03話 だけど本当に使えるの?
リングの力を、とりあえず弟たちに見せびらかそう!
リングを眺めているうちに、気づけば夕暮れ時になってしまったようだ。
一階から、夕希が呼ぶ声が聞こえる。
「姉ちゃん、夕飯も食べるんだろー!?」
リングの力で瞬間移動させた昼食のパスタは、すっかりお腹の中だ。
食べて数時間は経過したが、腹痛になることもなく能力に問題はなかったと言えよう。
さて、この力をどう使っていくか…。
ふふふふ、夕食を食べてからのんびりと考えるとしよう。
一階のダイニングでは、夕希がテーブルに夕食を並べていた。
その奥のリビングでは、よみちがこちらを振り返ることすらなくテレビを見ていた。
相変わらず対照的な双子の兄妹である。
ここで私の家族を簡単に紹介しよう。
私、姫城ひのめは、社会人2年目の21歳だ。
そんな私には、血が繋がっていない弟と妹がいる。
私が小さいころ両親が離婚し、母の方へついていったのだが母が再婚し、母の再婚相手にもすでに子供がいて、それが弟の夕希と妹のよみちだ。
夕希とよみちは双子で、今年高校3年生の17歳である。
連れ子同士ではあったが、本当の姉妹のように仲は良好だ。
「仲いいよね、夕希?」
「姉ちゃん…仲いいなら食器出すの手伝ってくれよ。」
姫城家では、食事は私か夕希で準備するときが多い。
普段は私だが、私が夜勤明けで寝ている日は夕希が代わりに作ってくれる。
なお、よみちは手伝わない。
父は外資系企業に勤めていて、海外勤務が長く母もそれに付き合っているため、ここ数年は私と夕希、よみちの3人の生活が続いていた。
夕食の準備を待つ間、よみちにちょっかいをかけに行く。
よみちは料理ができないわけではないのだが、作りたがらないという困った妹だ。
「よみちー。最近学校はどう?」
ソファで寝転がっているよみちの横に座り、特に意味のないトークを振る。
「どうって…普通だけど。姉さんこそ、今日は上機嫌っぽいよ?」
普通ときたか…よみちは部活でやっているバドミントンが鬼のように強いとよく聞く。
時々朝からいないなーと思ったら、大会に行っていたなんてこともよくある。
それにしても私の浮かれ具合がわかるとは、さすがよみち、察しがいい。
「ふふ、そうなの。そうねぇ、ご飯の時によみちと夕希には教えてあげようかな。」
「ふーん…。何かな?」
適当な相槌をしながら、よみちが視線をテレビに移した。
歳がそれほど離れていないせいか、よみちとは姉妹というよりは友達のような付き合いだった。
「出来たよ。ったく、手伝ってくれよ…。」
ブツブツ文句を言いながら、夕希の夕食ができた旨を伝える声が聞こえた。
それでも夕希が家事をボイコットしないのは、私とよみちの気が強く、この家では立場が弱いことを理解しているからだろう…可哀想な弟よ。
夕食時、いつものように3人でテーブルを囲む。
今日は揚げ物か…夕希が作るときは、茶色い料理か魚が多い。
「ねぇ夕希、今日の休みは釣りに行かなかったの?」
夕希の趣味は釣りだ。
身長はスラッと高くイケメンの部類ではあるのだが、オフの時は1人になりたいらしく釣りによく出かけるという地味なライフスタイルを好んでいる。
釣った魚があった場合、持ち帰りそれが食事に出ることもある。
「今日は勉強もしたかったからね。家計簿も止まってたし。」
「夕希は基本ヒッキーだからねー。姉さんも知ってるでしょ?」
夕希とよみちは、完全に力関係がよみちの方が上だった。
家事を夕希に任せておきながらのこの態度、よみちは私以上に女王様気質があるね。
「まぁまぁ。それよりさっきよみちに言いかけてたことを話しちゃおっかな。」
リングの力のことは、極力人に知られてはいけない気がする。
それでも弟たちになら、言ってしまってもいいだろう。
…というより、自慢したくて仕方ないんだからしょうがない。
「あ、私わかるよ!その指輪のことでしょ?」
人の変化に敏感なよみちが、真っ先に正解を当てた。
さすがに左手に2つも指輪をしていたら目立つか。
「姉ちゃん、それどうしたの?」
話の流れがわかってきた夕希も、会話に加わってきた。
「指輪ってことは彼氏から?でも同じ柄が2つって聞いたことないな…。」
よみちが彼氏と言った途端、ガタっと夕希がテーブルを揺らした。
「え、姉ちゃん彼氏いたの!?」
夕希がここまで動揺するなんて珍しいわね…。
「いや、いないいない。このリングは貰ったの。」
残念ながら、彼氏は候補すらいないのが私の現状だ。
どうも看護師という職業は、男人気は高いものの出会いの場が少なく時間の調整もしにくい。
「じゃあ、誰から?男からなのか!?」
夕希が急にテンションが上がってきたせいか、よみちがそれを冷ややかな目で見つめた。
「ふふ、このリングはね。神様から貰ったの。その名も、何でも願いが叶うドリームリング!!」
ドヤッ!!
