5話大物の暗殺依頼
羊女は酷い傷によって衰弱をしていたが、玄奘の回復スキルによって何とか一命は取り留めた。
さらに、アタマカラが勝利したことによって、傷も癒え、背中にある奴隷契約の印は消えさり、晴れて自由の身となった彼女。
じっと見ると人間の美女と見間違えてしまうくらいの美貌。クリーム色で少しカールがかかった髪の毛と同化するミルク色の肌。
しかしながら、彼女の受けた傷は肉体だけではなく、精神にも深い傷を負った。
そのため、鳥や森の囁きに挙動不審に怯え、透き通った青色の焦点は合わず、一言を発する度にか細く、掠れ、震える。
「あ……あ……あ」
アタマカラは彼女の状態を思い、優しい言葉を掛け、先程の経緯を懇切丁寧に説明し、首を振ると奴隷から解放されたのだと再三に渡り訴え、早く家族の元へ帰りなさいと促した。
そして、ようやく理解したのか彼女は頷き、一呼吸置いた後、突如泣き出した。
一方、我慢の限界とばかりに少し気性の荒い玄奘は苛立ちを示す。
それから、アタマカラがこの涙の意味に困惑しつつも、これまで以上に優しく問い掛ける。
「何か分からないことがあるの?」
「な……い」
「なら早く家族のところへ帰った方がいい」
彼女は泣きながら、首を左右に振り、否定を示し、そして、弱々しい声で、精一杯の声で言った。
「家族が……いない……」
たどたどしい言葉と悲壮な表情に嘘偽りは感じられない。
それからずっと弱々しく泣き続けていた。
彼女の境遇は思っていたよりも想像を絶するものだったのだろう。これ以上何かを聞くことは出来なかった。
玄奘も最初は苛立ちを示していたが、家族を失った境遇を共有する身としては、これ以上責め立てるのは良くないと思ったらしく、後はアタマカラに任せたと肩をパンパンと叩き笑みを零し、その場を離れた。
その行動の真意というのは今後の彼女をどうするかということも含まれているようだった。
このまま憔悴しきった彼女を家族のいない元へ解放させるのは危険なのは確かだ。
せめて、元気になってから解放をするのが最善ではないだろうかと思うに至った。
「少しの間一緒に来ませんか?」
その誘いに否定されるか、あるいは押し黙ると思ったが意外なことに一生懸命に頷き、涙を拭き、視線は相変わらず下を向き、たどたどしかったが、
「はい……宜しくお願いしま……す」
と彼女なりの真意が見えた。
だが、そこへ水を差すようにして、蜥蜴がパイプを吹かして、横柄な態度でやってきた。切れ長の目で二人を睨み付ける。
「その羊女を奴隷にすると言ったらどうする?」
「何?」
「どうするって聞いてんだよ」
「俺がさせない」
やはり、この蜥蜴は悪党。こんな悪党にいる団体に入団すること事態が間違いだった。
アタマカラの体から発する冷気がこの上なく帯び戦闘態勢を整え、羊女を庇う。
すると、そこへ、木の上で休んでいた玄奘が顔を出し、冷徹な目で敵を見下ろし、補足する。
「今……アタマカラと羊女はパーティー契約を結んだ……奴隷契約は無効になるはずや」
その時、蜥蜴がパイプを投げ捨て、全身から炎を湧かし、炎の柱を発生させる。灼熱の炎がぐるぐると円柱を形成する姿は圧巻。
この魔力、殺気を鑑みるにこの三人だけでなく、森全体を焼き尽くすことさえ感じられる。
「果たしてテメェらでその羊女を守れるかぁぁぁぁぁ? うちはな鬼団15番隊長……炎の狩り獣だぞ?」
「やってやる」
「ハハハハ……面白れぇ……アタマカラ……鬼団入団を認めよう」
「はい?」
蜥蜴は一瞬で、炎の柱を抑え、またパイプを口にし、ついて来いの合図をし、振り向いて後にする。
アタマカラは惚けた表情で立ち尽くす。
一方、玄奘は何事もなかったかのように、軽々木から落下し、蜥蜴に追従していく。
※
鬼団には20の隊があり、それぞれに隊長が一人、部下が数名で構成されている。数字が少なくなってくるに従い、隊の強さが上がっていく。
