04話 だけど検証は必要だ
手にしたリングの力、でもこれってどの程度の願いまで叶うのかしら?
不思議なリングを拾って、1日が過ぎた。
嬉しすぎて、リングを指にはめたまま寝てしまったが、朝起きて指にリングがあることを確認し一安心だ。
ふふ、この力を使いこなせるようになりさえすれば…!
今日は仕事が日勤だったため、夜は夕希とよみちと話すことができる。
昨夜、夕希が言っていたようにドリームリングのことをもっと知らなければいけない気がする。
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検証1日目。
さて、早速夜。
ダイニングには私と夕希、よみちが揃っている。
「姉ちゃん、今日はまだ力使ってないよな?」
弟よ、姉ちゃんを信用してないな。
「使ってないわ。でも、使いたかった!」
そりゃもう、叶えてみたい欲望は仕事中山のように溢れていた。
あの患者少し黙ってくれないかなぁとか、上司少し黙ってくれないかなぁとか。
「とりあえず、夕希、よみち。大金を願うからお姉ちゃん仕事辞めていい?」
社会人なら誰もが思うだろう。
日本の平均的な生涯賃金は2億円だと聞いたことがある。
2億円ですら想像がつかない金額だが、余裕をもって5億円を得ることが出来たら、迷わず私は仕事を辞める。
「姉さん…。気持ちはわかるけど、世間の目は金では買えないよ。」
妹よ、姉さんは世間体より自身の心のゆとりが大切なのよ。
だが、仕事を見切るのは念のためもう少し先にしておこう。
「じゃあ今日1つ目の願いだけど、現金100万円はどう?」
大きすぎず小さすぎない、妥当な金額だと思い提示した。
100万円程度では新車も買えないが、臨時ボーナスにするなら十分だ。
「いいんじゃない?検証金額としては妥当かな。」
よみちが軽く話に乗っかる。
「オレもいいと思うよ。でも、日本円が100万円分増刷されるってことだろ?それって経済的にどうなのかな…。」
対照的に、夕希が小難しいことを呟き始めた。
夕希は頭はいいんだけど、少し硬くて融通が利かないところがあるのよねぇ…。
「へーきだって。日本のタンス預金はいくらだと思ってんの?そんくらい増えても変わんないっしょ。」
よみちが夕希に厳しい口調で言う。
よみちと夕希は双子だけど、力関係は完全によみちの方が上だ。
「わかったよ…。」
「ではリングよ!私の手に100万円をくださいな!!」
左手を曲げ、ピースポーズを取りながら私はリングに願いを伝えた。
ピカッとリングの指輪が光り、次の瞬間、私の右手に100万円が出現した。
「おぉ、今日も成功した…。やっぱこのリング最高!」
ふふ、ここはもっと欲を出して1000万円くらいでもよかったか。
お札を確認しながら思った。
「姉さん、ここからが検証の開始だよ。もう1度同じ100万円を出してみて。」
よみちの言う通り、今日1つ目の願いを100万円にしてしまった以上、これを基準にリングの能力を検証していくしかない。
3人で決めた手順通り、私は同じ願いをリングに伝えた。
「ドリームリング、私の手に100万円を出して!」
リングが光り、再び私の手に100万円が出現した。
「なるほど、同じ願いを何回でも叶えられるってことか。」
お札を数えながら、夕希が分析する。
「ではドリームリングよ!三度私の手に100万円をよこしなさい!」
今度は指輪が光らず、私の手にも100万円が出現する気配はなかった。
「やっぱ願いは1日2回が上限のようね。」
そう言って私はリングを外し、よみちに渡した。
代わりによみちが、リングをつける。
「付けるとけっこう気持ちが上がるねこれ。ドリームリング、100万円よろしく!」
今度はよみちがポーズをとり100万円を願うが、何も変化はなかった。
「3回目は姉ちゃんでもよみちでもダメか…。リングは1人につき1日2回ってわけじゃなく、リングそのものに1日2回の制限がかかっているって思ってよさそうだね。おそらくリング1つで1回、計2回の計算かな。ま、よみち自身が使えるかどうかの検証も必要か…。」
分析係の夕希が、検証結果をノートに記す。
1日2回までしか能力を使えないということがわかり、検証には数日かかりそうだ。
続きはまた明日だ。
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検証2日目。
で、日付が変わった直後の深夜0時1分。
眠いところだが、日付が変わった直後に能力がリセットされるかの検証である。
昼に出現させた100万円の束は、2つ共そのまま手元にあった。
日付を越えても願いで出現させたものが消滅しないことの裏付けだ。
「ドリームリングよ!100万円!」
リングが光り、再び私の手に100万円が現れた。
日付で能力リセットがかかるという読みは正解だ。
昨日と同じ願いでも大丈夫ということもわかる。
「ソシャゲは午前3時でリセットするのとかもあるもんなぁ…なんでだろ。」
夕希がノートを書きながら、自身がしているゲームに対して愚痴をこぼす。
「じゃあ姉さん、次は金額上げてみようよ。」
「うーん、その前によくある願いを増やす願いを試してもいい?」
能力の発動に上限がなくなれば、こんな検証をちまちまする必要もない。
「ドリームリングよ、願いを一日に何回でも使えるようにして!」
リングが光る。
これは成功か!?