と、リングを2人の前に見せつけた。
事実を告げた瞬間、夕希もよみちと同様に冷めた目に変わっていった。
あ、これ信じてくれたないわ…。
「姉ちゃん、どうした?正気か?」
「正気よ。ほら、昼のパスタもこの力で私の部屋に瞬間移動させたのよ。」
ほれほれ、とパスタが入っていた食器を指さした。
確かに気が付いたら食器がなかったけど…と、夕希が悔しそうに黙る。
「どう、よみちも信じた?」
「そうだなー、実際に見せてくれないと信じられないかも。」
ごもっとも。
また何か適当に、リングの力を使ってみるとしよう。
「よみち、何か欲しいものとかある?」
「欲しいものか、しいて言えば新しいニッパーかな。」
また渋い道具をチョイスしてきたわ…。
よみちの家での趣味はガンダムのプラモデル作成だからだ。
モヤモヤしているときに作ると、気持ちをリセットできるらしい。
「オーケー。ドリームリング!最新のプラモデル用ニッパーをちょうだい!」
左手を少し持ち上げた後、テーブルに向って指を伸ばしシュッと振り下ろす。
午後に手のポーズを色々試してみたが、この振りが私の中では一番楽で見栄えもよかった。
パスタのときと同様、ピカッと一瞬リングが光った。
そして、指の先のテーブルが連動して光り、瞬時にニッパーがテーブルの上に出現した。
「マジ…!?」
信じられないという風で、よみちがニッパーを手に取った。
「これ人気メーカーの最新ニッパー…!!5000円もするやつ!!」
「ふふふ、これでよみちも信じてくれる気になった?」
「姉さんが事前にニッパーを買ってくれてたとか…?」
「まさか。姉さん薄月給なの知ってるでしょ?」
私はよみちに完全勝利宣言のVサインをしてみせた。
「スゲェ…姉ちゃんが神の力を手に入れちまった…。」
夕希も目の前にニッパーが出現したことで、いよいよ私の力を信じてくれたようだ。
期待していた通りのリアクションを、夕希とよみちがしてくれたことで大満足。
「私はこの力で、今の生活を変え金とイケメンに囲まれたウハウハライフを目指す!」
2人にリングの力を説明したところで、私は高らかに宣言した。
この力、どうして世界平和のために使う必要があろうか。
自己犠牲精神などちっぽけもなく、私利私欲のためにとことん力を行使しよう。
「さすが姉さんね!ついでに新しい瞬間接着剤もちょうだい!」
よみちがわかりやすく煽ててきて、追加でおねだりをしてきた。
「いいわ!任せてよみち!」
今の私は調子に乗っているため、可愛い妹の頼みならば即座に叶えてしまう。
「ドリームリングよ、最新の瞬間接着剤をよこしなさい!」
前回とはポーズを少し変え、左手を頭上に掲げながら宣言した。
が、あれ?
しばらくしても、瞬間接着剤が出現する気配は感じられなかった。
「あれ…。夕希、リングが光ったか見えた?」
「うーん、光ってないような気がする…。」
リングの宝石が光ると、願いが叶った証拠だ。
それを私も夕希も確認できなかったということは、能力の発動がなかったということになる。
「どこにも落ちてないよー。なんか失敗したんじゃない?」
よみちが周囲を見渡しながら、瞬間接着剤がないのを確認した。
「まさか…そんな…。発動条件が何か違ったのかしら…。」
試しに同じ口上で違うポーズをとってみたが、瞬間接着剤は出現しなかった。
「リングが2つだから、それぞれ1日に1回しか願いが叶わないとかじゃねーのかな?」
夕希がもっともらしい分析を言う。
神様がもっと具体的な話をしないのが悪い…!
「これは乱用する前に、詳しく能力を知る必要があるわね…。」
リングを触ってみる。
ひんやりと冷えたリングは、特に何を伝えるでもないただの指輪のようだった。
「とりあえず、この力のことは私たち3人の秘密よ。」
「わかってるさ。姉ちゃんこそ、能力をまだ勝手に使うんじゃねぇぞ。取り返しがつかない状態になったらお終いなんだから。」
夕希が真面目な意見を言う。
「じゃあ、しばらくはなるべく夕食は3人でとってその時にリングを分析しよう。」
よみちの提案で、今日の夕食は締めとなった。
その後自室で、早速夕希の言いつけを破り簡単な願いを唱えてみたが、リングは光らなかった。
「明日にでも仕事をやめて金とイケメンが手に入るかと思ったけど、思うようにはいかないものね…。」
人間、いきなり強大な力を手に入れると感覚がマヒしてしまうのだろう。
いやはや、人の欲って限界がないわ。
読んでいただき、ありがとうございます。
もっとテンポよく話が進むよう頑張ります。