11惑星開発
第4章 開発
11 惑星開発
1.月例報告会
東大陸の東半分は調査が進み、開発候補地が次々と発見されていた。青葉台の北東に広がる平原で、水利がよく農地に適した土地が見つかり、農園として開発することになった。そこは海にも近いので造船所も併せて建設する予定だ。また南方の山脈では、鉱物資源が豊富な山地が見つかり既に開発が始まっている。赤道付近の低地には、大規模な油田やガス田が幾つも発見されて、数十本の井戸から石油を産出していた。
緑川は資源探査と、発見した資源地の開発計画の立案と進行管理の責任者として、忙しい日々を送っていた。彼女たちがこの惑星に降り立ってから、既に9か月が経過していた。
本日は、惑星開発事業の現状を報告をする月例会が開かれていた。これは、各開発チームの代表者が出席するバーチャル会議として行われている。仮想現実の空間で行われる会議なのだ。最近は隊員が各地に散らばって作業を進めているため、リアルでの会議は稀だ。バーチャル会議が普通になっていた。
水谷開発長が開発事業の実施責任者なので、この会議を主催している。緑川は開発計画の進行管理のために出席していた。
水谷少尉(開発長)は「それでは、月例会を開催します。各開発事業の進捗状況について、順に各チームから報告してください」と指示した。
最初に、インフラ建設チームが報告を行った。
「新しい取水管の設置工事は、あと1週間で完了します」
現在、青葉台から約20キロメートル離れた谷川から、取水しているが、地上に配管がむき出しになっていた。
「平地部分の約15キロメートルに渡り導水管が地中埋設されます。これで、動物にかじられて破損する心配が無くなります」
重巡青葉は宇宙船なので、乗組員の生活用水は循環式に再生できる設備がある。しかし、地上で農業や鉱工業を行うには極めて大量の水を必要とする。この場合は水の循環を自然に委ねるしかないのだ。
2.鉱山と油田
南方の山脈で開発中の鉱山群は、南部鉱山地帯と呼ばれている。
次に南部鉱山地帯開発チームが報告した。
「鉄、銅、ニッケル、ボーキサイト、タングステン、金銀などの金属資源のほか、石炭の採掘が始まりました」「ダイヤモンドやルビーなど、宝石類の鉱脈も発見されています。こちらがサンプルです」宝石類の原石サンプルが提示された。
「金鉱脈が露天掘りだと」出席者の一人が、資料を見ながら言った。
「人跡未踏の土地ですからね。未開発なので、鉱脈が地面に露出しています。鉄鉱石も露天掘りですよ」「それと、精錬設備の建設も、順調に進んでいます」
落盤事故を防ぐため、出来るだけ露天掘りにする方針だ。また、鉱物資源は現地で精錬してから、約500㎞離れた青葉台に輸送する計画だ。
「精錬所には飛竜対策として、新造兵器の対空自走砲を配備しました」
「オークの動きはどうです。接触は、ありましたか」と水谷少尉が尋ねた。
「山脈の麓に住むオークとの接触は、まだありません」
水谷はオークや巨人との交渉窓口を兼任している。オークや巨人は人間を上回る腕力を有し、狂暴な一面がある。南部鉱山地帯のオークとは未接触のため油断できないのだ。
油田開発を担当するチームが報告した。
「油田掘削チームです。赤道地帯の油田開発ですが、先日4本目の井戸を掘り当てました」
石油は、もはや燃料としては使っていないが、炭素繊維やプラスチック、ビニール、肥料など様々な石油化学製品の原料になるので、今も重要な資源であることに変わりはない。
「石油精製所は既に稼働しています。石油製品を生産中です」
石油製品は、LPG、ナフサ、ガソリン、灯油、軽油、重油、アスファルトなどで、原油を蒸留して得られる。
「石油化学プラントの建設工事は順調に進んでいます」
石油化学プラントでは、石油や天然ガスを原料にして、プラスチック、合成繊維、合成ゴム、塗料、洗剤、薬品、肥料などが生産される。
「石油化学製品の輸送ルートは検討中です」
採掘した原油の効率的な輸送方法がなかったので、石油精製所から石油化学プラントまで、生産設備を現地に建設する予定だ。
青葉台までの輸送距離は数千㎞に達する。石油の消費量を考えると。パイプラインの建設は余りにも不採算だ。工事にも日数を要する。それまで待ってはいられないのだ。
ガス田の開発は、時期尚早なので先送りしている。