と思ったけど、リングの光がいつもの色ではなく、赤く光った。
『回数を増やすことはできません。』
リングから警告メッセージが発せられた。
「まさかリングからNG指定が出るとは…。神様も先に言ってほしいわね。」
「やっぱ甘くはないか。」
どうやら願いの1日2回制限を書き換えることはできないらしい。
「どうする?次の検証する?」
「あー、夕希待って。とりあえずお姉ちゃん、しばらく仕事のシフトを日勤オンリーにしたい。」
今の私の仕事では、遅番や夜勤がけっこうな頻度である。
毎日検証を行うためにも、できることなら日勤だけにしておきたかった。
「いいけど…もう今月のシフト決まってるんだろ?そんなことできるの?」
「夕希は堅いなー。世界改変みたいなことがおこって上手くいくんじゃないの?」
「よみちは柔らかすぎ、てか楽天すぎだろ…。」
夕希とよみちの言い合いはさておき、どの程度までなら願いが叶うかも検証の一つだ。
「ドリームリング!私の今月のシフトを日勤オンリーでいい具合に休日もちょうだい!」
ポーズを取りリングにシフト変更の願いを伝える。
ピカッ!とリングが光る。
これは成功した合図だ、私は即座にスマホでシフト表を確認した。
シフト表には月単位で、日勤や夜勤のことが書き込まれている。
私のシフト表は、さっきまでは夜勤や遅番だった日が全て日勤に書き換えられていた。
「すご…。」
思わず声が漏れてしまった。
改めて、リングの力が人知を越えたものだと実感する。
「それって他の人のシフトはどうなってるの?」
普通に考えれば、私が日勤になってしまったことで夜勤になってしまった人がいるはずだ。
「うーん…。あ、代わりに夜勤に変わってる。」
「それって夜勤になった人はおかしいって思わないのかな?」
それもそうだ。
ちょうど直近の変更日で同期が犠牲になってしまっていたため、ラインで反応を探る。
『夜遅くにごめんね、明日のシフトってどうなってたっけ?』
と、連絡。
するとすぐに既読になった。
『いいよ~、明日はひのめが日勤で私が夜勤じゃなかったかな?』
同期が日勤、私が夜勤がさも当たり前のように変更されている世界に変わっていた。
「他の人は、シフトが変わったことに気づいてない…!」
ということは、今後も誰にも疑問に思われることなく物事を変えることが可能なのか。
「姉ちゃんは本人だからともかくとして、オレとよみちもシフトが能力で変わったことには気づいたままだ…。おそらく故意にシフト変更があったと知っているのは世界でオレら3人だけ。リングの発動を目撃しているから、オレとよみちの記憶も維持されたままだったのか…?」
何やら夕希がまたぶつぶつ言っていた。
難しそうな話になりそうなので、そっとしておく。
「ともかく今日はもう能力は使い切っちゃったから、また明日の夜ね。」
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検証3日目。
今日も3人がダイニングに揃った。
「よみち、あんたバド部は?」
たしかよみちのバド部は、練習時間が夜7時過ぎまであることが多く、帰りが1人遅い時もよくあったのだが、最近は7時前には家にいる。
「家庭の事情で早く帰りたいって言ったら、お許しが出たのー。」
さすが全国レベルの実力者のよみち…リングに頼らずとも、日常を変える力があるらしい。
「では最初の願い事。ドリームリング、私の普通預金残高を5億円増やして!」
リングがピカッと光り、願いが叶えられた。
