。
次にリレー方式について検討したところ、技術的に無理がないと判断された。
「地上から宇宙ステーションへ物資を運ぶ往還機を増やす必要がある」と小川技術中尉が発言した。
「これは上陸用舟艇をそのまま使用すればよい。改造する必要はない」
「次に大月周回軌道に基地となる舟艇を乗せる」
「これには比較的大型の舟艇をあてる」
「そして大月へ着陸する調査船を用意する」
「これは上陸用舟艇を改造する。探査機能を付与して通信機能を強化する」と小川技術中尉が説明を続けた。
「初回調査を強襲揚陸艇で行うのならば、ドッキングさせて一緒に持って行けばよい」
「その次に宇宙ステーションから大月の周回軌道上の基地へ物資を運搬する輸送船を数隻用意する」
「これは物資輸送艇が使える。速度はそれほど早くないが、無人運用なのでローテーションをうまく組めばよい」
「宇宙ステーションから大月周回基地までの人員輸送には兵員輸送船を使う。定員を減らして改造を行い、速度の向上を図る」
具体的な大月探査計画が練り上げられた。
了
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