「物資の輸送が課題ですね」と緑川はため息をついた。
「石油のパイプラインも、陸上輸送の幹線道路も鉄道も何もかも、ありませんからね」と油田掘削チームの代表が答えた。
資源開発を進めると、課題になるのが資源の輸送方法だ。いかにして経済的な物流を実現できるか問題になる。しかし、現在の重巡青葉の乗組員120人程の経済規模では、輸送コストが高いことは仕方のないことだった。彼らの問題は、コスト以前に輸送力がないことなのだ。
「河川用の船を建造するためのプロジェクトと、河川での水運を活用した物資の輸送ルートを設定する部会を、近いうちに立ち上げます」と緑川は言った。
勿論、海運についても検討していた。インフラが整っていない状況では、物流は水上輸送が有利だといえる。海や川を使い、大型の船舶で物資を輸送するのだ。
一般的に鉱山や工業地帯、都市などは水上交通を利用できる立地条件の土地が有利なのだ。陸送よりも海運・水運の方が有利だ。このことを考慮して惑星開発を進める必要がある。
「青葉台周辺鉱山開発チームです。先日、青葉台周辺地域の小人及びオークとの第二次協定が締結されましたので、該当する新鉱山の開発に着手します」
亜人たちとの間に新協定が結ばれた。新たな開発地が追加されたのだ。
「巨人との新協定締結も間近です。次回は巨人エリアにある新規の資源地について、最終的な開発計画を出します」
漸く、青葉台周辺の亜人達との新協定がまとまり、本格的に資源開発に着手出来るようになった。
3.農地
「青葉台ハウス栽培チームです。野菜も果物も順調に出荷しています」「生産過剰なので、余剰分は市場で販売しています」
「東部田園稲作チームです。小規模な実験栽培を実施中ですが、稲は順調に生育しています。米作りに適した土地なので今後が楽しみです。ここの気候ならば、3期作も可能ですね」と言って笑った。
青葉台から十数㎞離れた東側の低地に湿地帯があり、米作りの実験が始まっていた。
「北方農園開墾チームです。北方農園用地は順調に開墾を進めています。ここでは小麦やイモ類、家畜の飼料を主に生産します」
シュメール星では全体的に地球よりも気温が高く、熱帯又は亜熱帯の地域が広範囲に広がっていた。嵐などの自然災害と害獣や害虫の被害を防げれば農業は有望だ。
肥料を生産する計画もあるのだが、栄養豊富な土地は幾らでもある『当分の間、小人たちが行っているように、焼き畑農業で良いのではないか』と緑川は思った。
「一角牛と豚モドキを、家畜化するための設備が完成しました」北方農園畜産チームが報告した。
この一角牛は哺乳類で、サイと牛の中間のような外見だ。機能的には牛に近く、乳牛や肉牛として利用できそうだ。豚モドキの養豚は既に実施している。これらは、地球の牛豚と同じくらいの大きさであった。こうして、シュメール星の小型・中型の野生動物を家畜化する計画が始まり、実験的な畜産施設が次々と建設されていた。
4.都市
「青葉台建設チームです。大型ドームは、あと1か月で完成する予定です」
実は、青葉台の気温は日中40度C以上と高めで暑いのだ。また昆虫が多く毒虫もいるため、防虫対策では苦労していた。虫が嫌う薬品などを使用しているが効果は完全ではない。
現在、青葉台の平坦地全体を覆う大型ドームを建設中だ。ドームの下部は白い城壁の様な見た目だ。上部構造物は採光のために透明にしている。また、通気性を十分に考慮しているが、虫が入り込めない構造になっている。全施設をドームで完全に包み込むので、完成すれば害虫対策としては完璧だ。
ドーム内では、様々な施設に混じって乗組員の住宅が建設されていた。しかし、これらの完成を待たずに、北方に新たな都市を建設する計画が浮上している。
「北方都市建設チームです。新都市の建設に着手しました」
開発予定の北方農園に隣接して、海岸線までは約十㎞、緯度43.1経度141.3辺りの土地が、都市の立地条件に合致していた。そこは青葉台よりも涼しく、温暖な気候で恐竜も害虫も少ない土地だ。北方の山脈に繋がる大きな湖から流れ出る川が、開発候補地の近くを通り海に注いでいた。多少の治水対策は必要になるだろうが、水源には困らない土地だ。この川は将来的、水運に利用できる。農地が開発されれば、理想的な田園都市になりそうな土地だ。