バッと即座にスマホで通帳の残高を確認すると、確かに私の預金残高が5億円増えていた。
「ふ、ふふ…。ふふふふ…!私、仕事辞めるわ…!」
おっと、思わず気味の悪い声を出してしまったわ。
「辞めるかはさておき、シフトの変更という過去改変に、大金入手という現実改変…。ますます何でもありの能力になってきたね。」
夕希が冷静に解説する。
「じゃあ次は未来改変だ。姉さん、何か未来予知やってよ。」
「未来予知か…。うーん、何がいいかな。」
いざ何でも未来の出来事を決めることができると言われると、意外とすぐには思いつかないわね。
「じゃあ…。明日の19時に、ここに現金100万円が現れますように!」
「姉さん、金の亡者ね…。」
よみちには呆れられたが、先立つものは金だ。
金を持つことによる選択肢の増加は、社会人になってより思い知らされるのだよ、妹よ。
「よし、願いを2つ使っちゃったし続きは明日だね。」
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検証4日目。
その時刻、19時に私たちはダイニングに集まった。
「さてさて…!」
時計を見ながら、時間を確認する。
19時になった瞬間、ピカッとテーブルが一瞬光り、机上に100万円が出現した。
「すげぇ…本当に実現不可能な未来のことでも出来るんだな。」
夕希が100万円を数えながら、リングの力に驚嘆する。
今回は願いが100万円だったが、例えば明日の天気を晴れにして、なんて願いも可能なのだろう。
「法律や物理法則とか、世界のあらゆるものを無視して願いが叶うのね。」
なんて素敵な力が私の物に…!
「姉さん、本当に何でもありなの?例えばドラえもんの道具を出現させるとかも?」
リングに惚れ惚れしていた私に、よみちが横から言葉を投げかけてきた。
「ドラえもんか…。つまりオーバーテクノロジー的な力も可能かってこと?」
「それもあるけど、妄想とか架空の存在も現実にできるかなって。」
なるほど、現金やシフトの変更とは根本的に不可能な度合いが違う願いね。
それが出来たら本当に何でもありになってしまうけど…。
「よし!大金を手にし仕事を辞めた今、次に私が望むのは理想の彼氏よ!」
「え!?姉ちゃんマジでもう仕事辞めたの!?」
驚く夕希には悪いけど、いや悪くないし当然よ、今朝速攻で退職届を会社に出してきた。
なんたって5億が銀行口座にあるんですから!
「私の理想は白馬に乗った王子様…。」
「姉さん、今年22歳なんだからその夢は見れてあと3年だよ。」
よみちの言葉を無視し、私は願いを唱え続ける。
私の理想は、イケメンで、背が高く、歳は23歳でちょっとだけ年上、優しくて、力もあって、魔力も膨大、頭も良くて、どこかの国の王子様で、その国は豊かで強大で私は何不自由ないお姫様になるの…!
「私の理想の王子様よ、この世界、私の隣に現れて!!」
リングがピカッと光り、願いが届く。
「マジか…。」
ぼそっとよみちが呟いたが、その声が呆れから驚きに変わる。
「……?」
光が消え、私の隣に王子が出現した。
「本当に…叶った…私の王子様…!!」
どう見ても異国の服を身に纏い、腰には剣が装備され、高身長の文句なしの洋風なイケメンフェイス。
まるでRPGのファンタジー世界のような男性がそこにいた。
「あなたが…私の王子様なのね…!」
思わず私は涙をこぼした。
これで私の人生、勝ち組間違いなし…!
「…?……??」
…あれ、なんか王子が戸惑ったような声を出しているわね。
もしかして、日本語が話せないの…?