そして、その中でも、1番隊から4番隊は他の隊と格が異なり、より強者集う隊となっており、四鬼と呼ばれ、恐れられる。また、一番隊の隊長は鬼団のボス。
ちなみに、下位の隊はこのボスの姿や素性すらも知らないということ。
その神格化された存在故か、存在しないのではと囁かれている。
したがって情報統制が厳しいため、玄奘の憎き敵である殺鬼獸がどこの隊に所属し、誰であるか分からない。
けれども、共食いでの実績を残し、上の隊へと昇格すれば鬼団の中枢へと潜り込めることができ、殺鬼獸の素姓を知りうる可能性がぐっと高まり、その内相まみえる日が来るだろう。
そんな蜥蜴の話を聞かされ、入団して早々に暗殺の案件を実行することになった。
その案件を明日に備えるために、烏山地帯から一時間程北へ歩いた場所にある妖精が棲む森林と呼ばれる一帯へ到着し、一夜を過ごすことになる。
ここの森林は美しい緑がずっと続く森林。樹齢何千年と生き続けているであろう大木が厳然と、高く、並び、一歩迷い込めば帰って来れないと思える程奥が暗く、流れる濃霧が神秘さを際立せ、甲高い鳥や獣の声が全体に反響し不気味さを演出する。
緑の苔や湿った草を気持ち悪く踏みしめ、時折落ち葉の群集が耳にリズムを与える。
すると、倒された巨大な丸太の下を潜り抜け、広めのスペースを発見した。
丸太椅子が円形に並び、その真ん中に焦げた黒い灰がある。どうやらここで一夜を過ごすようだ。
そして、真ん中に炎がぼわっと灯り、皆で丸太に座り囲み、食事の時間が始まった。
それにしても、あまり居心地の良いものではない。入団したとはいえ、この蜥蜴を仲間と呼ぶべきなのか甚だ疑問でありというより呼びたくはない。
なぜなら、親交という距離感はかなり離れている気がするし、これから縮まるとも思わない。
それに先程敵対していた間柄、いつ襲いかかってもおかしくはないという警戒心が一向に拭い去れない。
しかしながら、蜥蜴が陽気に食べろと差し出した最高級のビーフの串カツを差し出され、無碍に拒否するのも失礼だろう。
小さな礼をして、ありがたく頂いた。それは他の二人も同様に頂く。
どうやらこの辺りで狩られた名産の子牛で、栄養満点で一度食べれば三日持ち、滅多に食べられない代物ということ。
また、肉厚な割にとろけるような食感で、まさに最高級に相応しい。不思議と険悪だった表情も、穏やかになっていく。蜥蜴がパイプを吹かし、一服し、話始めた。
「そういえば名を名乗ってなかったな……鬼団15番隊長カイザーだ……よろしくな」
「宜しくや」
「よろしくお願いします」
「宜しく……」
「で……そこの羊女ちゃんの名は?」
「シエ……ラ」
「……シエラちゃんね……さてと早速明日の仕事を説明させて貰うとするか」
鬼団上層部から下された今回の依頼は百熊一族の長である恐熊の暗殺。
明日恐熊が妖精が棲む森林の奥地で共食い狩りを行うという情報を手にした鬼団は急遽、この近辺で入団試験を開催してる15番隊に白羽の矢が立った。
ちなみに、この辺りでは恐熊は既に滅亡してしまったが全盛期の闘牛に匹敵する程の大物で、よその領地を奪ったり、食料を強奪したりと厄介な魔獣として有名であり、近年共食いに手を染め始めている。
しかし、共食いを生業とする鬼団にとって、餌を奪われればこちらが迷惑を被るのは必然、したがってこのような新興勢力は脅威の種で、早めに芽を摘みたいというのが鬼団上層部の思惑。
アタマカラはそんな大物相手に即席チームである自身達に荷が重過ぎるのではないか疑問を呈す。
「いやぁ……心配ねぇーよ。鬼団から隊長クラスの強者がスケットとして派遣してるからよ……正直言ってこんだけ集まっても今回の大物を潰せるかどうか疑わしい……」
「恐熊は確か……攻撃、魔力、敏捷に特化した攻撃タイプや……恐らく闘牛の三段階程の上の強化版ってところやな」
「だからこそ……常に逃げれる準備はしとけ……」
※