当面は海岸付近に造船所を建設する予定だ。ここが、物流の主役となるべき船舶の生産拠点となるのだ。
この惑星ではこれから何が起こるか分からない。大規模な自然災害があるかも知れない。青葉台が使用できなくなるような将来のリスクに備えて、予備の都市を建設することにした。だが、現在は僅かな人数しかいない。都市と言っても大した規模ではない。将来の発展を期待した都市計画なのだ。
北方都市建設チームの説明が続いていた。説明しているのは、北方農園開墾チーム代表と同じ人物だった。
今や多くの開発作業チームが活動していた。他にも様々なプロジェクトや研究部会が立ち上げられている。最近は、班や小隊での活動よりも、プロジェクトチームの活動が中心になっていた。
乗組員たちは、幾つもの開発チームや部会を掛け持ちで活動している。緑川自身も、多くの部会等の責任者を兼任していた。
『開発事業が順調に進んでいるのも、皆が頑張って活動してくれているからだ』
緑川は実感した。
5.新造兵器
新たに制作された戦闘車両や小銃、ロボット兵用の武器などの配備が始まった。これらの兵器は射程距離が短くて、威力も小さいものだ。これまで使用していた武器の性能を、かなり下回るものばかりだが、この惑星の生物を狩るには丁度よいのだ。当初使用していた現代兵器のほとんどは、お蔵入りとなった。
陸戦隊の戦闘車両も、全て車庫に仕舞い込まれた。これらは、補充出来ない貴重品なのだ。代わりに、歴史的な古い時代の兵器を模して新造された戦闘車両が次々に投入された。
今日もバーチャル会議が開催されて、次々に担当者や責任者が説明をしていた。
小川技術中尉が説明を始めた。
「新造車両の紹介をします。先ずは、護衛戦車と護衛対空自走砲です」「これらは無人兵器です。地上を徘徊する恐竜に対処する戦車と空中を飛翔する飛竜対策の対空自走砲です」
画面上に車両の写真映像が表示されて、ゆっくりと回転していた。
これら無人兵器の主要武装は電磁加速砲が採用された。砲弾や機関砲の弾丸には、内部に火薬を詰めたものも使用されている。
機関砲や機銃の中には、旧式レーザーを用いたものもある。
護衛戦車はM1A2エイブラムスが原型だったが、全然似ていなかった。車体にキャタピラ付きの脚が4本付いている。脚を伸ばせばロボットのように走行出来るし、脚を縮めていれば戦車型で走れる。
120ミリ電磁加速砲を装備した砲塔の上には、7.7ミリレーザー機銃が、半球形の銃座から砲身を突き出していた。その機銃は、垂直方向は180度全天をカバーし、水平方向は360度回転する。地上生物も狙えるものだ。
護衛対空自走砲には、小型ミサイルと20ミリ電磁機関砲2門、12.5ミリレーザー機銃を搭載していた。勿論、水平射撃もできる。
戦車と対空自走砲を一緒にできないのは、やはり弾薬の搭載量を確保するためだ。無人車両でスペースがあるとは言え、機関砲は発射速度が速いので、僅か数十秒で全弾撃ち尽くしてしまうのだ。
小川技術中尉の説明が続いた。
「次は、ロボット兵を搭載する護衛戦闘車です」
これはM2 ブラッドレー歩兵戦闘車をモデルにしたが、車体を一回り大型化している。装備はレーザー機銃と小型の電磁榴弾砲及び電磁発射式ロケットランチャーを搭載した。これらの武器の最大射程は500メートル~数キロメートル以内と短く設定されている。
「それと、指令車です。これは有人車両です」
無人の護衛戦闘車と外観は同じだが、内装が異なる有人車両も制作された。この指令車に兵員が乗り込み、ロボット兵器を指揮するのだ。
「これらの生産計画は資料のとおりです。また、施設警備や防衛用の機器として…」
技術部では施設防衛用兵器として、光学センサーなどを装備した非人型の4脚歩行ロボットを開発した。陸戦隊の2足ロボットよりも大型の仔馬程の大きさで、楕円形の円盤型胴体部分に20ミリ電磁機関砲と7.7ミリレーザー機銃を各1門備えている。この対空対地両用のロボット兵器を各施設に数台ずつ配備した。これを重巡青葉内のAIが支配して、自動警備体制を敷くことになった。因みにアンドロイド兵は青葉台に常駐して人間と行動を共にしている。人間が他の施設に宿泊するときには、同伴して警護にあたった。
ドローンも生産された。大別するとヘリコプター型とジェット機型、それに水中推進型がある。