「姉ちゃん…これどうすんの?」
夕希が王子を指さし、溜息をついた。
その間も王子は頭を抱えながら、英語でもなさそうな言葉を話し落ち着きがない。
そりゃ、いきなり別の国から私たちの家に飛ばされたらそうなるか…。
「逆異世界転移みたいな形になったけど、まさかこういう時にお約束の言語が日本語でないとは…。」
うーん、これは予想外ね…どこの国の人かしら。
「ていうか姉さん、この王子この世界の王子じゃないでしょ。だって姉さん、魔法攻撃好きな王子がタイプなんでしょ?」
さすがよみち、ゲームで私が好きな属性を把握している…。
じゃなくて、おそらくよみちの言う通りだ。
この王子、おそらくマジで異世界から強制転移させられたのだろう。
「可哀想に…。」
あまりの不憫さに、夕希が王子に同乗していた。
「で、姉さんどうすんの?この王子、我が家で飼えないよ。」
よみちが王子をその辺で拾ってきた猫扱いした。
「たしかにこのままここに住んでもらうのは、現状不可能だわ…。準備不足過ぎる…。」
言葉も通じず、価値観も何もかも違う王子様だ。
次は王子召喚時に、日本語が話せるよう付加してもらうしかないか。
「…。夕希、よみち。とりあえず今日は王子には帰ってもらいましょう。」
なくなく王子を元の世界に戻すことにする。
リングを触り、願いと唱える。
「リングよ、王子を元の場所に返してあげて。」
リングが光り、王子が瞬く間に消える。
「…と、とにかくこのリングは本当に何でもありなことが証明されたわ!」
「王子…可哀想に…。」
今日は異世界の王子がいきなり召喚され強制送還されるという、ただただ王子が不憫な経験をした日だった。
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検証5日目。
仕事をやめた私は、もはや無敵モードだ。
よみちと夕希が学校から帰ってくるのを待つ。
「もう検証することはないんじゃないの?」
夕希にそう言うが、まだ弟は疑問があるらしい。
「あと少しだけ。今日は、初日にできなかったことを試したいんだ。」
そう言って夕希が、私の手からリングを1つ外し、よみちに渡した。
「このリングの力は本当に姉ちゃんだけものものかってね。よみち、リングをつけ現金100万円を願ってみて。」
夕希がよみちに指図する。
「私はもっと別の願いがいいけど…わかったよ。リングよ、現金100万円を我が手に!」
ちょっと格好つけながらよみちが願いを言うが、リングは光らなかった。
「あらー…やっぱりこの力は私だけのものってこと?」
悔しそうなよみちの顔を見て、少しにやけてしまった。
「ダメか…。じゃあ次姉ちゃん、リングにオレとよみちにもリングの使用権ができるよう願ってみてよ。」
「……は?」
夕希は何を言ってるのかしら?
この力を、他の人も使えるようにする?
「姉さん、私たち3人は何でも協力していこうって決めてるでしょ。」
私のちょっと嫌な気持ちを見抜いたのか、よみちがちくりと攻撃してきた。
「やるわ、やるやる…。リングよ、よみちと夕希にもリングの力が使えるようにしてあげて!あ、でもそれ以上使える人を増やすことはできないようにお願いね。」
万が一、弟たちが勝手にリングの力を譲渡できないように条文に組み込み、願いを言う。
リングがピカッと光り、願いが無事叶えられた。
「どれどれ…、リングよ、現金100万円を私の手に!」
よみちが再び願いを言う。
すると、今度はリングが光り、願い通りよみちの手に100万円が出現した。
「すご…私でもリングの力が使えた…。」
よみちが嬉しそうにリングに触れる。
「念のため、姉ちゃんのリングをよみちに渡してもう1回願いを唱えて。」
私がつけていたもう1つのリングもよみちに渡す。
よみちはそれを付け同じく現金出現の願いを唱えたが、リングは光らなかった。
「やっぱ1人1日2回なんじゃなくて、リング1つで1日1回が2つ分って感じか…。」
何やら納得し、勝手に夕希が満足していた。
「はいはい。検証も終わったことだし、リング返してよね。」
よみちがよからぬことにリングを使う前に、さっとよみちの指からリングを取り返す。
「あーあ。姉さんより私の方がリングの力を上手く使える自信があるのに。」
実際そうなりそうだから、内心よみちにリングの力の譲渡はしたくなかったんだけど…仕方ない。
「だーめ。これは私が神様からもらった力なのよ。何か願いが合ったら、私を通してくれないと。」
以上で、リングの検証はひとまず終了だ。
さて、明日からこの力で何をしようかしら。
ははは、仕事を辞め大金も手にした無敵の私には、バラ色の未来しか見えないわね!
読んでいただき、ありがとうございました。
会話が多く場所移動がないので、もっと動かしていきたいです。