翌朝、朝日もやっと立ち上り、霧がまだ濃い頃合いに草木を掻き分けてやってくる二体の高低差のある影が現れ、真近に迫った。一体は人間の子供のようにも見えるが、黒髪のおかっぱの頭頂部にニ角が生えている姿から魔獣らしい。
裸一貫で、下はふんどしのみ。黒色のまん丸の目でアタマカラをじっと見つめ、鼻をほじり、侮蔑の目へと変わる。
ちなみに10番隊隊長の座敷鬼童子。
【座敷鬼童子】
レベル400。愛くるしい顔をしてるが、戦いとなると恐ろしいくらいに強い。趣味はよく人間を騙したり、殺したりする。
そんな反面、人間と遊んだりするなど不可解な行動をする。
しだがって、今は子供の故かそれ程強くはないが、潜在能力は桁外れであり、今後強くなる可能性を秘めている。戦闘は物質干渉能力魔力スキルを主に使用する。
すると、鬼童子が口を引き千切れくらい吊り上げ、その上大量に口から血を垂れ流し、不可解な満面の笑顔、まるで少女のように甲高く笑い出す。
「ヨロシクナ……キサマラ……キャキャキャキャキャキャ」
「よろ……」
「しゃべるんじゃねぇぇぇぇ!!!!」
カイザーは鬼気迫る叫び声を鬼童子に挨拶しようとするアタマカラに浴びせて、親交しようとする手を払いのけた。
あまりの気迫に炎がじりじりと湧き出し、興奮を抑えようと必死。周囲は鬼童子を除いて、緊迫感に苛まれる。
すると、もう一方の長い紫髪、大きな釣り目、知的な片側のみの丸眼鏡、赤い口紅をした派手な狼女が慌てた様子でやってきた。ちなみに14番隊隊長。
【狼】
レベル350。攻撃力、敏捷力に優れる。バランスタイプ。月を見るとステータスが大幅に上昇する。
すぐさま鬼童子を見て、はっと畏れの表情をする。凶器の怪物を見たかのようだ。
そこへ、カイザーが怒りの表情で、狼女へと向かった。
「なぜあいつがここにいる!? 13番隊隊長蠍はどうした?」
「それはワタシの知らないことでありましたでザマス……鬼童子様が殺してしまったのでございます」
「何だと?」
「聞くところに寄ると蠍様が鬼童子様を知らなくて、うっかり質問に返答してしまいましたら……鬼童子様の鬼ごっこが始まりまして……それで蠍様は切り刻まれてしまい……あの世でございます」
「それで、なぜあいつがここに来る?」
「丁度鬼童子様が蠍様の依頼を耳にして、蠍がこんな風になっちゃったからボクが依頼受けるよと言って、ここにいらっしゃった次第です……」
「お前あいつが来たら……ここにいる全員が死ぬ……」
すると、アタマカラ達に事の次第を話し、鬼童子から何を質問をされても返答しない、話し掛けないときつく言われた。
もし、返答すれば死の鬼ごっこゲームが始まると。
こんな緊張感のある中で、羊女ことシエラの様子が一段とおかしく、両手で身体を押さえ、震えていた。
最初は奴隷の時や家族を失った後遺症かと思ったらそうではないらしい。おそらく鬼童子への恐怖に違いない。
何とかこちらが冷静を保つようにと声を掛けたり、大丈夫だという態度で示し、少し落ち着き取り戻したかのように思えたが、突如として、か細く、視線を下に向けた、言葉を連ねる。
「鬼は鬼ヶ島で勇者と対決し、鬼が勝ち、鬼神となりました。そこで鬼神は邪魔になった勇者の亡骸を地中に埋めて、その勇者の亡骸の眠る場所で仲間達と祝杯を上げ、飲み明かしました。やがて、その亡骸の眠る場所からある人間の子供が生まれましたと。そして、鬼神はその子供を拾い大切に育てました……」
「よく知ってるな……シエラちゃん……その伝説を……」
「……?」
「鬼童子は鬼神が拾った子供だ……ちなみに鬼神は鬼団の創始者……そして、伝説に続きがある……鬼童子は人間だった……それはもしかしたら勇者の子供ではないかと……鬼神はそれを知って鬼童子が恐ろしくなり……鬼童子が好きで一緒に遊んでいた鬼ごっこというゲームの最中に殺そうと鬼神は決意した……しかし、殺されたのは鬼神だったという話だ」
※