カメラや機銃を積んだ偵察用や攻撃用のほか、輸送用など多種多様で大小様々なドローンが製作された。
なお技術部では、惑星測位システム(GPS的なもの)構築のため、不足していた人工衛星の製作に取り掛かった。完成すれば、小型揚陸艇などで衛星軌道まで運び、次々と射出する予定だ。
6.輸送車両と船舶
輸送用車両の増産が急がれていた。舗装した道路がないので、キャタピラ式の車両が多い。トラック型車両では、コンテナやタンクを積載した車両が増産されていた。これにより、遠隔地の鉱山等からの物資輸送が軌道に乗ってきた。これらの車両はすべて、AIによる自動運転機能を有している。遠隔操作も可能だ。
「遂に完成しましたね」
緑川は喚起の声を上げた。画面には、人員の宿泊兼旅行用車両として、超大型バスの寝台車両が表示されていた。これは、緑川の発案によるものなのだ。全長16m、全幅4㍍の超横広な超ワイド型バスだ。二階建てで、車両前部の1階に運転席、2階に展望席がある。運転はAIによる自動運転なので運転席は空席でも良いのだが、ロボットが1体座っていた。
「これは立派なものだ」
車体を見た隊員たちは呟いた。
車体内部は片側通路で、個室が各階に4室ある。個室には折り畳み式のベッドやテーブルと椅子などが備え付けられており、最大32人が宿泊可能だ。ただし、現在は人員が少ないので、贅沢に一人一室を使用する予定だ。
さらに車体後部に2両の非牽引車を接続している。その1台目は風呂、2台目にはトイレが設置されていた。
この寝台バスと給水車をセットにして、護衛の戦闘車両を同行させれば、数日間の旅行に支障はないだろう。直ぐに、これらの車両は南部鉱山や赤道地帯の油田、北方田園都市などにも空輸された。
その他、輸送用の船舶の建造準備が進んでいた。当初製造するのは河川用の船だ。船体を幾つかのブロックに分けて生産して、現地で組み立てる予定だ。
7.石焼き芋
今日、緑川は休日なので、いつものジョギングをしていた。食品検査棟の近くに来ると何か独特の香ばしい匂いがした。ここでは毎日いろいろな食品が試作されているのだ。
近づいてみると加藤隊長と秋元保健長たちが一緒に作業をしていた。
「お、緑川少尉、ご苦労様」と加藤隊長が彼女に気付いて言った。
「お疲れ様です。何を作っているのですか」
「焼き芋よ」と秋元保健長が横から答えた。
そして、袋に入った熱々の焼き芋を緑川に手渡した。
「石焼き芋だよ」と加藤隊長は、どうだ、とばかりに蓋を開けて窯の中を見せた。
『秋元さんが誘ったのかな。加藤隊長は暇を持て余して、こんな事をしていたのね。平和で良いな』と緑川は思った。
「中に入って食べていって」と言って秋元保健長はテントを指さした。
大型テントの中には椅子テーブルが並べられて食堂風になっている。何組かの者たちがそこで焼き芋を食べていた。中央に、お茶やジュースを提供する自動機器が置かれている。
緑川はお礼を言うと、テントに向かった。
「お疲れ様です」と声を掛けられたのでそちらを見ると、田中隊員と小人たちがいた。
「これ、美味しいです」「最高です」と小人たちは焼き芋をほめた。
「こんなにも美味しいものは食べたことがありません」と田中の横に座っている、年長とみられる小人が実感を込めて言った。
「そう。良かったわね」
微笑みながら答えて、その小人に芋の品種名を教えてあげた。
彼女も急に食欲が湧いてきた。急いで近くのテーブル座り、二つに割った芋の皮を剥いていると、先程の小人がお茶を持ってきてくれた。
「どうぞ」
「ありがとう。あなたのお名前は」
「マリーと申します」
マリーから、小人を飼わないかと勧められた。もしも同居してくれるのならば、妹たちを紹介したいと言ってきた。緑川は「仕事が忙しくて、小人さんの相手が出来ないの」と答えた。
本当は小人を飼いたかった。相手をする余裕もある。きっと、仕事に疲れた心を癒してくれるだろうと思った。だが、彼女は小人に対する交渉担当者だ。立場上、小人を飼うことは差し控えようと決めていたのだ。小人に親しみすぎて、過度に肩入れすることのないようにと。
尊敬する艦長も、小人を飼っていない。自分も艦長に追随したいと思った。
緑川はマリーと世間話をしながら、石焼き芋を食べた。『とても美味しかった』
了