先程の濃い霧よりたいぶ薄くなり、視界良好となるが、大木が高すぎて太陽の光が地上へと入ってこず、夕方並みの暗さとなっていて、ずっと不気味なのは変わりない。
大森林に放り出され、道なき無き道を歩き続け、その上このミニュチュアになったような感覚から一体いつ抜け出せるのか不安で仕方がない。
もっとも、一人以外を除いて、ほとんど沈黙を続ける異様な状況から打開する手段を優先しなければならない。
すると、げらげらと鬼童子がアタマカラのお尻に何度となくパンチをしたり、挙げ句には穴に人差し指で突く悪戯を執拗にやってくる。
普段、温厚なアタマカラでも、このような辱めを受ければ、我慢の限界で、拳骨で泣かしてやろうかと何度となく実行しようとしたが、鬼童子の恐ろしさをよく知るシエラが背中を摘まんで、首を左右に振る。
少しばかり頬を赤くして、お淑やかに振る舞う彼女を見たら怒りがすぅーと沈んで、
「オイクモ……!」
「いたッ」
「キャハハハハ」
「クモナンカオモシロイ……コイトヤレヨ……ククッッ……ナア?」
「いたぁぁぁぁ!」
「キャハハハハハハ」
アタマカラは居ても立ってもどうすればよいか分からず、玄奘に助けを求め、涙の表情で見せる。
しかし、だるそうな目つきで、手で払うようにして近づくなの合図。
どうやらここまで培った友情は捨て、自らの生命を守ることを最優先としたらしく、そのまま先を急ぐ。
同様にカイザー、狼女もいつアタマカラを置き去りにして、逃げ出すか考えているのか、声を掛ければ睨みつけ、視線はずっと前へと向き知らん顔。
その間にも鬼童子の悪戯は続き、頭の上に顔を引っ張ったり、ボコボコと叩いたり、暴言中傷の連続、なすがままにされた。
もちろん、アタマカラは一切怒ることはせず、泣きながら前を急いだ。
その時、草がカサッカサッと擦過音が鳴り響き、全員が硬直し、立ち止まる。殺気ある敵は二、三体どころではない、十体と云った魔獣を感じる。
もう既に周辺は包囲され、薄気味悪い笑い声が聞こえ、赤黒の蜘蛛の集団が出現した。
一つの赤い目玉をぎょろぎょろと動かし、アーチ状の巨大な口から血の糸を吐き出し、獲物を見据えた。
【血蜘蛛】
レベル200。人や魔獣の血を吸いながら、生きている。言語や知能は発達しておらず、意志疎通は出来ない。もちろん、感情すらない。ただ、あるのは血を欲する欲のみである。
カイザーが舌打ちをし、パイプを投げ捨て、皆の制止をよそに前へと出る。
おそらくこの程度の魔獣達くらい、彼にとっては容易に倒せるのだろう。
それは狼女の安心したように頷いている表情から察することができる。
次の瞬間、一斉に血蜘蛛の血糸が四方八方から発射された。
その攻撃の意図はこの一体を蜘蛛の巣状にして獲物の動きを封じる腹積もりなのだろう。
しかし、カイザーの釣り目が更に増して、身体全身から炎が脇き出し、中間まで膨れ上がる頃には炎の化身が糸を一瞬で消し去った。これが、炎猛獣。至高スキル。炎猛獣は必ず対象物を焼き尽くし、その黒焦げを喰らう。
蜘蛛はその絶対仕留めるつもりだった攻撃を刹那に消滅させられたこと、一旦後退るも、やはり、血の欲求が勝ったのか、興奮し、周囲の炎を飛び越える。
だが、炎猛獣が手掴みで焼き尽くす。安堵したと思ったが、一斉に隠れていた蜘蛛達が現れ、獲物目掛けて巨大な口で噛み砕き攻撃を仕掛ける。
かなりの移動スピードと広範囲に散らばった蜘蛛達に、炎猛獣が追いつけず手が回らない。アタマカラ達に極度の緊張が走る。
しかし、カイザーは下がれと一喝し、右手、左手から投じる烈火のマグマの弾で押し寄せる黒い塊を焼き尽くす。
シュルシュルと放つマグマの弾は、速く、強力な高温、敵を黒焦げにさせるのは必然で、既にバタバタバタバタと黒焦げの亡骸が放り出された。
その亡骸を見た瞬間、カイザーが目を見張り、驚愕する。というのも、その中に、まだ焼かれていない見覚えのある顔や肢体、防具あったのだ。
静寂が訪れ、カイザーが何かを察知したらしく、展開する画面で誰かとやりとりをした後、まずいと険しい表情をする。
それもそのはず、ここで落ち合うはずだったカイザーの部下がいつまでも立っても現れず、連絡が取れないらしく、苛立っているようだ。
その状況を面白がっている鬼童子がアタマカラの頭の上で奇怪に笑い、炎に油を注ぐ。
「キャァァァァァァァァァァハハハハ……アラカンタラはオイラ達の現在地の情報と暗殺することも知ってる……なぜなら血蜘蛛は通常は大型肉食獣の亡骸を襲うのが定石……生きてる魔獣なんて襲うなんて皆無……第三者によって毒かなんかで異常状態でもしない限りな……ガイザーはキサマハ一体何をしていた?」
「……」
「キサマハ入団試験終了後依頼を断るべきだった。この雑魚戦力でアラカンタラに勝てる訳ないだろ? 馬鹿カァ? その上で準備せず一夜を過ごしてるとはとんだ阿呆だなキャァァァァァァハハハハ」
カイザーは怒りの表情で足踏みをする。アラカンタラの近辺で入団試験を行ったとはいえ、緊急の依頼に、新人入団も重なり、準備不足も仕方がないだろうし、カイザーに責任は無いだろう。
鬼童子はガイザーを蔑み、否定する。
「キサマトモグイ……ナメテンノカ? そんな体たらくだから下位の部隊でクスッブッテンダヨ……バァァァァァァァァァァァカ?」
カイザーは自らの失態に急激な罪悪感に襲われ、崩れ落ち、頭を抱え込み、地面に頭を何度となくぶつける。
血を流し、制止を振り切り、何度も何度も。
他方、鬼童子は勝ち誇った顔で見下す。その罪悪の意識は電波し、玄奘が頭を抱え、突如一族を失った過去を思い出し、苦しみ出す。
それは、シエラ、狼女も同様に過去における悪のしがらみが己の首を絞める。
しかし、アタマカラは何ともない。いや、頭に血が上り、怒りの頂点が沸騰した。
このままこの子供を好き放題、言いたい放題させるべきではない。一回叱ってやらないと一生駄目な大人になってしまう。
「降りろガキ」
「ア?」
生意気な鬼童子の顔とアタマカラの怒りの顔が初めて向き合う。鬼童子の色白な額から数本の皺が入り、なぜだ思った表情から、油断したなと嗤いに変わる。
「キサマ……オイラに話しかけたな? どうなるか分かってんのか?」
「さあな……それは置いとくとして……ガイザーに何かしただろ?」
「ア? 馬鹿言え! なぜオイラが!」
「お前が俺の頭に乗ってる時に悪の感情がした……特殊能力かなんかで皆を操ったろ? 何でだろうな」
鬼童子が驚愕と云った表情でガタガタと震える。何故分かったと図星を当てられたような表情をする。
「キサマ……オイラがやったことが分かるのか!? 魔獣には見えないまだしも、感知など絶対に出来ない……キサマ……」
「そんなことはどうでもいい……今すぐ降りて……皆を解放しろ」
すると、鬼童子が自らの能力で瞬間移動したのかアタマカラの目の前に立ち、不気味な表情で嗤い、両手を叩いた。
「正解! カイザーが生意気にオイラを邪険にしたからさ……少し意地悪したんだ」
「あの蜘蛛も……ガイザーの部下も殺したのお前だろ?」
「へぇ……そこまで分かってたんだ……凄いね……貴様。オイラは罪悪と呼ばれるスキルを使った。その者の記憶に悪や憎しみの感情があれば、その罪の意識でその者の精神を崩壊させ、殺すことも、感情を失わせて操ることもできる。神ランク級のスキルだよ……どうビビったかクソ雲?」
「言葉遣いには気おつけた方がいいぞ……子供だからって容赦しない……目一杯説教してやる」
「生意気ナ……死ねッッッッ!!」
「……何だ?」
「アレ……効かないだと……これならどうだ! 死ねッッッッ!!」
「何ともないが?」
「貴様ァァァァァ」
威勢の良い言葉と挑戦的な態度をする鬼童子だが、内心はアタマカラの存在に脅威を感じた。
異常事態だった。
さっきからあれこれ物質干渉能力で精神を崩壊させようと試みてるけど脳内が怠惰で全て埋まっている。悪の感情が一つも無い。
いや、あるのはあるのだが、怠惰が多すぎて、悪の感情を打ち消しているのだ。
だが、精神を干渉するだけでなく、肉体すらも干渉出来る。
つまり、戦闘で殺せばいい話だと、右手を向け、アタマカラの身体を宙に上げ、叩き落とす。
しかし、アタマカラは瞬時に霧散して消える。苛立ち混じりに、消えた先へ手を向け、何度も何度も物質干渉能力を使用するが、秒速で消え去るためになかなか成功させることが出来ない。
「チッチッ……ナカナカヤルナ」
「どうした? 終わりか?」
とはいえ、この物質干渉が遅いとはいえず、アタマカラの消えるスピードが極度に速いと言える。
見る見るうちに鬼童子は息切れをし、体力が減ってきて、苦痛の表情をし、倒れた。
その瞬間、アタマカラが鬼童子の前に立つ。鬼童子は殺されると覚悟し、手を向けるが、その力は当に尽き倒れた。
秘めたる才能を持っているとはいえ、やはりまだ子供なのだろう。鬼童子が倒れた同時にガイザーが意識を取り戻し、鬼気迫る表情で、叫ぶ。
「早く鬼童子を殺せぇぇぇぇ!!!!」
アタマカラは首を左右に振り否定した。鬼童子をまだ子供だ。これから歩み方次第で悪にも、善の道へも進むだろう。
だから、可能性のある子供をここで殺すことは自身には出来ない。
「子供だろうがなんであろうガァ……そいつは悪魔の子だ……そして何より鬼団のボスがそいつの首を欲しがってる」
「それよりも……一旦皆を安全な場所へ移動させないか?」
「はぁ……はぁ……はぁ……いやだが」
「時間がない」
鬼童子があの蜘蛛を操っていたとはいえ、この場所が危険だということに変わりはない。
先程から魔獣の匂いが何よりも悪の感情を強く感じる。不運は重なるようにして、雨がぽつぽつと降り始め、大雨と変化した。
そして、ガイザーは玄奘と狼女、アタマカラはシエラと鬼童子を担ぎ、この場所からすぐ離れるべく急ぐ。
安全と言えるか分からないが休めるスペースのある洞穴を見つけ、一旦そこで休息を取ることにした。
洞窟は冷たくひんやりとしていたが、ガイザーの炎で温度が上昇する。皆はすやすやと寝息を立て、眠っている。ただ、雨音と焚き火が木を砕く音が聞こえる。
すると、鬼童子が無表情で、起き上がり、焚き火に寄せるアタマカラの背中に問い掛けた。
「ドウシテコロサナカッタ……」
「起きたか……」
「コタエロ!!」
「それは……お前が俺と同じ人間だからだろうな……それと母親に人間を殺す屑にはなるなって言われてたから」
「キサマガニンゲン? まさかそんな馬鹿な」
「信じなくてもいいさ……俺だってここにいるのが信じられない……もしかしたらこれは全部夢なんじゃないかって……ところでお前……いや鬼童子はまだ俺達を殺す気か?」
アタマカラの故郷を思い出す寂しげな目に、何か心の中にわだかまりを鬼童子は覚える。それは赤ん坊の頃を一瞬思い出した。
しかし、すぐさま恥を知り視線を背ける。鬼童子にも辛い過去があり、このような歪んだ子供に育ってしまったのだろうとアタマカラは理解する。
反対にカイザーの敵対心は変わらない。それ程鬼団において、畏れられているということが分かる。
しかし、それだけではなく、部下を失った憎しみの方が強いのだろう。
「イッテオクガ……カイザーの部下を殺したのはあいつが裏切り者だったから」
「そうなのか?」
衝撃の事実に驚くアタマカラと、視線を合わせないようにして下を向くカイザーも同様に驚きを露わにする。質問できるのはアタマカラのみ。
「どういうことだ?」
「サソリハ……蠍は百熊一族のスパイでこの鬼団へ入団した……どうやら目的は鬼団の壊滅……今回暗殺の情報を知り、手始めに鬼団の部下から倒していく腹積もり……そして、操った蜘蛛を四方八方に放ち、ガイザーが安直な考えで殺した……つまり、オイラ達の位置情報は筒抜け。直に追っ手が来るだろうね……だから今すぐここから逃げ出さないといけない……」
「しかし、皆がこの状態で……」